福島事故に学んだ安全要件再定義への取組み ―女川サイトにおける基準津波の設定―
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カテゴリ: 第15回
福島事故に学んだ安全要件再定義への取組み
―女川サイトにおける基準津波の設定―
Safety Requisites’ Re-definitions in accordance with Fukushima Lessons
- Design-base Tsunami for Onagawa Site -
東北電力(株)
若林
利明*1
ToshiakiWAKABAYASHIMember
東北電力(株)
平田
一穂*2
KazuoHIRATA
東北電力(株)
高橋
潤*3
JunTAKAHASHI
東北電力(株)
竹内
祥一*4
ShoichiTAKEUCHI
The dominant cause of the Fukushima accident is underestimation of natural hazards such as earthquake and tsunami. Therefore, when we evaluate safety at nuclear power station, we need to consider uncertainties of natural events. 2011 Tohoku Region Pacific Coast Earthquake (3.11 earthquake) on March 11, 2011 generated violent shake and massive tsunami, but all units of Onagawa nuclear power station achieved the cold shutdown avoiding major accident because of a lot of efforts to improve safety at the site. In this paper, we introduce about the outline of tsunami evaluation at the site considering the latest knowledge. In addition, we explain about the outline of raising the tsunami-wall based on the tsunami evaluation.
Keywords: Fukushima accident, Natural hazard, Uncertainty, Tsunami, Tsunami-wall, Onagawa NPS
1 緒言
原子力発電所の安全性の向上を図るには、福島原子力 発電所事故において、津波等の外部事象に対する想定が 過小評価であった事実を踏まえる必要がある。東北電力
(株)女川原子力発電所では、建設当初の設置許可申請 以降も、独自に仙台平野で津波痕跡調査[1]を実施したり、新たに提案された評価手法[2]により津波の再評価を行う など、自主的に安全性向上対策を行ってきた。外部事象 に係る設計基準を定めるにあたり、そうした良好事例を対外的に公表・展開することが求められている。そこで、本稿では、新規制基準適合性審査において、女川サイト に対する基準津波を設定する際に考慮した不確定性を整理するとともに、評価結果を踏まえた安全性向上対策として実施している防潮堤嵩上げ工事の概要について紹介する。
2 基準津波策定の概要
新規制基準を踏まえた基準津波策定フローを図1に示す。図1の最左列に示すように、津波起因事象を地震
*1 若林 利明、〒980-8550 仙台市青葉区本町1-7-1
東北電力株式会社 原子力本部 原子力部 部部長
E-mail: wakabayashi.toshiaki.hb@tohoku-epco.co.jp
*2 平田 一穂、〒980-8550 仙台市青葉区本町1-7-1、東北電力株式会社 発電・販売カンパニー 土木建築部
部長、E-mail: hirata.kazuo.fy@tohoku-epco.co.jp
と地震以外に分類した。さらに、地震起因の津波を近地津波と遠地津波に分類し、近地津波としては日本海溝お よび千島海溝沿いで発生する地震に起因する津波、遠地津波としては南米のチリ海溝、北米の中央アメリカ海溝など、環太平洋で女川サイトに大きな影響を与え得る海溝型地震に起因する津波を考慮した。女川サイトに近接 する日本海溝付近で発生する津波としては、3.11型地震、津波地震、海洋プレート内地震、海域活断層による地殻内地震に起因する津波を想定した。
