低炭素ステンレス鋼溶接金属の熱時効に関する研究
公開日:
カテゴリ: 第17回
低炭素ステンレス鋼溶接金属の熱時効に関する研究
Study on Thermal Aging of Stainless Steel Weld Metals
電力中央研究所
三浦靖史
Yasufumi MIURA
Member
電力中央研究所
新井拓
Taku ARAI
Member
Abstract
Fracture toughness tests and atom probe tomography were conducted to evaluate the effect of thermal aging on the fracture toughness and the microstructural evolution in ferrite phase of shielded metal arc weld (SMAW) and gas tungsten arc weld (GTAW) of type 316L stainless steels. The resistance to ductile crack extension of aged welds was lower than that of unaged welds. For the GTAW the effect of aging temperature on the reduction rate of the fracture toughness, which may be due to relatively high ferrite content of the weld, was observed. The behavior of microstructural evolution of the welds was relatively similar to that of the cast austenitic stainless steels. This result suggested that the research results on the microstructural evolution of cast austenitic stainless steels could be applied to the evaluation of austenitic stainless steel weld metals.
Keywords: Boiling water reactor, Type 316L stainless steels, Weld metals, Thermal aging, Fracture toughness, Atom probe tomography
1.はじめに
オーステナイト系ステンレス鋼は、靭性、耐食性、溶接性等に優れることから、軽水炉の炉内構造物や配管等に幅広く使用されている。同鋼母材の金属組織は基本的にオーステナイト相であるが、溶接金属は溶接時の高温割れを防止する観点からフェライト相を含む二相組織となっている。原子力機器に使用されるオーステナイト相とフェライト相の二相組織を持つ代表的なステンレス鋼にステンレス鋼鋳鋼があり、高温環境に長時間さらされること(熱時効)により、フェライト相が硬化し、破壊靭性が低下する、いわゆる熱時効脆化が生じることが知られている。このことから、ステンレス鋼鋳鋼は高経年化技術評価の対象とされている[1]。本事象の評価のために国内外で予測手法が整備され[2-4]、実機評価に活用されている。熱時効脆化はフェライト相のミクロ組織変化に起因する現象であることから、材料中に占めるフェライト相の割合が脆化挙動に大きく影響することが知られている。ステンレス鋼鋳鋼は20%を超えるフェライト相を含む場合がある[2,3]が、溶接金属は相対的にフェライト相の割合が少なく、特にPWR 配管溶接部では少量に制御されており、その脆化の程度がステンレス鋼鋳鋼配管母材と比較して限定的であることが長時間の加速熱時
連絡先:三浦 靖史、〒240-0196 神奈川県横須賀市長坂
2-6-1、(一財)電力中央研究所 材料科学研究所、
E-mail: ymiura@criepi.denken.or.jp
効材を用いた破壊靭性試験によって確認されている[5]。BWR の配管溶接部においても溶接金属のフェライト量は制御されているが、溶接割れの低減に加え、SCC 感受性の低減も考慮されていることから、PWR と比較してフェライト相を多く含む場合がある[6]。また、BWR プラントで広く用いられている316L 溶接金属の評価例は限られており[7, 8]、同鋼の脆化の程度を把握するためにはさらなるデータ拡充が必要である。前報[9]では低炭素ステンレス鋼溶接金属の熱時効に関する取り組みとし て、350℃で最長15000 時間まで熱時効した316L 溶接金属の機械試験やSCC 進展試験結果を報告した。本報では同材を対象として新たに取得した破壊靭性試験データと、3 次元アトムプローブにより取得したミクロ組織変化に関するデータを報告する。
2.試験方法
2.1 供試材および試験条件
供試材にはSUS316L の被覆アーク溶接(Shielded meatal arc weld:以下SMAW)継手と、ガスタングステンアーク溶接(Gas tungsten arc weld:以下GTAW)継手の溶接金属を用いた。SMAW と GTAW に用いた溶接材料はそれぞれES316L-16(JIS Z3221)、YS316L(JIS Z3321)である。
溶接材の化学組成を Table 1 に示す。母材は板厚 50 mm の SUS316L 板材であり、開先形状は 60°の V 開先とした。溶接は BWR の再循環系配管を模擬した拘束条件下
で実施した。フェライトスコープにより測定したSMAW とGTAW のフェライト量はそれぞれ約 9%と約 15%であった。破壊靭性試験には、破壊靭性低下に関する熱時効温度の影響を把握するために、300℃、320℃、350℃で30000 時間の熱時効を施した継手を用いた。破壊靭性試験片には0.5T-C(T)試験片を用い、試験片数は各条件で2 個とした。試験片の採取位置をFig.1 に示す。評価方向はASTM E399 における T-S 方向とし、試験は BWR 運転温度を模擬した 288℃で ASTM E1820 に従って実施した。試験結果の評価に必要な流動応力は Fig.1 に示す位置から採取
450
400
350
300
250
J (kJ/m?)
