回転機器の異常振動模擬訓練装置(J-RAV?)を活用した 状態監視技能向上への取り組み(その2)
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カテゴリ: 第17回
回転機器の異常振動模擬訓練装置(J-RAV?)を活用した 状態監視技能向上への取り組み(その 2)
Activities to improve monitoring & diagnosis skill with abnormal vibration simulation unit for rotating equipments (J-RAV?).
㈱ジェイテック
佐々木 一人
Ichito SASAKI
Member
瀨川 佑太
Yuta SEGAWA
髙橋 宏幸
Hiroyuki TAKAHASHI
Vibration monitoring & diagnosis skill is required to maintain the soundness of rotating equipments installed in large plants such as nuclear facilities. It is effective to bring up this skill with many number of experience of real incidents in actual plants, but abnormal phenomena occur randomly, so it takes a long time to learn from actual plants, and to increase human resources with excellent monitoring & diagnosis skill. To solve this subject, we developed the special unit (J-RAV?) which simulated a few kinds of abnormal phenomena of rotating equipments. J-RAV? has been utilized for education and training for two years by all maintenance personnel repeatedly.
This article introduces our activities and achievements for these purposes with J-RAV?.
Keywords: Maintenance, Vibration diagnosis, Rotating equipment, Abnormal phenomena, Education and training,e
1.諸言
原子力施設などの大型プラントには膨大な数の回転機器(ポンプ、ブロワ等)が設置されており、それらの設備の健全性を診断し評価する状態監視技能の重要性がますます増加している。状態監視用の機器情報収集技術については高感度・マルチチャンネル等の最先端技術センサー等が開発されている。一方その情報に基づき速やかに設備の健全性を評価する診断技能を現場での実務経験から学ぼうとする場合、異常事象の発生が不確定であることから計画的な育成が困難である。このため、優れた状態監視技能を持つ保全要員を計画的かつ効率的に育成することは産業界の永年の課題であった。
当社はこの課題を解決するため、実際のプラントで14 年間採取・蓄積してきた回転機器の振動特性データに基 づき、これらの特性をモデル化して各種異常を再現でき るシミュレータ「回転機器の異常振動模擬訓練装置(以下、J-RAV?)」[1]を独自に開発し、振動診断技術者の計画的な育成や日常、現場で設備の稼働状態の監視に当たる保全 要員を対象とした状態監視技能の育成に活用している。
本稿ではこのJ-RAV?を活用して実施した教育訓練の実績と成果について紹介する。
連絡先:佐々木 一人
〒039-3212
青森県上北郡六ヶ所村大字尾駮字弥栄平1-108
株式会社ジェイテック
機械保修部 保守・診断グループ
E-mail: ichito-sasaki@j-tech66.co.jp
2.背景
回転機器の保守や診断に係る部門
当社は日本原燃㈱六ヶ所再処理工場や濃縮工場等の燃料サイクル施設において「機械、電気・計装・制御設備、建築設備等の保全」と「設備運転」および、「放射線管理」を主業務としており、この内、機械計系保全部員と運転部門員を主対象として回転機器の保守や振動技能の育成を図っている。(図1)
設備保全
機械計保守部門においては、回転機器や弁、容器、熱交換器、クレーン等の保守、補修、検査等を実施する。振動診断や構造物の非破壊検査に係る業務もここに含まれる。
運転
制御室からのプラント運転操作の他、現場での機器の運転切り替え等の操作、定期現場巡視等を行う。
図1 事業体制と回転機器関与部門
状態監視技能の重要性
回転機器の状態監視は異常兆候の早期検知が重要となる。しかし、異常およびその兆候の発生頻度の少なさに伴って、これらを経験する機会が非常に少ない。そのため異常を異常として認知できず、その兆候を見逃すことが懸念される。また、異常の発生が検知できたとしても、その報告は具体性に欠けた抽象的な内容となり評価精度の低いものとなる。したがって、回転機器に携わる保全要員は須く状態監視に係る最低限の知識と技能を備えることが重要と考え教育訓練の実施を計画した。
教育訓練の実施にあたり、状態監視技能を効果的に向上させるため下記3 項目の期待項目を設定した。
① 論理的視点
回転機器の構造や機構への理解を深め、対象を論理的に捉える。
② 相対比較
異常発生時の振動や異音の体験を得て、事象を体感した際の比較材料とする。
③ 定量評価
振動測定を通して振動現象の「見える化(数字化)」を図る。
回転機器で異常発生
図2 教育訓練から期待できる効果
回転機器の異常振動模擬訓練装置(J-RAV?)
