解説記事「JIS Z 2355-1による薄膜UTセンサを用いた高温時の超音波厚さ測定」

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カテゴリ: 解説記事

解説記事「JIS Z 2355-1による薄膜UTセンサを用いた高温時の超音波厚さ測定」

三菱重工業株式会社

山本 裕子 Yuko Yamamoto

1.はじめに
超音波による厚さ測定方法を規定する JIS Z 2355-1[1]では,超音波厚さ計の調整方法として超音波厚さ計の設定音速が試験体の音速と一致するように調整する手順が示されている。実際に厚さ測定を行う際に,対象が高温物体の場合は,対比試験片を用いた音速の調整が実用上困難であるため,別途取得した音速情報を使用して超音波厚さ計の音速を調整する手法が現実的である。しかしながら,材料の高温での音速変化のデータや,当該手法が適用された事例の報告はあまりなされていない。そこで本報告では, JIS Z 2355-1の規定に従った超音波厚さ測定事例として, Fig. 1のように配管の保温材下に常設して使用する弊社製の薄膜 UTセンサ [2][3]を用いて高温時の超音波厚さ測定を行った試験結果を紹介する。


2.高温での音速取得
2.1
温度 -音速補正式

高温物体の厚さ測定を行うために, 2.2~ 2.4節で示すとおり,あらかじめ測定対象の材料ごとに温度に応じた音速データを取得し温度 -音速補正式を求めた。温度 -音速補正式を使用することで,高温物体の温度測定のみで厚さ測定時に必要な音速調整が可能となる。

2.2
センサを常設した階段状供試体


あらかじめ温度 -音速補正式を求めるために,厚さが既知の階段状試験体に薄膜 UTセンサを固定した加熱試験用供試体を製作した。階段状試験体の各段の厚さは 10mm,15mm,20mm,25mm,30mmとし,Table 1に示す 6種類の鋼種の試験体を制作した。
試験体の表面に薄膜 UTセンサを接着剤で貼り付けた状態で治具を使って挟み込み,接着剤を硬化させた。また,供試体の温度を取得するため,熱電対も固定した。加熱試験用供試体を Fig. 2に示す。
Table 1 Material of the test specimen
p
Type Material name
SB410
Carbon Steel S25C
STPG370
STPT370
Stainless SUS304
Steel SUS316

Fig.1 Comparison of thickness measurements


2.3 常温および 200度での UT波形取得
2.2節で準備した加熱試験用供試体を,電気炉内で常温から 200度までステップ状に加熱した。試験装置の構成を Fig. 3に示す。試験結果の例として,炉内に設置した SUS304試験体の厚さ 30mmの位置に固定した薄膜 UTセンサを,炉外の市販の超音波測定装置に接続して取得した RF波形例を Fig. 4に示す。 Fig. 4において,測定対象の厚さに対応する多重エコーが明瞭に識別できることから, 200度においても厚さ評価が可能な波形が得られているといえる。また, Fig. 5に示す温度ごとの波形変化において,多重エコーの間隔(時間)が温度上昇に応じて大きくなることから,温度上昇に応じて音速が遅くなっていることがわかる。


Fig.4 Configuration of test equipment


Fig.3 Configuration of test equipment

Fig.5 UT waveform by temperature Fig.6 Temperature dependence of sound velocity


2.4 温度 -音速補正式の導出
次に,多重エコーの間隔(時間)を既知の板厚で除して音速を算出し,温度ごとにプロットしたものから温度 -音速補正式を策定した。 Fig. 6に試験を行った鋼種の温度ごとの音速の算出結果を示す。温度 -音速補正式は複数サンプルで取得した温度ごとの音速値について,平均値を用い回帰直線で求めた。なお,測定は複数の薄膜 UTセンサ,超音波測定装置を用い,異なる接着剤で試験体に固定した試験も繰り返し行ったが,接着剤種や超音波測定装置による差異は見られなかった。
3.音速補正式を用いた高温厚さ測定
3.1 高温での厚さ測定試験
Fig. 6に示す結果から求めた温度 -音速補正式を使用して,実機での適用を想定した高温での厚さ測定試験を実施した。厚さが未知の階段状試験体に複数の薄膜 UTセンサを固定し,常温から 200度までの温度範囲で,温度 -音速補正式を用いた手順で厚さ評価を行った。試験装置の構成を Fig. 7に示す。
試験に使用する計測器として, 8ch分の UTデータと 1ch分の熱電対の温度情報を任意の頻度で連続取得可能な MHI Pulsar Scope(Fig.8)を使用した。本機は乾電池で駆動し,取得したデータを無線で制御用 PCに送信することが可能である。また,本体メモリにデータを保存する機能もあるため,一定期間の測定データをまとめて取り込むといった運用も可能である。この MHI Pulsar Scopeを高温稼働中の実機測定対象の近傍に設置することで,測定対象の厚さの連続モニタリングが可能となる。


