機器の分解点検周期適正化に係る検討
公開日:
カテゴリ: 第16回
機器の分解点検周期適正化に係る検討
Consideration concerning the optimization of the overhaul inspection cycle for components
海上技術安全研究所
松岡昭彦
AkihikoMatsuoka
Member
東北大学 大学院工学研究科
青木孝行
TakayukiAoki
Member
Maintenance engineers who are involved in activities of maintenance for industrial plants like nuclear power plants need an adequate understanding about maintenance activities PDCA and are required to develop guidelines for improving actual maintenance activities by bringing together their own knowledge and maintenance data. This paper reports a summary of the current status of consideration concerning the optimization of overhaul inspection intervals for components by a working group under the JSM maintenance standardization committee established in 2017.
Keywords: Maintenance, Inspection cycle, Overhaul, Guideline
はじめに
2020 年度から原子力施設への新しい検査制度(日本版 ROP)の導入が予定されている。新制度では施設を設置し維持する一連の活動を「施設管理」とし
「設計」、「工事」、「点検」、「試験」、「検査」で構成され相互に連携を図ることが必要とされている。
一方、2008 年度に導入された「保全プログラムに基づく保全活動に対する検査制度」では、状態監視 保全の導入や、点検時の劣化データ収集し、過去の トラブル等も含めて、科学的・合理的な根拠に基づ き技術評価し、安全を確保した上で、保全の最適化
(点検方式、頻度・間隔等)を推進する枠組みが形成された。このため、保全を最適化した結果として、安全性を低下させることなく定期検査間隔を延長
(13 ヵ月毎から延長)することが可能となった。日本保全学会では 2005'"'- 2007 年度の3ヶ年、他産
業を初め、米国の情報等を踏まえて保全のあり方について幅広く調査・検討し、報告書として取りまとめる等により、我が国の原子力発電所の保全の最適化・高度化の一翼を担ってきている。
2011 年度に東日本大震災(津波)に伴う福島第一原子力発電所事故の影響により、日本中の原子力発電所が運転停止状態となり、保全のスパイラルアッ プに重要な劣化データの収集・分析評価が中断されてしまった。再起動が順次行われつつある中、改め て「保全プログラムによる保全活動」を円滑に進め、
安全を確保した上で保全の最適化・高度化に取り組んで行くことが重要である。
そこで、保全の現場を支える技術者が、保全についての理解を深め、保全活動を確実に進めて行くためのガイドラインの整備(保全標準化の検討)を進めることとなった。保全標準化の一つのアイテムとして検討を進めている「分解点検周期の適正化に係る検討」の状況について、以下に取り纏めた。
「保全のあり方」に係る保全学会の活動
日本保全学会では、2005 から 2007 年度まで旧独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)からの委託を受け、「保全方式」や「保全プログラムに基づく保全活動」と「規制側検査」等について調査検討を行っている。保全方式とその変遷、状態基準保全技術
(振動診断、油分析、赤外線サーモグラフィー等) の適用、保全プログラムの改善手法、米国の検査制度等の基礎的な事項に加え、「保全プログラムに基づく保全活動」に必要な①点検計画の体系化、②保全活動の充実、③経年劣化変化への対応等の保全活動も含めて、日本における保全のあり方、及びその検査制度のあり方について議論を深めてきた。
