特集記事「電力中央研究所 高度評価・分析技術」(6) 塗装構造物における塗装劣化評価

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特集記事「電力中央研究所 高度評価・分析技術」(6)塗装構造物における塗装劣化評価

一般財団法人 電力中央研究所 材料科学研究所 電気化学領域
前田 真利 Mari MAEDA


1.はじめに
 近年、社会インフラの老朽化が問題となっているが、新設構造物を建てるにはコストがかかるため、既設構造物の維持管理が重要となっている。鉄塔、橋梁、船舶などの鋼構造物は腐食により劣化が進行するため、腐食対策として、表面に塗装が施されている。一度塗装を施せば、一定期間は周辺の腐食環境から保護されるが、塗膜自体の劣化や下地金属の腐食により経年劣化が起こるため、供用中に塗装構造物の劣化診断が必要である。なお本稿では、下地を含まず乾固した塗料部分のみをさすときは塗膜、下地金属に素地調整を施して塗膜を付与した状態を塗装と称する。
 当所では、塗装構造物の中でも塗装された送電鉄塔に対する塗装劣化診断手法の開発を行っている。新設の送電鉄塔は未塗装のめっき鋼の場合があるが、補修として塗装される。設備の安全性と維持・管理コストを考えた適切な塗装送電鉄塔の維持管理のためには、塗装の塗替え時期を把握することが重要である。一般的に現場での塗装劣化診断は目視や塗膜厚さの測定により行われているが、鉄塔の重要度によっては、定量的で、外観では把握できない劣化の兆候を捉えられる塗装劣化評価が必要である。塗装劣化評価は、特に実験室内においては、これまで様々な手法で検討されてきた。当所では、その中でも劣化挙動を非破壊で定量的に評価できる手法として、交流インピーダンス法に基づく評価手法を検討してきた[1]。
 本稿では、交流インピーダンス法を用いた塗装劣化評価手法に関して述べた後、現場適用に向けた試みや、現場での測定方法を紹介する。

2.交流インピーダンス法による塗装劣化評価
 交流インピーダンス法は、電気化学的測定手法のひとつであり、塗膜のみならず塗膜下の鋼板表面状態の情報も得ることができる。実験室において、交流インピーダンス法による塗装鋼板の劣化評価に用いる器具の模式図(断面)を図1に示す。測定を行うには、図1のように試験片表面の塗膜を一部剥離し、塗膜下の金属素地を露出させ、その金属素地(鋼板導通部)と取り付けた治具(電極)間で電解液を介して電気的接続を得る必要がある。健全な塗膜は絶縁性が高いが、電解液(0.3 % 塩化ナトリウム水溶液)で塗膜に十分に水分を浸透させることで、電気的接続が可能となる。ここで、電解質の塩化ナトリウム(塩化物イオン)は、塗膜への透過性が水分に比べてかなり低い[2]ことから、塗膜の欠陥部を除き、測定時間内には下地金属まで浸透しないと考えられる。測定機器には、広い周波数領域での測定が行える周波数応答解析装置(FRA)が一般的に用いられる。周波数を変えることにより、異なる時定数をもつ電極反応の素過程を分離して解析することができる。詳細な実験セルの構造は研究者によって異なるものの、同様の原理で多くの交流インピーダンス法による検討が行われてきた。当所では、塗装鉄塔で使用される代表的な塗装鋼の塗装劣化挙動の検討のため、横須賀地区、赤城地区で大気暴露試験、実験室内で加速劣化試験(複合サイクル試験や紫外線蛍光ランプ式促進耐候試験)を実施し、交流インピーダンス法とその他の手法(例えば、塗膜厚さや視覚特性などの評価)を組み合わせて塗装鋼板の劣化を評価している。図2に横須賀地区の臨海地域に設置している大気暴露試験台を示す。

