特集記事「高度評価・分析技術」(2) 材料劣化と微細組織変化
公開日:一般財団法人 電力中央研究所材料科学研究所 構造材料領域
小林 知裕 Tomohiro KOBAYASHI
三浦 靖史 Yasufumi MIURA
一般財団法人 電力中央研究所原子力技術研究所 燃料・炉心領域
澤部 孝史 Takashi SAWABE
特集記事「高度評価・分析技術」(2)材料劣化と微細組織変化
1.はじめに
材料は使用時間とともにその特性が変化することがあり、電力設備においても劣化という形で保全の対象となることが多い。劣化の要因は様々であるが、長期間使用される金属材料ではナノメートルスケールの微細組織が時間とともに変化することで巨視的な特性が変化することがある。このような劣化機構においては、寿命評価や高寿命材料の開発に微細組織観察が強力な手助けとなる。古くは三次元アトムプローブ、最近はアトムプローブトモグラフィー( APT)と呼ばれる手法はナノレベルの分析に威力を発揮する(図 1)。原子一つ一つの位置と種類をサブナノメートルの精度で調べることができ、各種材料の元素分布を三次元で解析することが可能である。当所では APTの適用例として原子炉圧力容器の照射脆化、ステンレス鋼溶接金属の熱時効、燃料被覆管の劣化機構解明に役立てている。
図1 アトムプローブトモグラフィー(LEAP5000XR)の外観
2.原子炉圧力容器の照射脆化
原子炉圧力容器に用いられている低合金鋼は中性子照射を受けると、破壊靭性が低下する。この事象は「中性子照射脆化」として知られており、原子力プラントの経年劣化事象に係わる重要な評価項目となっている。照射脆化には、中性子の照射による鋼材中の不純物である銅や他の添加元素の集合体(溶質原子クラスター、以下、クラスターとする)の形成および結晶中の原子配置の乱れ(格子欠陥)の集合体である転位ループといったマトリックス損傷の形成が関与していると考えられている [1,2]。図 2にクラスターとマトリックス損傷の形成による照射脆化メカニズムの概念図を示す。クラスターおよびマトリックス損傷によって転位の運動が阻害されることにより、鋼材は硬く変形しにくくなり、脆化が引き起こされる。
クラスターおよび転位ループの直径は 2~ 4 nm程度と非常に小さいため、これらの欠陥の観察・分析には APTや透過電子顕微鏡( TEM)といった原子レベル観察が可能な装置が用いられる。クラスターは APTによる分析、一方、転位ループは TEMによる観察が一般的である。図 3は中性子照射された圧力容器鋼(照射量:3.5 × 1019 n/cm2、E>1MeV)の APT結果 [2]で、Cu、 Ni、Mn、Siを主体とするクラスターが観察されている。 APTにより評価したクラスターの形成量(クラスターの体積率 Vfの平方根)と照射脆化の程度を表す延性脆性遷移温度上昇量( ΔRTNDT)の関係 [2]を図 4に示す。照射によって鋼材中に形成するクラスターの数は転位ループの 10~ 100倍多く、図から明らかなように ΔRTNDTと Vf 1/2の間には正の直線関係があることから、クラスター形成は照射脆化に及ぼす影響が特に大きいと考えられている。
当所ではミクロ組織変化の観察結果を踏まえ、照射脆化メカニズムに基づいた照射脆化予測式を開発 [1,2]し、現行の(社)日本電気協会の技術規定「JEAC 4201-2007[2013年追補版]」[3]に採用された(以下,現行予測式)。この式では、まず中性子照射による鋼材のミクロ組織変化を予測し、その結果からミクロ組織変化に伴う ΔRTNDTの予測を行う。このうち、ミクロ組織変化の予測については、現行予測式開発後も APTデータの蓄積を進め、現在ではミクロ組織変化の予測性能を詳細
図2 照射脆化メカニズムの概念図
