特集記事「電力中央研究所 高度評価・分析技術」(7) Lamb波の散乱係数算出法と非破壊検査における適用手法案

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特集記事「電力中央研究所 高度評価・分析技術」(7)Lamb波の散乱係数算出法と非破壊検査における適用手法案

一般財団法人 電力中央研究所 材料科学研究所 構造材料領域
神田 昂亮 Kosuke Kanda
愛媛大学 大学院理工学研究科 生産環境工学専攻
丸山 泰蔵 Taizo Maruyama

緒言
 原子力・火力発電プラントをはじめとして、構造物の健全性を確認するために、超音波探傷試験などの非破壊検査が広く実施されている。しかし、一般的な超音波探傷試験は対象部位に直接探触子を接触される点検査であり、配管等の長大構造物の全体を検査するためには多大な時間を要する。検査時間を短縮するための非破壊検査技術として長距離伝搬性を有するガイド波の適用が期待されている。また、原子炉格納容器のコンクリート埋設部や原子炉建屋のライナーなど従来の超音波探傷試験ではアクセスが困難な部位の検査にもガイド波の適用が期待されている。
 ガイド波とは、弾性体内を伝搬する縦波と横波が界面における反射やモード変換の結果、試験体長手方向に伝搬する合成波であり、低減衰で長距離伝搬する特徴を持つ[1]。これは試験体断面方向で一種の共振状態となっており、この状態を保つ条件を満たす伝搬速度で長手方向に進む。その結果エネルギーが試験体内に閉じ込められ、長距離伝搬性を有することになる。しかし、ガイド波は分散性と多重モード性を有し複雑な伝搬挙動を示すため、定量的な評価が難しく、検出精度を要する分野では部分的な実用化にしか至っていない[2]。
 一般的な超音波探傷試験では、反射源となる欠陥の位置や欠陥サイズ、指示長さ、指示高さを反射波の振幅、到達時間と超音波の音速から同定する[3]。一方、ガイド波による探傷では、分散性と多重モード性を考慮して各モードに対する振幅、到達時間から欠陥情報を推定する必要がある。そのため、反射波もしくは透過波を構成する伝搬モードの識別およびそれらの各伝搬速度の理解が必要となり、一般的な超音波探傷と同様の考え方では探傷結果を大きく誤ることになる。ガイド波では、入射されたエネルギーは欠陥部で散乱され、多重モード性により生じる複数の伝搬モードの重ね合わせで表現される反射波と透過波に分解される[4]。この現象はモード変換と呼ばれ[5]、欠陥の位置・形状に依存し変化するとされているが十分に解明されているとは言い難い。
 本記事では、数値解析的手法であるGlobal-Local method(GL法)を用いてモード変換現象の結果生じる反射波と透過波の入射振幅に対する変化率(反射率と透過率、総称して散乱係数)を算出する手法とその計算結果[6]および実験による検証[7]について紹介する。

Lamb波の散乱係数算出法
 数値解析的手法であるGL法[8]では伝搬モードの効果と非伝搬モードの効果を分け、反射率、透過率を算出する。GL法は、ガイド波の伝搬特性を求める大域的な領域をGlobal部、散乱源となる欠陥部を含む局所的な領域をLocal部とし、実際の境界部の境界条件とGlobal部とLocal部の接合部である仮想境界においてガイド波が透過する条件を満たすように連立方程式を導き、反射率と透過率を算出することができる数値解析手法である。ここで、伝搬モードは減衰せず無限遠まで伝搬するが、非伝搬モードは減衰し欠陥付近で消散するため、Global部は伝搬モードの効果を、Local部は非伝搬モードの効果を考慮することに相当する。本記事では、Global部に半解析的有限要素法(Semi-analytical finite element method: SAFE)[9]、Local部に境界要素法(Boundary element method: BEM)を適用する。各手法の細かい導出は参考文献[6]に譲り、ここでは2次元波動場を伝搬するガイド波であるLamb波およびGL法概要のみを記す。

2.1 支配方程式
 解析モデルの概念図を図1に示す。一般的なLamb波の支配方程式、境界条件は以下のように表せる。
-ρ (∂^2 u)/(∂t^2 )+(λ+μ)((∂^2 u)/(∂x^2 )+(∂^2 w)/∂x∂z)+μ((∂^2 u)/(∂x^2 )+(∂^2 u)/(∂z^2 ))=0
(1)
ρ (∂^2 w)/(∂t^2 )+(λ+μ)((∂^2 u)/∂x∂z+(∂^2 w)/?∂z?^2 )+μ((∂^2 w)/(∂x^2 )+(∂^2 w)/(∂z^2 ))=0
(2)
 [μ(∂u/∂z+∂w/∂x)] |_(z=±d)=0
(3)
 [λ(∂u/∂x+∂w/∂z)+2μ ∂w/∂z] |_(z=±d)=0
(4)
ここで、u、wはそれぞれx方向、z方向の変位、ρは密度、λ、 μはラメ定数を示す。式(1)、(2)はガイド波に限らない2次元の等方弾性体の運動方程式であり、Navierの式と呼ばれる[1]。u、wを進行波(exp?{i(kx-ωt)})と仮定し、式(3)、(4)の境界条件を満たすLamb波として伝搬し得る角周波数ω、波数kの分散関係が得られる。この関係式は分散方程式と呼ばれ、得られる分散曲線は図2のようになる(詳しくは[6]参照)。図2に示すようにLamb波にはどのような入力周波数においても2つ以上の伝搬モードが存在する。

