解説記事「作業手順書に関する一考察」

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カテゴリ: 解説記事


株式会社原子力安全システム研究所

作田 博 Hiroshi SAKUDA


作業手順書に関する一考察

1.はじめに
保全は、プラント設備の安全性と信頼性を確保するためには必要不可欠なものであるが、保全のまずさが、トラブルの原因となっていることも散見される。古いデータではあるが、国内原子力発電所のトラブル事例分析において、高川ら (2007)[1]は 2003年度から 2005年度に発生したトラブル要因として、「保守不良」が全体発生件数の 42%を占めていることを示している(図 1)。また「保守不良」の内訳は、「ヒューマンエラー」が 66%と多く(図 2)、さらに「ヒューマンエラー」の内訳は、「作業手順書に記載なし、曖昧」が 22%、「作業手順書記載間違い」が 19%、残りは「その他」となっている(図 3)。

図1 保全トラブルの主要因 [1]


このことは保全トラブルへの対策の多くが、作業手順書を対象にとられていることを示している。例えば、抜けていた作業手順や注意事項の追記、過去にヒューマンエラーを起こした作業手順にはそれがわかるマーキングを施すなどである。また作業手順書を対象にした研修も行われる。
そもそも作業手順書に全ての作業手順と注意事項を書き込むことは無理があることと、わかりやすさの観点からしても作業の軽重や注意事項の目立ち度が低減し、好ましくない。一般的に作業手順書は当該の作業に精通した作業者(熟練者)が作成すると思われるが、初級者でもこれぐらいは記載しなくても知っているだろうと思われる事項は、作業手順書には記載されない。そうすると作業手順の抜けが生じ、トラブルのもととなる可能性がある。また、現場は生き物と言われるように、環境は常に変動している。作業手順書は前提とした環境に合うように作られているため、環境に合わない作業手順書を使うと当然ながらエラーのもととなる。作業手順書に係るトラブルは、作業者個人のエラーととらえるのではなく、作業者と作業手順書と環境との間でのミスマッチングが起こっていると考えるべきである。
保全業務における作業手順書の重要性は大きいと言えるが、作業手順書の具体的な改善方法については言及されていないのが現状である。そこで、作業手順書を改善するための工夫についての知見と、日ごろ感じている作業手順書の課題について紹介する。

図2「保守不良」の内訳 [1]

図3「ヒューマンエラー」の内訳 [1]


2.作業手順書を改善するための工夫
一般的な作業手順書は、作業手順、注意事項および備考などで構成され、チェックのための確認欄が設けられている。作田( 2017)[2]は、作業者が作業手順書を使用する場合の認知行動モデルを提案している(図 4)。
この認知行動モデルから、作業者の「作業のイメージ化」、「予測」、および「解釈」を支援することにより、作業パフォーマンスが向上することを実験により確認している。その内容を以下に示す。

図4 作業者の認知行動モデル [2]

2.1「作業のイメージ化」の支援
(1) 実験方法
空気作動式調節弁駆動部の組立作業( 13ステップ)を対象とし、従来型作業手順書[文章のみ](図 5)と「作業のイメージ化」を支援することを意図した改良型作業手順書[文章+写真・図](図 6)を試作する [3]。次に研修センターの訓練設備を借用し、実際に組立作業を実施する。 2種類の作業手順書に対して、それぞれ 2回試行する。実験参加者 4人は、当該作業経験のない者とした。
作業パフォーマンスの評価は、評価者(熟練者) 2人が観察により行う。評価は、「ぎこちなさ」、「手間取り」、および「取越し苦労」の観点で、作業ステップごとに 1点(問題なし)から 5点(問題あり)をつけることとした。点数が高いほど、問題があることを表わしている悪評点である。
(2) 実験結果
作業パフォーマンスの悪評点を表 1に示す。悪評点は、2人の評価者の 13ステップに対する合計点を示している。改良型作業手順書は、従来型と比較して、作業パフォーマンスが高く示された。参考までに、作業の所要時間は、 2回の平均値で、従来型は 75分、改良型は 62.5分であった。ちなみに作業手順書の内容が頭に入っている熟練者の模擬実験では、45分であった。

図5 従来型作業手順書 [3]
図6 改良型作業手順書 [3]
表1 作業パフォーマンスの悪評点

2.2「予測」の支援
(1) 実験方法
小型横型ポンプの組立作業(13ステップ)を対象とし、次作業ステップ情報なし(1ステップ/枚)の作業手順書と「予測」を支援することを意図した次作業ステップ情報あり(複数ステップ/枚)の作業手順書(図 7)を試作する [4]。次に研修センターの訓練設備を借用し、実際に組立作業を実施する。2種類の作業手順書に対して、それぞれ 1回試行する。実験参加者 2人は、当該作業経験のない者とした。
作業パフォーマンスの評価は、2.1項の悪評点に加えて、作業手順書の読み方を観察する。観察にあたっては、「瞬間視」、「注視」、および「熟読」の発現回数を計数することとした。

