原子力の社会的価値に関する考察 海外の視点から

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カテゴリ: 第17回
原子力の社会的価値に関する考察海外の視点から Social Value of Nuclear Power -Thoughts from an International Point of View- 日本原子力産業協会 新井史朗 Shiro ARAI Member 日本原子力産業協会 古塚伸一 Shinichi FURUTSUKA Non-member Abstract In Japan, where energy resources are scarce, nuclear power has been developed as one of the important pillars of Japan's energy mix, as it excels in 3E, which are energy security, economic efficiency, and environment. After the Fukushima Daiichi Nuclear Accident in March 2011, Japan's energy policy changed to lower dependency on nuclear power generation to the extent possible. On the other hand, when we turn our eyes to the world, global warming is causing an imminent crisis and countermeasures are urgently needed. Many of nuclear-power countries have decided to actively utilize nuclear power to reduce CO2 at low cost and effectively. The social value of nuclear power is not limited to 3E criterion above, as it is not only simply replacing fossil fuel, but also has a wide range of values such as providing heat source for chemical process and steel, agriculture, food, water, medical care, etc. UNECE reports nuclear energy is valuable in all the 17 SDGs. Japan's nuclear expertise in design, construction, safety and more than 40 years of operational experience should be utilized to better and safer use of nuclear power plants all over the world for the sustainable development. Keywords: nuclear, global warming, social value, UNECE, Sustainable Development Goals 1.問題意識 地球温暖化は目前に迫った危機として対策が急がれて いる。早期にCO2 排出を削減し、気温上昇を1.5℃に留めなければ、その後気温上昇を制御できなくなるからで ある。 原子力導入国で、原子力の撤廃ないし低減を表明する 国・地域は、ドイツ、日本、韓国、スイス、ベルギー、 台湾である。温室効果ガス排出削減目標の引上げを意識 する中、原子力導入国の多くは、原子力の積極的活用を 表明、途上国では新規導入を決定した国もある。 日本では、福島第一原子力発電所事故によりいまだに 約3.5 万人の方が避難されているが、わが国原子力産業は、人々に寄り添った復興活動、さらなる安全性の向上 に努めている。 こういった背景で、原子力がどのような社会的価値の 発揮を期待されているか、海外事例や最新の国連機関の 報告書などをもとに考えてみたい。 連絡先: 古塚伸一 〒102-0084 東京都千代田区二番町11-19 (一社)日本原子力産業協会 E-mail: s-furutsuka@jaif..or.jp 2.原子力発電の3E とわが国の現状 原子力発電は、化石燃料を輸入に頼るわが国におい て、脱石油・脱中東・エネルギーの輸入依存度低減、大 気汚染による健康被害の防止、エネルギー料金の安定化 の3E でエネルギー政策の実現に大きく寄与してきた。 2011 年3 月に発生した福島第一原子力発電所事故を契機に、わが国では、当時の政権により原子力ゼロ政策が検討され、現在も可能な限り原子力発電への依存を低減する政策がとられている。事故前には54 基の原子炉が稼働し、3 基が建設途上にあったが、事故後21 基が早期廃炉を決定し、残る33 基のうち、27 基が新安全基準での審査を申請しているが、稼働は9 基で、新設リプレースは見通せない状況にある。 