図1の右から二列目に示すように、近地津波の想定に あたっては、破壊開始点、破壊伝播速度、断層位置、傾斜角、すべり角、走向等の不確定性を考慮し、最も敷地 に及ぼす影響が大きくなる条件を採用することとした。これら不確定性については、次章にて詳説する。
地震以外に起因する津波としては、敷地周辺の地滑り と斜面崩落、深さ1 千mまでの海底地滑り、敷地周辺の火山現象を想定したが、いずれも敷地に与える影響は小さいことを確認した。
*3 高橋 潤、〒980-8550 仙台市青葉区本町 1-7-1、東北電力株式会社 発電・販売カンパニー
土木建築部(火力原子力土木)
E-mail: takahashi.jun.vh@tohoku-epco.co.jp
* 竹内 祥一、〒980-8550 仙台市青葉区本町1-7-1
東北電力株式会社 発電・販売カンパニー土木建築部(火力原子力土木)
E-mail: takeuchi.shoichi.ka@tohoku-epco.co.jp
Fig.1 Flow of design-base Tsunami evaluation
評価の結果、3.11 型地震に起因する津波が、敷地に最も大きな影響を及ぼすことを確認した。
3 不確定性の考慮
3.1 3 11 型地震に起因する津波
基準津波となる3.11 型地震(プレート間連動型地震)
の断層モデルは、地震調査 進本部(2012)[3]により評価されているモーメントマグニチュードMw9.0 の地震等を参考に、広域の津波特性を再現したモデル
(Mw9.13、モデル①)と宮城県沖の大すべり域の破壊特性を考慮したモデル(Mw9.04)を設定した。各モデルの設定フローを図2に示す。
【不確定性:大すべり域?超大すべり域の位置】
モデル①は、大すべり域中の超大すべり域の位置を約10km 単位で南北約100km の範囲で、宮城県沖の大すべり域の破壊特性を考慮したモデルは、超大すべり域および大すべり域の位置を約10km 単位で南北約100km の範囲で動かし、敷地に及ぼす影響が最も大きい位置を 定した。
3.11 地震に伴う広域の津波特性を再現するモデルの断層面積は、宮城県沖の大すべり域の破壊特性を考慮した
特性化モデルの断層面積と して大きいことを踏まえ、最新の科学的・技術的知見から、宮城県沖の大すべり域
の破壊特性を考慮したモデルの大すべり域・超大すべり域のすべり量を2 割増加させたモデル(モデル②)と、海底地滑りや分岐断層による短周期の波の影響を考慮するため、日本海溝沿いのすべりを強調したモデル(モデル③)を設定した。
評価にあたっては、これら3つのモデルに対し上昇
・ 降 評価用の計 つモデルを し、 を行った。
【不確定性:破壊開始点】
破壊開始点の不確定性の評価においては、大すべり域中の 所に破壊開始点を設定した 合と、断層モデル全体が同時に破壊する計7 ケースについてパラメータスタディを実施し、水位上昇 ・ 降 の最大値を与えるケースを採用した。
3.11 地震の震源は、地震調査 進本部(2012)[3]による日本海溝沿いの地震発生領域区分のうち「三陸沖南部海溝寄り」の領域に位置している。破壊開始点の位置に し、地震調査 進本部(2009)[4]によると、破壊の進む方向には地域性があり、三陸沖では浅部から深部へ破壊が進む傾向にあるとされており、これは3.11 地震の破壊形態と一致している。このことを踏まえ、破壊開始点は、大すべり域・超大すべり域を囲むように
所設定した(図3)。
Fig.2 Construction Flow of standard fault model ①~③ of 3.11 type earthquake
Fig.3 Standard fault model ①~③ of 3.11 type earthquake and destruction starting points
【不確定性:破壊伝播速度】
破壊開始点のパラメータスタディは破壊伝播速度を2.0km/s に固定して行い、敷地に与える影響が最も大きい破壊開始点を対象に、破壊伝播速度を1.0、 1.5、 2.0、
2.5 km/s としてパラメータスタディを行った。破壊伝播速度の設定範囲は、国内外で発生した巨大地震のうち詳細なデータが取得されている3.11 地震、2004 年スマトラ~ アンダマン地震[5]、2010 年チリ地震[6]における破壊伝播速度(それぞれ2.0、1.0、2.25 km/s)を網羅するように設定した。
【不確定性:ライズタイム】
