米国ROPの特徴から見た原子力規制検査の課題

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カテゴリ: 第17回
米国 ROP の特徴から見た原子力規制検査の課題 Challenges in Japanese new regulatory inspection in nuclear power plants from the view point of ROP features 一般財団法人 発電設備技術検査協会爾見豊Yutaka SHIKAMIMember Abstract:Corrective action program (CAP) is one of the key elements to suppress the risk in the nuclear power station.Japanese new regulatory inspection scheme which is similar to US reactor over sight process (ROP) started in 2020.4. This new inspection scheme has a potential to improve licensees’ CAP effectiveness using well-organized graded approach supported by probabilistic risk assessment.This paper first explains some core elements of graded approach prepared in ROP and second reviews one year operation of new Japanese regulatory inspection scheme from this graded approach point of view, thirdly introduces the long-term quantitative safety effect of the application of graded approach in CAP. Keywords: ROP, nuclear power station, corrective action program, graded approach, risk informed 1.はじめに 2020 年に運用が始まった原子力規制検査は、そのひな型となった米国ROP と類似の仕組み、即ち質の高い等級別扱いを用いることで、事業者の安全確保活動の中心を安全上重要な対象へと誘導し、効果的・効率的な安全劣化防止が達成できるように設計されている。 米国でもROP 以前の検査では指摘重要度の認識が規制と事業者で異なる場合があるため重要な事象に是正のためのリソースが優先的に割り振られず、結果として事業者の行うCAP 活動による安全劣化の防止効果を弱め ていた。この点を改善し、CAP を含む事業者活動全体を安全劣化防止上、より効果的・効率的に組み替える原動力となったことがROP の最大の功績ともいえる。 本稿では、効果的な安全劣化防止のためにROP に組み込まれた仕組みを挙げた上で、類似の制度である我が 国の原子力規制検査の今後の運用において注意を払うべ き点が何なのかについて述べる。 2.米国ROP に組み込まれた仕組みとその目的 検査制度の直接的な目的は、安全劣化を検知して状態是正や原因是正を事業者に行わせることで安全劣化が抑制された状態を維持することである。これは事業者が行っている是正処置プログラム(Corrective Action Program:以下CAP)と類似の活動であり、ROP では間接的にではあるがCAP 活動が安全劣化を効果的に抑制できることを 意図して制度が設計されている。プラント設備や管理方 法に関する理解の程度や使用可能なリソース量の違いの ため、規制検査よりも事業者のCAP 活動による安全劣化防止効果の方が大きいことがその背景にある。 規制検査制度が安全劣化防止を効果的に実現するため にROP には以下の4 要素が組み込まれている。 必要な安全の範囲を網羅 7 つのコーナーストーンを用いることで安全の範囲や達成すべき目標をより明確に認識できるようにしている。これは多様な安全劣化全体を広く見渡したうえで、 相対的により重要な安全劣化に注意を払い、リソースを 集中するために必要な要素である。 関係者が共通に理解可能で納得できる指摘重要度 最終的に抑制したいリスクとの相関が高く、かつ、客 観的な尺度を用いた質の高い等級別扱いを採用した。こ れは、優先的に再発を防止すべき安全劣化に規制や事業 者のリソースを重点的に配分するために、最も重要とな る仕組みである。中でも、炉心損傷事故に関連するリス クを抑制するという分野では確率論的リスク評価(PRA) を利用した仕組みを実装することで、劣化による炉心損 傷頻度(CDF)の増加量の総量を効果的に抑制することに成功している。 また、検査指摘の重要度決定に関係する重要な運用ル ールとして、将来の安全劣化につながりうる品質保証プ ログラムや安全文化といった先行指標的な分野の安全劣 化については、それらの劣化に起因して実際に発生した 機器故障や人的ミス等の安全劣化に対して重要度を決定 することが挙げられる。例えば、保守管理プログラムが 劣化して機器の点検計画に抜けがあった場合、計画の抜 けを指摘とするのではなく、点検抜けにより安全影響の ある機器の故障が発生していることを確認し指摘とする という事である。プログラムの劣化が本当に機器の故障 につながったかどうかを確認せずに重要度を決定する際 にはどうしても主観が入り、実際に発生している事象の 重要度からの乖離が発生する恐れがある。