2018 年度の電力量の構成は、従来型水力が8%、地熱および新エネルギーが9%、CO2 発生源となる化石燃料が77%で、原子力は6%にとどまっており、燃料調達の安定性、経済性、CO2 削減いずれにおいても、限定的になっている。 一方、毎年、原子力の社会的受容性意識調査が複数実 施されているが、その結果を押しなべて見ると、原子力 発電所の再稼働を望むのは3 割、反対3 割、中間が4 割という傾向である。また、自然エネルギー財団は、 2010 年度から2019 年度に、基数は40%、設備容量 は33%減少 再稼働に難航し、発電量は2019 年度の638 億kWh で、再エネの3 分の1 にとどまっている 原子炉の運転年数は40 年。60 年に延長が認められたのは4 基。2030 年の電力における原子力比率は、建設中2 基を加えても16%(設備利用率70%)程度(国の計画値は20-22%) 2050 年度まで稼働するのは、島根3 号と大間の2 基(約280 万kW、年間168 億kWh 相当) ( )内は筆者が加筆を主旨とする報告書を公表しており、現状の政策や規則の下でのわが国の原子力の展望に悲観的な見方を示している。 3.地球温暖化問題と原子力の役割 近年の人為起源の温室効果ガスの排出量は史上最高を 更新し続けている(2019 年、33.4 ギガトン)。1988 年から温暖化と気候変動の影響を研究するIPCC は、2014 年、第5 次評価報告書(AR5)で、気候システムの温暖化には疑う余地がないとした。また、2018 年に公表した1.5℃特別報告書では、気温の上昇を2℃ではなく1.5℃ に抑えることで、多くの影響が回避できると強調し、急速かつ広範囲に及ぶシステム移行が必要と警告した。 2020 年時点で、国連加盟の大多数の国は、気候変動枠組条約や国連の場で、制御不能な地球温暖化を防止することに合意し、温室効果ガスの排出削減を約束した。2050 年が、温室効果ガス排出大国のネット排出ゼロの目標年次(中国は2060 年)となったことにより、今後はより実効性のある計画の策定が求められる。多くの原子力導入国では、発電時CO2 排出がなく、50 年の実用実績がある成熟した技術として、原子力を「短期間で、効果的に化石燃料を代替する手段」としてCO2 削減政策の中心に位置づけている。 わが国は、昨年、2050 年の削減目標を「カーボンニュートラル」とした。これに伴い、2030 年の削減目標もパリ協定約束値の2013 年比26%減から46%減へと引き上げ、現在、政府は実施計画を検討している。電力の77% を占める化石燃料による火力発電は、将来、排出ガスからCO2 を分離回収して地中に貯留するか、カーボンニュートラルな合成燃料に代替する選択肢しかない。しかしながら、いずれも現時点で商業レベルの技術が確立していない。 4.英国の動き 英国は2020 年11 月25 日、政策文書「国家インフラ戦略-より公平、迅速かつ環境に優しく」で2050 年ま でにCO2 排出量実質ゼロに移行するためのインフラ計画を公表した。 原子力発電については、「実証済みの技術を用いた費用対効果の高い電源で、再エネを補完する信頼性の高い 低炭素電源」と評価し、大型原子炉建設や先進的原子力 研究開発への投資に最大5 億2,500 万ポンド(約728 億円)を投入する。 英国は、過去10 年間で、CO2 排出量に占める発電部門のシェアを27%から12%まで削減した。その要因は、 再エネの拡大と石炭火力の削減である。政府は、今後の脱炭素化では電力の安定供給が最優先とし、原子力発電に期待を寄せている。 2050 年までにCO2 排出量の実質ゼロを達成するには、発電システムを「CO2 フリー」とし、輸送部門の電化等にともなう追加の電力需要にも対処しなければなら ない。それに必要な電力量の大部分は低コストの再エネで供給し、その間欠性を補うには原子力や二酸化炭素の 回収・貯蔵(CCS)、水素燃焼等の機能を持つ火力発電所が必要である。新規原子力発電所建設プロジェクトに 対する資金調達や回収の優遇措置の1 つとして「規制資 産ベース(RAB)モデル」を制度設計し、すでにパブコ メにかけるなど原子炉の新設支援に積極的である。現 在、英国では、ヒンクリーポイントC発電所(172 万kW のPWR×2 基)が建設中である。 5.米国の動き 本年成立したバイデン政権は2035 年までにクリーンな電力を100%にすると公約した。原子力は、供給信頼性と無炭素発電が評価され、環境政策の重要な一部とな っている。現在、米国では原子力発電が、CO2 フリー電力の50%以上供給している。 NEI によれば、米国の地域社会は、クリーンで信頼性が高い電力を原子力が供給していること、総発電電力量 の20%を原子力が担っていることを認識しているという。また、パンデミックであれ、2 月に米国南部を襲った壊滅的な冬の嵐であれ、原子力発電所は稼働し続け、2020 年には、55 サイト(94 基)で8000 億kWh を発電。また、設備利用率は20 年以上にわたり90%以上を維持している。仮に1989 年の設備利用率で、同じ量の電力を発電したとすると、さらに33 基の原子炉が必要 だったことになる。 米国では、民主党、共和党ともに原子力発電を支持し ている。環境政策から雇用政策まで、原子力の貢献に強 い期待を寄せているのである。