同時破壊ケースにおけるライズタイム(すべりの継続時間)は、相田(1986)[7]によるM8 クラスの地震を対象とした 結果を参考に、60 秒に設定した。
3.11 地震の津波波形をイン ー ンした再現モデル のライズタイムは210~300 秒程度であり、M8 クラスの地震のライズタイム(数秒から1分程度(相田(1986)[7]))と して長いのが特徴である。
Fujii and Satake(2007)[5]は、破壊伝播速度(0.5~ 3.0km/s)とライズタイム(60~180 秒)を 化させた津波波形のイン ー ン解析を実施して、2004 年スマトラ~アンダマン地震の再現モデルを し、破壊伝播速
Table 1 Calculated tsunami heights by model ①、②、③
①
②
③
度を1.0km/s、ライズタイムを180 秒とした 合に観測値と解析結果が最も整合するとしている。
①
②
③
Unit 2 emergency s
ea water pumps operable duration with retention in inlet
このように、同時破壊ケースのライズタイムとして設 定した60 秒は、国内外で発生した巨大地震のライズタイムよりも短いことを踏まえ、より長くなった 合の影響を把握することを目的に60、90、120、180、300 秒としてパラメータスタディを実施した。
上記5ケースの計算結果と破壊開始点の位置の 動による計算結果の 動幅を した結果、ライズタイムが
津波水位へ与える影響は小さいことを確認したことから、ライズタイムを60 秒に固定し、不確定性として考慮しないこととした。
津波地震と海洋プレート内地震(正断層型地震)に起因する津波
【不確定性 傾斜角、すべり角、走向等】
本書では紙面の都合上詳説しないが、津波地震および海洋プレート内地震(正断層型地震)の評価においては、断層位置に加えて、傾斜角、走向の不確定性を考慮した。さらに、津波地震ではすべり角、海洋プレート内地震(正断層型地震)では断層上縁深さの不確定性を考慮した。
遠地津波と海域活断層による地殻内地震に起因する津波
文献調査および再現解析の結果、遠地津波は3.11 型地震と して敷地への影響が小さいことを確認した。
海域活断層による地殻内地震に起因する津波について は、歴史上の記録がないことから、阿部ら(1989) [8]が提案した簡易予測式を用いて試算したところ、敷地周辺で
1.2 m の津波高さとなり、3.11 型の地震と し小さいことを確認した。
3.4 地滑りと斜面崩壊、海底地滑り、火山活動に起因する津波
いずれも歴史上の記録がないことに加えて、サイト周辺に地滑りや斜面崩壊の可能性のある地形が存在しないこと、サイト周辺に津波を弓き起こし得る火山が存在しないことから、敷地に与える影響は十分に小さいと評価した。
4 津波水位評価結果
基準津波となる3.11 型地震に起因する津波水位の評価結果を表1に示す。
なお、3.11 地震に伴い、女川サイト周辺では地殻 動により約1mの沈 が確認されている。そのため、津波の数値解析を行う際には約1mの沈 を考慮した地形モデルを用いて評価を実施している。
水位上昇側
Fig.4 Exceedance probability of water level at the site
4.3 津波水位の超過確率
原子力施設が有する津波によるリスクを客観的に評価
表1上部が水位上昇 の評価結果であり、モデル①、
②、③の敷地前面で最大水位上昇量を与える大すべり 域・超大すべり域の位置、破壊開始点、破壊伝播速度の組合せを示す。なお、解析は全ての組合せに対して実施しているが、ここでは紙面の都合上、代表ケースのみを示している。モデル③(宮城県沖の大すべり域の破壊特性を考慮したモデルの大すべり域・超大すべり域のすべ り量を2 割増しにし、日本海溝に沿ったすべりを強調したモデル)で同時破壊としたケースが、敷地前面におい て最大21.58 m の津波水位を与えると評価された。これ
に朔望平均満潮位 + 1.43 m を考慮し、小数第二位を切り上げると、敷地前面の最大津波高さ23.1 m となる基準津波を得る。
水位下降側
表1 部は水位 降 の評価結果であり、上昇 と同様に各モデルの最大水位 降量を与える大すべり域・超大すべり域の位置、破壊開始点、破壊伝播速度の組合せを示す。合わせて、それぞれの組合せにおける、水位が取水口敷高を 回り、取水不能となる時間を示す。
