規制の耐震基準判断の論点 -新規制基準における耐震関連基準類の改善の提案-
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カテゴリ: 第17回
規制の耐震基準判断の論点
-新規制基準における耐震関連基準類の改善の提案-
A study on the Trial Case about OOI NPP
-Proposal for Improvement of Seismic-related Guidelines in New Regulatory Guide-
日本保全学会
大阪大学名誉教授元法政大学
蛯沢 勝三 Katsumi EBISAWAMember 堀池 寛 Hiroshi HORIIKEMember 宮野 廣 Hiroshi MIYANOMember
日本原子力研究開発機構 高田 毅士 Tsuyoshi TakadaMember
The authors analyzed the outlines of the OOI NPP judgment and the Nuclear Regulation Authority's (NRA’s) explanation materials on the judgment. In addition, the outline of the related guidelines of the NRA related to both was also analyzed. Based on these analysis results, the authors identified six issues, and analyzed and examined them. We proposed improvement to the guidelines. The five issues are as follows; handling of uncertainty of seismic evaluation in NRA guides, specific examples of reflections of uncertainty in NRA review, on top of the scatter in the OOI NPP judgment, handling of the application scope of regression model in NRA guides and comprehensive judgment of science and engineering.
Keywords: OOI NPP judgment, NRA’s explanation materials, NRA guidelines, Seismic motion evaluation, Uncertainty, Regression model
1.まえがき
関西電力大飯原発3,4 号機の設置許可停止の訴訟に対して大阪地裁は、2020 年12 月4 日、“経験式が有するばらつきを考慮した場合、これに基づき算出された地震モーメントの値に何らかの上乗せをする必要があるか否か等について何ら検討することなく、(中略)看過し難い過誤、欠落があるものというべきである”として、違法との判決(以降、大飯判決という)を示した[1]、[2]。
これに対し、原子力規制委員会(以降、規制委員会という)は、令和2 年12 月16 日に資料3[3]を用いて、“基準地震動の策定に係る審査は、設置許可基準規則1[4]及びその解釈2[5]に適合するか否かを地震ガイド3[6]を参照しながら行うものであり、基準地震動が地震動評価に大きな影響を与えると考えられる不確かさを考慮して適切に策定されている”との説明を行った。また、令和3 年2 月3 日に資料5[7]を用いて、不確かさの取り扱いについて、具体的例を示して説明を行った。
連絡先::蛯沢勝三、〒020-0116 岩手県盛岡市箱清水
1-6-22
E-mail: ebisawa.katsumi@gmail.com