に検証可能となっている。図 5(a)は、現行予測式による ΔRTNDTと,ミクロ組織変化の予測結果である(ここでは Vfとクラスターの体積 Vclstの結果を示す)。ΔRTNDTと Vfについては測定結果と概ね 1対 1の対応が見られるが、 Vclstに対しては改良の余地があることがわかる。そこで、現行予測式をベースとしてミクロ組織変化も良く再現できるよう式の改良を進め、現在では ΔRTNDTと Vfの予測精度を維持しつつ、 Vclstの予測精度も向上させた脆化予測が可能となっている(図 5(b))[4]。
図3 中性子照射された圧力容器鋼(Cu含有量:0.12 wt.%、照射量:3.5 × 10 19 n/cm2、E>1 MeV)のアトムマップ(クラスターや炭化物を目視しやすいようCu、Si、P、Cのみを表示)[2]
図4 Δ RTNDTとVf 1/2の関係(脆化予測式 [2]の開発当時)[2]
図5 現行予測式と改良した式におけるΔRTNDTおよびミクロ組織変化予測結果の比較 [4]
3.ステンレス鋼溶接金属の熱時効
オーステナイト系ステンレス鋼は、靭性、耐食性、溶接性等に優れることから、軽水炉の炉内構造物や配管等に幅広く使用されている。同鋼の金属組織は基本的にオーステナイト相により構成されるが、溶接金属はフェライト相を含み、高温環境に長時間さらされること(熱時効)により、フェライト相が硬化し、材料特性が変化しうる。熱時効による材料特性の変化は、溶接金属と似た二相組織を有するステンレス鋼鋳鋼で幅広く評価されており [5-7]、当所においても弾塑性破壊靭性やシャルピー吸収エネルギーといった材料特性や、 APTによるミクロ組織変化評価の実績 [8]がある。これに対し、ステンレス鋼溶接金属の評価例は相対的に少なく、特に BWRプラントで広く用いられている SUS316L鋼のデータが限られている。当所では、熱時効による材料特性の変化が軽水炉機器の健全性に与える影響を評価することを目的に、溶接金属に実機運転温度より高温で加速的な熱時効を施し、引張特性や弾塑性破壊靭性といった機械特性、 SCC進展特性の観点から評価している [9]。また、フェライト相の硬化要因である Crの濃淡分離(相分離)と、主として Ni、Si、Mnより構成される G相析出物の析出挙動を把握するために APTを用いている。
図 6は溶接まま(未時効)の SUS316Lガスタングステンアーク溶接( GTAW)継手の溶接金属中のフェライト相を対象として実施した APTによって得られたアトムマップである。ここでは Crのアトムマップを相分離の、 Ni、Si、Mnのマップを G相析出の挙動を表すものとして用いている。溶接まま材では表示した全元素ともに特徴的な濃淡などはなく、観察体積中でランダムに近い形
図6 SUS316L鋼 GTAW溶接金属フェライト相の(1)溶接まま(未時
効)材、(2)350℃での 15000時間時効後、(3)400℃での 2000
時間時効後のアトムマップ
で分布していることがわかる。これに対し、 350℃での 15,000時間時効後には、 Crマップでは濃淡の分離が生じているのが確認されるほか、Ni、Si、Mnのマップでは、比較的高密度にクラスター化したイオンが確認できる。これが G相析出物であり、 Ni、Si、Mnはほぼ同位置で検出される。400℃時効材では更に顕著な Crの濃淡分離や、よりサイズが大きく、低密度の G相析出が認められる。このような熱時効温度がフェライト相のミクロ組織変化に及ぼす影響はステンレス鋼鋳鋼においても認められ、本項で見られたように、高温の熱時効ほど早期に相分離が生じやすく、その程度も大きいことや、 G相析出物のサイズが大きく、反面数密度は小さくなることが報告されている [10,11]。SUS316L相当の化学組成を持つステンレス鋼鋳鋼である SCS16A鋼について、相分離の程度や G相析出物の数密度の観点から、 SUS316L溶接金属と似た熱時効温度や熱時効時間に対する依存性を持つことを確認しており [9]、ミクロ組織変化の観点からは、多数の知見が報告されているステンレス鋼鋳鋼の成果をステンレス鋼溶接金属に、活用できる見通しが得られている。
4.燃料被覆管