図7 作業手順書 [4](次作業ステップ情報あり )

(2) 実験結果
作業パフォーマンスの悪評点を表 2に示す。悪評点は、 2人の評価者の 13ステップに対する合計点を示している。次作業ステップ情報ありの作業手順書は、なしと比較して、作業パフォーマンスが高く示された。

表2 作業パフォーマンスの悪評点 [4]

作業手順書の読み方の発現回数を図 8に示す。作業手順書が読みやすいものであるならば、「瞬間視」が多くなり、「注視」と「熟読」は少なくなると思われる。次作業ステップ情報ありの作業手順書は、なしと比較して、読み方はより適切である。
作業の所要時間は、次作業ステップ情報なしの作業手順書は 53分であり、ありは 42分であった。

図8 作業手順書の読み方の発現回数 [4]

2.3「解釈」の支援
(1) 実験方法
レゴ・ブロックの組立作業(10ステップ)を対象とし、注意事項の強調「なし」の作業手順書と「解釈」の支援を意図した強調「あり」の作業手順書(図 9)を試作する [2]。レゴ・ブロックの完成写真を図 10に示す。2種類の作業手順書に対して、それぞれ実験参加者 6人が作業する。作業パフォーマンスについては、組立エラー数を計数することとした。

図9 作業手順書 [2] (強調あり )図10 完成写真 [2]

(2) 実験結果
作業パフォーマンスとしての組立エラー数を図 11に示す。強調ありの作業手順書は、なしと比較して、組立エラー数が少ない傾向を示した。

図11 組立エラー数 [2]


2.4 作業手順書の表現形態の詳細検討
作業手順書に対して、「作業のイメージ化」の支援、「予測」の支援、および「解釈」の支援を行うことで、作業パフォーマンスの向上傾向が認められたことから、具体的な作業手順書の表現形態について検討する [5]。
(1) 検討方法
作業対象がイメージしやすいものの例として小型横型ポンプの組立作業( 3ステップ)を、イメージしにくいものの例として真空遮断器の点検作業( 6ステップ)を対象とし、表 3に示す 6つの様式の作業手順書を試作する。また各作業手順書には表 4に示す各種支援を行うこととした。小型横型ポンプの作業手順書 Y-1を一例として図 12に示す。
小型横型ポンプに対しては、機械設備の熟練者(経験年数 10年以上)15人、初級者( 2~ 3年)5人、真空遮断器に対しては、電気設備の熟練者(経験年数 10年以上)15人、初級者( 2~ 3年)5人に対して質問紙調査を行うこととした。それぞれ望ましいと思う様式と各種支援を選択回答することとした。


表3 作業手順書の様式 [5]
表4 作業手順書への各種支援 [5]

図12 作業手順書の一例(Y-1)[5]


(2) 検討結果
質問紙調査結果を表 5に示す。「作業のイメージ化」の支援において、熟練者は、作業対象がイメージしやすいものは、説明なしの機器形状図を、イメージしにくいものは、写真+部品説明指示(線矢印)を選択している。
「予測」の支援においては、熟練者、初級者とも複数ステップ/枚を選択している。「解釈」の支援においては、色付き文字、強調マークを選択している。熟練者と初級者で異なっているのは、「作業のイメージ化」の支援において作業対象がイメージしやすいものに対しても、初級者は具体的な写真または図形と関連部品名を示すことを選択していることである。
表5 作業手順書の具体支援例

2.5 表現形態改良型と従来型の特徴比較
表現形態改良型作業手順書(図 12)と従来型作業手順書(図 5)について、作業者 16人に対して質問紙調査を行った。自由記述意見について、表 6に整理する。()内の数値は、回答者に対する人数比率を示す。
表6 作業手順書の特徴比較

表現形態改良型作業手順書は、多くの視点で高い評価を得ているが、使いやすさでは要改良点がある。従来型は、要点が集約され、作業の流れがわかりやすいが、文章のみは間違いやすいとしている。作業手順書を作業現場に持参して使用する場合は、携帯性を考えると重要ポイントに絞って部分的に改良型を導入することも考えられる。ただ、携帯性については作業手順書を紙ベースで運用することによるものなので、タブレットや現場設置のスクリーンに作業手順書を表示させることができる作業現場では気にする必要はない。また、熟練者による模範作業動画を蓄積しておけば、必要なときに見ることも可能となる。

