構造材料を対象とした原子スケールの精度を有するマルチ時間スケールモデルの構築
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カテゴリ: 第16回
構造材料を対象とした原子スケールの精度を有するマルチ時間スケールモデルの構築
Multi-timescale modeling of structural materials while maintaining atomistic fidelity
東大院・エ
早川
頌
Sho HAYAKAWA
学生会員
東大院・エ
沖田
泰良
Taira OKITA
正会員
原子力機構
板倉
充洋
Mitsuhiro ITAKURA
非会員
We propose acceleration schemes for self-evolving atomistic kinetic Monte Carlo (SEAKMC), which is a promising technique for meso-timescale simulations while maintaining atomistic fidelity. The significant acceleration by a factor of up to ~100 is achieved through the acceleration schemes. Further, the accelerated SEAKMC is applied to the meso-timescale evolution of a cluster of irradiation-induced defects, and we observed the transformation process of the cluster into an energetically stable configuration beyond the molecular dynamics timescale. The proposed schemes here possess the efficiency, atomistic fidelity, and meso-timescale simulation capabilities, and would significantly contribute to the multi-scale modeling of the behavior of structural materials.
Keywords: Multi-scale simulation, microstructural evolution, structural materials, predicting materials degradation
1 諸言
現代社会には,船舶や発電プラント等,様々な巨大人エ 物システムが存在するが,それらシステムの安全性・効率 性は社会の持続可能性に直結する.そのため,システムの 複雑な挙動を,社会環境の劇的な変化に伴うシステムの 目的・運用条件の変更を考慮して,的確に把握する必要が あり,科学的根拠に基づく適切な保全処置を講じたシス テムの強化が求められている.システムの躯体とも言え る構造材料とその健全性に着目した場合,ミクロ・マクロ 各スケールで材料劣化進行具合を精緻に把握する検査技 術が不可欠である.さらにそれら技術により得られる各 スケールにおける時事刻々の検査・モニタリングデータ を入力値として構造材料劣化を計算できる数値モデル, さらにはそれらを連成させるマルチスケール解析により デジタル空間でシステム構造材料の状態を再現あるいは 予測する技術の開発が望まれる(デジタルツイン)[1]. これにより,初期設計時の構想や従来の保全学の枠組みを超えた次世代の材料挙動予測が可能となる.
デジタルツインの構築にあたっては,材料の機械的特 性変化がメッシュサイズ以下の微細組織挙動に支配され ることを考慮すると,原子スケールの挙動からマクロ特 性劣化現象までを網羅するマルチスケールモデリング技 術が不可欠となる.原子スケールの現象を精確に再現で きる数値シミュレーション手法として分子動力学(MD: Molecular dynamics)法が従来広く用いられてきたが, 々
の原子振動までを精確に扱う都合上時間刻み幅を 10?15 s オーダーに設定する必要があり,再現できる現象の時間スケールに制限が存在する.一方,kinetic Monte Carlo (kMC)法はState-to-state ダイナミクスに基づく原子シミュレーション手法として広く知られ,MD 法よりも遥かに長い時間スケールの現象を扱うことができる.しかし発生し得る現象を事前に定義しリスト化しておく必要があるため,我々の想像を超えた複雑な原子スケール現象は再現することができない.これらが示すように,MD 法やkMC 法といった従来の原子シミュレーション手法において,原子スケールの精度とメゾ時間スケール性を両立したシミュレーションを行うことは難しかった.しかしながら,機械的特性変化の決定因子である微細組織発達が, 例えば拡散のような発生待ち時間の比較的長い現象に支配されることを考慮すると,原子スケールの精度を保持したマルチ時間スケールモデリング手法を構築・発展させることは極めて重要であると言える.
近年,原子スケールの精度を有するメゾ時間スケール計算手法として On-the-fly kMC 法の一種である Self- evolving atomistic kinetic Monte Carlo (SEAKMC)法[2]が注目されている.On-the-fly kMC 法では,各ステップで発生し得る活性化過程をその時の原子配置に基づいて探索し そこで発見された活性化過程を基にイベントリストを再 構築するため,従来のkMC 法のように事前に現象を定義しておく必要がない.これにより我々の想像を超えた複 雑な原子スケールの現象も り扱うことができる.さら
にSEAKMC 法では,着目する組織(結晶欠陥等)の周囲にActive volume という領域を設定し,Active volume 外の原子を固定した上で活性化過程探索を行う.これにより 系の自由度を著しく削減した上で探索が行われ,過程探 索の計算速度が飛躍的に向上する.そのため,他の On- the-fly kMC 法では難しい比較的大きな系の り扱いもSEAKMC 法では可能である.これらが示すように, SEAKMC 法は原子スケールの精度とメゾ時間スケール性を併せ持ち,その更なる発展が期待される非常に有望な手法である.
