福島第一事故後の安全対策/安全性向上対策は十分か? (安全性向上のために重要と思われる事項)

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カテゴリ: 第17回
福島第一事故後の安全対策/安全性向上対策は十分か? (安全性向上のために重要と思われる事項) Can we say that the Safety Measures Taken after the Fukushima Daiichi Accident are Sufficient? (Issues Considered Important for Improving Safety) 東北大学 原子炉廃止措置基盤研究センター 青木 孝行Takayuki AOKIMember The New regulatory standards for nuclear power plants (NPPs) in Japan were strengthened, based on the lessons learned from the Fukushima Daiichi accident. At first glance, it seems that they mainly require improvements in the hardware of NPPs. Of course, improving safety by hardware is very important and needs to be continued. However, on the other hand, improving safety by software or human ware is also very important. Therefore, active discussions have been held on software and/or human ware in international forums such as the IAEA. For instance, it is discussions about how to strengthen preparedness against unforeseen events from the viewpoint of ITO (Individual, Technology, and Organization), or how to construct system safety composed of not only hardware but also human and organization/system. There are also active discussions about the factors that affect human performance from the viewpoint of HOF (Human and Organizational Factors). Based on the above, this paper discusses important issues on safety improvement by software and/or human ware. Keywords: Nuclear Safety, Safety Culture, Human Performance, Software, Human Ware, Potential Risk, Hazard 1.はじめに 原子力規制委員会は、福島第一原子力発電所(以下、1F という。)事故の教訓として「福島原発事故では地震や津波などの共通要因により安全機能が一斉 に喪失したこと」「さらに、その後のシビアアクシデントの進展を食い止めることができなかったこと」を挙げ、共通要因による機能喪失及びシビアアクシデントの進展を防止する ウェアの高度化に関するものが大部分であるように感じられ、それに偏っているのではないかと思われる。そのように感じるのは筆者だけであろうか。実態はどうなっているのだろうか? ための基準を策定した(Fig. 1 [1] ) 。この基準 は、世界の規格・基準類を網羅的に調査し、その上で原子力規制委員会独自の検討を重ねた上で策定したものであり、世界一厳しい基準であると言われている。したがって、この基準を完全にクリアしなければ運転再開できない我国の原子力発電所は、事故以前と比較して格段に安全性が向上しているものと推定される。しかし、一方でこの新規制基準を概観すると、その要求内容は表面的にはハード ) 。 原子力発電所は一般に所定の性能/機能が賦与された機械系とそれを適切に運用する能力を有する人間系との組合せで安全性が確保されるようになっている(Fig. 2 [2] 特に機械系によって各種の内部事象や外部事象に対応で きるようにその性能/機能を改善・高度化することはもち ろん重要なことであり、今後も継続的に改善・高度化に 取り組んでいく必要がある。