3.作業手順書の課題についての検討

3.1 作業手順書の必要性
熟練者が作業を実施する場合は、作業手順書がなくても作業ができるかもしれないが、熟練者といえどもうっかり、思い違い、度忘れなどは起こり得る。熟練者 10人に対して今の作業手順書よりもわかりやすい手順書の必要性について質問紙調査を行ったところ、 9人が必要と回答しており、熟練者においても虎の巻は心強いものと思われる。
また、作業手順書は決められた手順を踏んでいることをチェックし、点検・測定結果を品質記録として残し、トレーサビリティを確保することも役目である。
複数の作業手順を行った後に、まとめて「.」を入れることがあると思われる。作業を中断するよりは、一連の流れの中で作業する方が合理的な面がある。しかし、このことは作業手順書に書かれている情報を読まずに進めている可能性もある。【アドバイス】●現場での保全の要は、作業手順書と言ってよい。作業
手順書を単なる品質保証上求められている品質記録の保管のためだけではなく、自分自身や仲間の安全確保、作業品質の維持に重要な役目を担っていることを認識してほしい。

●作業手順書上での重要な事項など、確実に確認してほしい場合は、手間は少し増えるが、手順の脱落防止としてサークル・スラッシュ法が推奨されている(図 13)[6]。

図13 サークル・スラッシュ法

3.2 作業手順書の標準化
一般的には、作業者が作業手順書を作成することになると思われるが、場合によっては作業管理者が作成することや、工事の発注元が作成した標準的な作業手順書をそのまま、あるいは一部改訂して使用するケースもあると考えられる。
標準化とは多くの人に共通的であるが、特定の人には不適な部分もあると思われる。作業は同じでも、作業者のスキルレベルや作業環境は異なる。担当する作業者は、作業手順書のシミュレーションを実施してほしい。注意書きに安全帯フックをかけることとあったとしても、現場に行ってみると足場の設置や親綱を張ることが難しいことがあるかもしれない。初めて現場に行ってそれに気づいたとしても、少しの時間だけだからということで、安全帯フックをかけずに移動してしまうことがあるかもしれない。

 【アドバイス】
●上位機関から降りてきた作業手順書、標準化された作業手順書などを使うときには、現場の作業者自身が現場トレースして作業環境に合うようにカスタマイズしてほしい。

3.3 作業手順書の技能伝承への活用性
作業手順書を技能伝承のために活用するためには、熟練者の勘所、ノウハウ、また作業を積み重ねていく中で得た貴重な情報を落とし込んでいく必要がある。しかしながら、紙ベースで表現するには限度がある。【アドバイス】●熟練者がいる間に、模範作業動画と発話を残しておいてほしい。

4.まとめ
作業手順書をよりわかりやすくするための工夫、および作業手順書に関する課題を複数の視点で検討し、紹介した。作業手順書は、作業者と設備のインタフェースであり、重要な役割を担っている。作業手順書は、作業者と設備と環境のマッチングが重要であると先に述べたが、良いマッチングを図ることは、現場を最もよく知っている作業者にしかできないと思われる。シドニー・デッカー( 2018)[7]は、「職人の技量のプライドを認めなさい」と言っている。作業者が作業手順書の抜けをカバーし、作業手順書が作業者のエラーをカバーできるという良い関係を作るには、作業者がプライドを持つことが重要であり、これがなければマニュアル通りにやれば問題なしとして、いわゆるマニュアル人間になってしまう可能性がある。全ての作業現場で作業者が尊敬されるような風土がつくられることを願っている。

あとがき
本稿の一部については、平成 17年度は独立行政法人原子力安全基盤機構、独立行政法人日本原子力研究開発機構から、平成 18年度から平成 21年度は独立行政法人原子力安全基盤機構から受託した「品質保証等のソフト面を含む保全管理に係る技術基盤の整備に関する研究」により実施したものである。

参考文献
[1] 高川健一 , 宮崎孝正 , 五福明夫 , 飯田裕康 :"原子力発電所における人的過誤の新しい分析方法とこれを適用した国内発電所の保守不良の分析結果", INSS JOURNAL, Vol.14, pp.293-309 (2007)
[2] 作田博 :"保守作業者が作業手順書を使用する場合の認知行動モデルに関する研究" , ヒューマンファクターズ , Vol.21, No.2, pp.68-79 (2017)
[3] 作田博 :"保全パフォーマンス向上のための作業手順書に関する研究", ヒューマンファクターズ , Vol.19, No.2, pp.29-37 (2015)
[4] 作田博 :"ビジュアル型作業手順書の効用に関する実験的研究", ヒューマンファクターズ , Vol.20, No.1, pp.2-11 (2015)
[5] 作田博 :"保守作業者への質問紙調査結果に基づくビジュアル型作業手順書に関する研究" , ヒューマンファクターズ , Vol.21, No.1, pp.6-15 (2016)
[6] INPO:"Human Performance Tools for Workers", INPO 06-002 (2006)
[7] SIDNEY DEKKER:"THE SAFETY ANARCHIST-Relying on Human Expertise and Innovation, Reducing Bureaucracy and Compliance-", Routledge (2018)

(2021年 2月 5日)

著者紹介 
著者:作田 博
所属:株式会社原子力安全システム研究所 社会システム研究所
ヒューマンファクター研究センター
専門分野:ヒューマンファクター、 電気工学




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