特集記事「高度評価・分析技術」(4) 微小サンプルによるボイラ配管溶接部の余寿命評価

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特集記事「高度評価・分析技術」(4)微小サンプルによるボイラ配管溶接部の余寿命評価

一般財団法人 電力中央研究所材料科学研究所 構造材料領域

屋口 正次 Masatsugu YAGUCHI

山田 進 Susumu YAMADA


1.はじめに
火力発電プラントで余寿命評価が最も重要である箇所はボイラからタービンへ蒸気を輸送する配管の溶接部であるため、配管溶接部の余寿命評価に関する研究が多くの研究機関で実施されてきた。これらの研究における主要テーマの一つとして、同じ規格名の材料が同一の負荷条件下で使用されても、クリープ損傷により破壊する寿命(クリープ寿命)は一桁程度異なる点があげられる。ここで、同一の供試材を使用した場合は負荷条件とクリープ寿命は一対一に対応しており差異は認められず、クリープ寿命に差異が見られるのは同じ規格名の材料で異なる供試材を用いた場合(ヒート間差)である。実験室においては各供試材から試験片を採取しクリープ試験を実施することが可能なのでヒート間差は把握できるが、実機配管においては溶接部から試験片を採取することが困難であるためヒート間差は把握できないのが通常である。これは、弱点部位である溶接部から試験片を採取し肉厚を薄くすることは、実機では適切な処置ではないためである。そのため、実機配管評価においては、当該材料のクリープ寿命特性の 99%信頼下限を全ての配管に適用することにより、ヒートによるクリープ寿命の差異に対処している。仮に各配管溶接継手のクリープ寿命特性の差異を把握できれば、火力発電プラントの保守管理の更なる合理化に資する技術的判断材料の一つとなる可能性がある。
そこで著者らは、ボイラ配管溶接部を対象として上記課題を克服できる"微小サンプルを用いたクリープ余寿命評価法"を考案し、様々な観点からの事前検討と実機廃却材への適用を通じて本評価法の妥当性を確認した。本報では、この余寿命評価法の概略、および組織観察・分析と微小サンプル技術について説明すると共に、本評価法の実機適用事例を紹介する。
2.評価法の概要
異なる高効率石炭火力発電プラント Aおよび Bで使

用された 9Cr鋼配管溶接部から採取した試験片を用いて
クリープ試験を実施したところ、プラント Aの母材の
寿命はプラント Bの溶接継手の寿命よりも短時間側で
あった [1]。ここで、プラント Aと Bの配管の負荷条件
と運転時間はほぼ同じである。 9Cr鋼の場合、母材の寿
命は溶接継手の寿命より長いのが一般的であり、上述し
た実験結果は一般論とは逆の傾向を示している。ただし、
プラント Aの母材と溶接継手、プラント Bの母材と溶
接継手を比較すると、何れも母材が長寿命側となって
いる。
そこで、"母材のクリープ寿命特性が、対応する溶接

継手のクリープ寿命特性を決定する"との仮説を立てた。
この仮説に基づくと、母材が強いと対応する溶接継手も
強く、母材の強弱が顕著に異なる供試材の間では"弱い
母材"の寿命は"強い母材による溶接継手"の寿命より短
くなることもあり得る。
上記の仮説が成立する場合、溶接部ではなく母材部か

ら供試材(微小サンプル)を採取し、この母材微小サンプ
ルに関するクリープ寿命特性評価の結果に基づき溶接継
手のクリープ寿命特性を評価することができる。この評
価法の流れのイメージを図 1に示す。
ただし、実機配管に対して本評価を行うには、様々な

検討課題を解決する必要がある。この課題は材料データ
ベースと微小サンプル技術の二つに大別される。各分類
における主要な課題として、以下が考えられる。(A)材料データベース
・項目 1:母材と溶接継手のクリープ寿命特性の関係の
評価

・項目 2:クリープ寿命特性を支配する微視組織の特定
・項目 3:短時間クリープ試験データによる長時間クリー
プ寿命の推定


図1 クリープ余寿命評価の流れ
(B)微小サンプル技術
・項目 4:微小サンプル採取が配管寿命に及ぼす影響
・項目 5:微小サンプル採取位置の影響に関する評価
・項目 6:微小サンプルに関するクリープ試験技術
3.組織観察および微小サンプル技術

著者らは上記の各課題について実験や解析を行い、余寿命評価法の開発に必要なデータと知見を得た。本稿では、紙面の関係により"項目 2"(微視組織の観察と分析)と"項目 4"(サンプル採取の影響評価)の概略についてのみ述べる。
3.1 微視組織の観察と分析

