エンジニアを活かす「賛成」から始まる話し方

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カテゴリ: 第16回
エンジニアを活かす「賛成」から始まる話し方 How to create communication that starts with "Agree" for engineers 一社)原子力安全推進協会 亀山 雅司 Masashi KAMEYAMA Member Engineer conversations often create conflict. They think that they are only telling "the right opinion", and they are not aware that they are attacking the other party to correct their opinion. Even if the explanatory material is improved in this state, the improvement effect can not be expected. Therefore, after creating a "cooperation relationship" at the beginning of the conversation, I will describe, with examples, a rapport conversation method that starts with "Agree". Keywords: Communication, Conflict, Agree, Report 1.エンジニアの会話の危機と解決 エンジニアの会話の危機は35 歳の中間管理職になる年齢と定年が見え始める50 歳あたりで訪れることがある。会話が機能しなければ、技術を世に出せず、そのうえ、 50 歳は、理解者がない、社会に貢献できないといった、人生に絶望を感じる状態に陥る場合もあります。 エンジニアの話が伝わらないのは、「伝え方の問題を解決できていない」先輩エンジニアが後輩の指導をする、という負の連鎖が起こりやすいことが原因の一つと考えられます。 コミュニケーションは社会的に大きな問題と考えられていますが、実際はそれほど難しくなく、集中して取り組めば3か月あれば解消可能です。また、解消方法は論理的であり、エンジニアが取り組みやすいものです。 本件は、エンジニアの会話が対立になる理由と、合意を形成するための会話の原理と組み立て、会話の実践方法について、会話の始まりの部分を中心に解説しています。 なお、ここでご紹介する内容は常識から外れていると感じる部分があるかも知れません。それはこれまで私たちがあまり体験してこなかった方法だからかもしれません。ここに紹介する方法は既に実務で実践済みのものを取りあげています。伝え方に問題がない方は本件の必要はありませんが、これから解消する方は一読して頂ければと思います。 連絡先:亀山 雅司、108-0014 東京都港区芝 5-36-7 三田ベルジュ14F、支援計画部支援計画Gr、E-mail: kameyama.masashi@genanshin.jp 2.エンジニアの会話が対立する原因と解決策 相手を攻撃する会話が対立を招いている 「優れた意見を分かってもらえない」「話し合うと対立 (論争)になる」「資料に上司、客先からのコメントが多い」。エンジニアの会話の多くは、始まりから対立しています。 対立を生む原因は「私の意見を受け入れてあなたの意見を変えなさい」と「エンジニアが会話で相手に攻撃をしかけている」からです。ただし、エンジニアは「正しいことを言っているだけ」と考え、相手を攻撃している自覚がありません。そのため、「なぜ、自分が話をすると相手が怒りだすのかが分からない」場合が多いのです。一方、話し相手は攻撃(否定)を受ければ防御します。 このため、両者の会話は必然的に対立してしまいます。この状態で、「分かりやすい資料を作る」「詳細な説明 資料を準備する」などの対策をしても対立は解消できません。会話が「相手の意見を変えさせる」という対立を起こす状態のまま「分かりやすい資料」を作ると、攻撃 力が増して、かえって状況を悪化させる場合もあります。 最初に賛成を得てから会話を始める 多くの人が「会話の内容を議論してから賛成か反対を決めている」と考えています。 