200
150
100
50
0
-0.5 0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
5.0
したJIS G0567 に従う比例試験片(直径6 mm)を用いて288℃で取得した値を用いた。また、破壊靭性の比較にはASTM E1820 に従って求めた J-R 曲線のべき乗近似式における延性亀裂進展量1.5 mm におけるJ 積分を破壊靭性
700
600
Crack extension, ?a (mm)
Fig.2 J-R curves of SMAW.
J1.5 と定義し、破壊靭性の比較に用いた。
500
アトムプローブ測定はフェライト相を対象とし、
SMAW およびGTAW の未時効材と、350℃で15000 時間の熱時効を施した継手を用いて実施した。また、熱時効によるミクロ組織変化の挙動を、ステンレス鋼鋳鋼の知見[10]と比較するため、GTAW については 400℃で 2000 時間の熱時効を施した継手も対象とし、ミクロ組織変化に及ぼす熱時効温度の影響を調査した。
400
J (kJ/m?)
300
200
100
0
-0.5 0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
5.0
3.結果
延性亀裂進展抵抗および破壊靭性J1.5 の変化
Fig.2 およびFig.3 にSMAW およびGTAW のJ-R 曲線をそれぞれ示す。前報[9]でも報告したように、未時効状態(溶接まま)の延性亀裂進展抵抗は SMAW よりもGTAW の方が高い値を示している。これは溶接法が亀裂
Table 1 Chemical composition of the test materials., mass%.
Fig.1 Schematic of specimen position in the welds.
Crack extension, ?a (mm)
Fig.3 J-R curves of GTAW.
進展抵抗に与える影響として 308 系溶接金属や 316 系溶接金属に見られる傾向であり、溶接金属中に存在する非金属介在物量が影響しているとされている[7]。本研究で採用したいずれの熱時効温度においても、30000 時間の熱時効により、未時効状態からの延性亀裂進展抵抗の低下
(J-R 曲線の傾きの低下)が認められた。GTAW では明確な熱時効温度依存性が認められ、高温での熱時効ほど延性亀裂進展抵抗が低下した。一方、SMAW ではそれほど大きな熱時効温度依存性が見られなかった。
Table 2 に熱各熱時効条件の破壊靭性J1.5 の平均値を示す。破壊靭性J1.5 の平均値はすべての熱時効条件においてGTAW の方が大きい値であった。また、本報で取得したいずれの値も NUREG/CR-6428, Rev.1[8]の保守的評価値
(約140 kJ/mol)を上回っていた。
各熱時効条件の J1.5 の値を未時効の値で正規化した結果を Table 3 に示す。GTAW では熱時効温度が上昇するにつれて値が減少する傾向を示したが、SMAW では各条件間の差異はわずかであった。本報で供試材とした
GTAW のフェライト量は SMAW よりも多いため、フェライト量の多寡がこれらの差異の一因となった可能性があるが、今後、より高温での加速熱時効処理材や、実機程度の非加速熱時効材等のデータ拡充を行った上で、これらの差異が生じた要因を検討する予定である。
Table 2 Averaged fracture toughness J1.5
Materials
300oC-30000h
320oC-30000h
350oC-30000h
SMAW
209 kJ/m2
197 kJ/m2
203 kJ/m2
GTAW
373 kJ/m2
323 kJ/m2
265 kJ/m2
Table 3 Normalized fracture toughness J1.5
Materials
300oC-30000h
320oC-30000h
350oC-30000h
SMAW
0.76
0.72
0.74
GTAW
0.79
0.68
0.56
熱時効によるミクロ組織の変化
フェライト相の硬化要因はCr の濃淡分離(相分離)とNi、Si、Mn およびMo 等により構成されるG 相析出物であることが知られていることから、ここではCr のアトムマップを相分離の、Mn のアトムマップを G 相析出の挙動を表すものとして用いる。Fig. 4 に本研究のアトムプ
ローブ測定で対象とした未時効を含む 5 種類の試料のアトムマップを示す。未時効材ではSMAW、GTAW ともにCr、Mn のいずれのマップにおいても特徴的な濃淡などはなく、観察体積中でランダムに近い形で分布していた。これに対し、350℃での 15,000 時間時効後には、Cr マップでは濃淡の分離が生じているのが確認されるほか、Mn のマップでは、比較的高密度にクラスター化したイオンが確認できる。これがG 相析出物であり、図中には表示していないが、Ni、Si もほぼ Mn と同位置で検出された。350℃での15000 時間時効材においては溶接法特有の挙動は見られず、SMAW、GTAW で同様のアトムマップとなった。GTAW の400℃時効材では350℃のマップに比べて更に顕著なCr の濃淡分離や、よりサイズが大きく、低密度のG 相析出が認められ、これらはステンレス鋼鋳鋼で報告されている挙動[12,13]と同様であった。
アトムプローブ測定により求めたフェライト相の相分
示す。本報で評価した350℃および400℃での熱時効材のVariation の値は、SCS16A 鋼の各熱時効温度のデータ群と近い位置プロットされた。G 相析出物の数密度についても、350℃の結果はSCS16A 鋼H 材と近い値となり、前報の継手材[9]と同様の傾向を示した。400℃の結果について は、SCS16A 鋼H 材の同熱時効条件材よりも若干高密度であったが、H 材の350℃の2000 時間時効材より低密度であり、アトムマップの定性的な特徴と併せて、ステンレ ス鋼鋳鋼同様の熱時効温度依存性(熱時効温度が高い程 G 相サイズが増大し、低密度化する)を示唆する結果となった。溶接金属のデータは限定的ながら、前報[9]およ び本報取得されたいずれのデータもステンレス鋼鋳鋼で 認められた特徴に矛盾しないことから、今後低温の熱時 効材等のデータ拡充等が必要となる可能性はあるものの、ステンレス鋼鋳鋼の豊富なミクロ組織変化に関する知見 を溶接金属の熱時効評価に活用できると考えられる。