しかし、その一方で人間系 の高度化を推し進めることもたいへん重要である。チェ ルノブイリ事故でその重要性が認識された安全文化につ いては、人間系のパフォーマンスに大きな影響を与える ものとして重要視され、その後も IAEA 等の国際的な場で議論が継続して活発に行われ、その内容の高度化は著 しい。具体的には、1F 事故の教訓も踏まえ、事故を ITO (Individual,Technology,Organization)の観点で捉えてどのように して不測事態に対する備えを強化するか、設備だけでな く人と組織(更には体制)を含めたシステム安全をどう 構築するか、あるいはHOF(HumanandOrganizationalFactors) と称して人の振る舞い(human performance)に影響を及ぼ [3] す要因について活発な議論が展開されている 。米国で は、2002 年に発生したデービスベッセ原子炉容器上蓋問題で NRC 及び INPO が「安全文化の劣化」に起因するものと結論したことをきっかけに、その後も米国産業界とNRC の間で議論が継続され、産業界の経験や NRC との対話、IAEA の知見等を踏まえてINPO は“TraitsofaHealthy Nuclear Safety Culture (INPO 12-012)”を、NEI は“Fostering a HealthyNuclearSafetyCulture”や“NuclearSafetyCultureAssessment” をまとめ、発行した。さらに産業界からNRCに安全文化 を記述する、産業界とNRCの「共通言語」を作ることが 提案され、NRC 主催の公開ワークショップを通じて成果がNUREG-2165 “Safety Culture Common Language”としてま とめられ、前述のINPO12-012 にも反映された。 以上のように、原子力安全における人間系の重要性は国際的にも認識されているところであるが、ここでは我国の原子力発電所における安全性向上への取組みにおいて重要であると思われる事項、特に人間系に関するものについて検討する。なお、ここで言う人間系とは、原子 力発電所において保安活動を実施する組織・構成員に関 するものだけでなく、Fig. 2 に示す機械系と人間系を含む原子力安全に関わる主要要素全体を俯瞰し、そのあるべ き姿を追求して高度化しようとする安全管理者や技術者、研究者の視点も含むものを想定している。 2.1F 事故の教訓と安全性向上活動の方向性 事故の教訓の抽出に関する障害・問題点 世界の原子力界では、大きな事故が発生するたびに原 因を究明し、教訓を引き出し、そして対策を講じてきた。しかし、この活動で行われる原因究明や教訓の抽出、対 策方法の選定はその活動に当たる関係者の視野の広さ、 技術能力、経験等に強く依存する。関係者はできるだけ 客観性の高い適切な手法を用いて、できるだけ主観が入 らないように努めるものの、これらの調査・検討がすべ て的確に行われ、結果として必要十分なものとなるか、 必ずしも明確ではない。たとえば、これまでに世界の原 子力界で経験した大きな事故(Fig. 3)から我々はどのような教訓を得、どのように対応してきたのであろうか? チェルノブイリ事故一つとってみても我々はその時に本 質を十分理解し、適切な対応を取ってきたであろうか? 炉型が違うなどと言って事の本質を見失っていなかった であろうか?1F 事故から何を引き出して教訓とし、対策を取って安全性を十分に向上させたであろうか? リスク源を発見する上での障害・問題点 事故後に教訓を引き出す場合だけではない。平時に安全性あるいは安全性向上について検討するときも同様である。安全を脅かすリスク源やハザード源がどこに潜在しているか、それは何らかの対策を取るべき対象か、について検討を実施する場合、その結果はそれに当たる関係者の視野の広さ、技術能力、経験等に強く依存する。事故後において「後付け」で考えれば、なぜこのようなことを想定しなかったのか、なぜ対策を事前に取らなかったのか、ということがしばしば生じる。ここにリスク 管理の1つのポイントがある。事故発生の前、すなわち事前に潜在する有意なリスクに気づき、その重要性を認識することができるか否かがポイントであり、これがその後の対応を決める決定的な要因となる。なぜなら、まず初めにリスクに気が付かなければそれ以降の対策検討や決断・実行はできようはずがないからである。また、潜在するリスク源/ハザード源に気づき、その重要性が認識されれば、組織として対策を実施するか否か決断するところに難しさはあるものの、その後の検討は比較的容易である。(Fig. 4)。 ておくこと、そのような想像力を有する人材を数多く育成し我国原子力界において原子力安全を常識化することが必要であることを前項で指摘した。しかし、そのような状況を実現するには、具体的にどうしたらよいであろうか? 