特集記事「高度評価・分析技術」(3) 超小型試験片による原子炉圧力容器鋼の強度評価技術

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カテゴリ: 特集記事

一般財団法人 電力中央研究所材料科学研究所 構造材料領域
山本 真人 Masato YAMAMOTO

小林 知裕 Tomohiro KOBAYASHI

信耕 友樹 Tomoki SHINKO

特集記事「高度評価・分析技術」(3) 超小型試験片による原子炉圧力容器鋼の強度評価技術


1.はじめに
原子炉圧力容器( RPV)の中で中性子照射を受けた RPVと同種鋼材で作られた監視試験片を適時に取り出して強度を測る監視試験は、全運転期間に亘って RPVが健全であることを確認するための重要な実験手段であり、日本電気協会の技術規程 JEAC4201[1]として評価手法が定められている。 RPV内の限られた空間に複数回の監視試験をカバーする物量の試験片を納める必要から小型試験片による評価技術が求められてきた。近年では、運転開始から 40年を越えてさらに 20年間の運転期間延長に追加で必要となる監視試験に対応するため、より小さな試験片でより精度良く評価を行える新しい技術へのニーズが高い。
本稿では、電力中央研究所(電中研)で取り組んできた超小型試験片による材料強度評価技術として、従来の監視試験片の 1/8以下の体積の試験片による破壊靭性注 1)の評価技術と、直径 8mm、厚さ 0.5mmという小型円板試験片による降伏応力の評価技術について述べる。
2.超小型試験片による破壊靭性評価
2.1 超小型の破壊靭性試験片
電中研は、親指の爪ほどの超小型の破壊靭性試験片

(4 × 10 × 9.6mm、図 1)を開発 [2]した。この試験片は、監視試験片として全ての RPVに納められているシャルピー試験片より小さいため、監視試験済みの残材から加工して新たな試験片とし、追加のデータを得られる。シャルピー試験片と比べ、(1)破壊靭性を直接評価できるので、シャルピー試験結果から間接的に破壊靭性を評価する場合より評価精度が向上できる、(2)一つのシャルピー
注1) 破壊靭性とは、亀裂が入って弱くなった材料が壊れる時の強度であり、起動停止や地震による荷重を上回っていれば RPVなどの構造物が健全だと評価される。
試験片から最大 8個を加工可能なのでデータ点数を増大させることができる、という特長を持つ。監視試験では、温度とともに破壊靭性が変化する延性脆性遷移温度域の破壊靭性と、その高温側で破壊靭性がほぼ一定となる上部棚の破壊靭性の二種類が評価の対象である。 2.2および 2.3節ではそれぞれの技術について述べる。

後方:シャルピー試験片(10 × 10 ×55mm)手前:超小型の破壊靭性試験片(4 × 10 ×9.6mm)
図1 超小型破壊靭性試験片とシャルピー試験片


2.2 延性脆性遷移温度域の破壊靭性評価
現在の監視試験手法が確立し原子炉の商用運転が始まった後に、マスターカーブ法 [3](以下 MC法)という延性脆性遷移温度域を対象とする破壊靭性評価法が開発された。 MC法は破壊靭性の分布に関する理論と実験事実に基づく経験則に従って構築され、それまでより少ない試験片(超小型試験片の場合、最低 8個)で精度の良い破壊靭性の評価が可能となった。また、それまで破壊靭性の評価には大きな寸法の試験片が必要とされてきたが、MC法では寸法依存性を補正することが可能となった。図 1の超小型破壊靭性試験片を使い MC法で評価することで、監視試験として原子炉内で照射された材料の破壊靭性を直接評価できるようになった。同手法は国際ラウンドロビン試験 [4]などを経て産業界のコンセンサスを得て、評価手法として規格化 [5,6]されるに至っている。現在、 JEAC4201の改定が日本電気協会で進められている。ここではシャルピー試験片の代替として超小型の破壊靭性試験片の使用を前提とした MC法による監視試験法の採用が検討されている。