一方で、実際 の安全劣化を確認せずにプログラムの劣化だけをチェッ クする方法は短時間で先行的な改善が行われるよう事業 者を誘導できる場合がある。両者のバランスを考慮した うえで、主観を排除した質の高い等級別扱いを選択する ことによる安全劣化防止効果の方が大きいとの判断だと いえる。 追加的な規制の程度は指摘の重要度と整合させる 主として指摘の重要度によって追加検査等の追加的な規制の程度が決められる。安全上すぐに対応が必要な 赤、規制の関与により再発抑制が必要な黄・白、多発の防止が目的となる緑という安全劣化の程度を元に、特に緑の指摘について事業者CAP に原因是正の要否判断を含めてゆだねることで、CAP の効果、効率の改善を誘導している。ただし、類似の安全劣化が多発している場合や管理上の問題が明らかな場合は、複数の関係者が判断に参加するなどの制約を設けたうえで、追加規制の程度の決定に一定の主観性を許容している。指摘の重要度自体には管理の問題は影響しないが、追加規制の程度の決定時には影響を与えうる仕組みとなっている。 第三者でも指摘重要度が理解可能な検査報告書の記載指摘重要度を決定した道筋を当該の検査官以外の関係者も理解できるようになり、事業者にとっては発見され た安全劣化の重要度に応じたより効果的な是正が可能と なった。また、決定された指摘重要度が正しいかどうか を事業者や第三者も判断できることは、長期的に検査制 度が本来の趣旨から逸れていくことを防止するために、 そして制度に対する外部からの信用を得るうえで効果的 な方法である。 3.原子力規制検査の運用の現状 効果的に安全劣化を防止するためにROP で採用された2.a.~d.の4 つの特徴は、原子力規制検査制度でも採用されている。以下ではこれら4 つの特徴のそれぞれについて、原子力規制検査の運用状況について述べる。 a.必要な安全の範囲を網羅 7 つの分野全体から検査ガイドに基づき検査対象をサ ンプリングで選定しており、検査は必要範囲全体をカバ ーしている。サンプリングの密度の適切性はガイドや報 告書ではまだ不明確だが、将来、サンプリングバランス の修正を行う際に評価が行われると思われる。なお、各 発電所の運用ルールに十分習熟した検査官がまだ少ない ため、品質保証プログラム関係の事業者規則の確認とい った検査の前準備に時間がかかっている点は現時点では やむを得ないと思われる。 関係者が共通に理解可能で納得できる指摘重要度 検査報告書には使用した重要度決定プロセス(SDP)の記載があり、SDP に関するガイドの内容もROP を参考に適切に策定されている。ただし、SDP を利用した判断を行う際に必要となる喪失機能の範囲、機能喪失による 安全影響度、機能喪失期間等の情報の一部が検査報告書 に記載されておらず、重要度が正しいかどうかを事業者 や第三者が確認できない指摘があり、改善が必要と思わ れる。 また、実際に発生した安全劣化に対して指摘重要度を決定する点については、大部分の報告書に実際の安全劣化の程度がわかる評価結果が記載されており適切であ る。ただし、セキュリティー関連ではあるものの柏崎刈羽原子力発電所の指摘の例[1][2]では、炉心損傷頻度なら ば1 万年に1 回を超えるレベルに相当する「赤」という判断がなされており、管理上の問題などの要因を排除した上でなお、本当にそのような極端に高いリスクが発生していたのかについて検証が必要と思われる。 追加的な規制の程度は指摘の重要度と整合させる 指摘の重要度(色)を元に追加検査の程度等が決定さ れる運用が適切になされている。特に緑の重要度の指摘 に関しては、対応を事業者CAP に委ねる運用が定着しており、効果的・効率的な安全劣化防止に寄与している。 第三者でも指摘重要度が理解可能な検査報告書の記載検査報告書記載の情報だけからでは重要度が判断できない指摘が混在している。また、指摘の安全影響が非常 に軽微な事象があり、安全への影響の観点から指摘とす べき「緑」のレベルとするのが妥当なのかが必ずしも明 確ではない。このような指摘の例としては、安全上は冷 却の必要がない10 年以上冷却された燃料のみで構成される使用済み燃料プールの冷却系の短時間の機能喪失な どがある。 また、b.で挙げた柏崎刈羽原子力発電所の指摘に関し ては、例えば、「フェンス、壁、カメラ、入域管理、警 備員等の多様な防護方策の多くが同時期に機能喪失し、 核物質保管場所への侵入や盗取が容易であった」という 程度の公開可能な情報を検査報告書等により公表するこ とで、関係者はなぜ赤レベルの指摘となったのか、何が 是正時に重要なのかが理解でき、より効果的な原因是正 を行うことが可能となる。さらに、より広い分野の関係 者が相互に事象と重要度の関係を認識することで、「セキュリティーを含む7 つのコーナーストーンの分野間の重要度を整合させる」ことが可能となり、「安全全体を見渡した中でより重要な事項に活動の焦点を当てる」こ とがより高いレベルで達成可能となる。 4.質の高い等級別扱いの効果の大きさ 原子力発電所の安全劣化を効果的に防止するために は、事業者CAP において安全上の重要度が高い事象に対し重点的に再発防止対策を行うという「質の高い等級別扱い」が行われることが何よりも重要である。2.で紹介したROP の特徴、3.で紹介した原子力規制検査の運用の現状の多くが、この質の高い等級別扱いが安全確保活動、特にCAP を中心とした事業者活動に適用されるかどうかに大きく影響する事項であった。 原子力規制検査の開始以前に我が国の原子力発電事業 者が行ってきたCAP は、規制が行う保安検査における指摘重要度との整合を強く意識したものであった。