大飯判決では、ばらつきの上乗せを指摘しているのに 対し、規制委員会説明資料では地震動評価の不確かさを 用いて説明しており、必ずしも噛み合っていない(詳細は 後述 4.で示す)。著者等は、?み合わない理由として、説明資料の裏付けとなっている設置許可基準規則、その 解釈、地震ガイドに内在する問題にあるのでないかと懸 念するに至った。懸念払拭の一環として、これら以外の地 震動評価の不確かさに係わる規制委員会の規則・告示・内 規・ガイドを調べたところ、調査の範囲内において設置許可基準規則の解釈別記[8]と新規制基準の考え方[9]の 2 つを調べだした。
著者等は、設置許可基準規則、その解釈、地震ガイ ド、設置許可基準規則の解釈別記、新規制基準の考え方
(以下、地震動評価の不確かさに係わる基準類という) と2つの説明資料を用いて、懸念払拭のためにこれらの 分析・検討を行い、5 つの問題点(論点)を同定した
(詳細は後述4.1 に示す)。そして、これらの問題点
(論点)に対する著者等の見解を述べた上で、基準類改 善のための提案をまとめた。
改善の提案に当たっては、次の基準類に記述されてい る附則内容を踏まえ、建設的な提案を行うこととした。
地震動評価審査ガイド附則:本ガイドは、今後の新たな 知見と経験の蓄積に応じて、それらを適切に反映するよ うに見直していくものとする。新規制基準の考え方:新 たに説明すべき事項や、より分かりやすい記載にした方 がよいものがあれば、適宜改善していく。
本報では、まず、大飯判決の概要と規制委員会説明資
料の概要を記述すると共に、これらに係わる基準類の概 要も示す。次いで、説明資料や基準類の問題点(論点) について言及し、それらの分析・検討結果を示した上 で、著書等の見解について述べる。そして、これらを踏 まえた基準類改善の提案内容について記述する。
2.大飯判決の概要と規制委員会説明資料の概要
大飯判決の概要
大飯判決の概要を判決要旨[1]に基づき示す。事案の概要として、次が記載されている。本件は、福井県等に居住する原告らが、本件処分に係る参加人の許可申論(本件申請)が当時の「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、 構造及び設備の基準に関する規則」(設置許可基準規則) で定める基準に適合するものでないにもかかわらず、本件処分がされたものであることなどから、本件処分は当時の核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律43 条の3 の6 第1 項4 号等に反し違法である旨主張して、その取消しを求める事案である。
判断の概要として、次が記載されている。裁判所は、 基準地震動を策定するに当たり行われた地震モーメント の設定が新規制基準に適合している旨の原子力規制委員 会の判断に不合理な点があるとして、本件処分は違法で ある旨判断した。原告らが主張するその余の違法事由は いずれも採用することができないものと判断した。
判断の根拠として、次の規制委員会の調査審議及び判 断の過程における過誤、欠落が記載されている。原子力 規制委貝会は、経験式が有するばらつきを考慮した場 合、これに基づき算出された地震モーメントの値に何ら かの上乗せをする必要があるか否か等について何ら検討 することなく、本件申請が設置許可基準規則4 条3 項に適合し、地震動審査ガイドを踏まえているとした。この ような原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程には、看過し難い過誤、欠落があるものというべきである。
規制委員会の説明資料の概要
基準地震動の策定に係る審査について(案)(令
和2 年12 月16 日)
基準地震動の策定に係る審査について(案)の説明資 料は、“1.基準地震動の策定に係る審査の基本的考え
方”と“2.大飯発電所の基準地震動の策定に係る審査” からなる。前者では次のような内容が記述されている。
・基準地震動の策定に係る審査は、設置許可基準規則 及びその解釈に適合するか否かを地震ガイドを参照しながら行うものであり、基準地震動が、地震動評価に大きな影響を与えると考えられる不確かさを考慮して適切に策定されていることを、地震学及び地震工学的見地に基づく総合的な観点から判断している。(中略)(以降:中略は筆者)
後者では次のような内容が記述されている。
・大飯発電所の基準地震動(「FO-A~FO-B~熊川断層に よる地震」の地震動評価)の策定に係る審査においては、(中略)地震学及び地震工学的見地に基づく総合的な観点から不確かさを十分に考慮して策定されていることを確認し、妥当なものであると判断している。(中略)
