特集記事「1F事故 10周年に当たって」(2) 福島事故の要因と新規制基準

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カテゴリ: 特集記事

東工大・特任教授

奈良林直 Tadashi Narabayashi


(2) 福島事故の要因と新規制基準


1.はじめに
原子力発電所の安全対策に対して、自然災害や過酷事故対策など、これまでの規制が大幅に強化され [1]。これは福島第一原子力発電所事故(以下、福島第一事故)の教訓を踏まえ、過酷事故(シビアアクシデント)に対する備えを事業者の自主的な対策から、規制対象に加えたことが大きな特徴である。特に、地震や津波、自然災害やテロ・火災に対する備えが、従来の規制から強化・新設された(図1)。事業者は、この新規制基準に沿って、設備の新設や性能の向上、運用面での体制整備などが求められる。日本が地震国であることも踏まえ、規制委員会では「日本の原子力規制は、世界で最も厳しいレベルをめざす」(田中俊一元委員長)として出発し、原子力発電所の運転を停止させて、当初の「半年が目安」から大幅に超え、数年かかる審査になった発電所も多い。


2.五重の壁の崩壊と深層防護の再構築
福島第一原子力発電所の事故前まで、深層防護とほぼ同義に使われていた「五重の壁」と呼ばれる図 1に示す考え方があった。これは①燃料ペレット、②燃料被覆管、③原子炉圧力容器、④原子炉格納容器、⑤原子炉建屋の5つの物理的な障壁で放射性物質の環境への放出を防ぐという、構造強度とその健全性を主体にした安全性の説明がなされていた。しかし、「崩壊熱を十分に冷やすことができない」という根本原因だけで、①燃料ペレットは溶融、②燃料被覆管のジルコニウム合金は高温で水と反応して水素を発生して燃料集合体は崩壊、③圧力容器の底部または胴が溶融燃料で損傷して、④格納容器底部床に落下、格納容器内の気体を加熱して圧力・温度が上がって、格納容器の頂部フランジから、放射性物質と水素が漏えいし、⑤原子炉建屋上部に蓄積した水素が爆発して、原子炉建屋は木端微塵こっぱみじんに破壊された。構造健全性は、材料の許容温度範囲内で使われるという前提で設計されて確保されているが、その温度範囲を逸脱すると、材料はいとも簡単に、①溶融、②水と反応して水素発生、③溶融、④漏洩、⑤水素爆発へと進んでしまったのである。五重の壁とその崩壊は、国民の原子力発電所の安全性に対する信頼の崩壊と繋がった。各層のバリアが構造強度設計だけでは確保できないことは、以上に述べたとおりであり、深層防護の考え方を抜本的に再構築する必要が生じた。

図1 五重の壁とその崩壊(穴あきチーズ)[1]


図2は、新規制基準の基本的な考え方となっている五層からなる深層防護の考え方と冷却源確保戦略である [3]。深層防護の各層は第5層を除き、必ず冷却源確保を必須条件としている。第1層は通常運転時であるが、主復水器を介して海をヒートシンクとしている。第2層の異常過渡時も基本的には主復水器で冷却しており、負荷遮断や給水喪失時は、スクラムして炉心の核分裂反応を止め、残留熱除去系(RHR)による崩壊熱除去運転モードに入る。この RHR系は、海水冷却系を介して海をヒートシンクとしている。第3層の非常用炉心冷却系(ECCS)は、復水貯蔵タンクなどの水源から炉心や格納容器に注水して冷却後、 RHR系による崩壊熱除去モードに入る。第4層は、 ECCSや格納器スプレイなどの冷却が確保できない場合に、過酷事故に発展しないように、モバイルの注水ポンプや電源車を使って冷却モードに入る人的な過酷事故緩和活動である。注水・蒸発冷却( Feed and Breed)を基本とし、ヒートシンクは大気または、 RHR系を介した海水である。また、格納容器の内圧が高くなった場合には、再循環冷却システムや代替循環冷却で海水に熱を逃がすか、格納容器の損傷を防止するために、フィルターベントを使って、格納容器内の放射性物質を除去しながら、大気に蒸気を逃がす。更に、テロ対策としての特定重大事故対処施設にも注水冷却やフィルターベントを用いた注水・蒸発冷却を行う。このように、新規制基準では、第1層から第4層の全てに注水冷却と崩壊熱除去のための冷却源(最終ヒートシンク)が用意されることとなった。