筆者は原子力安全の構造や安全性確保のメカニズム、安全性向上メカニズムなどを明確にし、これを可視化することが重要であると考えている。そして、これらをうまく可視化できれば、原子力安全の基本を理解する人が格段に多くなり原子力安全が常識となるのではないかと考えている。以下にこの可視化の具体的方法について検討する。 3.1 原子力安全と保全の関係 筆者は原子力発電所のような大規模複雑システムの保 Problem Identification 2.3 1F 事故の教訓 ResolutionsDecision Making 全に物理学等で用いられている科学的手法を適用し、保全現象を定量的に記述しその最適解を得る方法について検討してきた。その結果、保全の全体像はFig.5のように それでは、どのようにしたら、潜在するリスク源/ハザ ード源に気づくことができるようになるのであろうか? この点について以下に検討する。 項で事故から教訓を抽出する上での障害・問題点を、 項で潜在するリスク源/ハザード源を発見する上での 障害・問題点について検討した。両者に共通することは、リスクやハザードに関する調査・分析・検討とその結果 が関係者の視野の広さや技術能力、経験等に大きく依存 することであった。これが原子力発電所の安全性をより 一層高めていくために障害とならないようにする必要が ある。1F 事故のきっかけとなった大地震とそれに伴う大津波の本質を知り、全電源喪失状態になる可能性も排除 しない、広い視野を持ち、固定観念に縛られない柔軟性 のある発想、想像力の持ち主を育成する必要がある。そ して、原子力安全は「安全屋」に任せておけばよいとい った他人事ではなく自分事とする人材を育成する必要が ある。そのような人材を数多く育成し、潜在するリスク 源/ハザード源について自由に議論し、その過程で英知が 結集され適切な対応に収斂するような状況を作りだす必 要がある。要するに、原子力界において原子力安全を 「常識化」することである。 3.原子力安全の常識化とその方法 原子力安全を向上させるには、潜在するリスク源/ハザード源を感知あるいは想像できる能力(想像力)を鍛え [4],[5] 。すなわち、保全現象の観測者が 表せることを示した 保全の対象である機械系とそれを保全する人間系の全体を俯瞰し、保全に関係する両系の主要構成要素と要素間の関係を明確にするとともに、それらが保全の目的ある安全性と経済性にどう関係しているかを示した。このように考えれば、原子力発電所という機械系とその保全活動を実行する人間系の全体を俯瞰し、プラント全体の安全性や経済性に関する事項を分析・評価する道を切り拓くことにつながる。 Fig. 5 は、保全の主要構成要素である「保全計画」と 「保全遂行能力」の組合せで実施される保全作業によって保全対象(系統・機器)に造り込まれる設備状態(保全水準)が決まり、それが結果としてプラントの安全性と経済性が決定されるということを示している。しかしながら、ここで言う安全性は「原子力安全」そのもので はない。単に保全によって得られる機械系の安全機能の信頼性レベルを意味しているだけである。後述するように、原子力安全は、保全活動だけでなく、運転等の他の保安活動と相俟って確保されるものである。 この検討を通じて、保全の目的である安全性と経済性の二者の関係について検討し、Fig.6及びFig.7に示す関係にあることを示した。以下にその内容について述べる。 Fig. 6 は、原子力発電所が多くの系統・機器から構成され、この中の機器に故障が発生した場合、その影響が伝搬し最終的に安全性に影響を与える事象に発展する場合と経済性(プラントの生産性)に影響を与える場合があることを示している。このことから分かるように、原子力発電所の安全性を評価する指標として「炉心損傷」を考え、それを炉心損傷頻度(CDF: Core Damage Frequency) として定量化する考え方は、そのまま経済性を評価する指標として「発電支障(発電停止及び出力低下)」を考え、それをあるいは「稼働率」または「発電単価」として定量化することが可能であることを示している。これにより、安全リスク重要度と同様、経済リスク重要度の 概念が明確になり、それを用いれば効率的・効果的な保 全計画を立案できること、すなわち安全性に関わる系統・機器のうち、重要度の高い機器を優先して手厚い保 全を行う等の安全性向上あるいは保全高度化のための考 え方や適用手法をそのまま経済性が向上するように経済 性(生産性)に関わる系統・機器に適用できることを示 した。このような客観性の高い考え方や手法で経済性を 追求することは適切であり合理的である。そして安全性 に関わる系統・機器と同一の考え方や手法を用いて経済 性(生産性)に関わる系統・機器の保全を高度化し、プ ラントの安全性と経済性を同時に追求することは、1つ の組織内で共通の考え方と手法をベースに結束して目標 の達成に取り組む機運や環境を作り出すことにつながる。 