新検査制度下における事業者の自主性の重要性について

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カテゴリ: 第17回
新検査制度下における事業者の自主性の重要性について Importance of Operators’ Initiatives under the New Nuclear Regulatory Inspection Program 日立 GE ニュークリア・エナジー 川村愼一 Shinichi KAWAMURA Member Operator’s initiatives are important to achieve high level safety under the new nuclear regulatory inspection program, which was developed based on experiences in the United States and its Reactor Oversight Process. In the United States the performance of nuclear power plants was significantly improved in 1990’s and it has been continuously maintained at a high level since then. Some improvements in the management systems with risk- informed decision-making process were identified as key success factors. Those improvements were realized through operator’s initiatives with support from the industry. Safety culture was a serious issue with the Davis- Besse reactor vessel head degradation problem. And in such a cross-cut issue, initiatives by operators supported by the industry were important and effective. These experiences should be utilized to improve safety of Japanese nuclear power plants. Keywords: 新検査制度、ROP、デービス・ベッセ 1.緒 言 日本の原子力規制検査とそのもとになった米国の ROP (Reactor Oversight Process)では、事業者が自らのパフォーマンスを把握し、リスク情報を活用した意思決定を行って自主的に安全性を確保・向上させ、それを規制当局が監視・評価することが基本になっている。ROP 導入の頃に米国の原子力発電所のパフォーマンスは向上したが、Risk-Informed Decision Making(RIDM)のプロセスに則った事業者の自主的活動が重要な成功要因だった。日本に役立てるべきその教訓について論じる。 2.ROP と原子力発電所のパフォーマンス ROP の特徴 ROP は2000 年4 月に米国で本運用が開始されたが、その誕生過程では規制による監視・評価に関する包括的な思想、および監視・評価プロセスを定める原則について、根本的なあり方から検討が行われた。その際に ROP は、米国の原子力規制委員会(NRC)が標榜する「良い規制の 原則」(“Principles of Good Regulation”)[1]に基づいて、表1のように方向づけられ、これを実現する監視・評価および規制の仕組みとして構築された[2]。 表1 良い規制の原則とROP の方向づけ 良い規制の 原則 ROP の方向づけ Independence 事業者のパフォーマンスに対する公 平な評価 Openness 評価結果を公衆が知る機会の提供 Efficiency リスク情報を活用した規制リソース の適用 Clarity 規制およびその目的と結びつき、ロ ジカルで一貫性がある規制活動 Reliability 予測可能かつ透明性があり、規制と 明確に結びついた規制活動 このような考え方で構築されたROP では、原子力発電所の安全確保の実績を、客観的に捉えることが重視されている。その安全実績をあげるために必要な活動は、事業者の責任で計画され、実施されなければならない。そのうえで、NRC はその結果が公衆と環境を守るうえで妥当であるか、独立に評価して規制を行うとされている。すなわち、ROP では事業者自身の責任と規制の独立性が明確に され、事業者は自らの意思決定で安全確保に取り組み、適切な実績をあげることが強く求められるのである。 ROP と原子力発電所のパフォーマンス 米国の原子力発電所のパフォーマンスは、ROP 導入以前から改善が始まっていた。その一例として、米国原子力発電所の設備利用率の推移を図1に示す。 図1 米国原子力発電所の設備利用率の推移[3] 米国では産業界の主体的取り組みで ROP 導入以前の1990 年代に原子力発電所のマネジメント改革が進み、主要なパフォーマンスが大幅に改善されていた。これが、良い規制の原則に裏打ちされたROP のもとで、継続していると見るべきであろう。もちろん、ROP 導入以降にも様々な課題が表面化しているが、事業者による主体的な改善の取組みと、独立で効率的な規制の仕組みが良く機能して、安定して高いパフォーマンスが維持されていると考えられる。 原子力発電所の自主的なマネジメント改革 ROP が導入された2000 年頃までに、米国原子力発電所のマネジメント改革では、現在につながる仕組みがほぼ構築されていた。その仕組みの基本的な考え方は、客観的にパフォーマンスを把握し、それに基づいてリスクを考慮したうえで意思決定を行うというもので、ROP の考え方にも通じるものであった。 その中で、リスクの観点で重要な設備には、定量的な信 頼性目標が設定され、それに向けた保全活動が行われる ようになった。