図2 五層の深層防護と冷却源確保 [1]

このように、深層防護は同じ機能を異なる動作原理・機序で実現する多様な機器を複数設けることを特徴とする。図3に新規制基準に基づく安全対策の概要を示す。

図3 新規制基準に基づく安全対策の概要[3]

福島第一事故では、地震により外部電源喪失が発生し、津波による被水で2台の非常用ディーゼル発電機が共倒れした。福島第二原子力発電所でも、海水熱交換器建屋内に設置されていた複数系統の海水冷却ポンプが同時に被水して停止し、補機冷却系が全系統停止したため、補器冷却系から冷却水の供給を受けていた水冷非常用ディーゼル発電機が作動不能となり、 ECCSポンプも軸受けの潤滑油の冷却ができなくなるなど、複数の ECCS系統が共倒れ(全滅)して、一時は原災法第 15条通報をするなどの危機に陥った。
この危機は、海水ポンプをメーカの工場や柏崎刈羽発電所から自衛隊のヘリコプターによる空輸やトラックによる陸送で交換し、補器冷却系の機能回復により炉心注水や格納容器冷却が可能となり、危機を脱している。このように従来の非常用炉心冷却系( ECCS)は海水ポンプの「津波による共倒れ」という共通原因故障により非常時に機能を果たすことができなかった。これは従来の安全系の設計上の重要な反省事項である。このことから、わが国の原子力発電所では多様な炉心注水システムが用意された。また、英国( UK)の原子力発電所の ECCS系統も多重性のほかに多様性を持たせて、炉心冷却系の共倒れを防ぐ設計が重視されている。


3.「止める」「冷やす」「閉じ込める」
原子炉で異常・故障などが発生した際に、放射性物質が発電所の外へ漏れ出ることを防ぐことが重要である。そのための機能は、大きく分けて、①異常を検知し自動的に制御棒を挿入して原子炉を停止させる「止める」機能、②停止後、原子炉の燃料の破損を防ぐため冷却を続ける「冷やす」機能、③放射性物質を発電所外に出さないため多重の格納をする「閉じ込める」機能の3つからなる。とくに「冷やす」機能の確保は、冷却に失敗し、燃料が損傷してしまった福島第一事故の教訓からも、新規制基準の中で重要視されている。原子炉を停止した後でも、燃料のウランは核分裂生成物(Fission Product: FP)が安定な物質になるまで核壊変し、崩壊熱を発生し続ける。十分に冷却しないと高温になって、水ジルコニウム反応燃料被覆管の酸化による発熱により燃料が溶融(メルトダウン)する。このため、この熱を継続的に取り除き、原子炉内の水温を 100度以下の安定した状態(冷温停止)にする必要がある。

4.「注水」「減圧」「除熱」
シビアアクシデントが発生した際でも、「注水」「減圧」「除熱」は、冷却のために不可欠な作業である。シビアアクシデントでは、深層防護の観点から、もともと備わっていた電源がすべて失われた全電源喪失時の対策が要求されている。
まず、①原子炉の中心部で圧力容器内の燃料や制御棒、冷却材(水)がある炉心の損傷を防ぐ対策が必要である。また、②炉心損傷が起きたとしても圧力容器や高エネルギー配管を収納する格納容器の損傷を防ぐ対策を備える必要がある。さらに③格納容器が破損した場合も放射性物質の拡散を防止する対策をとる。万が一、炉心の冷却に失敗し、燃料が自身の熱により損傷、溶融するなどし、圧力容器が破損(炉心損傷)したとしても、格納容器を破損させないための対策が求められる。燃料の高温状態が続くことで、燃料を覆う金属(被覆管)と水蒸気が化学反応を起こし、反応熱と水素が発生する。福島第一事故では、格納容器から漏れ出た水素が、建屋内上部に高濃度で溜まり、水素爆発を起こした。格納容器の破損を防ぎ、水素や放射性物質の放出を低減させる必要がある。
シビアアクシデント時には、圧力容器から漏れ出た蒸気により格納容器の内部の圧力が高まり、そのままでは過圧破損に至る。そのため格納容器の冷却や減圧が必要になる。格納容器内の圧力や温度を下げるために、放射性物質を漉し取り、蒸気を排気するフィルターベントを設置する。また、炉心損傷により、格納容器の下部に落下した燃料を冷やすための注水ラインを新たに設ける。
さらに、水素爆発を防ぐため、水素濃度を低減する装置や原子炉建屋上部から排気する設備を設置する。(図5)

