種子島宇宙センターにおける基幹ロケット打上げ設備の リスク管理と保全の取り組み

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カテゴリ: 第17回
種子島宇宙センターにおける 基幹ロケット打上げ設備のリスク管理と保全の取り組み Risk management and maintenance efforts for flagship rocket launch facility at Tanegashima space center JAXA 尾崎祥梧 Shogo Ozaki Member JAXA 小西智奈美 Chinami Konishi Non-member JAXA 西橋毅 Takeshi Nishihashi Member JAXA 長野彰 Akira Nagano Non-member JAXA 堀秀輔 Shusuke Hori Non-member 種子島宇宙センターから打ち上げられる我が国の基幹ロケットは世界的にも高い信頼性とオンタ イム打上げ率を有している。現在 H-IIA から H3 へ世代交代を進めているが、設備は建設から 30 年以上経過し高経年化リスクが顕在化してきている。今後引き続き新型ロケット H3 においても 20 年以上の安定運用を達成するため、他分野の知見も取り入れて保全の改善を行ってきた。基幹ロケット打上 げ設備のリスク管理と保全の取組みについて報告する。 Japanese flagship rocket launched from JAXA Tanegashima Space Center is characterized by high reliability and high “on-time launch rate” in the world launch market. Currently, the generation change of the launch vehicle from H-IIA to H3 is in progress. On the other hand, more than 30 years have passed since the launch site was initially constructed and the risk due to aging is getting more apparent. To continue the stable operation through the next 20 years of H3 ages, we have improved maintenance by incorporating knowledge from other fields. Risk management and preventive maintenance efforts in our large rocket launch facility is reported here. キーワード:種子島宇宙センター、基幹ロケット、打上げ設備、リスク管理、予防保全 Keywords: Tanegashima space center, flagship rocket, launch facility, risk management, preventive maintenance 1.種子島宇宙センター射点設備 種子島宇宙センター射点設備は、H-IIA、H3 等の基幹ロケットを打ち上げる、わが国唯一の大型ロケット打上げ設備である。大型ロケットの打上げは、特殊な要素技術の集積であると共に、機体及び地上設備で構成される大規模なシステム全体を安全・確実に運用して初めて成功する、高度なシステム技術でもある点に特徴がある。安全性はもちろん、近年の打上げ市場におけるオンタイム打上げや価格競争力へのニーズを踏まえると、打上げ当日に不具合やミスオペレーションを発生させず計画通り打ち上げることの重要性がますます高まっている。(1) ロケットは愛知県の製造工場から種子島まで海上輸送 連絡先: 尾崎 祥梧、〒891-3793 鹿児島県熊毛郡南種子町大字茎永字麻津種子島宇宙センター、宇宙航空研 究開発機構(JAXA) E-mail: ozaki.shogo@jaxa.jp される。種子島に到着後はトラックによる陸送で種子島宇宙センターの整備組立棟(VAB)に搬入される。搬入後は移動発射台(ML)に搭載され、打上げ当日までに組立作業、機能点検が行われる。打上げ当日は、ML にロケットを搭載した状態で VAB から射点(LP)に移動させる。移動後は ML と地上設備の推進・電気・水空調系統の接続作業を行い、作業員はロケットから半径3000m 以内から退避する。その後、ロケットのタンクに極低温推進薬 (液体水素・液体酸素)を充填する。充填完了後はロケッ トの最終機能点検を実施し、打上げ約 270 秒前から自動シーケンスに移行して打ち上げる。 この機能を実現するために射点設備は、貯槽・バルブ・ 配管・回転機器・空調・静止/可動構造物・電気設備・セ ンサ/発信器等の機器で構成されている。また、これらの機器の多くは設置後30 年以上経過している。