2.3 上部棚温度域の破壊靭性評価
延性脆性遷移温度域と上部棚温度域では材料の壊れ方が異なり、破壊靭性の意味合いも評価法も異なる。上部棚の破壊靭性は中性子照射によって低下するが、多くの場合は低下後も RPVの材料強度には十分な余裕がある。従って健全性評価規格 [7]では簡単かつ保守的な基準としてシャルピー試験で測定される吸収エネルギー Cv が 68J注 2)を上回ること、とするスクリーニング基準が設けられており、この基準を下回る場合にのみ破壊靭性を評価する必要が生ずる。スクリーニング基準に基づく評価は簡単であるが、試験毎に最低 3個のシャルピー試験片について試験が実施され、また得られる結果は保守性の高いものとなる。同試験を 3個の超小型の破壊靭性試験片によるそれに置換えられれば、必要な材料の体積は 1/8、得られる試験結果は破壊靭性そのものとなることから、監視試験片の有効活用のみならず、シャルピー試験結果から破壊靭性に換算する際の不確実性を排除することにより評価精度の向上にも貢献できる。電中研では、超小型の破壊靭性試験片を用いて保守的なスクリーニング基準の合否を判定する方法の開発をステップ 1、上部棚の破壊靭性を直接評価する方法の開発をステップ 2として評価法の開発を進めている。


ステップ 1では、既に健全性評価規格 [7]に記載されている Cvと破壊靭性の関係式を一部変更注 3)し、超小型試験片で得た破壊靭性から Cvを保守的に推定する式を提案した [8]。Cv =245Jの実力を有する、ある RPV材料を用いたテストケースでは、超小型の破壊靭性試験片の結果から換算した Cvは 178Jとなった。この値は実力値を大きく下回る保守的な値であるが、スクリーニング基準である 68Jより大幅に高い。現行のシャルピー試験片の代替を小さな試験片で実施できる可能性を示している。
ステップ 2では、上部棚における破壊靭性の寸法依存性の補正法を検討した。上部棚の破壊靭性は、その評価
注 2) 米国単位系で 50ft・lbに相当する。十分に保守的で切りの良い基準として与えられた数字である。
注 3) 規格に記載されている式は Cvから破壊靭性を保守的に推定するためのものであり、破壊靭性から Cvを逆算する際の保守性は担保されない。これを解決するために係数を一つ追加した。大きな寸法(厚さ 12.7mm)の試験片による破壊靭性とシャルピー試験結果を用いて係数を決定することで、超小型の試験片を用いた場合に保守性が担保されるようになった。
規格 [9]の有効範囲内では顕著な試験片寸法の依存性が無い。しかし超小型試験片ほどに小さな試験片を評価に用いる場合には、有効範囲を逸脱するデータも評価に準用することが必要となり、この範囲では、大きな試験片で測った材料の実力値より超小型試験片で得た破壊靭性が低くなる。このことはステップ 1における保守性の担保には貢献するが、ステップ 2で精確な破壊靭性評価を行う際には補正が必要となる。電中研では、規格の有効範囲を逸脱するデータについても寸法依存性が生じにくい破壊靭性評価式を提案した [10]。図 2は規格 [9]に定められた評価式(破線)と電中研の提案式(シンボル)を用いて得られた破壊靭性を比較して示す。寸法の異なる 1インチ( 25.4mm)厚さ、 0.5インチ( 12.7mm)厚さの試験片と板厚 4mmの超小型試験片で寸法依存性が大幅に低減していることが分かる。
現在、より広範な材料に対する適用性の確認を行う検討を継続している。最終的には規格化し監視試験で採用されることを目指している。

図2 上部棚の破壊靭性における試験片寸法依存性
3.シアパンチ試験による降伏応力の評価


3.1 シアパンチ試験の概要
RPVの材料が中性子照射を受けると降伏応力が上昇

(硬化)し、これに付随して破壊靭性が低下する。従って照射後の降伏応力の評価も監視試験項目の一つであり、引張試験片が RPV内部に収められている。引張試験片の標点部寸法として直径 12.5mm、長さ 60mmが推奨されており、引張負荷を加えるための掴み部を含めばさらに大きな寸法となる。引張試験を代替する手法として、電中研ではシアパンチ試験 [11]の可能性を研究している。シアパンチ試験とは、概要を図 3に模式的に示すとおり、直径 8mm、厚さ 0.5mmという小型円板の外周近傍を上下から固定し、円板の中央部(直径 3mm)をせん断により打ち抜く際の変位と荷重を測定する試験である。せん断応力と降伏応力には理論的に相関があることから、シアパンチ試験結果から換算して降伏応力を推定できる。電中研では汎用の引張試験機に専用治具を追加することでシアパンチ試験が実施できるよう技術開発を行った。この専用治具を用いれば、これまで監視試験を実施してきた試験機関であれば容易にシアパンチ試験を実施することができる。