保安 検査で問題とされる事象は事業者CAP でも重要度が高い事象として扱われてきたが、プログラムの劣化のみを 問題視した指摘などの実際には重要度が低い可能性があ る事象の混在が安全確保活動への質の高い等級別扱いの 適用を阻害してきた面が否めない。[3] 今後、質の高い等級別扱いをCAP に厳格に適用していくことが将来の原子力発電所の安全劣化防止に大きな影響を与えることについては、参考文献[3]が定量的なシ ミュレーション結果を示している。以下に、このシミュレーションの結論のみを紹介する。 参考文献[3]では原子力発電所で発生する安全劣化のう ち炉心溶融に関係する劣化に対象を限ったうえで、CDF を用いて重要度を決め、CDF の増加量(ΔCDF)が大きい事象(=ROP で白以上の指摘となる事象)に対して優先的に再発防止対策を実施した場合と、ΔCDF に関係なく全事象からランダムに選んだ一定割合に対して再発防止対策を実施した場合とを比較し、CAP 運用開始から20 年間で、安全劣化によるCDF の年間増加量(ΔCDF の年間の合計値)がどのように推移するかをシミュレーシ ョンにより示している。 シミュレーションでは図1のように安全劣化の可能性がある事象をA:一定頻度で再発する状態と、B:原因が是正されており再発しない状態の2つに分け、CAP の原因是正によって状態A→B、ルール・設備・人の変化により一定の頻度で状態B→A の遷移が起こると仮定したモデルを用いている。原因是正を行うことで状態A→B の遷移が起こる割合と、何かしらの変更発生時に変更管理に失敗して状態B→A の遷移が起こる割合の2 要素を表1 のようにケース1-1,2-1(ベースケース)から倍、半分に変化させて、20 年間のCDF 増加量の推移を示した のが図2、図3 である。 図1 安全劣化事象数の推移モデル[3]のfig3,4 より作成表1 シミュレーションケース,[3]のtable1 6 を転記 Simulation cases Cause correction (%) Change management failure(%) 1-1 2-1 3.45 0.10 1-2 2-2 3.45 0.20 1-3 2-3 3.45 0.05 1-4 2-4 1.73 0.10 1-5 2-5 1.73 0.20 1-6 2-6 1.73 0.05 1-7 2-7 6.91 0.10 1-8 2-8 6.91 0.20 1-9 2-9 6.91 0.05 20 年間の安全劣化の総量の変化は、等級別扱いを適用しない図3 のケース1-1~1-9 ではおおよそ±10%程度の 幅に収まりほぼ横ばいといえる程度の緩慢なものであ る。等級別扱いを適用する図4 のケース2-1~2-9 では図3 に比べ全般に安全劣化の総量抑制効果が大きく、特に 原因是正を行う割合を大きくしたケース2-7,8,9 では安全劣化の総量は約70%減少している。モデル等に多くの仮定があるものの、リソースをかけて厳格な変更管理を行うことよりも等級別扱いを適用することの影響の方が遥かに大きいことを示唆している。 図2 安全劣化の総量の推移,[3]のfig6 を転記 ΔCDF/reactor・year 図3 安全劣化の総量の推移,[3]のfig8 を転記 原子力規制検査における質の高い等級別扱いの適用は、 事業者CAP の有効性に影響を与え、結果として将来の安全劣化の抑制の程度を大きく左右する。 なお、質の高い等級別扱いの適用は、CAP 活動だけでなく他の活動においても安全性や経済性を大きく改善で きる可能性を秘めている。これについては参考文献[4]に 運転サイクル長の決定を例に定量的な評価結果が紹介さ れている。 5.まとめ 昨年度から運用が始まった原子力規制検査は我が国の 原子力発電所の安全確保に大きく寄与する可能性を持っ た制度である。実際に安全確保につながるためには事業者CAP がより有効な活動となることが大きな要素であり、このためには原子力規制検査の運用において、実際に発生した安全劣化に対して劣化の程度と整合した重要度付けを行うことが最も大切である。このような質の高い等級別扱いが実際に運用できるかどうかで、事業者CAP が達成する安全劣化の抑制効果が大きく異なり、将来の原子力発電所の安全性レベルが大きく変わってくる可能性が高い。 このためには規制が適切な運用を行うことはもちろん であるが、同時に検査報告書等による適切な情報公開に より学会等の第三者や事業者による検証が適宜行われる ことも、適切な運用が安定して継続するために有効であ る。 参考文献 “核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関す る法律第43 条の3の23 第2項の規定に基づく命令に係る弁明の機会の付与について(案)”,2021.3.31原子力規制委員会 “令和2年度原子力規制検査(核物質防護)におけ る検査指摘事項の重要度の暫定評価について(核物 質防護設備の機能の一部喪失について)(通知) ”, 原規放発第2103167 号, 原子力規制庁安全規制管理官(核セキュリティ担当) 爾見豊, “是正処置プログラムへの等級別扱い適用の手法と安全上の効果”, 日本原子力学会和文論文誌 (2021), Advance Publication by J-stage, doi:10.3327/taesj.J19.025 爾見豊,”リスク情報を活用した原子力発電所運用の 実用的な意思決定手法とその安全上の効果”, 日本原子力学会和文論文誌(2021), Advance Publication by J-stage, doi:10.3327/taesj.J19.029
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