Fig. 7 は、原子力発電所における事業運営の流れを示したものである。この図から分かるように、安全性と経済性の両者は決して独立したものではなく、経済性が損なわれて利潤が得られないと、安全性の確保・向上のための活動に原資を充当することができなくなり安全性に影響を与え兼ねないこと、したがって、安全性の確保・向上のため、機械系の安全機能のみならず経済機能(生産機能)も信頼性を高く維持できるように無駄のない効率的・効果的な保全を推し進めることが必要であることを示している。 原子力安全と保安活動の関係 前項で述べた原子力発電所の安全性/経済性と保全に関 する検討を通じて、保全の目的は機械系の安全性と経済 性の確保であること、保全は機械系の安全機能と経済機 能(生産機能)を保つための活動であることを示した。 逆に言うと、保全だけでは単に機械系の安全機能を保つ だけであり、供用期間中におけるプラント運営全般に対 して安全性を確保すること(原子力安全を確保すること) はできないということである。運転などの他の保安活動、そして有事における事故対応活動などと相俟って原子力 安全が確保されるのである。 以上述べた原子力安全と保安活動全般の関係を図示すると、前述のFig.2に示すような関係にあることは明白である。 原子力安全における人間系による安全性向上 前述のように、保全現象の観測者が保全の対象である機械系とそれを保全する人間系の全体を俯瞰し、保全に関係する両系の主要構成要素と要素間の関係を明確にするとともに、それらが保全の目的ある安全性と経済性に どう関係しているかを示した。そして、原子力発電所の 「安全性と保全」の関係を拡張して「原子力安全と保安活動」の関係を明確にした。 世界の原子力界はこれまでの幾多の事故からの教訓を得、英知と経験を結集して知識基盤や安全確保方策などを構築し実践してきている。特に機械系としての原子力発電所は、科学・工学をベースとした技術基盤の上に安全思想や安全基準、設計基準、製造基準などのほか、各種解析手法やPRA 等の確率論的評価手法などによる定量的シミュレーション解析が整備されている。これに対して人間系については、必ずしも十分に客観性の高い基盤が整備されていないように筆者には感じられたので、この人間系に着目し人間系によって原子力安全を向上させるための基本的考え方や原理・原則、安全性を向上させるメカニズム等について分析・検討し、その結果を踏まえて迅速・着実に安全性を向上させるにはどのようにし [6] たらよいか検討してきた 。その中で人間系によって安 全性を向上させる効率的・効果的な方法として下記の4点を挙げた。 重要事項の絞込みとそこへのリソースの重点投入 具体的目標の設定 組織運営の仕方と役割分担 良好な職場環境の整備・確保 継続的に向上させていく上で人間系の役割はたいへん大きい。それは安全性の確保と継続的向上のために設定した目標の達成を目指して多くの人が関わって保安活動PDCA を実行した結果として得られるものであるからである。この人間系による活動のパフォーマンスは、組織を構成する構成員個々の「精神力(やる気/意欲)」と構成員が置かれている「環境」に大きく依存すると考えられる。ここで言う精神力及び環境とは、Table 1 に示すようなものを想定している。 精神?(やる気/意欲) 使命感、信念、価値観、志、理想(精神的、物理的)、希望、名誉、 社会的責任、・・・ 環境 執務/作業環境 スペース、気温、湿度、・・・ 社内環境 社?/企業?化(安全?化)、?針、規程類、仕事内容/負荷、? 間関係、?通し、処遇(昇進、給料)、・・・ 規制環境 規制基準、検査制度、?政指導、安全?化、?動規範・・・ この中で特に上記の「環境」の一部に位置付けられる 「安全文化」と「行動規範」は、安全に関わる人間系の パフォーマンスに大きな影響を与えると考えられるが、 我国の原子力界では必ずしも十分な議論がなされておら ず、認識が定着していないように感じる。前述のように、欧米の先進諸国では古くから安全文化に対する認識が高 く、現在においても今なお継続的な議論が続けられてい る。米国NRCはホームページに「建設的な安全文化の特 性(Table 2) 」を掲載しその重要性を指摘している。ま [7] これら 4 点は、いずれも人間系のパフォーマンスに大き た、その行動規範として「良い規制の原則(Table 3 [8] く関わる事項であり、これらの中には先人の英知と創意工夫が埋め込まれていると考えられたので、さらに深く検討を加えることにより、「人間系による安全性向上メカニズム」及び「保全活動を遂行する組織・体制」はそれぞれFig.8、Fig. 9 のように表すことが可能であることを示した。ここには次に示すような認識が背景にある。すなわち、多くの構成員から成る組織が強いインセンティブ(やる気、意欲)を持ちつつ、共通の目標を目指して意志統一し、一丸と なって目標達成のための活動を長期間継続することが、人間の特性上、極めて難しく上記 4 点はそれを克服するための重要な方策となっているとの認識である。 