・この地震モーメントを用いた基本ケースの地震動評 価においては、(中略)不確かさケースとして、短 周期の地震動レベルを1.5 倍としたケース、断層傾斜角の不確かさに伴い地震モーメントが大きくなるケース、(中略)不確かさを重畳させたケース 等を設定していることなど、各種の不確かさを十分に反映した地震動評価を行っていることを確認している。
基準地震動の策定に関する審査における不
確かさの反映の具体例(令和3 年2 月3 日)
基準地震動の策定に関する審査における不確かさの反 映の具体例の説明資料は、上記令和2 年12 月の内容を具体的に示したものであり、“1.概要”と“2.大飯発電所の基準地震動の策定に係る審査について”からなる。
前者では、次のように内容が記述されている。
・(中略)レシピを用いて地震動評価を行う際には、そ の評価に影響を与える種々の不確かさがあることから、敷地での地震動が厳しい側のものになるように初期入力条件である震源特性パラメータを設定すること、又は得られた地震動評価結果そのものを大きくすることを行う。
後者は4 つの節(2.1 レシピを用いて行う基準地震動策定の全体の流れ、2.2 地震動評価の「基本ケース」、
地震動評価の「不確かさケース」、2.4 大飯発電所
の基準地震動の審査のまとめ)からなるが、主要な2.2 及び2.3 の概要を表1 中に示す。
3.大飯判決と規制委員会の説明資料に係わ る基準類の概要
設置許可基準規則の概要
設置許可基準規則[4]は、平成25年原子力規制委員会規 則第5号として制定された。同基準規則における地震関係 個所は、第二章設計基準対象施設の第4条地震による損傷 の防止に記述されている。
設置許可基準規則の解釈の概要
設置許可基準規則の解釈[5]は、平成25年6月19日に制 定後、令和2年3月31の改定に至っている。同解釈におけ る地震関係個所は、上記設置許可基準規則に対応して第 二章設計基準対象施設の第4条地震による損傷の防止に記述されている。
設置許可基準規則の解釈別記の概要
設置許可基準規則の解釈別記[8]には、上記解釈の中 に4つの別記が記述されているが、これらのうち地震関 係は別紙2第4条3項に記述されている。
地震ガイドの概要
地震ガイド[6]は、Ⅰ.基準地震動とⅡ.耐震設計からなるが、前者だけが係わる。前者の構成は8 章からなり、説明資料に係わる地震関係は、“3. 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動”と“6.超過確率”それぞれ の次の節である。
・3.2 検討用地震の選定:3.2.1 地震の分類/3.2.2 震源として想定する断層の形状等の評価/3.2.3 震源特性パラメータの設定
・3.3 地震動評価:3.3.1 応答スペクトルに基づく地震動評価/3.3.2 断層モデルを用いた手法による地震動評価/3.3.3 不確かさの考慮
・6.2 基準地震動の超過確率:6.2.6 基準地震動の超過確率の参照
新規制基準の考え方における地震ガイドに係
わる項目の概要
新規制基準の考え方[9]は H28 年 6 月に策定され、H30 年12 月の改訂に至っている。同考え方には、次のような取り扱いに関する記述が明記されている。
・「専門技術者以外の利用も想定しており、表現方法 等について、できる限り分かりやすいものとして 作成されている。そのため、学術論文等の厳密な 記載方法とは異なる部分があることに留意が必要 である。」
表1 基準地震動の策定に関する審査における不確かさの反映の具体例の概要(令和3 年2 月3 日)
同考え方は 6 章からなり、このうち 5 章自然現象関係は6 つの項目(自然現象による損傷の防止、地盤、地震、津波、火山、竜巻)からなる。地震は更に12 の項目(5- 3-1~5-3-12)からなっており、規制委員会の説明資料に係わるものは次の2 項目である。
・5-3-5 断層モデルを用いた手法による地震動評価とは、具体的にどのようなものか。
・5-3-12 地震動審査ガイドⅠ.3.2.3(2)の「その際、経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから、経験式が有するばらつきも考 慮されている必要がある。」との規定の意味と は何か。