離の程度であるVariation[11(] Cr 原子の理想的な二項分布
からの差分の絶対値)とG 相析出物の数密度について、本報の結果、前報[9]で評価した継手材の結果、SUS316L 相当の化学組成を持つステンレス鋼鋳鋼 SCS16A の結果[9]を併せてプロットした図をFig. 5 とFig. 6 にそれぞれ
Fig.4 Atom maps of the test materials, (a)unaged SMAW, (b)unaged GTAW, (c) SMAW aged at 350oC for 15000 h, (d)GTAW aged at 350oC for 15000 h (e)GTAW aged at 400oC for 2000 h
Aging time (h)
100
Variation
Fig.5 Relationship between variation and aging condition.
1025
-3
Number density of G-phase precipitates (m )
1024
1023
1022
102103104
Aging time (h)
Fig.6 Relationship between number density of G-phase precipitates and aging condition.
4.まとめ
本報ではSUS316L 溶接金属に対する熱時効が破壊特性に及ぼす影響と、350℃および 400℃での加速熱時効が、フェライト相のミクロ組織変化に及ぼす影響を評価し、後者についてはステンレス鋼鋳鋼と同様の傾向を示すことを示した。今後は BWR 運転温度に対する非加速温度での熱時効材のデータ拡充等により熱時効温度の影響や加速熱時効の妥当性等を検討することで、溶接金属の破壊特性に及ぼす熱時効の影響をより明確化していく予定である。
参考文献
日本原子力学会、「原子力発電所の高経年化対策実
施基準」、AESJ-SC-P005:2008、2009.
Seiichi Kawaguchi, Takeharu Nagasaki, Koji Koyama., “Prediction method of tensile properties and fracture toughness of thermally aged cast duplex stainless steel piping”, ASME PVP2005-71528, 2005.
O. K. Chopra, “Estimation of Fracture Toughness of Cast Stainless Steels during Thermal Aging in LWR Systems”, NUREG/CR-4513, ANL-15/08 Revision 2, 2016.
C. Faidy, “Ageing Management of Cast Stainless Steel Components in French PWRs”, ASME PVP-2012-78843 2012.
K. Koyama, K. Hojo, I. Muroya, and S. Kawaguchi, “Z factors for Aged Cast Duplex Stainless Steel Pipes and Welds”, ICONE-7477, 7th International Conference on Nuclear Engineering, 1999.
W. J. Mills, “Fractire Toughness of Type 304 and 316 Stainless Steels and Their Welds, International Materials Reviews, Vol. 42, No. 2, 1997, pp. 45-82.
O. K. Chopra, “Effects of Thermal Aging on Fracture Toughness and Charpy-Impact Strength of Stainless Steel Welds”, NUREG/CR-6428, ANL/EVS-17/3, 2018.
三浦靖史, 赤澤弾, 加古謙司, 新井拓, “低炭素ステ
ンレス鋼溶接金属の熱時効特性評価に関する電中研の取り組み”, 保全学会第16 回学術講演会要旨集, pp. 579-582, 2019.
Y. Miura, T. Sawabe, K. Betsuyaku, and T. Arai, “Thermal Aging Behavior of Grade CF3M Cast Austenitic Stainless Steels”, ASME PVP2017-65959, 2017.
F. Danoix and P. Auger, “Atom Probe Studies of the Fe-Cr System and Stainless Steels Aged at Intermediate Temperature: A Review”, Material Characterization, Vol. 44, Issues 1-2, 2000, pp. 177-201.
T. Hamaoka, A. Nomoto, K. Nishida, K. Dohi and N. Soneda, 2012, “Effects of aging temperature on G-phase precipitation and ferrite-phase decomposition in duplex stainless steel,” Philosophical Magazine, Vol. 92, Issue 34, pp. 4354-4375.
T. Hamaoka, A. Nomoto, K. Nishida, K. Dohi and N. Soneda, 2012, “Accurate determination of the number density of G-phase precipitation in thermally aged duplex stainless steel,” Philosophical Magazine, Vol. 92, Issue 22, pp. 2716-2732.