2.2 計算モデル
 欠陥部に入射されたLamb波の散乱問題は、図1に示すように境界S_-から入射波u^inが領域D(Local部)中に伝搬し、その後、領域D内で散乱し、S_-から反射波u^ref 、S_+から透過波u^traが領域D外に伝搬していく問題と考えられる。そのため、S_±における変位は次のように表される。
u=u^in+u^ref on S_-
u=u^tra on S_+
入射されるLamb波はある単一の伝搬モードであると仮定し、u^inは次のように表す。
u^in (x,z)=α_0^+ u??_0^+ (z) e^(ik_0^+ x)
ここで、α_0^+は入射波の振幅、u??_0^+はz方向の変位分布、k_0^+はx方向の波数である。ここで、上付き+は右側に伝搬する波(エネルギー速度が正)であること、下付き0は入射Lamb波のモードに対応することを示す。一方、u^ref 、u^traはLamb波として発生し得るモードの重ね合わせとして次のように表現される。
u^ref (x,z)=∑_(n=1)^(N_p^-)??α_n^- u??_n^- (z) e^(ik_n^- x) ?+∑_(n=N_p^-+1)^∞??α_n^- u??_n^- (z) e^(ik_n^- x) ?
(5)
u^tra (x,z)=∑_(n=1)^(N_p^+)??α_n^+ u??_n^+ (z) e^(ik_n^+ x) ?+∑_(n=N_p^++1)^∞??α_n^+ u??_n^+ (z) e^(ik_n^+ x) ?
(6)
ここで、N_p^±は伝搬モードの数を表しており、上付き-は左側に伝搬する波(エネルギー速度が負)であることを表している。
 変位、表面力はそれぞれ区分線形、区分一定関数によって補間する空間離散化を行った。境界S_0に対する境界積分方程式の重み関数を対応する未知量の形状関数と同じにすれば、未知量の数と方程式の数が等しくなり、一般的に可解となる。ここで、式(5)、(6)に示すように未知数α_n^±は各モードの変位の係数であるため、散乱振幅に相当し、この値を実験値と比較する。ここで、GL法による数値計算は全て仮想境界の要素数40、Local部の要素長はA0-modeの波長の1/30として計算を行った。また、Global部では|?Im[k?_n]|?1を満たす無次元波数k_nに対応する非伝搬モードまで考慮し、|?Im[k?_n]|>1となる非伝搬モードはLocal部で十分に減衰するとした。ここで、Im[ ]は虚部を表している。図1に示すように、欠陥は半楕円形で減肉を模擬しており、パラメータa、 bによって定義される。
 また、実験を含む実現象は有次元で議論する必要があるが、数値計算では無次元化することで力学的類似性から広く評価できるため無次元で議論する。ここで、無次元化における代表速度には横波速度、代表長さには板厚を採用した。

3. Lamb波の散乱係数算出法の検証
3.1 計算結果
 入射モードをS0-mode、欠陥パラメータをa=b=hと固定し、入力周波数を走査させたときの散乱係数(反射率|α_n^-/α_0^+ |・透過率|α_n^+/α_0^+ |)の変化をそれぞれ図3に示す。本記事で用いた欠陥モデルは伝搬方向に対して非対称であるため、モードの族(A-modeやS-mode等の区分け)を超えてモード変換現象が生じているのが確認できる。特に、カットオフ周波数(高次モードが発生し始める周波数)直後でモード変換現象はより複雑な挙動を示し、周波数変化に対し散乱係数は単調な変化をするとは限らない。
 また、入射モードをS0-mode、無次元入力周波数1とし、欠陥パラメータを走査させた際の散乱係数(反射率|α_i^-/α_0^+ |・透過率|α_i^+/α_0^+ |)の変化をそれぞれ図4に示す。図4より、欠陥パラメータ変化と散乱係数の変化は単調ではないことが確認できる。つまり、散乱係数と欠陥パラメータは一対一対応の関係になく、ある一つの入力周波数によって得られた特定のモードの散乱係数のみから欠陥形状を推定することは容易ではない。
 このように、散乱係数の大きさは入力周波数と欠陥パラメータの両者の影響を受け、かつそれらのパラメータと線形関係にないため、単一の伝搬モードの散乱係数の大きさだけでは欠陥の影響度は判断できない。