4.規制委員会の説明資料及び基準類におけ る問題点(論点)の分析・検討
分析・検討の観点
著者等は、上記5 つの基準類と2 つの説明資料を対象として、両者それぞれの問題点(論点)や両者の関連付 け等の観点から各種の分析・検討を行い、次の5 つの問題点(論点)を同定した。
・規制委員会基準類における地震動評価の不確かさ の取り扱い
・規制委員会審査における不確かさの反映の具体的 例
・大飯判決におけるばらつきの上乗せ
・新規制基準の考え方における経験式の適用範囲の 取り扱い
・理学と工学の総合判断
これら問題点(論点)に対する著者等の見解を次で述 べる。
問題点(論点)に対する著者等の見解
規制委員会基準類における地震動評価の不確かさの取り扱いに関する著者等の見解
規制委員会基準類における地震動評価の不確かさの取り扱いの分析・検討
3.で示した基準類における地震動評価の不確かさの取り扱いに係わる箇所の概要を表 2 に示す。2.2.1 で示した説明資料では、“基準地震動の策定に係る審査は、設置許 可基準規則1及びその解釈2に適合するか否かを地震ガイ ド3を参照しながら行うものであり、(中略)”と記述されている。これらに解釈別記 2 を含めても、不確かさの取り扱いの内容は、ほぼ同じである。上記の参照しながら行う は形式であり、実態が伴っておらず見直す必要がある。各種ガイドの取り扱いの解説書の役割を担う新規制基 準の考え方の概要をみると、解釈別記 2 と地震動審査ガイドを紐づけしているが、殆ど同じ内容であり、解説書の
役割を果たしていないので、見直す必要がある。
不確かさの定義とばらつきとの違いの分析・検討
大飯判決ではばらつきの上乗せを指摘しているのに対 し、説明資料では不確かさを用いて説明しており、かみ合 っていない。
不確かさについては、表2中の地震ガイド②におい て、次のように記述されている。
・地震動評価においては、震源特性(震源モデル)、 伝播特性(地殻・上部マントル構造)、サイト特性(深部・浅部地下構造)における各種の不確かさが含まれるため、これらの不確かさ要因を偶然的不確かさと認識論的不確かさに分類して、分析が適切になされていることを確認する。
この内容では、不確かさの定義として不十分であり判 然としなく、ばらつきとの違いも明確にならない。不確かさ、ばらつき両者の定義を明確にした上で、両者の違いを 明らかにする必要がある。
表2 規制委員会基準類における地震動評価の不確実さの取り扱いに係わる箇所の概要
不確かさの取り扱い手法の分析・検討
不確かさの取り扱い手法については、表 2 中の地震ガイドの(2)において、次のように記述されている。
・断層モデルを用いた手法による地震動の評価過程に伴う不確かさについて、適切な手法を用いて考慮さ れていることを確認する。
この内容は、地震ガイドが性能規定であるからよいが、 少なくともガイドの解説書である新基準の考え方に、具体的な手法の取り扱いを記述する必要がある。
地震動評価の不確かさの定義と取り扱い手法に関する著者等の見解
著者等は、地震動評価の不確かさの定義と取り扱い手 法について、上記(1)~(3)で明確にする必要性を明記したが、次の米国原子力規制委員会(以下、US-NRC という) のガイドラインの手順[10]を合理的と認識している。
US-NRC は、Senior Seismic Hazard Analysis Committee (SSHAC:上級地震ハザード評価委員会)を組織し、1997 年に SSHAC ガイドラインを提示後、実践経験を経て2018 年の改訂に至っている[10]。SSHAC 手順では、不確かさを現象論に起因する「偶然的不確かさ(ばらつき)」 と専門家の知識・情報不足に起因する「認識論的不確かさ」に分けた上で、影響の大きな後者を規定している。重要概念は「CBR of TDI」である。CBR は、入念な直接 討議により学術界・技術界における意見分布の全体像と して、図1 に示す中央(Center)・分布(Body)・範囲(Range)
図1 ロジックツリ(LT)とCBR の概念図
地震ハザード評価に関する専門家の意見分布
Range(範囲)
Body(形状)
Center(中央)