当社では六ヶ所再処理工場に設置されている回転機器約1600台について振動診断を活用した状態監視業務を実施している。
当該業務の実施にはISO18436-2 機械状態監視診断技術者(振動)が資格要件となることから、回転機器の種類や構造、異常状態について学習する必要がある。しかし、1 章で述べたように現場での経験のみで技術者を育成するには多大な時間を要することが課題となっていた。
回転機器の異常事象模擬訓練装置「J-RAV?」(図3)は振動診断技術者の育成を目的として開発したシミュレータである。六ヶ所再処理工場に設置されている回転機器の種類や特徴を模擬しており、寸法や出力もプラント内の実機に近い仕様となっている。また、軸受キズ、アンバランス等の異常事象を実機相当の規模で再現することが可能である。実機のような不確定な異常の発生に依存しない異常事象経験を得ることができる。
当該装置は振動診断技能の育成に限らず、2.2 項で述べた3 つの期待項目の達成を可能とするための教材として最適であることから、当該装置の活用を軸足に据えた教育訓練の実施を計画した。[1]
図3 回転機器の異常振動模擬訓練装置「J-RAV?」
カリキュラムの設定
回転機器の状態監視を適正に実施する上で重要となる知識・技能として以下の5 項目を挙げ、これらの習熟を目指して表1 に示すカリキュラムを設定した。
カリキュラムの設定においては、一般的なプラントでも通用する汎用性のある内容とし、理論的な学習を行う座学とJ-RAV?を用いて学習する実習を連携させることで効果的な習熟を目指した。
① 回転機器の概要
回転機器に類する設備およびその種類と役割に関する知識。
② 回転機器の構造
二次効果パラメータ(音、振動、温度)の発生メカニズムと構造との相関性に関する知識。
③ 異常の種類
回転機器で発生する異常の種類と発生メカニズムに関する知識。
④ 聴音検査
聴診棒や聴診器の使用技能や適切な聴診箇所に関する知識。
⑤ 振動測定
振動測定器の使用方法および振動値と異常との相関性に関する知識・技能。
表1 教育訓練カリキュラム
項 目
習得項目
座学
実習
回転機器の
概要
回転機器の存在
○
-
回転機器の種類
○
-
回転機器の構造
回転機器の構成
○
○
回転数について
○
○
軸受について
○
○
異常の種類
回転機器の異常の種類
○
○
軸受キズ発生のメカニズム
○
○
アンバランス発生のメカニズム
○
○
ミスアライメント発生のメカニズム
○
○
ガタ発生のメカニズム
○
○
V ベルトのテンション変化
-
○
ブロワ閉塞時の特徴
-
○
縦型回転機器の過負荷運転
-
○
聴音検査
聴音検査の目的
○
○
聴音箇所と方向
○
○
異常発生時の聴音の特徴
-
○
振動測定
振動測定の目的
○
-
振動パラメータについて
○
-
振動値のトレンド管理について
○
-
異常と振動パラメータの相関性
○
-
振動測定器の使用方法
-
○
キズ発生時の振動的特徴
-
○
アンバランス発生時の振動的特徴
-
○
ミスアライメント発生時の振動的特徴
-
○
表2 開催回数および受講者数
年 度
社内教育訓練
社外教育訓練
回数
受講者数
回数
受講者数
2019 年度
25 回
127 名
-
-
2020 年度
24 回
124 名
4 回
28 名
4.教育訓練実施後の効果
4.1 教育訓練後の理解状況について
本教育訓練の実施にあたり、受講生127 名に対して、
2.3 項に挙げた5 項目に関する受講前後の理解度調査を実施した。その結果、受講前に40~60%だった理解度が受講後は全て80%を上回っている。(図5)
また、受講前の理解度において年代別(図6)および経験年数別(図7)でかい離が目立っていたが、受講後は全体的な底上げと平準化が進んだ。
本教育訓練の実習で活用しているJ-RAV?で実機相当 の経験を得られたことで、実業務の経験が少なくても理解が進んだものと推測する。
100%
Before