図4 炉心および使用済燃料プールへの注水 [3]

図5 格納容器破損防止対策 [3]

5.自然災害への対策強化
新規制基準では、新たに火山活動、竜巻、森林火災など自然災害から、原子炉設備の安全機能が一斉に失われる「共倒れ」を防止する対策を求めている。地震の揺れや活断層に対する新たな基準を策定自然災害やテロ・火災対策などのイメージを図6に示す。
地震・津波対策も大幅に強化された。地震対策では、耐震の基準となる地震動や活断層の調査・評価を改めて行うことを求めており、断層のずれや変形がなければ活断層でないと判断される(図7)。明確に活断層でないことが判断できない場合は、断層の活動性の評価が求められる。これらの断層評価や地質評価などは、新規制基準の適合審査の審査会合全体の7割を占めている。
さらに、より精密な「基準地震動」の策定を求めているため、原子力発電所の敷地の地下構造により、地震動が増幅される場合もあるため、敷地の地下構造の調査・解析が必要となる(図6)。

図6 自然災害やテロ・火災対策のイメージ
図7 活断層の認定基準 [3]

6.自然災害と系統分離

地震や津波、森林火災、竜巻などの自然災害に対しては、共通原因故障を防ぐために、配管系統やケーブル系統を、物理的に設置位置を分離し、近接している場合は隔壁を設けて相互に独立させるなど系統分離の考え方で設計することが重要である。


7.津波・航空機テロ対策
新規制基準では、とくに津波対策は大幅に強化され、事業者(電力会社)は、防潮堤の建設、水密扉の設置などの対策を実施した(図8)。このため、津波への耐性は、大幅に高まった。また、意図的な航空機衝突を想定した、特定重大事故等対処施設(特重施設)の設置が要求された。原子炉建屋への衝突影響やエンジンが建屋に衝突後に他の重要構造物などへの衝突、構造物などへの衝突、航空機燃料の飛散や火災鎮火なども考慮された。意図的な航空機衝突やテロ攻撃に対処するため、堅牢な地下要塞(バンカー)のなかに炉心損傷を防ぐ注水ポンプや非常用発電機、原子炉の操作盤、水源なども設置され、 PWRにおいてはフィルターベントも特重施設として設置され、 BWRでは過酷事故時の対策として設置した。

図8 各種の津波対策 [3]
図9 フィルターベントの役割 [4]


8.緊急時の現場の人的な対応力強化
新規制基準では、設備・機器の設置(ハード面)の対策に加えて、緊急時の現場の対応力(ソフト面)強化も要求されている。ハード、ソフトの両面が一体となり、安全性の機能が発揮されることが重要になる。とくに、シビアアクシデント対策では、現場作業がカギを握る。そのための手順書の整備や人員の確保、訓練の実施が求められている。
新規制基準では、シビアアクシデント対策をはじめ、火災対策などについて、具体的な対策が要求されているが、その設備面での対策と同時に、手順書の整備も必要とされている。手順書は、現場の作業員のマニュアルとなるもので、初動対応や設備・機器の操作手順などを定めている。
あわせて実地訓練も必要とされる。事業者(電力各社)では、すでに、津波やシビアアクシデント、テロに対応した訓練を実施している(図 10)。

図10 注水訓練 [3]


9.まとめ
以上のとおり、新規制基準とその基になっている深層防護の思想に基づく、各層の対策を説明した。

参考文献
[1]日本保全学会「原子力保全ハンドブック」(2020).
[2]原子力規制委員会、"実用発電用原子炉に係る新規制基準について -概要-"、(2016).
[3]奈良林直、「~新規制基準をわかりやすく解説~」、電気新聞、(2013.8)。
[4]日本機械学会編「フィルタベント」(2018)(2021年 3月 15日)


著者紹介
著者:奈良林 直
所属:東工大 特任教授
専門分野:原子炉工学、原子炉安全工学

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