射点設備の概略を図1 に示す。 図1 射点設備の概略 2.高経年化によるリスク 射点設備における不具合発生状況を図2 に示す。従来から、機器の定期点検や保全に加え、設備更新やバックアップ品の購入などのリスク低減対策を実施してきており、全体として不具合は減少傾向である。ただし、近年は、従来に見られなかった特徴として、高経年化によるリスクが顕在化してきている。2020 年のH-IIA ロケット41 号機においては、準備作業中に発生した配管損傷不具合により、当初予定された打上げが延期された。(2) 図2 射点設備の不具合発生状況 3.保全の課題の整理 不具合の分析及び原子力産業等における予防保全手法 (3)等を参考とし、従来の当センターでの保全の課題を整 理すると、改善の切り口は大きく以下4 点に分類された。これらの項目は、事業のPDCA サイクルの中で常に見直しを図り、継続的にアップデートを行っていく。 保全の仕組みの見直し 設備ごとに、重要度識別、劣化メカニズムと対応策の設定、状態把握、保全方法・更新計画へのフィードバックを行い、計画的に保全を実施するPDCA サイクルを再整理した。その中でコストやスケジュールも含む制約の中で実際的な計画を設定し、実行するための仕組みを構築した。 予防保全の導入 上記の仕組みの中で、重要度の高い設備に対しては、状態基準予防保全(CBM)の考え方を極力適用し、原則として劣化状態を常時把握する。併せて、重 要度の高い設備が全て点検対象となっていることの見 える化及び、点検・検査により劣化を検出できてない 設備を抽出し、重要度に応じた適切な保全方法に改善 する。なお、このようなことは長期未検査設備の課題 として一般的なプラントでも取り組まれている。 状態を直接把握できない設備への対応の明確化 重要度が高くても直接状態を把握できない設備に対しては、原則、時間基準予防保全(TBM)の考え方を 参考とし、定期交換やオーバーホールの周期の見直しや内容拡充を行う。その上で、費用対効果も踏まえ、完全なTBM が困難な部位については、冗長化、予備品確保、不具合時のバックアップ策等、対処の考え方を明確にする。 世の中の最新動向を受けた技術への改善更新 個別の設備・機器ごとに、他産業を参考とした技術 のアップデートを行い、長寿命化/高信頼性/保全性 /モニター性などを向上させる「改善更新」を行う。 基本的な考え方は、上記の(2)及び(3)によって、すべて の重要度の高い設備に対し、良好な状態であることが確認できている、または状態を直接把握できていなくても打上げに影響を与えないための策が確保されているかのどちらかであることが、必ず担保されるという考え方である。それを計画的に実施する仕組みが(1)である。4 項でこれら(1)~(3)を詳細に説明する。 4.改善の具体的な取り組み4-1.仕組みの改善 3 項(1)で整理した仕組みの改善点に対しての具体的な取り組み内容を示す。 まず、仕組みの根幹的な基盤として、全ての設備及び 機器を一元的・網羅的に管理する「設備リスト」を再整 理した。設備リストには様々な情報が盛り込まれている が、リスク(発生確率×影響度)をコントロールするた めには、劣化メカニズムと重要度を明確に定義すること が第一の基本であることから、議論を繰り返し、改めて 明確に整理した。 重要度は高いものから「重要度1~3」に分類すること とした。最も重要度が高い「重要度1」の設備は、打上げ当日に使用する設備が該当する。打上げ当日に不具合を発生させないため、これらの設備に対しては原則としてCBM を適用する。例としては、配管の肉厚管理等である。ただし、劣化メカニズムや機器の構造よりCBM が適さないものについてはTBM を適用する。例としては、バルブの内部部品や電子機器等である。次に「重要度2」の設備は、打上げ当日には使用しないが、不具合が発生すると後工程に影響し、打上げ延期につながるような設備が該当する。これらは、冗長系の有無や予備 品、代替手段の状況によってCBM・TBM の採否を判断する。具体的には、ロケットの組み立てや点検に使用するクレーンや点検機器が該当する。最後に「重要度3」は打上げでは直接使用しない設備が該当する。これは建屋内の照明や柵等であり、事後保全(BDM)を行う。 上記の通り、設備リストを基準に全ての設備に対して網羅的に重要度と劣化メカニズムが記載されて保全が行われる。さらに作業結果をレビューする際に、結果そのものだけを評価するのではなく、保全方法そのものが有効だったかどうかを評価するための「保全有効性評価」を行う。不具合などの問題が発生した際も、保全方法にまで立ち返って評価を行う。これらが定常的に回ることでPDCA サイクルが機能し、保全技術が継続的に向上していく。具体的なフローを図3 に示す。 図3 保全フロー 4-2.保全方法の改善 4-1 項の仕組みの中で行われる保全方法の改善について、具体的な取り組みの一例として、当センターにおけ る高圧ガス配管の保全方法を示す。 重要度識別 高圧ガス配管は、液体水素・水素ガス・液体酸素・ 酸素ガス・窒素ガス・ヘリウムガスの系統がある。