「原子力発電所の再稼働差止への裁判所判断と課題」原子力裁判の問題点と対応

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カテゴリ: 第15回
原子力発電所の再稼働差止への裁判所判断と課題 原子力裁判の問題点と対応 Nuclear Power Trials, Issue and Arguments -To reduce risk of lawsuit- 日本原燃 田中治邦 Harukuni Tanaka 福井工大 堀池寛 Hiroshi Horiike Member 法政大学 宮野廣 Hiroshi MIYANO Member 国際原子力法学会 鈴木孝寛 Takahiro Suzuki 横浜市大 村田貴司 Takashi Murata 原子力発電所の再稼働が進み、各地で運転差止請求の裁判が行われている。火砕流への対応について のように、最近の論点は 学術的な課題から社会とのリスク認識の整合といった科学と社会との狭間の問題 に移っている。学術的に難しい専門分野である原子力の安全問題は、個別に裁判所で扱えるような問題で はない。司法の問題を整理し、どのようにこのような訴訟に対応する仕組みとすべきか、いくつかの提案 を試みたい。 Nuclear power plants have been restarted, and trials on driving injunctions are being made in some places in Japan. As in the case of responding to Pyroclastic flow, the recent issue has shifted from the academic task to the inter-discipline problem between science and society, such as matching risk recognition with society. In the paper, we would like to explain the discussion points and find out the direction of solution by looking at some experiences and achievements in the areas other than nuclear sector. Keywords: Case of lawsuits, Claim to suspend the operation, Technical Problem of Nuclear Plant Safety 1.現状の問題点 伊方原発の設置許可処分取消を求めた日本初の原発訴訟(行政訴訟)における最高裁による上告棄却の判決(平成4 年)が示した審理の枠組みは、近年の民事訴訟においても維持されている。この枠組みとは、裁判所は; 現在の科学技術水準に照らし、調査審議に用いた審査基準に不合理な点が無いか(ドイツは設置許可時点の技術水準を基準とする) 当該原子炉が審査基準に適合するとした委員会もしくは専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、行政庁の判断がそれに依拠していないか を見るというものである。 その趣旨は、裁判所が独自の立場から判断するのは原子炉等規制法の趣旨に反し不適切で、裁判所は例えば基準設定に至る判断過程で十分な調査がなされたか否かを見ることとし、そこに不合理な点が無いことの主張、立証責任を被告行政庁に求め、それが尽くされない場合には不合理な点があること が事実上推認される、とするものである。 近年、これが民事訴訟にも適用された結果、安全審査の行政判断内容を申請者(被告)が説明する妙な構図となっており、一方、その審査を行った規制委員会は民事訴訟への関与も論評も拒否している。 更に、裁判官が専門工学領域に入って独自判断を行うようにもなり、その結果、専門的な設計に関する理解不足から誤った論理展開に基づく決定も出されている。 また、平成23 年の福島第一原発事故以来、原子力を巡る訴訟が頻発しているが、特に運転差止めの仮処分の申立が1つの原発に関して複数の周辺地裁に出され、異なる地裁が異なる判断を示し、原告の主張が認容されるケースも出ている。これをリードしていると見られる一部の弁護士の発言は; ・立地県ではなく、経済的な恩恵を受けず世論も厳しい周囲の隣接県を狙って多数の仮処分申立を行うことが効果的で、幾つ負けても構わない、1 勝すれば原発を止められる。 → 仮処分申立の乱発による社会的負担を全く気にしない。 ・再稼動を阻止する必要は無い。再稼動後に運転停止命令を出させた方が電力会社に衝撃を与えられる。 → 稼働を切迫した危険として仮処分の申立をするにもかかわらず、再稼動後に電力への影響があれば良いという姿勢。 ・本訴より遥かに早く判断の出される仮処分の手続きを用いれば、裁判所側に人事異動の機会を与えないことができる。 → 真相は不明だが、自らの主張が正常でないことを認識していると見える。 原発が止まることで様々な悪影響が発生してい る。裁判では万一の場合の仮想的な被害を論じるが、代替火力運転による莫大な燃料輸入費用の国外流 出や、電力料金値上げによる電力多消費型産業などの経営破綻の発生は、まさしく実損である。 2.対策の検討 新規制基準に適合して再稼動が許された原発の安全性は飛躍的に向上しており、これを利用しないことは国家的損失であり、無用な裁判を防ぐ対策を講じる必要があると考える。検討にあたっては以下の例が参考になる。 