これらの活発な議論と並行して、日本電気協会の保守管理規程(JEAC4209)の改訂、同保守管理指針
(JEAG4210)の新規制定、及び日本原子力技術協会
(現在の原子力安全推進協会)を中心とした技術基
盤整備の枠組みが整備された。
また、保全学会では、電力共通基盤のベースとなる個別電力毎に作成する劣化メカニズム整理表、機器毎の保全タスク、周期等の保全内容の決定表、点検手入れ前データの活用等の保全のあり方について も検討を加え、「保全プログラムに基づく保全活動」取組みを推進した。併せて、米国のメンテナンスルール(10.CFR50.65)を初め、EPRI(米国電力研究所)の P の活用、エ スパートパ ルの 組み等、米国における保全活動についても調査・検討し、報告書として取りまとめた。
「分解点検周期の適正化」を含めて保全標準化のガイドラインの検討を進める上で、有益な情報も多く、活用して検討をすすめることとした。
原子力発電所における保全活動
我が国では、原子力発電所における保全活動に関連する民間規格、ガイドラインが日本電気協会規程
(JEAC4209-2007、JEAG-4210-2007)として整備され
ている。JEAC4209-2007 は、プラント毎の保全活動の充実等を目指し、保全に関する計画、実施、評価 及び改善(PDCA)の要件を盛り込み整備された。 JEAG4210-2007 は、保守管理を実施する者の理解を助けるために作成・制定された。なお、当時は学協 会中心に民間規格として整備し、規制当局がそれを エンドースして活用していく「性能規定化」という 枠組みが推進されていた。
「保全プログラムに基づく保全活動」における保全計画の段階では、保全方式、保全内容、点検頻度を定めると共に、点検手入れ前データの作成についても計画する。具体的には、時間計画保全では、点検の具体的内容や機能確認のために必要なデータ項目、評価方法、管理基準、実施頻度、実施時期等の点検の計画を定める。また、点検の一つとして「分解点検」があり、一般的にホ゜ン ゜、弁、モータ等を分解し、点検手入れ、清掃及び消耗品の取替えを行い、その状態を監視するために必要な寸法確認等の点検も併せて行う。「分解点検周期の適正化」を図るには、分解して点検手入れする時に確認することが可能な部材や消耗品の劣化状態(点検手入れ前、手入れ後データ)等を把握評価することも重要となる。
「分解点検の周期を適正化」するための方法とし
て JEAG4110-2007 では、保全の有効性評価として保全の重要度を考慮して、(1)点検及び取替結果の評価、(2)劣化トレンドの評価、(3)類似機器等の ベンチマークによる評価、(4)研究成果等による評価 を活用して技術評価を行うこととしている。保全重要度を踏まえて点検間隔の妥当性の評価例、点検計画(項目、間隔/頻度)の変更に係るフローも 参考として示されている。
更に、点検手入れ前後データを用いて点検頻度、間隔、点検内容の見直しを検討する際の状態確認結果を、4段階く①機器の故障あり、②想定した劣化状態より悪い(計画外の取替・手入れが必要)、③想定したとおりの劣化状態、④想定した劣化状態より良い(継続使用可能な状態)>で表すことも例示されている。
震災前に各電力会社の保全活動の取組みとして、
「蓄積された点検データの分析結果等により、機器の劣化状態を早期に確実に把握できるようになった。」旨報告されており、その中でも定期検査中に行っている点検手入れ前の状態確認により、状態に応じて下記を実施していることが報告されている。
上記①、②の場合 点検内容の見直し、取替・点検間隔の短縮等の検討、構造や材質の変更等の再発防止策の実施。
上記③の場合 現状保全方法を継続、④の場合 点検間隔の延長等を検討。
点検内容や点検間隔の見直し、適正化等を図っている
また、当時(2010 年)の原子力安全保安院の説明においても、点検手入れ前データの収集(現在、劣化状況のスケッチなど傾向を確認する方法が採用始めたところ)、運転中状態監視、劣化管理の徹底を図るための情報収集環境の整理(保全の改善に有用なデータを知識化し、事業者間で共有する体制整備) の3項目について、今後充実をしていく活動としてリストアップされていた。
現在、「電力共通の保全技術基盤」として、原子力安全推進協会(JANSI)にて、各社の保全情報、ベンチマーク情報(劣化メカニズム整理表、点検周期比較表)等の収集やエ スパート会議等を通じて、点検周期の最適化の体制が整備され、保全の最適化の取組がなされている。
