損害賠償裁判にみる国の責任~バックフィット制度の位置づけと 長期予測の信頼性に関する司法判断~
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カテゴリ: 第17回
損害賠償裁判にみる国の責任
~バックフィット制度の位置づけと長期予測の信頼性に関する司法判断~
State Responsibility concerning 1F Accident
大阪大学名誉教授
堀池
寛
Hiroshi HORIIKE
Member
日本保全学会
鈴木
孝寛
Takahiro SUZUKI
Member
日本原燃
田中
治邦
Harukuni TANAKA
Member
元法政大学
宮野
廣
Hiroshi MIYANO
Member
福島第一事故をめぐる裁判の中で、国の(損害賠償)責任を追及する事例がある。そこでの主要 な論点は次の三つである。①国に規制権限があったのか(バックフィット制度の有無、およびそ の対象)、②規制権限を行使する前提として H14 年長期評価は十分に信頼性のあるものであったのか、③規制権限を行使しなかったことに過失等はなかったのか。多くの裁判所は、前記の三論 点について国の責任を認めている。
Keywords: nuclear reactor regulation, trial case, state responsibility, backfitting system
1.はじめに
福島第一原子力発電所の事故をめぐっては、多くの損 害賠償訴訟が提起されている。この内、原子炉設置者で ある東京電力に対する訴訟においては、原子力損害賠償 法に基づくので、東京電力は無過失責任を負うことにな っており、H14 年長期評価の信頼性等は主要な論点になってはいない。
他方、国に対する損害賠償請求は国家賠償法に基づく とは言え通常の民事訴訟で扱われるので国に損害賠償に 応じるだけの過失があったか否かが論点となっている。 この過失は、次の三つの主要な論点について判断され る。①国に規制権限があったのか(原子炉設置者に改修
を強制するバックフィット権限があったのか)、②規制権限を行使する前提としてH14 年長期評価は十分に信頼性のあるものであったのか、③ 前記①及び②に基づいた上で国が規制権限を行使しなかったことに過失等はなかったのか。
本稿においては前記①及び②について主に考察する。
2.バックアップ権限
過去の状況(制度と裁判)
H24 年の原子炉等規制法の大改正以前は、設置許可に対するバックフィット権限は明定されていなかった。さ らに言えば、設置許可条件に違反した事実があったとし ても設置許可を取り消す国の権限も規定されていなかっ
た。当時は、詳細設計に対する技術基準適合命令のみが 国のバックフィット権限として規定されていた。
その一方で、裁判関係では、伊方原子力発電所の設置 許可の取消しを求めて争われた事案に関するH4 年最高裁判決は、設置許可の取消しの判断基準は、裁判で争わ れている時点での科学技術の水準で判断すべきと判示し た。その一方で、柏崎刈羽原子力発電所は中越沖地震に おいて設置許可の安全審査において使われた基準地震動 を遥かに超える地震動に襲われたが、同原子力発電所の 設置許可取消しを扱っていた最高裁は、H23 年判決で、中越沖地震(の地震動)は設置許可の取消しを求める上告理由に当たらないとした。
H24 年改正以前は、以上のように、法制度として設置許可に対するバックフィット制度はなかった。裁判においても、設置許可の取り消しは、(設置許可時点ではなく)現在の科学技術水準で判断するが、それは単に設置 許可安全審査時点の自然的立地条件が変化しただけでは 駄目である。といったような状況であった。
後者については、私見ではあるが、基本設計に変更を もたらす程の自然的立地条件の変化でなければ設置許可 の取消事由とはならないということではないだろうか。
損害賠償訴訟における裁判所の判断
福島第一原子力発電所の事故の原因となった津波は、 原子炉設置許可における自然的立地条件であるので当時 の法制度では国による規制権限はなかったはずである。