しかし、実際の会話はその逆で、「賛成か反対を決めてから議論をしている」場合がよくあるのです。 例えば、親しい同僚から「ちょっと相談があるのですが・・・」と相談を持ちかけられると「どうしたの?」と「一緒に解決する」姿勢で聴き始めます。 一方、知らない部署からの依頼には「相談を受ける必 要があるのか」などの否定の姿勢から開始されるのはその典型です。 そうであれば、会話は「賛成」からスタートして、そのあとに議論で内容を確認する手順を踏めば、進行がスムーズで合意も速く進むと考えることもできます。 賛成から会話を始められる、心と心が繋がった(信頼 関係がある)状態を心理学でラポール[1]と呼んでいます。信頼関係は日頃のお付き合いや飲みにケーションで時 間をかけて構築するものと思われていますが、次にご紹介する手順に従えば、会議で合意を得るための信頼関係は30 秒程度で創り出すことが可能です。 30 秒で信頼関係を創り出す(ラポール) 会話が「賛成」から始まるのは、話し相手を信頼できる仲間だ、と認知することがベースになります。そして、仲間であると感じるのは「自分と同じだから」「承認してもらえるから」がポイントになります。 私たちは半ば本能的にこれを行っています。 例えば、新入社員が来た時に「出身はどこですか?」と質問しています。 いきなり「支持政党はどこですか?」や「仕事に対するポリシーは?」は聞かないのです。 この時、出身を尋ねると結果は2つに分かれます。 例えば、新人社員の「兵庫県です」に対して「私も同じ関西です」と「同じ」で答えると仲間意識が創られます。 一方、「私は(兵庫ではなく)大阪です」と答えると、仲間意識は形成されにくくなるのです。 エンジニアの多くは「情報としては同じじゃないか」と考えるのですが、信頼関係は情報の内容ではなく(内容が正しいのは当たり前です)、「同じ」を丁寧に表明することで創られます。 天気の話がいい、という意見がありますが、「単に天気の話をしてもダメ」で、出身地のお尋ねと同様、「同意」や「承認」を会話に入れることで仲間意識が創られます。例えば、急な寒波が来た、とニュースがあった朝に「寒 い。」と言っている人に「寒いですね。」と同意を伝えればラポールが発生しますが、「いえ、全体としては地球温暖化で気候は上昇すると思います。」と返事をするとラポ ールは生まれず、論争になる可能性もあります。 話題が重要なのではなく、仲間意識を創る「同じ」を口に出すことが重要なのです。 技術の会話に“最初に賛成”を応用する ラポールを使って技術の議論をする場合を考えます。 例えば「南極って南だから暑いですよね」といった明らかな間違いに対して「違いますよ」から開始すると議論が対立から開始されてしまいます。 この場合は「南極って南だから暑いって思われるのですね。」という「相手の発言の事実」に同意することで、解決に向けた前向きの姿勢で会話を開始できます。 簡単な原理ですが、練習をすると半数くらいのエンジニアが反射的に「違います!」の攻撃からスタートしています。 なお、「同意すれば仲間意識ができる」という理由で、 「そうですよね、南極って南だから暑いですよね」と間違った内容に同意するのは NG です。合意のためでも嘘をつかないのが絶対条件です。 3.会話の目的の設定が進捗を加速する 目的と手段を分離して効率よく解決 会話には全て目的があります。 目的を意識しないと目についた「正しいことを主張する」→「相手をやり込める」になり、論争になります。そして、論争に勝っても「相手はあなたの敵」になります。そういう意味で会話や説得にディベートを用いるのは最悪の選択肢です。勝つことができても、対立を引き起こし、肝心の解決が遠のいてしまうからです。 逆に、目的が適切であれば「味方」をつくることは容易になります。 目的が達成されるなら「手段は相手に任せる」が基本的な考え方になります。 例えば、「新しい設備を完成させる」という会社の目標に対して、「会社のため」か、「自分の出世のため」か、など、どういう姿勢(価値観)で臨むべきか、を会話の目的に設定してしまうと、対立を生み出すだけに終わります。 一方、「会社のため?それいいね!」「自分の出世のため?それいいね!」の同意(承認)から会話を始めれば、各自は自分の動機で「新しい設備を完成させる」ことに合意でき、取り組み手段の合意も容易になります。 この例では、会話の目的は、「新しい設備を完成させる」という会社の目標達成の合意であり、手段は「各自の動機」です。 