グローバルな視点に基づいた原子力安全マネジメント
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カテゴリ: 第17回
グローバルな視点に基づいた原子力安全マネジメント
Management of Nuclear Safety from Global Viewpoints
東京大学
関村直人
Naoto SEKIMURA
Member
Abstract: The Fukushima Daiichi accident has affected nuclear energy strategy in different countries in different ways and to different extents. Global community continued to discuss and update concepts and actions for continuous improvement of nuclear safety based upon excellent level of management in nuclear sectors. Some examples of outcomes in international organizations are discussed in this paper to contribute management systems to cope with complexity of the issues in Japan. Considering responsibility and imputability for nuclear safety improvements, transdisciplinary approaches will provide us possible solutions for the future.
Keywords: Nuclear Safety, Management, International Organization, Responsibility for Nuclear Safety, Transdisciplinary Research
1.はじめに
福島第一原子力発電所事故は、日本だけではなくグローバル社会に大いなる影響を与えた。事故後10年を経 て、各国で2050年に向けたカーボン・ニュートラルの宣 言が相次ぐ中で、グローバル社会の今後の原子力への期待は大きい。一方我が国においては、原子力利用の次世代へのビジョン及び原子力安全に関するマネジメントシステムの根本的な解決には、幾多の課題がある。国内では福島第一原子力発電所事故(の大きな影響)は現在も続いている。また福島第一原子力発電所の廃炉工程は、これからも永く続けられていくこととなる。さらに事故進展に関する未解明事項の究明も継続されなければならない。
この10年間は、事業者、産業界のみならず、学術界や 地方自治体を含む多様なステークホルダにおいて、原子 力技術やマネジメントシステムに関する直接的な知見や 経験の喪失が非均質に生じている。また関連する組織そ のものが変化するとともに、組織を構成する人と経験レ ベルに大きな変化が進みつつある。これらは、多様な安 全性向上活動への継続性が失われる可能性を意味してお り、枢要な安全上の課題を認識すること自体の遅れや解 決への障害が広がっているともいえよう。
民間事故調査委員会は、福島事故10年目で報告書[1]を
連絡先:関村 直人、〒113-8656 文京区本郷 7-3-1
東京大学大学院工学系研究科
E-mail: sekimura@n.t.u-tokyo.ac.jp
発刊している。この序章において、船橋洋一氏の「いつ ものパターンは許さない」との強いメッセージが提示さ れ、各種事故調査報告書は出して終わりではなく、教訓 や提言を生かしていく継続的で多様な活動の重要性が述 べられている。また終章において鈴木一人氏は、以下の ように項目を提示した。
新たな「安全神話」の誕生
「宿題型規制」の弊害
追求すべきは「効果型」規制
「国策民営化の罠」にはまったままの原子力
独りよがりなガラパゴス化
ガバナンス、そして「この国の形」の未熟さ
専門家と政治的リーダーシップのバランスの欠如
新型コロナウィルスへの対応との比較
ファーストリスポンダーと「究極の問いかけ」 そのまとめとして「大きな安全」と「小さな安心」の両 立のための原子力安全ガバナンスを確立し、国民と世界 との対話をしていくことを事業者及び国家に対して求め ている。
2.グローバルな視点:国際機関の事例から
OECE/NEA による3つの報告書の変化
本年3月11日の前後に諸外国や国際機関においても、多くのシンポジウムやセミナーがオンラインで開催され た。
OECD/NEAは、3月3日にウェビナーを開催し、福島第 一原子力発電所事故後の10年間に日本及び各国で取られ
た対応とその進展、教訓、今後の課題等をまとめた報告書“Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident, Ten Years On”を発行している。客観的な分析に基づいて事故からの教訓がグローバル社会で生かされている状況が取りまとめられるとともに、報告書副題に Progress, Lessons and Challengesとあるように、我が国及び国際社会への今後への勧告が提示されている。
OECD/NEA では2013 年9 月10 日に、“Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident”(副題OECD/NEA Nuclear Safety Response and Lessons Learnt)と題した報告書をとりまとめ、安全の確保、責任の共有、人的・組織 的要因、深層防護、ステークホルダの役割、クライシ ス・コミュニケーション及び緊急事態への備えについて 教訓を抽出している。特に当時のエチャバリ事務局長が