る専門家意見を挙げ、全ての組み合わせの分岐を図 1 中に示すロジックツリー(LT)として表す。LT 作成に当たっては、全分岐に対し確からしさを表すための重みをつける。重みは、全パスの重みが確率1.0 となるようにする。Documentation では、最終 LT を用いた信頼度別のフラクタイル地震ハザード曲線や信頼度別応答スペクトルハザードを求め、報告書をまとめる。論理的に考え得る組み合わせを網羅することで、「CBR of TDI」を確保する。なお、米国では、既存炉において10-4(回/年)、新設炉において10-5(回/年)の地震ハザードに対応する設計用地震動を義務付けている。
大飯判決における地震モーメントを対象とした場合の
「CBR of TDI」に関する著者等の認識
を偏りなく明らかにすること(説明性)、TD(I
Technically
大飯判決での“ばらつきの上乗せ”における“ばらつき”
Defensible Interpretation)は科学的・技術的な批判に十分耐える見解を示すこと(質)、3 回のオープンワークションプ(OWS)を開催すること(透明性)にある。
SSHAC 手順は、対象設備の重要度や不確かさ程度に応じて4 レベルに大別されるが、設計用地震動策定ではレベル3 を義務付けているので、この概要について示す。
SSHAC レベル 3 は、3 段階(Evaluation, Integration, Documentation)からなり、段階ごとにOWS を実施する。各段階で外部専門家の「RE(Resource Expert)/独自の知見やデータを提供」と「PE(Proponent Expert)/特定のモデルや手法を主張」を招聘し、情報を収集すると共に、 震源特性チームと地震動特性チーム(それぞれリードと7名程度の専門家で構成)と直接討議する。
Evaluation では、対象サイトの震源特性や地震動特性に係わる情報を収集した上で、不確かさ要因を同定する。Integration では、同定された不確かさ要因毎に、震源特性チームと地震動特性チームで、不確かさの要因に係わ
について、認識を述べる。ばらつきは、上述の偶然的不確かさ(ばらつき)として用いる場合もあるが、認識論的不 確かさでは用いない。大飯判決での“ばらつき”が、前者だ けを指すのか、両方を指すのか、これら以外なのかは分か らないが、いずれにしても明確にする必要がある。なお、
「偶然的不確かさ(ばらつき)」の取り扱い手法では、一 般的に試験データや観測データ等を用いて、確率分布の 中央値及び標準偏差で求め、この標準偏差をばらつきと する。
大飯判決における地震モーメントを不確かさ要因の対象として、震源特性の専門家意見に基づきLT を求めた場合、地震モーメントのCBR が構築される。専門家意見のBody(分布形状)が明確となり、Center(中央)からどれ程離れたところまで分布しているかが定量的に分かる。これ は、CBR(説明性)、TDI(質)、OWS(透明性)の確保を 前提としているものなので、裁判で問われたとき、極めて 有用な情報となり得ると信じる。
規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例に対する著者等の見解
規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例に対する著者等の認識
著者等は、不確かさの取り扱い手順として、次の決定論 的アプローチと確率論的アプローチを認識している。
決定論的アプローチとしては、まず、基本解析ケースと して、現行で最も合理的と考える最適モデルを震源特性や地震動特性を考慮して設定する。次いで、同最適モデルにおける重要な不確かさ要因を複数同定する。これら要 因に係わるパラメータを設定した上で、単一パラメータの震源特性や地震動特性への影響の感度をみるために、 合理的な範囲で上下限値を考慮した感度解析ケースを設定する。必要に応じて、重要な複数のパラメータの組み合わせを対象とする場合もあるが、現象論に基づく相互の依存性も考慮し、むやみに数学的に保守的な組み合わせ としない。そして、これらの解析結果から、合理的に基準 地震動を策定する。基準地震動の策定に当たっては、上記
地震ガイドの概要に記述の 6.2.6 基準地震動の超過確率の参照に基づき、地震ハザード超過確率10-4~10-(5 回
/年)を参照して求める。
