圧力容器の健全性評価に関する研究 ?照射脆化予測のあいまいさの一考察?
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カテゴリ: 第15回
圧力容器の健全性評価に関する研究 ー照射脆化予測のあいまいさの一考察ー
Integrity Assessment of Reactor Pressure Vessel Steel: Ambiguity of Predicting Irradiation Embrittlement
京都大学
中筋俊樹
Toshiki NAKASUJI
Student Member
京都大学
森下和功
Kazunori MORISHITA
Member
Abstract:
The reactor pressure vessel (RPV) has the function as the reactor coolant pressure boundary (RCPB) which is damaged by neutron irradiation embrittlement. In order to keep the function, maintenance activities should be done to manage irradiation embrittlement. In this study, we investigated the precision of the prediction model of irradiation embrittlement applied by Japan’s nuclear regulation. Finally, we discussed the precision required for adequate management.
Keywords: Irradiation embrittlement, RPV, Prediction, Modeling
はじめに
軽水炉圧力容器は、放射性物質を閉じ込める原子炉冷却材圧力バウンダリとしての機能を十分に果たすことが求められる。一方で、腐食、熱疲労および中性子照射脆化等の劣化が生じることも知られている。これらの劣化が生じる中で、圧力容器の健全性を確保する必要があり、そのための保全活動が日々行われている。特に、圧力容器は取替えを行わない機器の1つであるため、圧力容器の劣化がプラントの寿命を決める要因にもなりうる。しつかりと保全活動を行い、圧力容器が破損しないようにすることはプラントの安全を保つ上で重要である。本研究では、圧力容器の中性子照射脆化に着目する。
圧力容器の中性子照射脆化とは、炉心の核反応により発生する中性子線等の放射線が圧力容器に照射されることにより、圧力容器のミクロ構造が変化して脆化することである。脆化した圧力容器は、冷却材喪失事故等の事故時に、非常用冷却水を炉内に一気に注水すると、加圧熱衝撃(PTS)が生じて割れる可能性がある。そのため、圧力容器鋼の中性子照射脆化をしつかりと把握するこ と、どのような PTS 事象が生じるかを把握することは、圧力容器の健全性を評価する上で必要である。本研究で
は、圧力容器鋼の中性子照射脆化の予測に着目し、日本の原子力規制で行われている照射脆化予測のあいまいさについて検討した。
日本の照射脆化予測
2 1 JEAC4201-2007/2013 について
日本の照射脆化予測は、JEAC4201-2007[1]および 2013 年追補版[2](以後、JEAC4201-2007/2013 とする)により行われている。JEAC4201-2007/2013 は、照射による圧力容器鋼ミクロ構造変化の物理的現象を考慮した理論モデルに基づく照射脆化予測式である。予測式で用いられている入力パラメータは、中性子照射量、中性子束、照射温度、Cu 濃度、Ni 濃度であり、延性脆性遷移温度(DBTT)の変化量がアウトプットである。なお、照射脆化の指標として DBTT が使われている。予測式を作成するにあたつて参考にした照射脆化データは、日本国内の PWR と BWR の母材および溶接金属の監視試験データ(279 点)、国内 PWR 標準材の監視試験データ(51 点)、PTS および PLIM プロジェクトで得られた試験炉照射試験データ(38 点)であり、総計 371 点の脆化データを用いて予測式内の係数を決定した。
このようにして得た脆化予測式による予測値と実測値
の残差は、平均〇℃、標準偏差 11℃の正規分布に従う。また、各入力パラメータおよび P 濃度に対する予測値と実測値の残差の 性はないことが確 されている。つ
まり、予測値と実測値の残差には、パラメータに関して一定の傾向の誤差を示す系統誤差は含まれず、正規分布に従う偶然誤差のみを含むことになる。
2 2 入力パラメータのあいまいさが与える脆化予測への影響
照射脆化予測を行うには、対象となる圧力容器鋼の銅濃度や中性子束などのパラメータが必要である。圧力容器は大型であるため、これらのパラメータは部位ごとによつて異なる。ここでは、入力パラメータのあいまいさが照射脆化の予測に与える影響を検討した。
照射温度を 288℃、中性子束を 3.5X1010[n/cm2/s]、銅濃度を 0.16wt%、ニッケル濃度を 0.61wt%とする条件を基準とし、まず銅濃度を士0.01wt%だけ変化させたときの延性脆性遷移温度の変化量(△DBTT)を図1に示 す。図中には基準とした照射条件で得られた予測値との差も示す。銅濃度が士0.01wt%異なると、照射初期に最大で4℃の違いが現れることが分かる。照射初期に違いが出る理由は、銅の析出が照射初期に生じるためである。
次に、中性子束を士30%させた時の△DBTT を図 2 に示す。中性子束を一30%させた場合、運転初期は基準条件の予測よりも高めに見積もられるが、運転後期では低めに見積もられていることがわかる。また、中性子束を士30%させた時の基準条件との△DBTT の違いは最大で3℃である。
これらは、脆化予測式が完璧に作られていても、入力パラメータのあいまいさにより脆化の予測値と実測値が異なることを示す。脆化予測式の完全性だけでなく、中性子束や銅濃度等のパラメータの把握も照射脆化の予測には重要な因子となる。
おわりに
照射脆化をしつかりと予測することは、原子力発電所の安全を担保する上で重要な項目の1つである。しかしながら、照射条件および材料組成のあいまいさや脆化予測式の不完全性等により、照射脆化を完璧に予測することは困難であり、あいまいさを伴つた予測しかできない。予測のあいまいさが小さいのであれば、PTS により圧力容器が破壊するリスクは低くなる。つまり、安全を担保するために必要な脆化予測精度とその現状を知り、
圧力容器の破壊リスクを把握することが重要である。
参考文献
(社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視試験方
法”, JEAC 4201-2007, 2007.
(社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視試験方法”, JEAC 4201-2007 [2013 年追補版], 2013.
図1 照射脆化予測の銅濃度依存性
図2 照射脆化予測の中性子束依存性