「原発裁判と社会」第一報 原子力裁判での論点?その2ー

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カテゴリ: 第16回
原発裁判と社会 第一報原子力裁判の論点ーその2ー Nuclear Power Trials, Issue and Arguments No.1 Technical Issue - External Events- 0福井工大 堀池寛 Hiroshi Horiike Member 法政大学 宮野廣 Hiroshi MIYANO Member 日本保全学会 鈴木孝寛 Takahiro Suzuki Member 日本原燃 田中治邦 Harukuni Tanaka 横浜市大 村田貴司 Takashi Murata 原発の運転差し止め裁判の課題を調査してきた。裁判では、原子力規制委員会が認めた審査の合格に 反論し、運転の差し止めを請求する訴訟が多発し、判決は様々な判断を示している。本検討会では、何が技術的課題なのかを明確にして、裁判で説明しきていない技術的論点について、正論を示すことを 狙って活動している。本報告では原発の再稼働が裁判で争われる構図を概観し、そこに含まれる問題 点について報告したい。 We have investigated the issue of the nuclear power plant injunction trial. The court may have argued against the “passed examination” conclusion accepted by the NRA. Many lawsuits have been filed to stop the operation of nuclear power plants. Judgments in court show various decisions. In this study group, we aim to clarify what technical issues are and to show positive theories about technical issues that have not been explained in court. In this presentation general outline of the structure and issues will be reported. Keywords: Case of lawsuits, Claiming to suspend the operation, Technical Problem of Nuclear Plant Safety はじめに これまでの議論では原発裁判が抱える課題について調査検討を行い、裁判制度と工学論との間に存在するギャップの形やそれを埋めるための方策について報告してきた。本報告では、技術論・工学論の持つ定量性と裁判との関連について報告する。 原発裁判の構造 裁判は訴える者と訴えられる者及び、その言い分 を裁決する裁判所で構成される。原発裁判では訴える側の目的は、原発に関する科学技術的な争点があってそれを解決しようとしているのではなく、原発 の稼働停止や廃止が目的である。原発は売電にて呂利を求めるものである。この点を利用して原発の操業に難癖をつけ、稼働停止に至らせる、あるいは種々の追加措置を判決で得て稼働困難に至らせることが目的である。従って提訴するには一般住民という原子力工学や原発技術の専門家ではない人々で務まる。 それを受ける裁判所の構成員も法律の専門家で あって、普通は原子力工学の専門家ではない。その ため裁判では訴える側が少しだけ原発の持つ問題点を上げたら、その点についての工学的技術的な証明は訴えられた側が証明しなさい、という「立証責任の分配」がなされる。科学技術面で専門性が高い 事項が争点なので、その専門的情報を有する側が証明するべきであるという考え方と言われる。その結 果として、最近では地震や津波などの外部事象や使用済み燃料プールの安全性について、電力会社が原子力規制委員会に於ける審査の内容を事細かく説明し、裁判所がその内容に不合理な点がないかどう かを確認するという作業が行われる。それは行政審査の内容を裁判所で再度展開するものであるから、普通は行政判断を追認する結論にザち着く。裁判所は裁判の形が作れるというメリットを得、事業者側は審理内容の支配という実を得る。 行政追認ではない判決の出る理由 しかし珠には交通事故も起きる。裁判所が事業者から説明される審査の詳細な内容をしっかりと勉強しない場合や、事業者側の説明がまずくて裁判所 の理解に至らないという事も起こり得る。この様な 過程において、裁判所は事業者側からの説明を形式的に審査しているだけで、原発の 々のリスク事項を「定量的」に理解していないこともおこり得る。福島事故後の新規制基準の制定によって過酷事 故対策など安全対策が強化され、リスクは大きく減少しているが、それを定量的に理解しない裁判所に あっては、福島で過酷事故が起きたということに囚われ、原発の危険性を過大視する判断を出される。相対的安全性の判断の基本はリスクを確率と期待値として理解し、他のリスク例と比較して許容可能 とする判断である。しかしこのリスクの量を数として理解しない裁判所があっても不思議ではないわけで、その場合は絶対安全に限りなく近い判断に傾 くこともあり得る。例えば平成 27 年の福井地裁の決定にては、「基準地震動の値が有史以来世界最大というものではない」、「イベントツリーにて事故原因につながる事象のすべてを取りあげているとは認められない」、 の判断が られる。 ここから言えることは、裁判所は法律の専門家であり工学論の専門家ではないので、定量的な理解を 期待できないこともありえる。しかし原発の許認可はリスクについての定量的な検討の結果として出されているものであるから、定量的な議論を理解できない場合も含まれるということは、今の裁判の進め方が原発のリスク判断の様な審理には適していないと言うことになるのではないか。 まとめ 原発裁判の中では、社会通念に基づく判断とか、相対的な安全性、などが言及されているが、これらは全てリスクの大きさを定量的に評価することが基本で、それを抜きにしては絶対安全と絶対危険以外の判断は導出できないと筆者は思う。 また裁判では「安全」の技術的判断は、原子力規 制委員会が行うものであるとしている。しかし、原子力規制委員会は「安全」という判断を回避していることから、裁判では、 別課題ごとに規制の要求を満たしているかどうかを判断するという膨大な審理を進めている。原子力規制委員会は、審査基準を満たしている状態が、'技術論として安全“と宣言することが必須と言える。
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