「原子力は最高レベルの安全性を必要とし、これに関し て完全に満足することはない」としつつ、原子力安全の 基盤となる原則として特に深層防護が依然として有効で あることが述べられた。
事故後5 年を経た2016 年には、“Five Years after the Fukushima Daiichi Accident”を発行し、Nuclear Safety Improvements and Lessons Learnt との副題がつけられている。「安全とは、運転経験の評価と研究を通じて我々が学ぶことにつれて発展するプロセスである。スリーマイル島やチェルノブイリの事故の際と同様に、福島第一原子力発電所事故の教訓を生かすことや関連する研究活動を継続していくことは、規制機関や原子力産業界が事故から学ぶにつれて将来においても発展していく長期的な活動である。」と将来を見通した安全の考え方を提示したことは、特に重要であろう。また深層防護を実施する上での考察と助言を提供する規制ガイダンスブックレット「原子力施設での深層防護の実施:福島原子力発電所事故の教訓から」を取りまとめ、2013 年の報告書を発展させている。原子力施設の安全を確保する一義的な責任については、事業者に帰するものであるが、規制機関自身にも原子力施設の安全を確保する上で重要な責任があるとし、ガイダンスブックレット「規制機関の効果的な安全文化」が示している規制機関の効果的な安全文化を支える5つの原則(安全のためのリーダーシップ、個人の責務と説明責任、協働とオープンなコミュニケーション、ホリスティックアプローチ及び継続的な改善・学 習・自己評価)についても具体的に提示されている。
上述の2021 年3 月発刊の報告書では、これらを発展させ以下に示す9つの勧告が提示されている。
Effective and balanced regulatory transparency, openness and independence
Systematic and holistic approaches to safety
Participation in international development of decommissioning technologies
Well-planned waste management and disposal
Improvements to damage compensation practices
Stakeholder involvement and risk communication
Recognition of mental health impacts in protective action and recovery
Opportunities for economic redevelopment
Knowledge management
これら勧告の内容は、この報告書単体で完結するような 単純なストーリーでは決してなく、この10 年間のグローバル社会での議論と実践、人的ネットワークを活用し たコミュニケーションに基づくものとなっている。
OECE/NEA におけるGlobal Forum on Nuclear Education, Science, Technology and Policy
OECD/NEAにおいて、1年半にわたる準備作業を経 て、今年1月にGlobal Forum on Nuclear Education, Science,
Technology and Policyが発足した。世界各国の20以上の大学と共に東京大学がCouncil of Advisory Memberとしても参加することとなり、具体的課題別のWGを構成して、各国のアカデミアとともに幅広い議論を行っている。
OECD/NEAには、10ヵ国からの大学・研究機関が参加 するNEST(Nuclear Education, Skills and Technologies) がある。日本からは、東大、東工大、JAEA/CLADSが参画し、カナダのMcMaster大学やスイスPSIなど、各国の大学等との協力強化が図られてきた。
一方で本Global Forumでは、枢要な課題について教育と研究開発の観点のみならず、さまざまなステークホル ダへの提言を行うこととしており、議長であるMITのRichard Lester教授及び参加大学間の議論により、下記の4つの取り組むべき課題が提示されている。
OECD諸国においても、原子力技術と研究教育の場でのジェンダー多様性の確保は共通の課題と認識されて、 これが原子力人材の確保と教育、原子力エネルギーと社 会との関係の見直し、さらに将来の原子力の競争力への 基盤であることを提示しているのである。
Achieving gender equity in the nuclear engineering and technology and academic workforces
(原子力工学・技術、学術界での男女共同参画)
Future of nuclear engineering education
(原子力工学教育の将来像)
Rethinking the relationship between nuclear energy and society
(原子力エネルギーと社会の関連性の再考察)
Future requirements for the competitiveness of nuclear energy
(原子力エネルギー競争力強化のための要求事項)
IAEA PLiM国際会議のわが国での開催
これまで5年毎に開催されてきたIAEAのPlant Life Management(PLiM)国際会議を日本で開催することを提案してきた。ようやくIAEAと日本政府間の正式合意文書が締結され、2022年12月に大阪でのハイブリッド形式での開催に向けて本格的な準備が始まっている。