上下限値の設定の意味は、「保守」と「非保守」の両方 の観点からの検討を重視し、保守性の±の度合いの程度を把握するためである。これは、将来新知見が得られた時 に、基本解析ケースにおける最確モデルが「保守」寄りだったのか、逆に「非保守」寄りだったかの判断に役立つ。
「保守性」の取り扱いとは「非保守性」も含めて、基本ケースでの最適値との相対比として物理的意味をなす。最適値無しで「保守性」に「保守性」を積み重ねても、どれ 程「保守性」が確保されているか合理的に判断でき得ない。
確率論的アプローチは、4.2.1(4)で述べたSSHAC レベ
ル3 の手順に該当する。我が国では、日本原子力学会j 地震PRA 実施基準[11]が発刊されており、SSHAC ガイドラインに対応するが、我が国の震源特性や地震動特性が反映されており、日本版SSHAC ガイドラインである。また、四国電力(株)は、これらを用いて、SSHAC レベル3 として、我が国初の伊方SSHAC プロジェクトを実践した[12]。
規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例の分析・検討
規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例の 内容を表1 中に示している。表中の「基本ケース」では、
「基本ケース」自体も、評価結果が厳しい側のものとなる ように設定した。「不確かさケース」では、「基本ケース」の地震動評価結果をもとに、さらに保守性を確保するた
め、震源特性パラメータをより厳しい結果が出る値に設 定すること、地震動評価結果そのものを大きくすること を行ったと記述されている。
これらの内容は、決定論的アプローチのようにも見えるが、著者等の決定論的アプローチとも異なる。いろいろ な考え方があって然るべきであるが、「保守性」の取り扱 いとは「非保守性」も含めて、基本ケースでの最確値との 相対比として物理的意味をなすとの著者等の思考と異なり、特殊な取り扱いと認識する。
規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例に対する著者等の見解
上記「基本ケース」及び「不確かさケース」にみられ る保守性を幾重にも積み重ねる考え方は、原子力施設の 安全性を基準地震動の大きさで担保するとの思考のよう に見える。これに対する著者等の見解は次の通り。
基準地震動は、「Structure、System、Component: SSC」設計のための入力情報であり、「SSC」の耐震強さと併せ て、バランスよく原子力施設の安全性を確保することが不可欠と認識する。この安全性確保の評価には、確率論的リスク評価手法(Probabilistic Risk Assessment: PRA)の導入が必須であり、規制要求とすべきと認識している。具体的には、4.2.1(4)で述べたように基準地震動策定を 地震ハザードの超過確率を用いて行う。策定された基準地震動によって設定されたSSC のフラジリティを評価すると共に、事故シーケンス評価を行い、性能目標と比較
し、安全性の確保を確認する。
地震ガイドの6.2.6 基準地震動の超過確率の参照を見直し、US-NRC と同じように義務付けする必要がある。現行規制における地震PRA は、事業者の自主的安全性向上の一環として行われているが、この試行を早め規制 要求とすべきと考える。
ばらつきの上乗せに対する著者等の見解
大飯判決における“ばらつきの上乗せ”に対する著者等の見解は、4.2.1(5)で述べたように、地震モーメントの
「CBR」を示すことが最も合理的と認識する。
上記SSHACガイドラインや原子力学会地震PRA等具体 的な不確かさの取り扱い手法を新規制基準の考え方に示 すべきである。
新規制基準の考え方における経験式の適用
範囲の取り扱いに対する著者等の見解
で示した新規制基準の考え方の中の“5-3-12”において、次のような経験式の適用範囲の取り扱いが記述 されている。
・検討用地震の選定過程でも地震動評価過程でも、
(中略)一定の観測記録のデータを分析した上で 導き出されたものであるから、経験式の適用範囲 は、当該経験式を導く前提となった一定の観測記 録のデータの範囲内に限られることになる。その ため、経験式を用いてある数値(パラメータ)を 求める際には、経験式の適用範囲が十分に検討さ れていることが必要である。(中略)検討用地震 の選定後の地震動評価の段階でも、経験式を用い てある数値(パラメータ)を求めることがある が、いずれの場合でも、当該経験式の適用範囲に 留意することが必要である。