米国における保全最適化への取組み
米国では、米国電力研究所(EPRI)が原子力、火力、送変電設備に共通して利用可能な機器の予防保全(P )タスク設定のための技術的基盤情報をPM 基盤データベース(P Preventive aintenance
a i ataba e)として整備し、信頼性重視保全
(RC )に取り組んでいる。PMBDは、原子力発電所の設備を対象に検討が始まり、約 30 年前時点で
38 種類の機器タイプに対して整備されたものである。最近では米国以外の電力会社でもその使用が広がり つつあり、カバーされている機器タイプは 200 種類以上(約 50 の FLEX 機器のテンプレートを含む)と なっている。
また、米国ではPMBDを活用して保全の最適化していくために、原子力発電運転協会(INPO)の AP-913「機器信頼性(ER : Equipment Reliability)プロセス」として整備し、このプロセスを活用して発電所の機器の信頼性を改善させている。
プロセスは、「クリティカル機器の範囲決定と把握」、「パフォーマンスの監視」、「予防保全(P )の実施」、「是正措置」、「継続的な機器信頼性改善」、「長期計画とライフサイクル管理」の6つの要素から構成されている。プロセスの概略を図1に示す。
分解点検に係るタスクやその周期の見直し等の保全の最適化は、これらのプロセスを通じて「継続的な機器信頼性改善」プロセスとして行われることとなる。これらのプロセスを通じて行われる 重要度に応じた、点検手入れ前データを初めとした様々な保全に係る情報(データ)を取得し、それらを評価分析し、予防保全タスクや頻度を適正化(機器信頼性改善)を継続的に行っていく手法は、前項で述べた、日本で行われている「保全プログラムに基づく保全活動」と基本的に共通している。
また、PMBDには「Preventiveaintenance
a i ataba e (P ) Quick Reference Guide 」として、その機能と使用方法の概略がわかりやすく説明されたガイドラインが整備されている。
図1 機器信頼性(Equipment Reliability)プロセス
(EPRI 報告書 1003479(2002 年)より)
PMBD 点検手入れデータの活用方法
「保全プログラムに基づく保全活動」として保全の最適化の活動を実施してきたものの、福島第一原子力発電所事故の影響に伴い、保全の現場で採取する点検手入れに係るデータの充実が一時的に中断された。
点検手入れデータの活用手法について米国の状況を改めて調査してみたところ、点検手入れデータを活用し、PMBDの保全タスクやその周期を見直すプロセスが示されたガイドライン「Guideline for A -Found Reporting A Proce for a Living P Program」 が整備されていることが確認できた。そのガイドラインに示されている点検手入れ前データ活用方法のポイントについて、以下に紹介する。
予防保全活動として行う分解点検作業は、単にその状態を確認・検査するためのものではなく、機器の状態を改善するためのものであり、分解点検作業において、部品に分解され、劣化部品の交換や新品同様な状態への修復が行われる。その過程で確認された機器の状態情報(A Found ata)を適切に収集することは重要である。その状態情報を用いて、P MBDで整備している故障・劣化特性(Time Code
耗 、 発 等)や、劣化が点検周期、保全タスクに及ぼす影響度(Impact)等を踏まえて、事業者毎に整備したPMBDの最適化が行われている。
分解点検で確認した機器の状態情報を、以下に示す3つに状態に区分し、保全の最適化の活動(保全タスクや周期の見直し等)として実施している。
① 「許容できる状態」 機器の状態が良い状態。機器の状態を確認した時に、予防保全タス
クを実行する必要がないと判断することが可能な状態(今回の点検ではタスクを実施したが)、 にタスクを次回予定時まで延期したとしても、十分に性能が満足し続けたと考えられる良好な状態。
⇒ タスク間隔の延長が可能。
② 「許容できる条件ぎりぎりの状態」 多少劣化が存在する状態。
この劣化は予想されるものであり、予想される使用条件に起因して通常生じ得る 耗が存在する状態。分解点検作業により状態が改
善され措置が取られるために許容できる条件ぎりぎりの状態とみなす。