軽水炉では、機械的性質、耐食性および核的特性からジルコニウム合金が燃料被覆管として使用されている。被覆管は核燃料を収納し、核分裂で生じた核分裂生成物を閉じ込めて外部に放出させない役割を担う。このため、被覆管の機械的性質が確保されることは重要である。一方、被覆管の酸化腐食とこれにともなう水素吸収は被覆管の脆化要因となる。被覆管の腐食は燃焼度とともに進行するため、特に高燃焼度での被覆管の耐食性および水素吸収の抑制は近年の被覆管開発の大きなテーマである。
被覆管の腐食・水素吸収現象は、化学組成や微細組織の影響を大きく受けることが確認されている [12]。しかし、そのメカニズムについては未解明な部分があり、微細組織の情報、特に添加される合金元素の照射挙動についての知見が求められている。当所は APTをはじめとする微細組織観察手法を用いて、実際に軽水炉で照射された被覆管の合金元素分布を調査している。本稿では BWRにて照射されたジルカロイ -2とその改良被覆管の微細組織について紹介する。
ジルカロイ -2は、耐食性や強度を向上するために Sn, Fe, Cr, Niを添加したジルコニウム合金で、 BWRの被覆管として使用される [13]。合金元素のうち Feは耐食性の向上と水素吸収の抑制に寄与すると期待され、 Fe添加量を高めた改良被覆管が開発されている [14,15]。Feのジルコニウム母相への固溶度は低く、製造時にはほとんどの Feは Crや Niと金属間化合物 Zr(Fe,Cr)2や Zr2(Fe,Ni)の析出物を母相中に形成するが、照射により Feは析出物から母相へ溶出する [16]。炉内での使用された被覆管の耐食性を検討するには、照射量と合金元素分布の関係を把握する必要がある。以下に示すように APTにより、ナノスケールでの元素分布や微量元素濃度の評価が可能となった。
図 7(a)のアトムマップは、照射後の改良ジルカロイ被覆管で観察した Zr(Fe,Cr)2析出物とその周囲に溶出した Feの分布である。溶出 Feはナノクラスターを形成して縞状に並んでおり、同位置の TEM像(図 7(b))との比較から、 Feナノクラスターはジルコニウム六方晶底面の照射欠陥に沿って分布することが確認された。この
図7 炉内照射した改良ジルカロイ被覆管の微細組織 . (a) Feアトムマップ, (b) アトムプローブ測定前の TEM暗視野像と電子線回折像 [16]
図8 Feナノクラスターのサイズ(DG: Guinier diameter)と照射量および Fe添加量の関係 [16]
ように TEMによる結晶構造解析と組み合わせることで、照射挙動の深い理解につながる。図 8は Feナノクラスターのサイズを Fe添加量と照射量で整理した結果である。低照射側でのクラスターサイズは Fe添加量に依らない。一方、高照射側では Fe添加量の多い試料ではクラスターサイズが増加するが、添加量が少ない試料では頭打ちしている。このように、 Fe添加量の違いは高照射側、つまり高い燃焼度において現れることが示された。また、ジルコニウム母相に固溶する Fe濃度は照射により約 0.1 at%まで増加することが確認された [17]。当所では商用炉で照射された PWR燃料被覆管の微細組織観察も実施中である [18]。
5.終わりに
材料の微細組織の分析には APTだけでなく数多くの手法が用いられる。当所ではこれら多くの手法を組み合わせることにより単独の分析手法だけでは得られない情報を引き出し、材料劣化研究に役立てている。
参考文献
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[18] 澤部孝史 , 中森文博 , 園田健 ,"Nb添加 PWR被覆管の微細組織観察と添加元素の照射挙動", 電力中央研究所報告 L20005 (2021).
(2021年 5月 14日)
著者紹介
著者:小林 知裕 所属:電力中央研究所 材料科学研究所構造材料領域 専門分野:照射損傷評価
著者:三浦 靖史 所属:電力中央研究所材料科学研究所構造材料領域 専門分野:環境助長損傷
著者:澤部 孝史 所属:電力中央研究所原子力技術研究所燃料・炉心領域 専門分野:燃料被覆管、微細構造解析