解析の結果、モデル②(宮城県沖の大すべり域破壊特性を考慮したモデルのうち、大すべり域・超大すべり域 のすべり量を2 割増ししたもの)で、破壊開始点P5、破壊伝播速度1.0 km/s とした組合せが、2号取水口前面において最大の水位 降量- 10.38 m を与えると評価された。取水不能時間は、最長となるモデル③のでも約2.9 分であり、取水路内に貯留されている海水により非常用海水ポンプが稼動可能な時間(約26 分)に べて、十分短いことを確認した。
することを目的に、「基準津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」には、確率論的津波ハザード評価を行い、 評価地点における基準津波による水位の超過確率を参照するよう定められている。そこで、日本原子力学会(2012) [9]、土木学会(2011)[10]、土木学会(2016)[11]および
3.11 地震から得られた知見等を踏まえ、確率論的津波ハザード評価を実施した。
対象領域の設定に際しては、3.11 地震から得られた知見を踏まえ、日本原子力学会(2012)[9]に示される日本海溝および千島海溝(南部)沿いの津波発生領域に加え、プレート間地震と津波地震の連動地震(3.11 型地震)を新たに追加設定した。
対象領域に断層モデルを設定し津波遡上解析および統計処理を実施して した津波ハザード曲線を図に示す。図 のとおり、基準津波による各評価位置の津波水位に対する年超過確率は、敷地前面(水位上昇 ) および2号取水口前面(水位 降 )の両地点で10-4~10-5程度となった。
5 津波水位評価結果を踏まえた津波防護対策:防潮堤の嵩上げ
敷地前面で最大水位上昇量が23.1mと評価されたこと を踏まえ、敷地への津波流入防止の観点から、敷地前面の 設防潮堤(17m)の嵩上げを実施することとした。津波に対する可能な限りの裕度と構造物としての 立性の両面を考慮し、防潮堤の高さは29mとした。概要を図5に示す。発電所敷地は海 を除いて山々に囲まれて
いることから、海に面して低くなっている敷地東 約800
Fig.5 Construction Work Progress of the tsunami-wall at the site
mのうち北 約120mをセメント改良土による盛土防潮堤、南 約680mを 式防潮堤構造とした。北 の盛土防潮堤は発電所 用 へのアクセスを確 するため、南 の 式防潮堤は敷地面積が限られていることを考慮して採用した方式である。
このように不確定性となり得る要因を考え尽くし、基 準津波に対して現時点で実現可能な最大限の対策を打つ という女川発電所運転開始以来の思想を堅持した。
7 結 言
東北電力(株)では女川2号と東通1号について新規制基準への適合性審査を申請しており、現在、女川2号はプラント 係、東通は敷地内断層を中心に審査を受けているところである。福島事故の経験を踏まえて定められた新規制基準の中で求められる事項に加え、3.11 地震で得られた経験も踏まえて、外部事象に対する防護、設計 を超える重大事故の発生・進展防止と万一の事故発生時の放射性物質の放出の抑制および重大事故対処組織の構 築に取り組んでいる。これらを順次、女川・東通に導入して安全性を向上せしめ、教育・訓練などを通して人員・組織の力量を確実なものとしたい。
参考文献
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社団法人土木学会原子力土木委員会津波評価部会
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地震調査 進本部地震調査委員会(2012) 三陸沖から 沖にかけての地震活動の長期評価(第二版)について
地震調査 進本部(2009) 付録3 震源断層を特定した地震の強震動予測手法(「レシヒ」)
Yushiro Fujii and Kenji Satake(2007) Tsunami Source of the 2004 Sumatra?Andaman Earthquake Inferred from tide Gauge and Satellite Data 、 Bulletin of the Seismological Society of America、Vol. 97、No. 1A、pp.
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社団法人土木学会原子力土木委員会津波評価部会
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公 社団法人土木学会原子力土木委員会津波評価小委員会(2016) 原子力発電所の津波評価技術2016