誰のために頑張るべきか、のようなたまたま目についた課題を議論しても、多くは対立を生み出すだけで、課題の解決に結びつかず、事態も進捗しません。 無用な対立を避け、効率よく事態を進捗させるために は、「口を開く前」に会話の目的を設定しておくのが重要です。 価値観を使って一瞬で解決する 目的のためとは言え、自分の価値観を我慢して「それいいね!」と同意はできない、これも一種の嘘ではないか、と考える人もいます。 アルフレッド・アドラー[2]は、価値観は育成の過程の環境と偶然の体験により人生の幼少期で形作られてしまい[3]、数か月程度の短期の会話で変更できないとしています。 その結果、価値観は2つとして同じものはなく、驚くほど多様になります。 例えば、「仕事を頑張ったご褒美にバンジージャンプに連れて行ってあげよう!」に対して、ご褒美じゃなくて罰ゲームだ、と感じる人がいます。 しかし、自分の時間とお金を使って楽しそうにバンジージャンプをする人もいます。 「バンジージャンプはご褒美なのか、罰ゲームなのか」を議論しても意味はなく、そこには「バンジージャンプをご褒美と感じる」、「バンジージャンプを罰ゲームと感じる」という事実(価値観)があるだけです。 では、各自独特で変えることができない価値観はただのやっかいものなのか、と言えば「価値観の活用の仕方は幾らでもある」のです。 例えば、バンジージャンプが嫌なのにしなければならない人が、バンジージャンプが好きなのにできない人に、バンジージャンプの権利を譲ればどうでしょうか? マイナスだった2つの感情が、一瞬でプラスの2つの感情に変わります。 さらに、バンジージャンプの権利を有償にしたらどうでしょうか? 自分が要らないものから労力をかけずに、一瞬で誰かの価値を生み出すことができます。 一方、バンジージャンプなんて罰ゲームだから、誰かに押し付けるなんてできない!と自分の価値観に拘っているとどうでしょうか?そこには事態の改善はなく、不満を抱えた人が2 人存在するだけです。 先の例では、自分が「出世のための仕事」という価値観を持つことができなくても、誰かがその価値観を持っているなら、「そうだね!」という同意(相手の価値観) を提供することで仕事の成果という価値を生み出すことができます。 このように原理は単純で、育成の過程で偶然に決まっ た(本来、価値とは関係がない)「自分の価値観」を優先すると価値(成果)は生まれず、「相手の価値観」を優先すると価値(成果)が生まれます。 たとえるなら、「自分の価値観を我慢する」のは、1000 円の支払いで500 円を得る感覚で、「価値を活用する」は100 円で1000 円の対価を得る感覚かも知れません。 以上の、目的の設定と手段の分離、価値観の活用による解決の高速化は、配管の蒸気漏れ対策である「防護カバー」[4]の開発や、建屋と設備を接続しない国内初の耐震技術である使用済核燃料貯蔵設備のフリースタンディング設計の認可[5]で活用しています。 4.「相手の行動が変わる」説得へ応用 ラポールと目的の設定を、会話(説得)に応用してみます。エンジニアは正しい情報を伝えれば、「相手が理解できる=伝わる」と考えていますが、情報を伝えることと伝わることは全く別物であり、情報を伝えるだけでは目的とする相手の行動は起こりません。 例えば、子供に「勉強が必要だ」と伝えれば、子供は 「勉強はできたほうがいい」と理解できます。 でも、子供が自分で勉強するようにはならないのです。情報を伝えても、これでは意味がありません。 同様に、上司や部下に対しても「情報を伝える」だけで行動が変わらないのならあまり意味がないのです。 この例では、目的を「自分で勉強する子供」にします。意外に感じるかも知れませんが、「子供に勉強の必要性 を教える」こと(親側の価値観)は、目的の達成(言われなくても自分で勉強する)に役立たないので会話に必 要ありません。 会話の組み立ては下記の3ステップになります。 ① 現状の承認による信頼関係の構築 ② 行動を起こす相手(子供)の価値観の明確化 ③ 現状の行動(価値観)の強化 具体的には、子供が勉強しているときに「凄いな!」で子供の取り組みを承認し、「なぜ、言われないのに勉強しているの?」で勉強する「子供の価値観に基づく勉強の理由」を引き出します。 最初の声をかけるきっかけになる勉強の頻度は極稀でもかまいません(頻度が低いから承認できない、というのは親の価値観です。今、勉強しているという事実に着目します)。 