図1 塗装鋼板の交流インピーダンス法による劣化評価用測定器具の断面模式図


図2 横須賀地区に設置している大気暴露試験台

3.塗装劣化評価手法の現場適用に向けた検討
3.1 現場で適用可能な測定機器の検討 
 交流インピーダンス法を用いた塗装劣化評価は、現場で適用するにはいくつかの課題がある。はじめに現場使用できる測定装置や器具の検討を行った。実験室内での評価には、測定機器として、精密な測定が可能なFRAを用いたが、FRAは高価で重い(数kg~数十kg)ため、屋外の実鉄塔の現場で測定するにあたって、安価で軽い(数百g)、可搬性汎用機(LCRメータ)の適用を検討した。交流インピーダンス法にはいくつかの種類があり、FRAを用いる周波数応答解析法(FRA法)では、一定の周波数範囲におけるインピーダンススペクトルを連続的に取得するのに対し、LCRメータを用いた自動平衡ブリッジ法では、特定の周波数において測定を行う。実験室内の同条件において、両機器(FRA、LCRメータ)を用いて、測定したインピーダンスの値を比較した結果、低周波数(100 Hz以下)では、両手法で測定したインピーダンスの値がわずかにずれることがあったが、100 kHz~1 kHzの範囲では値が一致した[3]。本結果から、LCRメータを用いた、特定の周波数(例えば1 kHz)のインピーダンス測定により、塗装の劣化程度を評価できることがわかった。劣化機構の解明などの詳細な検討には、FRAを用いた広い周波数範囲での測定が適切だが、現場において、塗装の劣化程度を判断するには特定周波数での測定で十分であり、低コストで簡単に測定が可能である。
 また、実験室では図1に示したように素地金属を露出させた状態で測定することは容易であるが、実構造物の現場では、健全な塗膜を剥離して電気的接続を得ることは好ましくない。そこで、塗膜を剥離しないで測定する手法を検討した[1]。水流ら[4]も同一形状のセルを2つ鋼板に付けて、その間のインピーダンスを測定することで塗膜を剥離しないで測定する手法を提案している。また、図1のアクリルセルを用いた機器では、実構造物の垂直面の測定が困難なため、小型の測定治具を作製した。測定治具の内部には、電極としてステンレス板を取り付け、その下に電解液を含んだスポンジを入れ、磁石により構造物に貼り付ける。電解液には0.3 % 塩化ナトリウムと3 % カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)の混合溶液を使用する。実験室用の電解液とは異なり、CMC は増粘剤として添加することで、保水性が高まり、水分の蒸発を防ぎ、電解液が治具貼付領域外へ流れにくくしている。
 図3に示すように、同一の測定治具を塗装鋼板に一定の距離をあけて設置し、2つの治具間でインピーダンス測定を行うことにより、塗装鋼板の塗膜を剥離することなく実構造物での測定が可能になった。実鉄塔において、測定箇所の構造によっては治具の設置に制約を受ける可能性があることから、図3に示す2つの治具間距離の影響を検討した結果、数cmから60 cmまで離しても測定値の精度に問題がないことを確認した[5]。