80%
60%
After
After
After
After
After
40%
Before
Before
Before
Before
20%
0%
3.教育訓練の実施
2 章で設定した期待項目およびカリキュラムに則り、
2019 年度から2020 年度にかけて教育訓練を実施した。
2019 年度は当社運転業務部門のうち、回転機器の巡視点検担当者および回転機器の点検工事監理員を対象とし、2020 年度からは対象を地元企業等の若手社員に拡大して開催している。(図4)
開催回数および受講者数は表2 の通りである。
図4 教育訓練の様子
100%
80%
60%
40%
20%
0%
100%
80%
60%
40%
20%
0%
図5 受講前後の理解度比較
18~24歳25~34歳35歳以上
Before
After
Before
After
Before
After
図6 受講前後の理解度比較(年代別)
90%93%
After
Before
After
Before
After
1~5年6~10年11年以上
Before
図7 受講前後の理解度比較(経験年数別)
4.2 教育訓練後の影響
本教育訓練の計画にあたり、3 つの期待項目を設定していた。各期待項目に関する教育訓練後の影響は以下の通りである。
① 論理的視点
本教育訓練の開催後は異常報告の具体性(異音発生箇所、異音の性質等)が向上している。
J-RAV?の利点は回転機器の構造と運転時の状態をカットモデルのように観察することができる点である。
J-RAV?を通して回転機器の構造や機構の理解を深めたこ とが回転機器の観察眼に影響を与えているものと考える。
② 相対比較
①と同様、現場側からの異音報告に関して報告精度が向上している。また、推測される異常についての相談が振動診断部門に寄せられることが増えている。
J-RAV?では回転機器で発生する各種異常を体感することが可能である。視覚や皮膚感覚で得た経験が相対比較の一助になっているものと考える。
③ 定量評価
回転機器の巡視点検業務については、これまでは外観目視が主となっていたが、今後は振動値のトレンド管理を行って回転機器の状態を時系列で評価する動きが見られる。
J-RAV?を用いて良好状態と異常発生時の振動値の比較を容易に行うことができた点が定量評価の理解に繋がったものと考える。
5.課題
回転機器の構造に係る理解度の底上げ
本教育訓練の受講により状態監視に係る理解度は概ね上昇しているが、全体を通して90%を上回る理解度に至らなかったことから、カリキュラム内容および指導方法の見直しが必要と考える。
特に回転機器の構造に関しては80%を僅かに超えた程度の理解度となっている。回転機器の状態監視技能を深める上で機器の構造について理解することは事象を論理的に捉える上で重要な要素となる。
今後は当該項目の指導内容の密度を高め、詳らかに指導できるよう努めていきたい。
インストラクターの育成
本教育訓練のインストラクターについてはISO18436-2 機械状態監視診断技術者(振動)カテゴリ2 以上の資格保持者が担当している。当社において当該資格保有者は2
名在籍しているが、インストラクターはそのうちの1 名に偏重していることが課題として挙げられる。
今後は社外展開による開催回数増加を想定してインストラクターの育成と増員、指導技量の向上に努めていきたい。
6.まとめ
当社はこれまで六ヶ所再処理工場で働く当社社員および当社の一部協力会社社員を対象に状態監視技能に係る教育訓練を実施してきた。
今後は企業や業界の垣根を越え、あらゆる施設の回転機器に関わる保全要員全体を対象として、J-RAV?を活用した状態監視技能の育成活動を推し進め、保全分野における状態監視体制の強化発展に貢献していきたい。
参考文献
[1] 佐々木一人、瀨川佑太、他“回転機異常振動模擬訓練装置の開発と活用計画 ”、日本保全学会 第16 回学術講演会 要旨集、2019、pp.601-608.