原子力発電所の安 Fig.8 Mechanism of Generating Driving 全性を確保しそれを Force toAchieve Goals ) 」 を掲載している。 4.原子力安全向上のための今後の課題 1F 事故の教訓を踏まえ、我国の原子力発電所の安全性向上への取り組みに不足しているところはないか検討した。その結果、いくつかの課題が浮かび上がってきたので、それらについて以下に整理し列記する。 原子力安全の構造・メカニズム等の可視化 原子力安全に関する多くの英知や創意工夫、経験等を結集できるようにするには、原子力安全 を他人事とせずに自分事と考え、原子力安全の基本をよく理解している原子力関係者を大幅に増やす必要がある。そのためには、原子力安全に興味を持ち勉強するきっかけを多くの人に与え、それを通じて我国の原子力界が原子力安全を常識とするような状況を作り出す必要がある。その具体的な方法として考えられるのが前述の原子力安全に関連する主要構成要素やそれらの関係を図にする「原子力安全の可視化」である。(Fig. 10) 今後このような活動を発展させる必要がある。 平時の保全活動と有事の保全活動(事故対応)の比較による安全性の向上 前述の Fig. 2 に示したように、原子力安全を支えている人間系の活動には、平時の活動と有事の活動がある。平時の保全活動と有事の保全活動(事故対応)を可視化し(Fig. 11)、平時と有事の保全活動の考え方や特徴を整理した上で両者を比較し、相互に良い点を導入していくことは重要であると思われる。Table 4 にその結果の一例 を示す。ここでは、Table 4 において気づいた点のうち、下記の3点を指摘しておきたい。 ① 体系的できめ細かいリスク源の探査とプラント挙動のシミュレーション解析の必要性 平時の保全活動は、最新知見に基づき、個々の機器のどの部位にどのような経年劣化が生じ、どのように進展するかを解析等により予測した上でその結果に基づき、点検時期と点検内容等の対応を決めるという、極めて体系的できめ細かい詳細検討に基づき実施されている。これに対して、有事の保全活動(事故対応)は想定事故等 の事故解析(バウンディング解析)を実施しそれに耐えられるように設備設計するとともにそれら重大な事故を想定した事故対応計画の立案や事故訓練などを行っている(Fig. 12)が、これだけでは十分とは言えない。平時の保全活動のように、体系的できめ細かい検討、思わぬところから事故に発展するかもしれないようなものについての検討も必要である。たとえば、共通要因故障の観点から、どこにどのようなリスクが潜在し、それが発生・進展したらどのような事象に発展し得るか、その時プラントはどのような挙動を示すか、それを収束させるにはどのような対応を取ればよいか等、詳細な調査検討活動を展開する必要があるのではないかと思われる。これは前述のリスク源に対する想像力、感度、感性を鍛えることにつながる。 ② 事故時の実施体制 平時の保全活動は、経年劣化に関する、体系的できめ細かい検討に基づいて計画・実施されるが、有事の保全活動(事故対応)も上記①で指摘したような体系的できめ細かい調査検討を実施しそれをデータベース化するとともに、それらを基盤として活用し適切な事故対応できるようにすることが重要である。事故対応の最前線を担う組織の体制は、 Fig. 13 に示すように、指揮者、技術スタッフ及び現場実行部隊から成ると考えられるが、これらの構成員は上記の知識基盤を常日頃から勉強し訓練しておく必要 がある。また、指揮者、技術スタッフ、現場実行部隊は、それぞれどのような資質、能力、知識、キャリア/経験、 教育・訓練等を有する者である必要があるか、そして事故時の修羅場では米国 FEMA(Federal Emergency ManagementAgency)のICS (Incident Command System)のような現場指揮システムが必須であるが、これを参考に我 国の原子力発電所ではどのようなシステムが適している か深く議論し、あるべき姿を明確にした上で現場に実装 し継続的に改善していく必要がある。 上記のような議論が我国では少ないように感じられる。公の場で議論されていないだけかもしれないが、これら は公開の場でも議論をすることが極めて重要である。 ③ 事故対応技術の体系的整備の必要性 平時の保全では、経年劣化評価技術、検査技術、是正技術という3つの保全技術がFig.14に図示されているように体系的に整備されている。これに対して、事故時対応の技術は体系的に整備されているであろうか? レジリエンス・エンジニアリングの4機能(予見、モニタ、対処、学習)のうち、予見、モニタ、対処は平時保全の経年劣化評価、検査、是正に対応すると考えられるので、予見は経年劣化評価、モニタは検査、対処は是正に対応すると考えられる。