SEAKMC 法では Dimer 法[3]を用いて各ステップにおける活性化過程探索を行う.Dimer 法では系のポテンシャルエネルギー曲面を考え,そのステップでの系の状態に 対応する曲面上極小点(basin)から曲率を基にして曲面 上の鞍点を探索する.これにより複数の原子が連動して 拡散するような複雑な過程も実際のダイナミクスに基づ いて探索できる.一方,この Dimer 法の問題点として計算コストが比較的高いことが挙げられる.上述のようにSEAKMC 法では Active volume を導入することによって計算コストの大幅な削減を達成しているが,それでも全 体の計算時間の 9 割以上の時間を Dimer 法による活性化
過程探索が占める.よって,活性化過程探索に要する時間
自己格子間原子
空孔
volume のサイズが小さすぎるため十分な精度の活性化過程が得られないが,その分低計算コストで探索が終了す る.その後,適切なサイズのActive volume を用いて活性化過程の探索を行うが,ここで最初の段階で得られた活 性化過程の情報を“予想 とみなし,入力値として用いて探索を行う.これにより,高精度の活性化過程に極めてない計算コストで収束させることができる.
高速化スキーム(i)を用いて点欠陥のFe ルク 拡散を計算した結果.およそ6?8 倍の高速化が達成された(Fig. 1).さらに得られた各欠陥拡散の活性化エネルギーはスキーム適用前と 等であった.これにより, 々のSEAKMC 法と 等の精度を保持しつつ大幅な高速化が実現されていることが分かる.
0.18
0.12
Calculation time
0.06
を削減するスキームを開発することで SEAKMC 法全体の高速化が達成され,その結果SEAKMC 法の適用範囲の
0.00
Self-interstitial atomVacancy
大幅な拡大が見込まれる.
以上を まえ本 では,原子スケールの精度を有するメゾ時間スケール計算手法の高度化を行うことを目的 とする.特に,原子レベルの精度を有するメゾ時間スケー ル計算手法として非常に有望なSEAKMC 法に着目し,その計算コストのボトルネックである活性化過程探索フロ ーの高速化を行う.これにより,従来の材料挙動マルチス ケールモデリング技術において末発達であったマルチ時 間スケール 分を強化し,デジタルツインのような次世代技術実現のための計算科学技術の発展に資する.
2 SEAKMC 法の高速化
本 では,SEAKMC 法における活性化過程探索フローのための2 つの高速化スキームを提案する.
高速化スキーム( ): Act ve vo ume の漸次的なサイズ変化
一般にSEAKMC 法ではある固定されたサイズのActive volume を用いるが,本スキームでは,最初に敢えて比較的小さいActive volume を設定する.この段階ではActive
Fig.1 Comp a ion ime wi e accele a ion c eme (i).
o e a e e l a e no mali e o e wi o e accele a ion c eme.
高速化スキーム( ): 過去ステップで探索した活性化過程のリサイクル
一般にSEAKMC 法においては,探索した活性化過程の情報はそのステップ終了後には捨ててしまう.しかしその後のステップで た系の原子配置が見られた場合には, 過去に探索した活性化過程の情報は十分再利用することができると考えられる.そこで本スキームにおいては,各ステップでのActive volume 内の原子配置と探索された活性化過程をストックしておき,その後のステップで見られたActive volume 内の原子配置がストックされたものと近ければ,それに対応する活性化過程の原子配置を初期配置として活性化過程の探索を行う.
高速化スキーム(ii)を用いて点欠陥の Fe ルク 拡散を計算した結果,最大でおよそ 100 倍もの高速化が達成された(Fig. 2).さらに得られた各欠陥拡散の活性化エネ
ルギーはスキーム適用前と 等であった.これにより, 々のSEAKMC 法と 等の精度を保持しつつ大幅な高速化が実現されていることが分かる.
0.020
0.015
Calculation time
0.010
0.005
0.000
自己格子間原子
空孔
Self-interstitial atomVacancy
Fig.2 Comp a ion ime wi e accele a ion c eme (ii).
o e a e e l a e no mali e o e wi o e accele a ion c eme.
上記で提案した高速化スキーム(i)と(ii)は互いに相補的 であることも特筆すべきである.すなわち,各ステップに おいてActive volume 内原子配置を確 し,その時点でストックしてある原子配置の で近いものが存在すればスキーム(ii)を用い,そうれなければスキーム(i)を用いると いうように処理を分岐させることが可能である.これに より,いずれの場合においても“予想 を基にした活性化過程探索が行われ(Prediction-based SPS,Fig. 3),計算速度の大幅な向上が達成される.
Prediction-based SPS
Fig. Flowc a o accele a ion c eme o C.