3. 2 実験による検証
 本節では、GL法による計算結果の妥当性を検証するため実施した実験について記す。発生し得る伝搬モード毎の散乱係数の入力周波数依存性と欠陥パラメータ依存性を評価するために、欠陥パラメータを変化させた試験体を作成し、伝搬モード毎の振幅値を測定可能な実験装置を構築した。
 ワイヤーカット加工を用いて半楕円形柱の減肉欠陥を付与した試験体(SUS316L)の寸法(単位:[mm])を図5に、構築したガイド波伝搬測定装置の概念図を図6、写真を図7に示す。入力条件は、入力周波数を300kHzから700kHzまで50kHz刻みで走査し、入力波束形状は各入力周波数での10波が半値全幅と一致するガウス分布とした。測定条件は、サンプリング周波数3。125MHz、測定時間160?s、加算平均100回、繰り返し周波数100Hzとした。欠陥部で散乱し、複数の伝搬モードの重ね合わせ状態である受信波形から各伝搬モードの振幅(散乱振幅)を抽出するため2DFFT(2次元高速フーリエ変換)を実行した[10]。2DFFTにより得られる散乱フーリエ振幅は、有次元での式(5)、(6)のα_n^±に相当するため実験結果と計算結果は単純比較することができる。
 前節では、数値計算で理想的な例として単一の伝搬モードのみの入力に対する散乱係数を紹介したが、実験では単一の伝搬モードのみを発生させることは難しく複数の伝搬モードが入力されてしまう。そこで、健全な試験体における透過振幅から入力周波数毎に入力される伝搬モードの各振幅値を測定し、その値を入力値としてGL法を実行した。
 実験結果と計算結果を比較した結果を図8に示す。図8は、横軸に入力周波数、縦軸にA0-modeの散乱フーリエ振幅(反射振幅)の例である。実験結果と計算結果に差異があるものの、散乱振幅の周波数依存性が定性的な一致を確認できる。

適用手法の検討
 前節までで紹介したように、ガイド波を用いて欠陥パラメータを評価する場合、従来の超音波探傷のように単一の入力周波数における到達時刻および散乱振幅の大小のみでは十分ではない。そこで、欠陥パラメータを評価し得るガイド波の適用手法について考察を行う。
 まず、GL法を用いて様々な欠陥形状における各伝搬モードの散乱振幅の周波数応答を事前に算出しデータベースとして準備しておく(図9:Step1)。次に、各伝搬モードの散乱振幅を周波数走査して測定する(図9:Step2)。この際、本報では2DFFTを実行することで散乱振幅を算出したが、各伝搬モードの散乱振幅を取得できれば手法は任意である。最後に、データベースと測定値を比較することで欠陥形状を推定する(図9:Step3)。このような手順を踏むことで、現状までの定性的な一致を示す結果であっても、検査結果の解釈に大きく貢献することができる。将来的には、計算モデルをより実機に近付け、そこから得られるデー
タに機械学習などの技術を適用することで、より高い信頼性を持たせることも可能と考える。
結言
 Lamb波の散乱係数は、入力周波数や欠陥パラメータの変化と散乱係数の変化は線形関係になく、散乱係数の大小のみから欠陥形状を推定するのは容易ではないことが分かった。Lamb波の用いた非破壊検査を実施する場合、検査したい対象により適切に伝搬モードおよび走査周波数を選択し、図8のような手順を踏む必要があると考えられる。また、本記事ではLamb波に限定し、計算例を紹介したが、GL法のモデルを拡張することで任意の長大構造物に適用できる可能性がある。
 
参考文献
J. L. Rose. Ultrasonic guided waves in solid media。 Cambridge university press. (2014).
日本電気技術規格員会, 発電用火力設備規格 火力設備配管減肉管理技術規格(2009年度版) (2009).
一般社団法人日本非破壊検査協会. [非破壊検査技術シリーズ] 超音波探傷Ⅱ2000年版. (2000).
D. N. Alleyne, M. J. S. Lowe and P. Cawley. The reflection of guided waves from circumferential notches in pipes. Journal of Applied Mechanics. Vol. 65 (3), 635-641 (1998).
A. Demma, P. Cawley, and M. Lowe. The reflection of the fundamental torsional mode from cracks and notches in pipes. The Journal of the Acoustical Society of America 114, 611 (2003).
神田昂亮, 丸山泰蔵. 半解析有限要素法と境界要素法を用いたLamb波の散乱係数を算出するプログラムの開発。電力中央研究所 研究報告 Q19008 (2019)。
神田昂亮, 丸山泰蔵. 半解析有限要素法と境界要素法を用いたLamb波の散乱係数手法の妥当性評価. 電力中央研究所 研究報告 Q20007 (2020).
A. Spada, M. Capriotti and F. L. Scalea. Global-Local model for guided wave scattering problems with application to defect characterization in built-up composite structures. International Journal of Solids and Structures. 182-183 267-280 (2020).
T. Hayashi, W. J. Song and J. L. Rose. Guided wave dispersion curves for a bar with an arbitrary cross-section、 a rod and an example. Ultrasonics. 41 (3), 175-183 (2003).
D. Alleyne and P. Cawley. A two-dimensional Fourier transform method for the measurement of propagating multimode signals. The journal of the Acoustical Society of America. 89 (3), 1159-1168 (1991).


(2021年5月14日)

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