また、リスク評価に関しては、プラント固 有の条件も反映したリスク評価ツールが整備されていた。 保全プログラムの最適化に関する取り組みは、当初は産業界で様々なアプローチが試されていたが、この頃にThe Electric Power Research Institute(EPRI)が開発したStream-lined Reliability-Centered Maintenance(SRCM)に収 れんされていった。それ以前には、確率論的リスク評価 (PRA)と直結したリスクベースでの最適化アプローチも一部では試みられていたが実用性に難点があり、リスク評価値だけでなく機器の供用状態や運転経験等も考慮したリスク・インフォームド・アプローチがこの頃に開発され、その後、広く用いられるようになったのである。また、ROP や日本の新検査制度では、パフォーマンス指標(PI)を用いた客観的な監視が行われるが、米国でPI は単なる規制のためのものではなく、原子力発電所のマネジメントツールとして体系的に構築され、活用されていた。原子力発電所では、規制で監視されるPI を含めて、全体のパフォーマンスを把握するためのPI を最上位のPI セットとして定め、これを組織と業務に応じて 3 階層程度に展開する体系を構築していた。これによって、個々の業務のパフォーマンスと原子力発電所全体のパフォーマンスの関係が明確になり、それを幹部が月例でレビュー して改善に取り組んでいた。 日本の新検査制度のもとで改めて注目されるようになった Condition Report(CR)や Corrective Action Program (CAP)、Configuration Management(CM)についても、このころにはマネジメントの仕組みとして存在し、改善に活用されていた。 このようなマネジメントの改革と、それによる原子力発電所のパフォーマンス改善は、個々の事業者が主体となって行ったが、それを支援する産業界の活動も活発に行われた。原子力発電運転協会(INPO)は、パフォーマンス目標と評価基準を定めて原子力発電所の運営を評価するとともに、重要な業務プロセスの標準化を進めた。また、原子力エネルギー協会(NEI)では、重要な業務プロセスを対象に、原子力発電所のベンチマーク調査を行ってベストプラクティスの普及を進める活動を行い、パフォーマンス向上を支援した。 このように、規制への対応ではなく、事業者とそれを支える産業界組織が主導する改革が功を奏して、原子力発電所のパフォーマンスが改善され、その後も維持されている。そうした取り組みを前提として、規制当局は独立にそれを監視・評価して規制を行っているのである。 日本における原子力のマネジメント改革 こうした米国の教訓に学び、日本においてもリスク情報を活用した意思決定(RIDM)の導入による原子力発電所のマネジメント改革が、2018 年に宣言されて取り組まれている[4]。すなわち、現物・現実のプラントの状態を把握し、起こりうる事象のリスク重要度を評価して意思 決定のための物差しとして考慮し、安全性向上のための プラントの改造や運転を速やかに意思決定、実施してい くというマネジメントプロセスを確立するとされている。RIDM は自律的リスクマネジメントのプロセスであると同時に、米国においてパフォーマンス向上に有効な意思 決定プロセスとしても機能しており、この改革の成果が 今後期待される。 RIDM ではリスク評価、CAP、CM が注目されがちだが、現場の現実の客観的な把握が全ての出発点であり、現場が良くなる実感が重要である。この点で日本の保全現場には、まだ多くの改善余地がある。 たとえば、点検対象物量を適正にすることで、本当に重要な設備の劣化事象に保全のエキスパートが向き合う時間を増すことに取り組むべきではないだろうか。設備の点検物量を米国の原子力発電所と比較すると、10 倍以上になっている例もある。定検での弁の点検数は日本では約1800 台であるが、米国では100 台以下である。ポンプ も日本が約 50 台であるのに対して、米国は数台である。しかも、機器分解後に手入れ前状態(As Found Condition) を確認すると、日本では必ずしも補修を要しない状態と判定されている機器も多数ある。これに関して点検コストの削減より重要なことは、真に安全性や信頼性向上に重要な対象に、有用なエキスパートのリソースをもっとフォーカスすべきということである。対象を的確に絞り、更に現場に目が行き届くようにすることで、設備の信頼性だけでなく、作業品質の向上も期待ができる。 新検査制度の基本的考え方を保全最適化にも適用し、必要なパフォーマンス目標を達成するための点検方法や周期は事業者が決定して、規制は安全実績を監視することで、現場の創意や先行経験の活用による改善が進むのではないかと考える。米国の原子力発電所や、他産業の経験等から考えられる改善策には、例えば以下のようなことが考えられる。 パフォーマンス(実績)重視のフィードバックで、点検方法や周期を改善(INPOAP-913[5]等を参考にしたプロセス構築) 機器の連続オンラインモニタリングによる定期点検の代替(EPRI の取り組み、他産業における PHM (Prognosis and Health Management)) シミュレーションを活用した減肉測定箇所の重点化 Risk-Informed ISI(In-Service Inspection)による真に重要な対象にフォーカスしたISI 劣化データのデジタル化・集積化と AI による予測を 活用した点検対象、時期の最適化 安全を前提としたオンラインメンテナンスによる作業集中緩和 3.横断領域の改善について 横断領域の問題 原子力発電所のパフォーマンスを客観的に監視・評価するなかで発見された事項について、その背景にある安全文化や組織的要因が懸念されることもある。ROP では背景にあるそうした事項を、図2のように横断領域と位置付けている。 図2 ROP での監視・評価の枠組みと横断的領域[2] 横断領域の問題が最も顕著に取り上げられた例として、2002 年のデービス・ベッセ原子炉容器上蓋腐食問題がある。この事例でも事業者と産業界による主体的な取り組 みと、規制の監視による改善が行われた。 