3 高速化SEAKMC 法の照射誘起欠陥クラスタへの適用
原子炉構造材料の特徴としてカスケード損傷による照 射誘起欠陥(自己格子間原子,空孔,およびそれらクラス
タ等)の形成が挙げられる.特にFCC 金属における自己格子間原子クラスタに着目した場合,その安定形態として完全転位ループと積層欠陥ループが存在する.さらにこれらループの移動特性に関して,前者は可動ループである一方後者は不動ループであり,それぞれ固有の微細組織発達への寄与を示すことが知られている.そのためカスケード損傷下で自己格子間原子クラスタの形成プロセスとその安定形態を精緻に把握することは重要である. 従来カスケード損傷による欠陥形成を定量化するためMD 法による が多く行われてきた.しかしこれらの
には,形成された自己格子間原子が上記安定形態ではなく,エネルギー的には不安定であるはずの不規則形状 をした自己格子間原子クラスタが半分以上の割合で形成 されるという結果も報告されている[4].これは MD 法で計算可能な時間スケールの問題により,不規則形状クラ スタが安定形態に変換するまでの十分な長さの計算時間 がとれなかったことに起因すると考えられる.さらにこ の安定形態への変換過程はクラスタを構成する原子の複 雑な拡散挙動(core diffusion)を経て発生する.そのため, これらクラスタの安定形態への変換過程を再現するため には,原子スケールの精度を保持しつつメゾ時間スケー ルまで到達可能なシミュレーション手法が求められる. 以上を まえ,MD 法を用いた既往 [4]において観察された不規則形状クラスタに対して高速化 SEAKMC 法を適用し,それらクラスタの安定形態への変換を再現 する.Fig. 4 に結果の一 を示す.図が示すように,~847.6 ps ど経過した後,初期状態では不規則形状だったクラスタが複雑な拡散挙動を経て積層欠陥ループへ変換する 様子が見られた.本 で用いた計算セルは~50 nm の辺を持つ立方体セルであるが,この場合 MD 法で到達可能な時間スケールは多くの場合数 100 ps 程度である.すなわち,本計算で見られた積層欠陥ループへの変換過程はMD 法で再現できる時間範囲の 境 となる.さらにその後もシミュレーションを進めた結果,時刻~12.6 ns で積層欠陥ループが完全転位ループへ変換する様子が観察 された.この時間は MD 時間スケールを遥かに超えるものである.これら結果はすなわち,高速化SEAKMC 法の適用によって,原子レベルの挙動の複雑さを保持しつつMD 時間スケールを超えた欠陥挙動の再現ができている
ことを意味する.
(a) 0 ps(b) 847.6 ps(c) 12.6 ns
Fig.4 T an o ma ion o an i eg la l ape e ec cl e in o a a le con ig a ion.
4 結言
原子スケールの精度とマルチ時間スケール性を併せ持 つ手法としてその発展が期待される SEAKMC 法の高速化を行い, 々の精度を保持しつつ最大 100 倍の高速化に成功した.さらに高速化SEAKMC 法をエネルギー的に不安定な形状をした照射誘起欠陥クラスタに適用し,メ ゾ時間スケールで発生する挙動を再現した.その結果, MD 時間スケールより遥かに長い時間をかけて,極めて複雑な原子拡散を伴って安定形態に変換する様子が見られた.
現代の目まぐるしく変化する社会環境に対応した人エ物システムの構築にあたっては,従来の保全学の枠組みを超えたデジタルツインのような新しい技術の構築が不可欠であり,そのためにマルチスケールモデリング技術の発展が強く望まれる.本 で開発した高速化SEAKMC 法は原子レベルの精度,マルチ時間スケール性, 計算コストの低さを併せ持つ極めて画期的・独創的な手法であり,従来シミュレーション手法が抱えていたマルチ時間スケール技術 分の弱さを大幅に克服するものである.よって本 で得られた成果は,システム保全技術の発展に大きく貢献するものであると言える.
謝辞
本 は,科学 費助成事業(課題番号JP17H03518, JP17KT0039,JP18J12324)において得られた成果の一です.
参考文献
T. Okita, T. Kawabata, H. Murayana, N. Nishino and M. Aichi, “A new concept of digital twin of artifact systems: synthesizing monitoring/inspections, physical/numerical models, and social system models,” Procedia CIRP, Vol. 79, 2019, pp.667?672.
H. Xu, Y. N. Osetsky and R. E. Stoller, “Simulating complex atomistic processes: On-the-fly kinetic Monte Carlo scheme with selective active volumes,” Physical Review B, Vol. 84, 2011, pp.132103-1?132103-4.
G. Henkelman and H. Jonsson, “A dimer method for finding saddle points on high dimensional potential surfaces using only first derivatives” Journal of chemical physics, Vol. 111, 1999, pp.7010?7022.
S. Hayakawa, T. Okita, M. Itakura, T. Kawabata and K. Suzuki, “Atomistic simulations for the effects of stacking fault energy on defect formation by displacement cascades in FCC metals under Poisson’s deformation,” Journal of Materials Science, Vol. 54, 2019, pp.11096?11110.