⇒ タスク内容と間隔が適切であることから基本的にはタスク間隔を維持。
ただし、延長も可能。
③ 「許容できない状態 許容できない劣化状態が存在する状態。
必ずしも機能喪失を意味するものではないが、同じ劣化が将来も繰り返される場合に要求機能を確保できるか判断が難しい状態。
⇒ 今後の状態の繰り返しを避けるため、保全方式の変更、タスク内容の変更・追加、間隔の短縮等なんらかの改善が必要。
ただし、①、②でタスクの延長が可能な状態であっても、当該機器、類似機器等の不具合への対策が有効に機能していること等が条件となっている。
注目すべき点は、3つの状態毎に、それぞれ具体的な対応ロジックが定められていることである。例えば、②許容できる条件ぎりぎりの状態の場合においては、予想される劣化が生じている状態にあることから、トレンドが安定している場合は「タスク間隔を延長」可能としている。一方、トレンドが安定していない場合でも、確認された劣化との関連性
(影響)が小さいタスク、かつ次回の点検まで機能が確保できるケースでは「タスク間隔を 1 回だけ延長」を可能としている。このように具体的な選択条件を示し、その対応(タスク間隔の延長程度等)を明確化しフローとして整理がなされている。
日本においては、JEAG4210 に点検手入れデータを用いて点検頻度、間隔、点検内容を見直す方法が例示的に示されており、その手法は基本的に同じ枠組 みである。ただし、上記に示した様に、想定される 劣化が生じている状態で、トレンドが安定している 場合は、条件を設けてタスクを延長可能なロジック を設けている点や具体的な選択条件を示しアクショ ンを明確化している点は参考になる。
まとめ
再稼働が進み、一時中断していた手入れ前データの収集が順次再開されている状況の中、「保全プログラムに基づく保全活動」が適切に行われ、安全性を
確保しつつ合理的な保全が行われることが求められている。特にプラント停止時に集中して行われている ホ゜ン ゜、弁等の分解点検の最適化がなされることは重要である。
今回、日本における原子力事業者の保全活動と米国の活動について整理し、分解点検に伴い把握可能な機器の状態情報(A Found ata)から、故障・劣化特性(Time Code)や、劣化が点検周期、保全タスクに及ぼす影響度(Impact)等を踏まえて、分解点検周期の適正化を行う手法について検討した。なお、手法をわかり易くフロー図とし取り纏め、ガイドラ インに記載する方向で検討中である。
これらの検討を参考に、分解点検で収集する手入れデータを有効に活用し、点検頻度、間隔、点検内容等を適正に見直す手法が具体化し、現場の保全に活用されることを期待する。
謝辞
本検討は、日本保全学会の「保全標準化推進検討会」に設置された「分解点検周期適正検討 WG」の皆さま方の闊達な意見を頂き取り纏めることができました。WGの皆様方に心より感謝致します。
参考文献
「EPRI の予防保全(PM)基盤データベース
(PMBD)について」
日本エヌ・ユー・エス株式会社、2017 年 12 月 12 日
「Preventive Maintenance Basis Database
Quick Reference Guide」EPRI,October 2018
「Guideline for As-found reporting」EPRI,
October 2018
経済産業省商務流通保安グループ
「平成 28 年度電気施設保安制度等検討調査
(信頼性重視保全によるスマートな保安確保に関する調査・検討)報告書」
日本エヌ・ユー・エス株式会社、平成 29 年 3 月
JNES 委託事業
「原子力発電所の保全プログラムに基づく保全活動の検査手法に係る調査・検討 報告書」、日本保全学会、平成 20 年 2 月
「原子力発電所の保守管理指針」JEAG4210、日本電気協会、平成 20 年 3 月 20 日
「劣化メカニズム整理表を根拠とした保全プログラム」中部電力株式会社、
平成 30年3 月 15 日
「劣化メカニズム整理表を根拠とした保全プログラム」中部電力株式会社、
平成 30年3 月 15 日
「電力共通保全基盤の概要および保全グループの活動について」 原子力安全推進協会、
平成 30年5 月8 日
「保全プログラムを基盤とする検査の導入について」 原子力安全・保安院、
平成 20 年 6 月
「原子力発電所における検査制度の充実
(新検査制度)に係る保安院の取組状況について」原子力安全・保安院、
平成 23 年 2 月