行政審判と実質的証拠法則 対審構造、公開の口頭審理など訴訟に準じた行政審判では、審判結果を不満とする抗告訴訟の第一審は高等裁判所の管轄とされる。 実質的証拠法則とは、行政審判に於いて行政委員会が認定した事実が裁判所を拘束するというもので、複雑高度で専門的な事案に関しては、行政審判組織の高い専門性とそれに基づく判断を裁判で尊重するという趣旨である。現在では、電波監理審議会と公害等調整委員会(鉱業採掘権等の裁定委)が適法に認定した事実に拘束力が認められている(実質的証拠法則)。また、行政審判に於いて正当な理由なく証拠採用されなかった等の一定の場合を除き、審決取消訴訟(裁判)に於いては新たな証拠の申出(新たな無効理由の主張)は許されない(新証拠提出制限)。 なお、以前は公正取引委員会の独禁法違反の審 査・処分・審判に不服がある場合には東京高裁に出 訴することとし、そこでは実質的証拠法則と新証拠提出制限が採用されていたが、現在は公取委の審判制度が廃止され、排除措置命令等への抗告訴訟は東京地裁の専属管轄となっている(平成25 年に独禁法改正)。 知的財産権訴訟を専門的に扱う高裁 知的財産権全般に関する訴訟を集中的に扱うため、東京高裁に、特別な支部として知的財産高等裁判所が設置された(平成17 年4 月)。知財に関する訴訟の高度化・複雑化に対応し、専門委員のサポートを受けて、迅速かつ確実に紛争の解決を促す趣旨である。特許庁の審査部が行った審査結果に対する不服申立の審判部による審決に不満がある場合の取消請求訴訟は、東京の知財高裁が全国の事件を全て取り扱う。 なお、民事の技術型事件(特許権などの訴訟)は、東京地裁と大阪地裁の知的財産権専門部が第一審で、控訴審は東京の知財高裁が扱うこととなっており、民事の非技術型事件(意匠権などの訴訟)では、従来通り各地裁・各高裁で扱われる。 米国のNRC 米国では、原発の安全審査は、規制委員会(NRC) ではなく、原子炉規制局(NRR)が行う。NRC は、NRR の報告、諮問委員会(ACRS)の助言等に基づき最終決定を行う。従って、NRC 自身も首席補佐官以下約40 名からなる事務局スタッフを有する。 NRC の下には裁判所に似た Atomic Safety and Licensing Board があり、個別案件毎に3 名の判事からなる ASLB Panel を設け、公聴会を開く。ASLB は不服申立を受付け、申請者(事業者)意見と反対意見(州など)の両方を聞き裁定を下す。 これにより、NRC は原子力に係わる訴訟について地裁の機能を果たし、NRC の決定を取り消すには高裁へ申し立てなければならない。高裁では安全論議の実態を審理することは少なく、手続き面の審理が主である。 ドイツの行政訴訟への一本化 ドイツでは、原発の安全審査は、周辺住民の権利侵害(私法関係)も考慮した上で行政府が許認可を発給しているとの立場で、原子炉設置許可手続にお ける住民の手続参加権を基本権保護の重要な仕組みとみなしている。従って、原発の運転差止を求めることは、そうした行政の判断を覆すことを意味するものであるから、行政訴訟に限られている。 行き過ぎた訴訟提起の抑止(米国の例) 訴訟社会の米国で、行き過ぎた訴訟提起に対して議論がなされた実績がある。平成14 年11 月に青少年8 名が、ファーストフードとその宣伝攻勢により肥満したとニューヨーク連邦地裁にマグドナルド 社を訴えた。マグドナルド社は、食事の選択肢は無数で消費者の選択に責任を負えないと主張した。地裁判決で原告側の主張は却下され、平成16 年3 月食品消費個人責任法案(通称チーズバーガー法案) が下院を通過することとなった(上院で未採決のまま)。この法案の趣旨は、高カロリー商品摂取が肥満原因として外食・食品産業を提訴することを禁止しようとするものであり、行き過ぎた訴訟提起を懸念したものである。 日本の司法制度改革の実績 我が国では、平成11 年7 月~平成13 年7 月の間、内閣に司法制度改革審議会が設置され、その検討結果に基づき、これまでに法曹一元性の導入、法科大学院(ロースクール)の設置、裁判外紛争解決手続き(ADR)の拡充・活性化、裁判員制度の導入、知的財産高等裁判所の設置、法テラス(日本司法支援センタ-)、被疑者国選弁護、被害者参加、等々が実現している。 3.まとめ 原子力発電の停滞により、国としての経済損失は 膨大なものとなっており、この状況を認識した上で、他分野での司法制度改革も参考に、原子力の安全性 の確保にコンセンサスを得る新たな仕組みを早急 に確立すべきと考える。 尚、本稿の趣旨は、原子力への国民理解を求める丁寧かつ住民目線での理解活動の重要性を変えるものではなく、国と電力がなすべき努力の必要性を減じようという意図はない。マスコミの論調や一般国民世論の動向が裁判官の判断に影響を及ぼすとの指摘もあり、原子力関係者は、安全を追及する真 摯な態度と、安全目標とリスク評価結果の比較解釈、更には、他の社会リスクとの比較など、分かり易い 解説に努めなければならないことは論を待たない。 参考文献 鈴木孝寛 ほか、”原発裁判の判決例-原子力をめぐる司法判断” 保全学会第14 回学術講演会C-2-1-3、August 4, 2017 堀池寛、宮野廣 ほか、”原発運転差止仮処分裁判に見る課題”、保全学Vol. 16, No. 3, October, 2017、pp.15 安念潤司 “広島高裁伊方原子力発電所 3 号機差止仮処分決定について”、日本原子力学会 春の年会 特別セッション March 3, 2018 田中治邦 ほか、”原子力を巡る紛争解決の新たな仕組み”、同上 一般セッション March 3, 2018 以上
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