2017年にフランス・リヨンで開催された前回のIAEA PLiM国際会議の最終とりまとめセッションにおいて、IAEAの原子力施設安全部長を務めるGreg Rzentkowski氏は、以下のような課題を提示している。
Globalization of nuclear safety
Sustainable, broadly acceptable national energy strategies and policies
High safety standards based on consensus requirements
Harmonization and standardization
Regulatory effectiveness and transparency
Maintaining and enhancing nuclear safety
Long Term Operation (LTO) of ageing reactor fleet
Post-Fukushima safety improvements
New builds
Safety and licensing of innovative designs
Public acceptance of nuclear power
Understanding of all aspects of nuclear energy
Increasing risk tolerance
これらは、保全学会において取り組んできた体系的な 議論と検討であり、福島第一原子力発電所事故後の原子 力安全に関するグローバル化の進捗を踏まえて、これか らも継続的に取り組むべき課題であって、これらに応え ていくことが、次回のPLiM国際会議には期待されてい
る。現行軽水炉の長期間の運用やSMRを含む新型炉の活用は、米国の軽水炉の運転免許更新(License Renewal)が20年間を単位として進められているよう に、短中期的な展望のみならず、10年よりさらに長期的 かつ体系的なビジョンを描いて、安全性と長期的な投資 や人材育成を考えていく必要がある[2, 3]。
3.安全確保と継続的な安全性向上に係る責任とマネジメントシステム
原子力事業者が安全確保の最も重要な責任を有してい ることは、IAEA の基本安全原則において第一義的な責任
(Prime Responsibility)を負っているとあるように、グローバルな共通理解である。事業者は例えば検査制度の中で罰則があるからではなく、自らの主体的な取組により期待される役割を果たすとの基本的認識を持ち、実際に意識、業務手法、組織体制、実務の各領域において、安全 を最も大切にする取り組みが継続的に実施されるように、 マネジメントシステムを改善していかなければならない。 またこれらの基盤として、安全文化をより高いレベルに押し上げなければならない。これらを通じて、安全確保に関する第一義的な責任を浸透、定着させていくべきである。
原子力の安全確保と継続的な安全性向上に関する「責 任」については、改めて議論がなされるべきであると考え られる。國分浩一郎氏[4]は、責任とは自らもたらしてし まった被害と被害者に対して、自分が応答(response)し なければならないと心から感じることである、としている。一方で責任を意志があるかどうかと結びつけて、「こ れは自分の意図でやったことだから責任がある」、あるいはその逆を主張しようとすることには、応答や対応の概念は含まれてこない。Responsibility と Imputability(帰責性)を混同してならないが、この区別は原子力安全に関す るマネジメントシステムを絶えず動かしていくことであると考えられる。
規制機関によるチェックや規制制度の枠組みは、事業 者がこの責任を果たすことを促すものとならなければな らない。事業者のあらゆる保安活動に対する監視と評価 の仕組みを検査制度として確立することによって、規制 機関と事業者のスパイラルアップによって、安全水準の 向上を目指すことが要請されるのである。
4.まとめ:学際研究から超学際研究への発展
原子力安全の目的を達成するには、国民の信頼が根幹 であり、規制機関、事業者のみならず、事業者関連団体
(ATENA 等)や自治体、各種団体、学術界をはじめとする我が国の多様なステークホルダがそのための役割を 果たすべきである。マネジメントシステムの継続的な改 善は、規制機関のみならず事業者や広く原子力に関わる 組織に対しても同様に適用されるべきものである。また 現在と将来にわたる要員の確保や能力向上、広範な技術 情報の強化等々の制度を支える人材や知識基盤の課題が ある。炉安審・燃安審で議論を進めてきた安全目標に関 わる議論は、まだ途上の段階である。継続的安全性向上 に関わる具体的な制度や課題についての議論と並行し、 検討を深めていくべきであろう。
新しい知見がリスクを考える上で警告を発しているのかどうかを見極めていくことを可能とするような研究、 特に超学際研究(Transdisciplinary Research)[5]は、継続的な安全性向上とマネジメントシステムの共通基盤であ
って、これからも引き続き実施されていく必要がある
[6]。
参考文献
福島原発事故10 年検証委員会民間事故調最終報告書(2021 年2 月)
山本晃弘,関村直人「原子力発電所の定期安全レビ ューの実効性向上に関わる研究」日本原子力学会和 文論文誌,Vol.17 No.2 (2018) pp.67-85.
山本晃弘、関村直人「原子力発電所における安全文 化醸成活動の実効性向上に関わる研究」日本原子力 学会和文論文誌,Vol.16 No.3 (2017) pp.119-138.
國分浩一郎 「利他」とは何か 伊藤亜紗編 集英社新書(2021 年3 月)
近藤康久 学術の動向 Vol.25 No.2(2021 年2 月) pp.102-107.
足立文緒、関村直人「原子力分野におけるマネジメ ントの基礎」横幹Vol.15, No.1(2021), pp. 1-16.