この内容に対する著者等の見解は次の通りである。地 震或は地震動に係わる経験式には、理学アプローチと工 学アプローチの経験式がある。いずれの経験式も、将来 発生するであろう地震或は地震動それぞれの諸元を推定 するため、地震・地震動それぞれの発生に係わる現象論に基づき、観測データ等を用いて統計学的知見も考慮して策定された物理式である。理学アプローチの経験式 は、理学的事実や科学的知見に基づき実現象に近い姿と して各種諸元を推定する。これに対し、工学アプローチ の経験式は、概括的に述べると観測データを外れる領域 (外挿)も対象として、各種諸元を推定する。
外挿の範囲をどこまでとするかは、認識論的不確かさの取り扱いに依存し、その範囲が大きくなれば、一般的 にその不確かさの取り扱いも大きくなる。しかし、外挿 の範囲には物理的な限界があるので、それに関する専門 家判断が重要となる。また、外挿の範囲は、次のように 工学的な活用目的によっても限定される場合もある。
原子力リスクの安全目標(10-6(回/サイト・年))とこれに対応する性能目標(炉心損傷頻度CDF(10-4(回/ 炉・年)、格納容器損傷頻度CFF(10-5(回/炉・年))に関する考え方が提案されている[13]。このうちのCDF 評価に必要な地震ハザードの地震動の範囲の例を示す。CDF 評価に大きな影響を及ぼす地震ハザードの地震動の範囲は、一般的に年超過確率10-5~10-6(回/年)程度に対応 する範囲である。これより小さな年超過確率は詳細な評価が必要ない。
以上の背景と経験式の適用範囲を「観測データの範囲 内」とすると、将来これらを超える地震或は地震動が発 生する度に見直しが必要となり、合理的活用ができないことから、適用範囲の内容について見直すべきである。
理学と工学の総合判断に対する見解
規制委員会の説明資料[3]では、、地震学及び地震工学 の観点について次のように記述されているが、理学及び 工学の役割が判然としない。
・基準地震動が、地震動評価に大きな影響を与えると 考えられる不確かさを考慮して適切に策定されていることを、地震学及び地震工学的見地に基づく総合的な観点から判断している。(再掲)
著者等の理学と工学の役割の認識は、上記4.2.4 で述べた通りであり、後者の重要な役割は観測データを外れ る領域(外挿)も対象として、各種意思決定を行うことで ある。意思決定では、4.2.1(4)で述べたが、例えば、震 源特性チームや地震動特性チームに理学者と工学者が共 に加わり、理学の協力のもとに工学的意思決定を行う。
規制委員会の基準類における理学と工学の総合判断に係わる箇所を見直す必要がある。
5.規制委員会耐震関連基準類への提案
提案の観点
地震動評価審査ガイド附則には、“本ガイドは、今後の新たな知見と経験の蓄積に応じて、それらを適切に反 映するように見直していくものとする”と記述されてい る。新規制基準の考え方にも、“「新たに説明すべき事項 や、より分かりやすい記載にした方がよいものがあれば、適宜改善していく」”と記述されている。
これらを踏まえ、著者等は4.2 での分析結果や見解を用いて建設的な提案を行い、規制委員会耐震関連基準類改善に貢献する。以下に、提案内容を示す。
規制委員会基準類における地震動評価の不確
かさの取り扱いに係わる提案
・地震動評価の不確かさの取り扱いに係わる基準類の内容はいずれもほぼ同じで、相互に参照するとの記述 は形式であり、実態が伴っておらず見直すべきである。
・新規制基準の考えにおいて、解析別記と地震ガイドが紐づけされているが、ほぼ同じでなので見直すべき。
・地震動評価の不確かさとばらつきの定義が明確でなく、両者の違いが判然としないので、見直すべき。
・不確かさの取り扱い手法については、適切な手法を用いて考慮すると記述されているが、性能規定の規則・内規・ガイドであれば良いけれど、解説書の新基準の考え方では具体的な手法を明記すべき。手法としては、地震PRA(Probabilistic Risk Assessment)しか提案されておらず、本格的導入をすべきである。
規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例に係わる提案