図3 シアパンチ試験の概要


3.2 シアパンチ試験による降伏応力の推定
幾つかの研究機関でシアパンチ試験法の検討がなされてきたが、シアパンチ試験結果から降伏応力への換算係数は理論値と異なり、また試験機関、試験装置によっても異なっていた。電中研はその要因を明らかにするため、試験片の厚さ、表面仕上げ、治具とパンチャーの隙間(クリアランス)をパラメータとして、降伏応力の異なる 6種の材料に対して系統的な試験を実施した。その結果、表面仕上げの影響は大きくないものの、試験片厚さとクリアランスの比(クリアランス比)に大きく影響を受けることを明らかにした。照射材を扱う監視試験で治具の寸法を厳しく要求し維持するのは困難であり、また試験片厚さの管理も簡単では無い。そこで試験片厚さとクリアランスを実測の上、クリアランス比に応じた補正を行って降伏応力を推定することとした。図 4は同手法で推定した降伏応力と引張試験で実測した降伏応力を比較して示す。プロットは推定値と実測値が等しい 45度の直線上に位置し本手法による補正が本試験の範囲内では良好に実施できたことを示している。
今後、照射材も含めた様々な材料に対し同手法の適用性を確かめていく。また電中研の試験治具は RPVの運転温度から極低温までの温度範囲で試験が実施可能であり、広範な温度範囲での降伏応力推定への同手法の適用性を検討していく。

図4 シアパンチ試験と引張試験による降伏応力の比較
4.おわりに
本稿では、圧力容器の健全性評価での使用を念頭においた超小型試験片による試験技術について、研究開発状況を紹介した。貴重な監視試験片の有効活用と評価精度の向上に向け、電力中央研究所では研究開発を継続していく。

参考文献
[1] 日本電気協会電気技術規程 ,"原子炉構造材の監視試験方法 ", JEAC 4201-2007[2013年追補版],(2014).
[2] Miura, Soneda,"Evaluation of Fracture Toughness by Master Curve Approach Using Miniature C(T) Specimens,"ASME J. of PVT 134-021402, DOI: 10.1115/1.4005390, (2012).
[3] Wallin, K., "The Scatter in KIC Results," Engineering Fracture Mechanics, 19, (1984), pp. 1085-1093.
[4] Yamamoto, M., et. al., "International Round Robin Test on Master Curve Reference Temperature Evaluation Utilizing Miniature C(T) Specimen," ASTM STP1576, STP157620140020, (2015).
[5] ASTM International, "Standard Test Method for Determination of Reference Temperature To, for Ferritic Steels in the Transition Range," ASTM E1921-20, (2020).
[6] 日本電気協会電気技術規程 ,"フェライト鋼の破壊靱性参照温度 To決定のための試験方法 ", JEAC 4216 -2015,(2015).
[7] 日本電気協会電気技術規程 ,"原子炉圧力容器に対する供用期間中の破壊靭性の確認方法 ", JEAC 4206-2016,(2016).


[8] 信耕 , 山本 ,"ミニチュア C(T)試験片による上部棚破壊靭性の評価―延性亀裂進展抵抗の試験片寸法依存性と監視試験の代替手法としての可能性―,"電力中央研究所報告 Q19002, (2020)
[9] ASTM International, "Standard Test Method for Measurement of Fracture Toughness," ASTM E1820-20b, (2020).
[10] 信耕 , 山本 ,"ミニチュア C(T)試験片を用いた上部棚破壊靭性の評価-塑性拘束の評価および寸法効果補正手法の提案-,"電力中央研究所報告 Q20006, (2021)
[11] Lucas, G.E., "The development of small specimen mechanical test techniques,"Journal of Nuclear Materials, 117, p.327 . 339 (1983).

(2021年 5月 14日)


著者紹介

著者:山本 真人所属:電力中央研究所  材料科学研究所構造材料領域専門分野:破壊力学
著者:小林 知裕所属:電力中央研究所  材料科学研究所構造材料領域専門分野:照射損傷評価
著者:信耕 友樹所属:電力中央研究所  材料科学研究所構造材料領域専門分野:破壊力学

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