次に勉強している理由を子供に尋ねることで、「子供は頭に浮かんだ自分が勉強している理由」を口に出します。 次に「でも、テレビ見るほうがいいんじゃない?」と現状を否定することで、「テレビの前に宿題をやるんだよ!」などの反応を引き出します。 子供が、自分が今勉強している理由を述べることで、その価値観(次回も勉強する理由)が強化されるのです。この会話を2,3回行うと自分で勉強する行動が定着 します。 勉強の必要性は、勉強ができるようになってから説明すればいいのです。 仕事関係であれば「なぜ期限どおりにできたのですか?!」などの声掛けがスタートになります。 逆に、できなかったときに「なぜできなかったのか?」を聞くことは、できない理由を探し出して、できない状態を定着させてしまいます。 多くの職場、家庭は「でききない理由」を尋ねて強化していますが、必要なのは「できる理由」を尋ねることなのです。 4.賛成から始まる会話の実践ポイント 以上のように、ラポールを使った賛成から始まる会話 の原理は単純であるし、少しの視点と行動を変化させるだけで、会話の大部分は変更する必要がありません。具 体的な事例と解説[6]で理解を進めるのも有効と思います。 しかし、体験をしたことがない内容は想像が難しく、習得が難しい人もいます。 赤色を見たことがない人に赤色の説明をしても、本当の意味で理解できないのに似ています。その場合、情報を自分が体験した一番近いものに置き換えてしまい、正しい情報が伝わらない可能性があります。 また、生存本能は「現状を変えないこと」を重視します。そのため、「今の自分が受け入れられる都合のいいところだけ」取り込む可能性があります。 そこで、例えば、本から学ぶ場合は、一つ実践して新 しい体験を通じた理解を増やし、もう一度本を読んで新 しく理解できる部分を増やしていく方法が考えられます。 また、研修に参加して、自分が受け入れる、受け入れないに関係なくワークで短期間のうちに体験を進める方法もあります。 他にも習得の方法はあると思いますが、「分かったつもり」は進歩を止めてしまいますから、いずれも習得度合いの確認が重要です。 例えば、コンビニテスト(コンビニの店員さんを笑顔にするワーク[7])を行うなどです。 このワークは1時間程度の練習で成功率がほぼ 100% の、賛成から始まる会話のファーストステップです。 もし、コンビニテストで店員さんが戸惑ったり、不審 な表情をするなど、ワークが上手くいかない場合は「会話の理解が根本的に違っている」可能性が考えられます。エンジニアに多いのが、「上手く行いたい」「気まずい思いをしたくない」という自分を守る気持ちが原因の失敗です。 例えば、「大変ですね。」の声掛けに「休みも働かなければならないなんて、大変ですね。」など,声掛けを否定されないように、自分の価値観に基づく理由を追加している場合があります。本人が無自覚ですが、自分の価値観を相手に押し付けることで、相手と対立が生じるのです。会話で自分を守る姿勢は、仕事や家庭の会話にも表れますので、日常から周囲と対立する会話を行っている可能性に留意して頂ければと思います。 いずれにせよ、エンジニアの本分は技術ですから、効率よく話し方を習得頂いて、持てる技術の才能を世に活かして頂ければと思います。 参考文献 コトバンク: “ラポール”, https://kotobank.jp/,. ウィキペディア : “アドラー心理学” , https://ja.wikipedia.org/,. 岸見一郎: “個人心理学講義”, アルテ, 東京, pp.108-109 (2012). 亀山雅司: “原子力発電所の再稼働に向けた対策と技術士のモチベーション”, 技術士 2015.2, 東京, pp.12-15 (2015). 原子力規制委員会: “美浜発電所3号炉 耐震性に関する説明書に係る補足説明資料 使用済燃料ラックの評価について”, 第359 回原子力発電所の新規制基準適合性に係る審査会, 東京, 資料2-2 (2016). 亀山雅司: “最強のエンジニアになるための話し方の教科書”, マネジメント社, 東京, pp.132-162 (2019). 亀山雅司: “最強のエンジニアになるための話し方の教科書”, マネジメント社, 東京, pp.62-64 (2019). (令和元年5 月10 日)
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