透過型電子顕微鏡( TEM)は転位や微細な析出物を観察できるため、材料特性の評価において広く用いられているが、高倍率での観察であるため対象とする視野領域

(a)クリープ特性:低強度材

が限られるという面がある。本研究での観察対象である 9Cr鋼は旧オーステナイト粒、パケット、ブロック、ラスという階層構造を有するため、観察する位置(粒界または境界、あるいは、粒内)によって微細組織の状態は異なる。したがって、微細組織を定量的に評価するためには少なくとも一結晶粒程度の視野領域が必要となるが、通常の TEMではこの評価を行うことは観察・分析時間の観点から困難であった。
そこで、従来の TEMと比べて、微細組織の観察・分析速度が約 100倍速い収差補正型 TEMを用いて 9Cr鋼を調べたところ、本鋼の強化因子の一つである析出物の状態は材料のクリープ特性の高低によって明瞭に異なっていた。本材料の主要な析出物の構成元素に関するマッピング像の例を図 2に示す。この画像に基づき 9Cr鋼の析出物(直径 10 nm以上)について結晶粒相当の視野で個数密度を計測し、当該材料の規格化したクリープ寿命

(b)クリープ特性:高強度材
図2 長期使用された 9Cr鋼母材の元素マッピング像(各上段の写真の四角内の拡大が各下段の写真)

と比較した結果を図 3に示す。M23C6およびラーベス相と呼ばれる析出物とクリープ寿命の間には相関は認められないが、MX系の析出物とクリープ寿命の間には明瞭な関係があり、同析出物の個数密度が高いほどクリープ寿命は長寿命となっている。これは、主として MX系析出物がクリープ変形の主体である転位の運動の障害となっているため、と考えられる。したがって、実機使用領域における 9Cr鋼のクリープ寿命特性を第一義的に支配しているのは MX系析出物の個数密度であると言える。
実用耐熱鋼の析出物の個数密度とクリープ特性に関する上記知見は、TEM装置の進歩と微視組織分析技術の高度化の二つの因子の組み合せによってはじめて得られたものである。
1.5

も評価した。その結果、以下の知見が得られた。
(1)温度 650℃、応力 70~ 90 MPaの範囲内においては、採取痕模擬欠陥深さが肉厚の 5%の場合、図 4に示すように、9Cr鋼新材および長期使用材とも欠陥による寿命低下は認められなかった。欠陥深さが肉厚の 8%以上の場合はクリープ寿命に影響が認められ、欠陥深さが 8%の場合は平滑材の 85%、欠陥深さが 11%の場合は平滑材の 80%の寿命であった。
(2)切り代や加工影響層等も含めてサンプル採取精度について調査した結果に基づき、配管から採取する微小サンプルは管軸方向 45 mm、管周方向 20 mm、管半径方向 2 mmの薄板とした。
(3)サンプル採取痕がその周辺の応力ひずみ状態に及ぼす影響を有限要素解析により評価した結果、9Cr鋼

実機主蒸気管と内圧クリープ試験片とで定性的に同じ傾向が認められた。このことから、採取痕付近の応力ひずみ状態の変化と配管母材寿命の関係
が温度や応力レベルに依存しない場合、内圧クリープ試験において得られた結果は実機配管に対しても適合する可能性が高いと考えられた。

(4)温度や応力レベルの影響により内圧クリープ試験結果が実機配管に対して適合しない場合を想定し、採取痕深さが 5%の場合の配管の健全性について検
規格化したクリープ寿命

0 5 1015討した。9Cr鋼母材および溶接継手のクリープ寿命析出物個数密度 (.m-2)評価式に基づくと、サンプル採取により母材部の図3 析出物個数密度と規格化した寿命が低下した場合でも、実機使用条件下では母クリープ寿命の関係材のクリープ寿命は溶接継手のクリープ寿命より
長いとの計算結果が得られた。


3.2 微小サンプル採取の影響評価
120

耐圧部である配管から微小サンプルを採取するには、

採取痕付き試験片の寿命(%)平滑材試験片の寿命

様々な事前検討とデータが必要とされる。以下では、本
研究で実施した検討の一例を記す。
本評価法は配管の母材部から微小サンプルを採取する。
母材は溶接継手よりも強いが、サンプル採取によって当
該配管の母材のクリープ寿命が低下する可能性がある。そこで、採取するサンプルの肉厚方向の深さが配管母材のクリープ寿命に及ぼす影響について実験により検討し
た。すなわち、採取痕を模擬した欠陥を有する円筒の内
100
80

60
40


20


圧クリープ試験を行うことで、母材部からの微小サンプ □: 長期使用材
ル採取が 9Cr鋼配管の健全性に及ぼす影響について調査 0 0 5 10 15 20
した。さらに、採取痕を有する円筒に関する有限要素解 肉厚方向の採取痕の深さ(%)
析に基づき内圧クリープ試験結果の実機配管への適合性
について検討するとともに、サンプル採取によって母材 図4 サンプル採取痕深さがクリープ寿命に及ぼす影響
部の寿命が低下した場合の配管としての健全性について