Fig.7 Configuration of test equipment

3.2 厚さ測定のばらつき評価
加熱試験用供試体を常温から 200度まで昇温し,さらに降温するまでの間に一定の頻度で,あらかじめ求めた補正式を用いて厚さを測定した。ここで,測定値の「ばらつき」として測定値の最大値と最小値の差の板厚に対する割合を使用して評価した。結果の一例として, SUS304試験体の 25mm厚さの位置の測定結果を Fig. 9に示す。音速を補正せず一定(5740m/s)とした場合,測定値のばらつきとして最大値と最小値の差が 0.69mm
(2.8%t)であったのに対し,あらかじめ定めた温度 -音速補正式を用いて音速を補正した場合,最大値と最小値の差は 0.05mm(0.2%t)とばらつきを大幅に低減できた。 Fig. 10に試験を行ったすべての鋼種における音速補正式を使用することで適切に厚さ測定が実施できた結果を示す。凡例のアルファベットは Fig. 6中の鋼種を示す。

Fig.9 Confirmation of sound velocity calibration
Fig.10 MHI Pulsar Scope

4.高温時の厚さ測定における校正手順
2章で述べた手順で, SUS304を含む炭素鋼系 4種とステンレス鋼系 2種の合計 6種の鋼種について,常温から 200度までの温度 -音速補正式を求めた結果を Fig. 11に示す。音速データは,測定結果の平均値を使用し,回帰直線で示した。
現在,超音波による厚さ測定方法を規定する規格である JIS Z 2355-1では,測定部材と同一材料で対比試験片を作成し,実機測定時には実機と対比試験体の温度が同一(通常室温)と考えて温度補正を行うことが前提で,高温での測定は許容しているものの,その手順や手法は使用者に任されている。筆者らは,対比試験片を加熱することなく,あらかじめ取得した測定対象の鋼種に応じた温度 -音速補正式した方法で適切に厚さ測定を行うことができた。実機の高温厚さ測定では,耐熱性を有する UTセンサを複数の測定対象位置に常設し,高温運転期間を含む長期間の厚さモニタリングが求められる。この場合,それぞれのセンサ設置位置は温度分布を持つため,センサ設置位置と同じ温度の対比試験体の準備やそれを用いた校正は困難であり,無理に実施できても精度の高い厚さ測定は期待できない。これに対し,筆者らが行った温度 -音速補正式を用いる方法は,センサ設置位置と同じ温度の対比試験片は不要であり,温度分布を有する測定対象においても,温度測定を行うことで各々の位置での適切な音速補正が可能となり, Fig. 9,Fig. 10に示すとおり,測定値のばらつきが小さい厚さ測定が可能となる。

Fig.11 Sound velocity trends in various steel grades
5.まとめ
種々の鋼材に対して常温から 200度までの音速変化を実験により調査し,温度 -音速補正式を取得した。取得した補正式を用いて厚さが未知の試験体を常温から 200度に温度を変化させて厚さ測定を行った結果,測定値のばらつきは厚さの 1% t以下となり適切に厚さ測定が実施できた。
以上の結果から,従来常温測定で行われてきた対比試験片を用いた音速調整ではなく,あらかじめ求めた温度 -音速補正式を用いた厚さ測定でも適切に高温物体の厚さ測定ができることを確認した。本手法は、 JIS Z 2355-1による超音波厚さ計の設定音速を試験体の音速と一致するように調整する方法である。特に,この方法は,薄膜 UTセンサのような常設型 UTセンサを使用した高温での厚さモニタリングに有効であるといえる。

参考文献
[1] 一般財団法人日本規格協会 JIS Z 2355-1:2016非破壊試験-超音波厚さ測定-第 1 部:測定方法
[2] 鶴田孝義ほか,薄膜 UTセンサ・超音波パルサレシーバを用いた遠隔モニタリングシステム実用化への取り組み,日本保全学会 保全学 Vol.18(2019),pp.50-52
[3] 山本裕子ほか,薄膜 UTセンサを用いた運転中プラント遠隔モニタリングシステムの開発,三菱重工技報 Vol.55 No.2 (2018)

(2021年 5月 10日)
著者紹介 
著者:山本 裕子所属:三菱重工株式会社 総合研究所 サービス技術部専門分野:非破壊検査,超音波計測

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