図3 塗装鋼板の塗膜を剥離しないで行うインピーダンス測定器具の断面模式図
3.2 現場での測定条件の検討
 3.1項で検討したLCRメータを用いることで、現場での測定が可能となったが、実際の現場では時間的な制約があるために、測定をより効率的に行う必要がある。測定前には前述のように、塗装に水分を浸透させて導通を取るため、治具を取り付けてから測定までに一定時間(2時間以上)置く必要があるので、現場測定に向けて測定時間の短縮に向けた検討を行った。実験室において、図1の測定器具を用いて、電解液を注いでから2時間程度、LCRメータを用いたインピーダンスの連続測定(周波数:1 kHz)を行った。図4に測定時間短縮の検討のため、測定した塗装鋼板のインピーダンスの経時変化の概念図を示す。水門鉄管塗替指針[6, 7]で定義している劣化度合いから塗替え目安を記載している。図4のように、塗替え目安を元に、塗装鋼板の劣化度合いは「塗装が健全」「塗装劣化が進行中」「塗装が不健全」に分類することができ、「塗装が健全」および「塗装が不健全」な塗装鋼板は、10分程度浸透させた時の値で評価することができ、「塗装劣化が進行中」の塗装鋼板は10分程度浸透させた後のインピーダンスと測定時間の関係から2時間後の値を推測することにより、塗替えの判断が可能であることがわかった[5]。
 また、環境が制御されていない屋外では、測定に誤差が生じる懸念があるため、塗装劣化評価に及ぼす環境条件の影響を検討する必要がある。気温が高い夏季(30~35 ℃)には、治具内のスポンジに含まれる電解液が蒸発して導通が不安定になる懸念があったため、夏季の塗装鋼板の表面温度を測定し、その温度を模擬した環境で、インピーダンスの測定値に及ぼす影響を検討した。その結果、塗装鋼板と治具との間にすき間がないように設計された治具に改良することで、電解液の蒸発を抑えて測定が可能となった[8]。測定時が雨天の場合は、測定する塗装表面上に厚い水膜が形成されていると測定値に誤差が生じる可能性があるが、雨が止んだ直後であっても治具周辺の付着水分を不織布ウエス等で除去することで、精度よくインピーダンス測定を行うことが可能であることを示した[8]。
 以上の検討から、測定手順書を作成し、塗装鉄塔において、図5の模式図に示すように塔上で測定を実施し、現場適用が可能であることを確認した。


図4 測定時間を短縮させた塗膜劣化判定の概念図


図5 塗装鉄塔におけるLCRメータを用いた測定模式図

4.今後の展開
 構築した塗装劣化評価手法を用いて、実鉄塔での測定を継続して実施する。実用化の際に、なるべく測定箇所を少なくして評価できるようにするため、鉄塔全体の劣化分布状態を調査し、鉄塔高さ、方位(日射)の影響や部材による劣化程度の違いを検討する。また、現場で測定を行う際の各測定箇所で必要な測定点数等や誤差範囲を大気暴露させた塗装鋼板などを用いて検討し、本手法の高度化を進める。


5.まとめ
 本稿では、塗装鉄塔における塗装劣化評価手法と現場適用に向けて行った試みについて紹介した。塗装の劣化状態を小型の測定機器を用いて、現場で構造物の塗膜を剥離することなく電気的に測る手法を構築し、測定時間や環境条件(気温や降雨)の影響などの測定条件を検討した本手法は、塗装鉄塔だけでなく、他の塗装構造物においても適用可能と考えられる。

 参考文献
[1] 河合登: "電力流通設備における塗装劣化評価手法の検討-塗装劣化度評価用小型計測器の施策とその基礎特性-", 電力中央研究所報告, Q14015 (2015)
[2] V.B. Mi?kovi?stankovi?, D.M. Dra?i?, M.J. Teodorovi?: "Electrolyte penetration through epoxy coatings electrodeposited on steel", Corrosion Science, Vol.37, No.2, pp. 241-252 (1995)
[3] 安本憲司: "屋外における交流インピーダンス法による塗装劣化評価手法の改良", 電力中央研究所報告, Q18002 (2019)
[4] 水流徹: 腐食の電気化学と測定法, 丸善出版, p.266 (2017)
[5] 安本憲司: "経年塗装鉄塔における塗装劣化診断法の現場適用性の向上", 電力中央研究所報告書Q20001 (2021)
[6] 青木敬雄, 島田実: "水圧鉄管塗装指針", 電力中央研究所報告, 化学・61007 (1962)
[7] 電気事業連合会他: "水門鉄管塗装指針" (1969)
[8] 前田真利, 安本憲司: "経年塗装鉄塔における塗装劣化診断法の現場適用性の向上(その2)-塗装劣化評価に及ぼす気温および降雨の影響-", 電力中央研究所報告, Q20008 (2021)

(2021年5月14日)

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