デービス・ベッセ原子炉容器上蓋腐食問題と安全文化に関する米国の取り組み デービス・ベッセ原子力発電所では、2002 年3 月に深刻な腐食が原子炉容器上蓋に発生していたことが発見された。NRC とINPO は、一次冷却材圧力バウンダリの劣化を示す状況が長年続いていたにも関わらず、上蓋のステンレス鋼クラッド(内張)を残して耐圧強度を担う母材が欠損するまで腐食の進行が見出せなかったことは、安全文化の劣化によるものと調査で結論づけている。 これに対して INPO とNEI が中心となり、規制当局の動きを待つことなく、各事業者が自らの安全文化を評価して改善する取り組みを進めた。INPO は 2002 年にいち早く勧告文書を発行するとともに、2004 年には安全文化をオープンに議論し継続的に発展させるフレームワークを構築する目的で、“Principles for a Strong Nuclear Safety Culture”[6]を発行した。これはその後の米国産業界の取り組みの経験、規制当局との対話、国際原子力機関の知見等 を踏まえて、“Traits of a Healthy Nuclear Safety Culture”[7]に発展し、原子力発電所で活用されている。 また、同時期に安全文化の教材が作られ、全米の原子力発電所で共通に使われるとともに、その経験を集約して改善に活かすなどの取り組みも行われた。 一方、NEI は事業者による安全文化醸成のための指針として、安全文化のモニタリングプロセスや安全文化の問題へのアプローチの方法を、“Fostering a Healthy Nuclear Safety Culture”として発行した。なお、安全文化のモニタリングプロセスにおいて、NEI はデータ収集とその傾向分析を当初は重視していたが、実際に運用した経験を反映した改定の際には、文化的側面に関する健全で自己批判的な対話を、より重視するように大きな方向修正を行っている。 一方、NRC は安全文化を扱えるように ROP の横断領域を評価する方法を検討し、検査手順を改定した。その前提となる考え方は、横断領域に重大な問題があるプラントは、安全にとって重大なPI か、検査指摘事項を通じて明らかになるというものである。すなわち、比較的抽象度が高く、ともすると規制の予見性が乏しくなりがちな横断領域に関して、ROP 開発時の本質的な考え方を維持し、安全とセキュリティに関する客観的なPI と、リスク情報を活用したパフォーマンスベースの検査をもとにして問題を抽出するアプローチが取られた。このようにして本質的な横断領域の問題(Substantive Cross-Cutting Issue)が抽出された場合に、NRC は事業者に対して懸念を伝え、事業者自身による改善を促すことが行われている。この検査手順の変更は2006 年に実施された。 2011 年から 2013 年には、NRC、INPO、NEI の代表が参加する公開ワークショップが行われた。その成果は“Safety Culture Common Language”として発行され、安全文化醸成に取り組む産業界と監視する規制当局が、安全文化を共通言語で対話できるようになっている。 以上の経験から学ぶべきは、安全文化は事業者が自ら の責任でモニタリングして改善に取り組むべきで、規制 当局はリスク情報を活用したパフォーマンスベースの監 視を通じて事業者に改善を促すべきということである。 また、安全文化は単純なチェックリストやデータ分析で は評価が難しく、客観的事実の文化的側面について対話 を通じて、批判的考察を加える必要がある。この観点では、規制当局と事業者が建設的に対話できるように、安全文 化の特性に関する言語の共通化も重要と考えられる。 4.結 言 日本の原子力規制検査のもとになった米国のROP の経験を振り返り、事業者が自らのパフォーマンスを把握し、リスク情報を活用した意思決定を行って自主的に安全性を確保・向上させることが重要だったことを論じた。 日本でも新検査制度のもとで、規制検査への対応ではなく、事業者が自ら主導する取り組みが安全性向上への唯一の推進力となる。また、安全文化や組織的要因などの横断的領域の改善も、自らの責任で継続的に改善しなければならないマネジメントの課題である。 原子力発電所のマネジメント改革については、日本でも RIDM による取り組みが進められているが、現場の現実把握が全ての出発点であり、現場が良くなる実感が重要である。 事業者ならびにそれを支援する産業界をあげて、こうした取り組みを推進していく必要がある。 参考文献 NRC, “Principles of Good Regulation”, https://www.nrc.gov/about-nrc/values.html#principles. NRC, “Recommendations for Reactor Oversight Process Improvements”, SECY-99-007, 1999. NEI, “Nuclear by the Numbers”, 2019. 北海道電力株式会社、東北電力株式会社、東京電力ホールディングス株式会社、中部電力株式会社、北陸電力株式会社、関西電力株式会社、中国電力株式会社、四国電力株式会社、九州電力株式会社、日本原子力発電株式会社、電源開発株式会社、“リスク情報活用の実現に向けた戦略プラン及びアクションプラン”、2018. INPO, “Equipment reliability process description”, AP- 913 Rev. 6, 2018. INPO, “Principles for a Strong Nuclear Safety Culture”, 2004. INPO, “Traits of a Healthy Nuclear Safety Culture”, INPO 12-012, 2012. NEI, “Fostering a Healthy Nuclear Safety Culture”, NEI 09-07 Rev.1, 2014. NRC, “Safety Culture Common Language”, NUREG- 2165, 2014.
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