また、米国原子力エネル ギー協会(NEI)の幹部は「原子力発電所が後退すれ ば、米国の気候計画は機能しない」と明言している。 6.国連による原子力の評価 国連欧州経済委員会は、「気候変動は、すでに、国の経済や生活を破壊し始めており、最も貧しく、脆弱な 人々が最も大きな被害を受けている。温暖化防止に時間の猶予はない、原子力を含むあらゆる選択肢を活用すべきだ」としている。温室効果ガスは農業、土地利用、コンクリート、鉄鋼の生産からも発生するが、その70%は エネルギー起源である。これらを踏まえ、同委員会は、2021 年、「Use of Nuclear Fuel Resources for Sustainable Development - Entry Pathways」を発行し、原子力の価値を持続可能な開発目標(SDGs)17 項目に照らして評価した。 水素生成は合成燃料の製造にも利用される。原子力こそが、化石燃料使用を最も効率的に代替しうるものであ り、電力以外のCO2 発生源も電化を通じて脱炭素化できると強調している。 さらに、原子炉は、医療用、環境用、工業用アイソト ープを製造する。毎年3 千万人が放射線治療を受けその人数は年々増加しているとしている。 放射性アイソトープと放射線は、食糧、農業分野では 食物起源の疾病の原因菌の殺菌・害虫の不胎化に利用さ れ、殺虫剤の使用を抑制することにより、飢餓対策、健 康と環境保護に貢献している。 水利学でのアイソトープ利用では、地下水脈の探査や 計量や汚染源の探査、既存の水源や新たな水源の発見で 水の管理や保全を改善している。さらに、海水淡水化 で、水供給の改善、農業生産の向上と食糧の安定供給に も貢献している。 図1 Use of Nuclear Fuel Resources for Sustainable Development ? Entry Pathways 同書は、原子力は、3E、とりわけエネルギー部門の脱炭素に重要な役割を果たすだけでなく、貧国の撲滅、 飢餓をゼロにする、きれいな水、十分なエネルギー、経 済成長、産業イノベーションをはじめ17 の持続可能な開発目標のすべてで社会的価値があるとしている。 世界では440 基の原子炉が32 か国で運転され、世界の発電量の10%を賄っている。導入以来50 年で、抑制されたCO2 排出量は60 ギガトン。これは、世界の排出量の2 年分とその削減効果は大きい。また、原子力は発電にとどまらず、産業用熱源、地域暖房、広範囲のエネ ルギー利用の低炭素化に貢献し、さらに、原子力による 図2 国連欧州経済委員会報告書による原子力マッピング 7.結語 地球規模で気候変動の影響が進展する中、迅速な行動 が求められている。最も効率的に温室効果ガスを削減す るものと位置付けられる原子力技術を持つ各国は一致し て行動している。 その中、わが国の原子力に関わる設計、建設、安全技 術および40 年以上の運転実績の知見が地球規模の持続可能な発展に最大限に活用されるべきであると考える。 また、福島第一原子力発電所の事故から得た数々の教訓 も生かしつつ、わが国の原子力産業界がその役割を十分 に果たし、一刻も早くカーボンニュートラルが達成され ることが重要である。 そのため、国のエネルギー政策において、将来にわた り原子力を使い続ける等、原子力発電をしっかり位置づ けて頂き、可能な限り依存度を低減するという文言を外 し、新設リプレースも考慮して頂けるよう、関係各方面 に強く期待するものである。 参考文献 自然エネルギー財団「 縮小する日本の原子力発電存在価値を問われる 9 つの課題」(2020 年 7 月) https://www.renewable- ei.org/pdfdownload/activities/NuclearPowerJapan_20200 7_JP.pdf IPCC「AR5 Synthesis Report: Climate Change 2014」 (2014 年10 月)https://www.ipcc.ch/report/ar5/syr/ IPCC「SPECIAL REPORT Global Warming of 1.5 ?C」 (2018 年10 月)https://www.ipcc.ch/sr15/ 英国財務省「National Infrastructure Strategy - Fairer, faster, greener」(2020 年11 月) https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploa ds/system/uploads/attachment_data/file/938049/NIS_final _web_single_page.pdf 国連欧州経済委員会「Use of Nuclear Fuel Resources for Sustainable Development - Entry Pathways」(2021 年3 月) https://unece.org/sites/default/files/2021- 03/UNFC%20%26amp%3B%20UNRMS%20NuclearE ntryPathwaysRevised.pdf
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