・規制委員会説明資料での基本ケースと不確かさケー スにみられる保守性を幾重にも積み重ねる考え方は極めて特殊であり、原子力施設の安全性を基準地震動の大きさで担保する思考のように見える。
・SSC の耐震強さと併せて、バランスよく原子力施設の安全性の確保が不可欠と認識する。そのためには、地震PRA の導入が必須である。
・現行規制における地震PRA は、事業者の自主的安全性向上の一環として行われているが、この試行を早め規制要求とすべきである。
大飯判決におけるばらつきの上乗せに係わる
提案
・大飯判決における“ばらつきの上乗せ”の指摘に対する規制委員会説明資料は、明確な説明となっていない。
・ばらつきと不確かさとの関係を明確にした上で、地震 モーメントの不確かさの「CBR」を示すことが最善策の1つである。そのためには、確率論的思考を本格的 に導入する必要がある。
新規制基準の考え方における経験式の適用範
囲の取り扱いに係わる提案
・新規制基準の考え方における経験式の適用範囲は、観測記録のデータの範囲内に限られることと記述さ れているが、適用範囲外(外挿)も対象とするよう に見直すべきである。
理学と工学の総合判断に係わる提案
・規制委員会の基準類における理学と工学の総合判断に係わる箇所は、地震学と地震工学的見地に基づく総合的な観点から判断すると記述されているが、両者の役割が判然としない/混在しているので、見直す必要がある。
6.まとめと今後の計画
まとめ
本報では、まず、大飯判決の概要と原子力規制委員会 説明資料の概要を示すと共に、これらに係わる原子力規 制委員会関連基準類の概要も示した。次いで、説明資料 や基準類の問題点(論点)を挙げ、それらを分析・検討 した上で、著書等の見解を述べた。これらを踏まえて、 次の5 つの論点に関する提案を行った。
・規制委員会基準類における地震動評価の不確かさの 取り扱い
・規制委員会審査における不確かさの反映の具体的例
・大飯判決におけるばらつきの上乗せ
・新規制基準の考え方における経験式の適用範囲の取 り扱い
・理学と工学の総合判断
今後の計画
著者等は、大飯判決に係わる基準類に限定して分析・ 検討を行い、見解を示した上で、改善の提案を行った。 このアプローチは、地震以外の自然現象にも有益と認識している、機会があれば実践する予定である。
参考文献
[1] 大阪地裁、“判決要旨”、2020.12.4. [2] 大阪地裁、“判決文”、2020.12.4.
原子力規制委員会、“基準地震動の策定に係る審査について(案)”、原子力規制委員会資料 3、令和2 年12 月16 日、規制庁HP.
原子力規制委員会、“実用発電用原子炉及びその附 属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規 則”、平成25年原子力規制委員会規則第5号.
原子力規制委員会、“実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈”、平成25年6月19日原子力規制委員会決定.
原子力規制委員会、“基準地震動及び耐震設計方針 に係わる審査ガイド”、平成25 年6 月19 日.
原子力規制委員会、“基準地震動の策定に関する審査における不確かさの反映の具体例”、原子力規制庁資料5、令和3 年2 月3 日、規制庁HP.
原子力規制委員会、“設置許可基準規則の解釈別 記”、 令和2 年12 月16 日.
原子力規制委員会、“新規制基準 実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について” 平成25 年6 月19 日.
The United States Nuclear Regulatory Commission,” Updated Implementation Guidelines for SSHAC Hazard Studies”, US.NRC NUREG-2213 (Y-1269), 2018.
日本原子力学会、“原子力発電所に対す地震を起
因とした確率論的リスク評価に関する実施基準、2015”、AESJ-SC-P006:2015.
四国電力株式会社、“伊方SSHAC プロジェクト最終報告書”、2020 年10 月.
弥生研究会 安全目標に関する研究会、“「安全目
標」再考ーなぜ安全目標をひつようとするか? ー、2018 年3 月.