新たな油中金属濃度分析法(SOAP-T)の開発

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カテゴリ: 第17回
新たな油中金属濃度分析法(SOAP-T)の開発 Development of a new analysis method (SOAP-T) for Metal Concentration in oil トライボテックス株式会社安部田 泰 Yasushi ABETA Member 竹内 崇晴 Takaharu TAKEUCHI Non-member 川畑 雅彦 Masahiko KAWABATA Non-member 田原 麻梨 Mari TAHARA Non-member Inductivity coupled plasma (ICP) optical emission spectroscopy is widely used in methods to analyze metal concentration in oil. This method has the disadvantage that metal concentration of large particles cannot be detected accurately. The developed method has high sensitivity by acid-dissolving large particles on the filter in addition to the conventional method. Keywords: Lubrication Diagnosis, SOAP, ICP, Wear 1.緒言 近年,回転機器の予防保全には,振動法やサーモグラフィー法などに加え,潤滑異常の検出感度が高いと言われる潤滑油診断の適用が進んでいる[1].この理由は,潤滑油診断が機械の劣化兆候を早期に検出できるため,偶発故障期間においても適切な保全対策を講じることができることに起因する.潤滑油診断の中でも,摩耗粒子の形態を観察し劣化状態を知るフェログラフィ―法や,金属元素濃度から摩耗量を把握するSOAP 法(発光分光分析)は, 摩耗程度を評価する上で欠かせない分析項目といえる. SOAP 法は,感度・精度ともに優れた ICP 発光分光分析装置が広く使用されているが,この分析法は比較的大 きな金属粒子を検出し難いという短所が指摘されている[2][3]. 機械の摩耗劣化が進行した場合,発生する摩耗粒子は次第に大型化することが分かっているが[4],従来のSOAP 法では大型化した粒子を検出し難いことから,より正確に分析する新たな手法の開発が課題となっている. そこで,分析対象とする粒子径に依らず高感度に油中金 属濃度を分析するため,試料溶液をフィルタリングし,そ の残渣と濾液の両方を ICP 発光分光分析して濃度を求める SOAP-T 法を開発し,SOAP 法との精度の比較を行ったため,報告する. 2.分析手法 ICP 発光分光分析装置 ICP を光源に用いた発光分光分析装置は,光源部,原子化部,分光部,測光部,記録部より構成されている. 目的元素を含む試料液は,Fig.1 に示すように光源部に属するネブライザーへ導入され,チャンバー内で霧化される.この霧はキャリアガスによってトーチに運ばれ,目的成分は熱解離し,原子蒸気となる.安定したプラズマを得るためには,細かい霧をプラズマ中に送る必要がある. Fig.1 Construction of the ICP Emission Spectroscopy 物理干渉 試料液をプラズマに噴霧する際の霧化の状態変化が, 主な物理干渉の原因である.粘性の高い試料は,ネブライ ザーで細かい霧になり難く,霧化されなかった試料はス ポイラーによりドレインから排出され,プラズマに到達 する霧量が減少し測定感度は減少する.このような干渉 は,標準試料の液性を試料液と同等にすることにより防 ぐことができる[5][6]. ICP 発光分光分析装置の欠点 ICP 発光分光分析装置にはチャンバー内に折り返しがあるため,霧化された試料溶液がチャンバー内壁に付着 することが多く,特に大型の粒子は折り返し地点を越え ることができない.そのためドレインから排出され,大型 の粒子は測定されないことが多い. SOAP-T 法 従来法として実施されているSOAP 法による分析では, 上述したICP 発光分光分析装置の欠点による影響で,大型粒子の濃度が測定できない可能性がある. 新たに検討した手法であるSOAP-T(SOAP-Total)法は,粒子の径に依らず高感度に油中濃度を分析することを目的としている. SOAP-T 法はFig.2 に示す手順により行う.まず,試料溶液を 0.8μm メンブレンフィルターにより濾過し,濾液と残渣に分離する. Fig.2 Method of SOAP-T 濾液はSOAP 法と同様の方法で測定し,残渣はメンブレンフィルターと共に混酸で溶解する.その溶液をメスフラスコで標量し,ICP 発光分光分析装置により測定する. 3.試験 試験方法 鉄粉を一定量測り取り,標準試料の液性と同等である ケロシンを溶媒とした鉄粉分散液を調製する.この鉄粉 分散剤の金属濃度を SOAP 法,SOAP-T 法でそれぞれ分析する.分析中は鉄粉が沈降しないよう撹拌を行う. 試料液の特性をTable 1 に示し,純鉄粉体の粒度分布をFig.3 に示す.粒度分布は実機械で発生する摩耗粒子径の領域を参考に選定した. Table 1 Characteristic of test sample Sample A Sample B Solute Iron Solvent Kerosene Particle size ( m) 0.7?101 Prepared concentration (ppm) 10 50 Fig.3 Particle size distribution 試験結果 SOAP 法およびSOAP-T 法による測定結果をTable 2 およびFig.4,Fig.5 に示す.SOAP 法では調製濃度に対する回収率が1%に満たないが,SOAP-T 法では80%以上の回収率が得られた. Table 2 Measurement result Sample Concentration (ppm) Preparation Measurement SOAP SOAP-T Filtrate Residue A 10 0.13 0.00 8.16 B 50 0.37 0.00 42.6 Fig.4 Measurement result (Sample A) Fig.5 Measurement result (Sample B) SOAP-T 法では高い回収率が得られたが,濾液の濃度はSOAP 法に比べ低い値である.