(5)以上の結果より、母材部の微小サンプル採取痕の深さが配管肉厚の 5%以内であれば、サンプル採取によって配管としての健全性が損なわれることはないと推測される。
2章に記載した全ての検討課題に関する各要素研究の結果に基づき、 9Cr鋼について各配管固有のクリープ寿命特性を考慮できる余寿命評価法を開発した。図 5に示すように、本評価法のフローは、 STEP1と STEP2の二段階から構成されている。 STEP 1では、配管母材外表面から採取した微小サンプルを対象として微視組織分析およびクリープ試験を行い、それぞれの関連データベースと比較することにより当該母材のクリープ寿命特性を推定する。次に STEP 2では、データベースを参照することにより、母材のクリープ寿命特性から当該溶接継手のクリープ寿命特性を推定する。多数の 9Cr鋼実機廃却材サンプルに本評価法を適用し各廃却材の破壊試験結果と比較したところ、概ね Factor of 2(推定結果 /試験結果が 1/2~ 2の範囲)内の評価精度が得られた。

図5 微小サンプルによるクリープ余寿命評価法

ミニチュアクリープ試験 [3]の二種類があり、目的に応じて試験方法を選択できる。いずれの試験片も厚さが
0.5 mmであるため、微小サンプル(厚さ: 2 mm)から各種の試験片を複数製作することが可能である。例えば図 7に示す微小サンプルの場合、 TEM観察用ディスクを 3枚、クリープ試験片を計 6本製作し、観察および試験において n数を確保した。

図6 実機配管からの微小サンプル採取

(a)微小サンプル
4.実機配管への適用

本評価法の高効率石炭火力発電プラントへの適用を 2019年に開始し、これまでに複数のプラントの 9Cr鋼製主蒸気管および高温再熱蒸気管について余寿命評価を実施してきた。現場での微小サンプル採取の様子を図 6に、採取した微小サンプル、および、同サンプルから製作したクリープ試験片を図 7にそれぞれ示す。ここで、クリープ試験方法としては、多軸応力状態用であるスモールパンチクリープ試験 [2]と単軸応力状態用の超

(b)クリープ試験片
図7 微小サンプルとクリープ試験片

本評価法および既存の評価法を実機配管 9Cr鋼溶接部に適用した例を図 8に示す。既存の評価法はヒート間差を考慮せずに全て配管に対して一律に 99%信頼下限特性を適用するため、簡便性は高いが保守的な結果となる場合が多い。一方、本評価法は配管からサンプルを採取するため、評価に労力を要するが各配管のクリープ特性を考慮することができる。したがって、余寿命評価で必要とする精度や現場の点検・検査状況に応じて二つの手法(既存の評価法、本評価法)を使い分けることにより、火力発電プラントの保守・管理の合理化が期待される。
300
破断時間 (h)
図8 実機配管溶接継手の評価例

応力 (MPa)
102 103 104 105 106

して、本評価法の適用により各配管のクリープ寿命特性に基づき評価することが可能となった。
謝辞
本評価法における微小サンプル技術の構築に関して、鹿児島大学、神戸工業試験場から技術的助力を得た。記して謝意を示す。

参考文献
[1] M. Yaguchi, S. Nagai, K. Sawada and K. Kimura,
"Microstructure and Creep Strength of Grade 91 Steel Used in USC Plants", EPRI 8th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plants, pp.447-458, (2016)

[2] 駒崎慎一,小畑啓介,屋口正次,金井雅之,友部真人,熊田明裕,"スモールパンチ試験法による 9Cr鋼ボイラ配管のクリープ特性評価",材料, Vol.70,No.2, pp.125-132,(2021)
[3] 高橋和清,日坂知明,小菅謙一,新田明人,屋口正次,

"超ミニチュアクリープ試験法の開発",日本材料学会第 58回高温強度シンポジウム,pp.67-71, (2020)
(2021年 5月 14日)


著者紹介

5.おわりに
本稿では高効率石炭火力発電プラントの 9Cr鋼配管溶接部を対象として開発した微小サンプルによる余寿命評価法について述べた。ここで、本評価法の開発は、組織観察・分析技術と微小サンプル技術の進歩・高度化に負うところが大きい。その結果として、従来は全ての配管について 99%信頼下限特性により評価していたのに対

著者:屋口 正次所属:電力中央研究所  材料科学研究所構造材料領域専門分野:高温強度
著者:山田 進所属:電力中央研究所  材料科学研究所構造材料領域専門分野:組織観察・分析

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