こ れらはロケットの推進薬タンクや気蓄器に推進薬やガ スを充てんするための系統であり、打上げ当日に使用 することから最も重要度の高い「重要度1」として位置づけられている。よって、法定点検(外観点検、気 密漏洩点検)に加え、打上げ時の不具合リスク低減の ためCBM を適用する設備に該当する(3 項(2))。 劣化メカニズム 射場の高圧ガス配管類は、内部はほぼ常時不活性ガスがブランケット封入されていることから、想定すべき主要な劣化メカニズムは外部腐食である。鉄配管に ついては腐食・発錆による減肉が、ステンレス配管は 孔食や粒界腐食の貫通による微細なピンホールからの高圧ガスの外部漏洩(カニ泡)が発生する。当センターの特徴として、海浜設備特有の塩害及びロケット打上げ時の噴煙等が、設備の劣化速度に影響を及ぼすことが挙げられる。潮風の影響で配管や機器に塩分が付着し、内陸部と比較して加速劣化が生じていると共 に、ロケット打上げ時には固体ロケットモーターから発生する酸性の噴煙が一時的に付着する。 これらの現象に対し、防食性の高い塗装、点検や洗 浄の内容や頻度、発錆箇所のメンテナンス等を組み合 わせ、コストやスケジュールも含む制約の中で、打上 げ時に外部漏洩等が発生して中止となるリスクを十分 に低減する必要がある。 保全における努力 当センターにおいては、潮風・噴煙による劣化速度 の加速を極力抑えるために、点検だけでなく配管の水 洗いを定期的に実施している。これにより、配管表面 のpH を中性にし、塩分濃度をほぼゼロに回復させることができる。 また、潮風・噴煙等による劣化速度及びメカニズムを定量的に把握し、現地環境に適した防食技術や塗装方法等を明らかにすることを目的とし、2020 年度から数年間にわたる長期的な試験片曝露実験も開始した。 非破壊検査技術による状態監視の検討 このような長寿命化の努力を行ったうえで、低コス トで広範囲に腐食の進行状況を常時把握し、適切なタ イミングでの設備更新判断に役立ちうる技術として、 非破壊検査技術にも着目して検討を進めている。 従来、外観検査で腐食が確認された箇所は、浸透探 傷検査、超音波肉厚検査等を行い、残存肉厚を定量的 にモニター/評価し、規定肉厚を下回る前に配管更新 を行ってきた。劣化メカニズムが減肉である鉄配管に ついては、この方法で効率的に判断できている。 他方、ステンレス配管はほとんど減肉せず、上記方 法により腐食の発生は把握できるものの、孔食の深さ 5.総論 図5高経年配管の内部欠陥例 や、粒界割れの貫通までのマージンは、ブレンドして みるまで判断できないことから、広範囲に簡易にモニ ターすることが困難である。このため、都度補修を繰 り返したり、念のための早めの更新を行ったりするな ど、更新判断が効率的でなくなるという課題がある。 そこで、渦流探傷検査(ECT)に着目し、孔食の進 行状況を定量モニターすることで、深さが規定を超え る前に更新することを目指した検討を進めている。 射点設備の高経年配管において、実際に内部の粒界割 れや孔食が発生した配管の実物を試験片とし、欠陥の状 態と ECT 出力電圧との相関データを蓄積している。一例として、欠陥深さと ECT 出力電圧との相関データを図4 に示す。実際に経年劣化した配管を対象としていることから、模擬欠陥や単純な孔食だけでなく、粒界割れが蟻の巣状に発達した内部欠陥など、欠陥を表すパラメ ータ一は複雑である(図5)。従って、定量的な評価が可能になるまでには多くのデータ蓄積と、多変量解析等の 分析が必要である。今後、配管更新のタイミングを見極 める手法の確立を目指し、試行及びデータの拡充を行っ ていく計画である。 図4射点における経年劣化配管における欠陥深さとECT 出力電圧との相関例 当センターにおいて取り組んでいる保全の見直しのポ イント及び、高圧ガス配管の保全の具体的な事例を示した。H-IIA ロケット 41 号機打上げ時に発生した不具合事象をトリガーとして本格的に開始した活動であるが、本 活動は単年で完了するものではなく、事業のPDCA サイクルの中で、保全を計画的に実施しつつスパイラルアップさせていく仕組みを構築したものである。今後も改善活動を進め、将来に渡ってリスクを十分に低減した打上げを持続的に実現していくと共に、これからの社会で求められる保全技術の向上に少しでも貢献できればと考えている。 6.謝辞 本検討を進めるにあたり、日本原子力発電株式会社、日本プラントメンテナンス協会、高圧ガス保安協会、九州大学、東京電力ホールディングス株式会社、株式会社JERA、 九州電力株式会社、日本エア・リキード合同会社、三菱重工業株式会社、株式会社コスモテック、日油株式会社にご協力いただきました。御礼申し上げます。 7.参考文献 内閣府、宇宙基本計画、2020 年6 月29 日宇宙開発戦略本部決定 宇宙航空研究開発機構、H-IIA ロケット41 号機地上設備不具合を踏まえた今後の対応方針、2020 年3 月10 日、内閣府宇宙政策委員会 宇宙産業・科学技術基盤部会第53 回会合 一般社団法人日本保全学会、原子力保全ハンドブック 一般社団法人 日本保全学会編、2020 年
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