これは,試料液を 0.8 μm メンブレンフィルターで濾過したためである.Fig3 の鉄粒子の粒度分布から分かるとおり,試料液中の0.8 μm 未満粒子は極微少量であることから,ICP 発光分光分析装置の検出限界以下となり,濾液中の鉄濃度がゼロになった と思われる. SOAP 法測定可能粒径の検証 SOAP-T 法に比べ,SOAP の回収率が極端に低い結果であった.これは,鉄粒子径の影響と考えられることから, SOAP 法における測定可能な粒径範囲の検証を行った. 鉄粒子をケロシンに分散させた試料液を調製し,ICP 発光分光分析装置にて分析を行う際,トーチとチャンバー に到達する鉄系粒子を強力な永久磁石によって回収し, 回収された鉄系粒子の粒径を調査した.尚,粒子が沈降す る影響を抑えるため,試料液を撹拌しながら測定を行っ た. トーチおよびチャンバーから回収した鉄粒子の粒度分 布をFig.6 及びFig.7 に,それらを電子顕微鏡で観察した結果をFig.8 及びFig.9 に示す. Fig.6 Particle size distribution of iron particles in torch Fig.7 Particle size distribution of iron particles in chamber Fig.8 Iron particles in torch Fig.9 Iron particles in chamber Fig.6 から,トーチに導入される粒子径は主に 1 μm 程度,Fig.8 のSEM による観察から最大の粒子径は5 μm 程度であることがわかる.一方,チャンバーには5 μm 以上の粒子が導入されていることが,Fig.7 及び Fig.9 よりわかる.これらの結果から,ネブライザーから噴霧された試 料液中の鉄系粒子は,チャンバーまでは5 μm 以上の粒子も導入されるが,トーチに導入される主たる粒子径は 1 μm 程度であり,5 μm 以上の径の粒子は導入され難いと言える.したがって,SOAP 法では,試料液中の粒子径が5 μm 以上になると測定感度が極度に低下するため,正確な濃度を測定することが困難である. また,試料液を分析装置にセットしてから装置に吸引 されるまでの間に,液中の粒子が沈降し,回収率が低下す ることも懸念される.鉄粒子を球状と仮定し,ストークス の抵抗係数を用いた終末沈降速度をFig.10 に示す. Fig.10 Settling velocity of an iron particle 終末沈降速度は粒子径の 2 乗に比例することから,大型粒子ほど沈降の速度が大きい.一般的なSOAP 法では, 今回試験したような測定中の試料液撹拌は行わないため, 大型粒子は試料容器底部まで沈降し,ネブライザーに試料液を吸引する時点で回収率は低下する可能性も高い. 一方,SOAP-T 法では,0.8 μm メンブレンフィルターで濾過した濾液と残渣をそれぞれ測定するが,残渣は酸溶 解後に測定するため,SOAP-T 法においてネブライザーに吸引される対象粒子径は,0.8 μm 未満である.Fig.10 より,粒子径が1 μm 未満であれば,ICP 発光分光分析中に試料液を10 分静置しても1 mm 程度しか沈降しないと推定されることから,濾液中粒子の回収率は極めて高いと 考えられる. 4.SOAP-T 法による診断事例 SOAP-T 法により金属濃度を精度よく分析することで, 得られた金属濃度を換算し,摩耗した体積や深さを推定することが可能となる.以下にその適用事例を示す. 実設備である発電機スラスト軸受の潤滑油分析において,定期的な傾向監視を行った際,軸受主成分である錫濃度の増加傾向が確認された.軸受の健全性を評価するため,設備油量の情報を基に錫濃度を摩耗体積に換算した. さらに,摩耗体積を軸受摺動面積で除することで軸受の摩耗深さを推定した.その結果,Fig.11 に示すように,設備の起動回数が増加すると共に,軸受の摩耗深さが増加 する傾向がみられた.軸受表面の加工粗さが消失し,表面 5.結言 Fig.12 Wear of the metal の鏡面化が予想されたタイミングで,分解点検により軸 受の摩耗状態を確認した. Fig.11 Relation between wear depth and Number of starts 点検の結果,Fig.12 に示すように,実際に軸受表面の加工粗さが摩耗により消失し,鏡面化していることが確認 された.すべり軸受の表面粗さが消失した状態は,焼付き が発生する可能性が高まるため,適切なタイミングで点 検が実施されたと言える. SOAP 法で測定可能な液中粒径は,1 μm 程度が主であ り,5 μm を超える径の粒子に対しては測定精度が下がる.対して,SOAP-T 法は,試料をフィルターで濾過した濾液と残渣を測定することで,大型粒子も含め,高い精度で測定を行うことが可能である. 潤滑油分析によって機器の摩耗状態を診断する上で, 異常な摩耗状態で発生する粒径の大きい摩耗粒子の金属 濃度を正確に得ることは非常に重要である.SOAP-T 法により精度良く油中金属濃度を求めることで,機械設備の 摩耗程度を正確に評価し,設備の保全に活かすことが期 待できると考えられる. 参考文献 川畑雅彦,”トライボロジーを活用した潤滑診断法 の実機適用”,検査技術(2008)40-45 藤松喜久次ほか,”誘導結合プラズマ発光分光法に よる油中の微量元素の定量”,分析化学,Vol.30, No.2(1981)11-14 C.S. Saba at al., ”Efficiencies of Sample Introduction Systems for the Transport of Metallic Particles in Plasma Emission and Atomic Absorption”,Anal. Chem.,53 (1981)1099-1103 川畑雅彦,”トライボロジーの活用による非分解診 断”,原子力eye,Vol.54,No.4(2008)27-28 [5] 小立鉦彦,”機器分析入門 改定第3 版,”(2011),89-138 [6] 中原武利,”ICP 発光分光分析”,油化学,第32 巻,第10 号(1983)100-111
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