したがって、平時保全の保全3 技術(経年劣化評価技術、検査技術、是正技術)のよ うに、事故時対応 3 技術(予見技術、モニタ技術、対処技術)が体系的に整備されることが想定される。予見技 術は、プラントに生じている事象から今後どのように事 象が進展していくかを予見する知識基盤を提供する技術、モニタ技術はその予見からどこの何をどのような方法で モニタすればよいかを明示してくれる技術、対処技術は その結果に基づき、どこの何をどのような方法で措置・ 操作すればよいかを明示してくれる技術である。このよ うな技術を体系的に整備すれば、事故時対応能力を格段 に向上させることが可能であると思われる。 環境改善による人間系パフォーマンス向上の必要性前述のように、人間系は安全性の確保・向上のために 大別して下記の2つの重要な役割を持っている。 安全目標の達成を目指して保安活動を適切に行うこと 機械系と人間系の全体を視野に入れて(すなわち、物理学等でいう観測者の視点で)潜在するリスク源/ ハザード源を探査し必要に応じて対策を取ること 人間は与えられた環境によってそのパフォーマンスを大 Fig. 14 Structural System of Maintenance technologies きく変える特性を持っている。良い環境を適切に与えればたいへん意欲的に効率的・効果的な働きをする。 我国の原子力界はこの点に注意し環境改善することが当面のたいへん大きな課題である。この課題の中心にあるのが、安全文化と行動規範である。安全文化は電気事業者だけの問題ではない。行動規範は規制当局だけの問題ではない。全ステークホルダーの問題である。卑近な例で言えば、我国の原子力界の関係者が必ずしも自主的にのびのびと意欲的に活動できない現状や事業者と規制当局の間で対等な意見交換が十分にできない現状は安全文化や行動規範の問題が背景にある。全ステークホルダーが相手を信頼し尊敬できるようにならなければ切磋琢磨する良い関係を構築し原子力安全の向上に結び付けることはできない。オープンで活発な議論が必要である。 5.結言 1F 事故の現場では、想定していなかった事故に対しシナリオのない対応を迫られたが、今後も想定外の事故に いつ襲われるか分からない。そのような状況にも適切に 対応できるようにするには、人間系に関する議論と高度 化が必要不可欠である。原子力関係者の中で議論を深め、できるだけ多くの人が原子力安全を他人事とせず、自分 事として本気で考えるように頭の中を大改造し我国の原 子力界における人間系を鍛え上げる必要がある。そのた め、原子力安全の可視化を通じた原子力安全の常識化を 推進することを提案したい。 参考文献 原子力規制委員会,“実用発電用原子炉に係る新規制基準について”,平成25年7月. (https://www.nsr.go.jp/data/000050063.pdf) 青木孝行,“原子力発電所の安全性を向上させるための基本的な考え方に関する研究”, 日本保全学会誌 「保全学」,Vol.19,No.1, pp.127-137 (2020) IAEA Report,“Human and Organizational Factors in Nuclear Safety in the Light of theAccident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant”,International Experts Meeting 21?24 May 2013, Vienna,Austria. Takayuki Aoki, Noriko Kodama, Kentaro Takase, Kenzo Miya, “Study of the Optimization of Maintenance Plan for Nuclear Power Plants”, E-Journal ofAdvanced Maintenance, (2014), 6, 1, 1-13. 青木孝行, 児玉典子, 高瀬健太郎, 宮 健三, “原子力発電 所における保全計画の保全最適化検討”, 保全学, Vol.10,No.3, (2011),66-73. 青木孝行,“原子力発電所の安全性を向上させるための基本的考え方に関する研究”,保全学,Vol.19, No.1, (20201), 127-173. USNRC Home Page, “Traits ofa Positive Safety Culture”. (https://www.nrc.gov/about-nrc/safety-culture/sc-policy- statement.html) USNRCHome Page, “Principles of Good Regulation”. (https://www.nrc.gov/about-nrc/values.html)
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