ところが裁判所は、基本設計と詳細設計を区別する明確な規定は無く、原子力の潜在的危険性を顕在化させないために万全の措置が求められるのであり、そのために設けられた電気事業法40 条の技術基準適合命令は詳細設計だけでなく基本設計をも対象とする、すなわちH14 年長期評価に基づいた津波高さに対応して国はバックフィット権限を行使すべきだった、と判断している(国の損害賠償責任を結果として認めなかったH31 年の千葉地裁は例外的)。
先に紹介したH23 年最高裁判決が安全審査時の条件を超える地震動に襲われても直ちに設置許可取消しの理由にならないとしているのに、H14 年長期評価はバックフィット権限を行使するほどの確実な予測だったのだろうか?(前記千葉地裁は、H14 年長期評価に基づく推計では防潮堤工事や原子炉建屋の緊密化工事の実行可能な条件を求めることは無理であったとも判断している。)
国にバックフィット権限があったとする裁判所の判断 の裏には、次のようなことが考えられる。
一つには、当時の法制度では、基本設計を対象とした 設置許可は原子炉等規制法で扱われるが、詳細設計以降 は電気事業法で扱われ、電気事業法における安全規制は 工事計画認可(詳細設計)段階のものしかなかったことが挙げられる。電気事業法における事業許可には安全規制 の概念に乏しく、例えば公害規制は工事計画認可を通じて実現される。つまり電気事業法の世界では基本設計・ 詳細設計の区別がつきにくいのである。
次に、津波に対する基本設計上の条件であるドライサ イトである。分かりやすい条件であるがドライサイトで あることと原子力発電所の究極的安全性の維持との連関 は乏しいのではないのではないか。バックフィットは事 業者に犠牲を強いるものであるから必要最低限のもので あるべきであり、ドライサイトという条件がバックフィ ットの前提条件として適正なものであるとは思えない。 どうも裁判所は津波でドライサイト条件が維持できない
=基本設計違反、だから、詳細設計に対する技術基準適 合命令(バックフィット権限)を行使できる、と単純に考えているように思える。
最後に、技術基準適合命令(バックフィット権限)を行使する際の条件についての裁判所の理解不足(国側の説 明不足?)である。前記千葉地裁判決では防潮堤工事や 建屋の緊密化工事には、津波の態様(波源、波高、速度
等々)の確実な予測が必要であるが当時は予測できない状 態であったとの認定し、国がバックフィット権限を行使しなかったことに過失は無いとしている。
千葉地裁以外の裁判所の多くは、技術基準適合命令の 実現性を詳細に検討せずに、津波の危険性が予知できた 以上は同命令を発して原子炉設置者に必要な措置を講じ させるべきであったとしているようである。つまり命令 実現の確実性について検討が浅いまま、命令を発しなかった(バックフィット権限を行使しなかった)国の過失を認めているように思われる。
3.H14 年長期評価の信頼性
国の損害賠償責任を結果として認めなかったH31 年の千葉地裁を含めて、裁判所はH14 年長期評価に基づき国は津波の危険性は予見できたとしている。
その理由として、同評価は国の機関において専門家が判断したものであること、原子力の危険性に鑑みれば異論はあったにしても最新の知見は採り入れるべきであること等が挙げられている(千葉地裁は、スマトラ地震等の影響や溢水勉強会の成果を考慮に加えて同勉強会の成果がでたH18 年5 月以降に可能であったとしている。)。漠然とした危険性があるといった程度の認識でもって
「予見」であると定義すれば、H14 年長期評価をもって危険性を予見できたとすることは正しいかもしれない。 しかし、バックフィット等施設の改修のためには相当程 度、津波の態様を予見する必要がある。したがって具体 的な改修工事を原子炉設置者に要求するバックフィット 権限の行使には確実性の高い予見が必要であり、H14 年長期評価には確実性があったのだろうか。
千葉地裁以外の裁判所は、漠然とした危険性の予知か ら、確実な施設改修を命じる技術基準適合命令発給まで は様々な段階があるべきなのに、その検討を省いているように思われる。
4.最後に
多くの国家損害賠償判決で、基本設計と詳細設計の区 別がないとの判断が蓄積されていくと、従来の設置許可 取消請求訴訟の判断枠組みが崩れるので、その影響が懸念される。
以上