長期運転を想定した保全のあり方、基本的考え方について
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カテゴリ: 第15回
長期運転を想定した保全のあり方、基本的考え方について
Consideration on How Maintenance for Long-term Operation of Nuclear Power plants should be
東北大学大学院工学研究科青木孝行Takayuki AOKIMember
Based on the fundamentals of facility maintenance, a way of maintenance for long-term safe operation of nuclear power plants was discussed. As a result, several technical issues were listed up.
Keywords: Maintenance, PDCA, Inspection Technology, Degradation Evaluation Technology, Corrective Measure Technology, Plant Life Management, Long-term Safe Operation
1.はじめに
我が国では初期の軽水型原子力発電所が運転開始後 30 年を迎えようとしていた1990 年代半ば頃から高経年化技術評価が行われ、その結果に基づき対策が検討・実行されるようになった。その後、東電福島第一原子力発電所の事故発生に伴い、その運転期間は原則40 年に制限されるようになり、それを延長する場合は原子力規制委員会の認可を受けて、1回に限り20 年を超えない期間延長することができるとされるようになった。
この40 年制限は、科学的根拠がなく、政治的に決めら
れた数値であると、平成 12 年 6 月 18 日の参議院環境委員会において答弁されている。言うまでもなく、原子力発電所のような人工構造物は、一般に供用開始とともに経年劣化が進展し、それが高じると機能喪失する。この時、経年劣化の進展速度や機能喪失の発生時期はもっぱらその設計や運転実績、保全方法に依存する。したがって、技術的な意味での運転期間(寿命)は一律に決められるものではない。
以上のような高経年化対策に関わる20 年以上に亘る経緯を踏まえ、ここでは保全の基本に立ち戻って技術的な観点から改めて高経年化対策や長期運転などについて考え、今後どのように対応していけばよいか検討する。
2.保全の基本
保全の構造
膨大な数の機器から構成される原子力発電所の保全を
連絡先:青木孝行、〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉 6-6-01-2、東北大学大学院工学研究科、E-mail: takayuki.aoki@qse.tohoku.ac.jp
考える。
保全された直後の機器の状態は、ある一定の健全状態にあるが、運転時間の経過とともに経年劣化が進行し、機能が低下する。そして、それが高じると機器は機能喪失するので、その前に保全を行い、ある一定の健全状態に修復する。この時、保全のタイミングを適切に特定すること、経年劣化を修復する保全方法は多種多様に存在し、採用する方法によって保全後の機器の健全状態が変化し得ること、保全を実施する保全実行部隊の技量等によって保全後の機器の健全状態が変化し得ることを認識することは重要である(図1)。
図 1 保全前後の機器状態と劣化経路
保全活動が展開される場には、個々の機器に経年劣化が生じ、機能低下や機能喪失する可能性のある原子力発電所(機械系)とその経年劣化を修復する機能を持つ保全実行体制(人間系)がある。機械系には自然現象である経年劣化が生じるので、その特性を踏まえて保全計画が立案される。この保全計画に基づき保全を実行するため、保全遂行能力を有する人間系が割り当てられる。もし保全計画と保全遂行能力が適切であれば、この両者に
基づき展開される保全活動PDCA によって保全後の機器状態は良好になるはずである。言い換えると、この両者 の組合せで保全後の機器状態が決定されると考えられる。この組合せを保全水準と定義すれば、保全水準の程度で プラントの安全性と経済性が決定されると考えられる[1]
が必要である。
原子力発電所を構成する個々の機器の健全性は、「検査」「評価」「是正」の保全3技術が適用されて確認・ 確保される。
機器の健全性を確認する上で保全3技術は互いに補
図 2 保全の構造
(図2)。
保全の基本的考え方
前項での議論を踏まえ、保全の基本的事項を以下に整理した。
一般に原子力発電所のような産業プラントは、安全性と経済性(生産性あるいは稼働率)が同時に確保されないと社会の中に存続できない。
原子力発電所は多くの系統、機器から成っている大規模複雑システムであり、個々の系統に故障が発生したときの影響度(安全性あるいは経済性(発電継続性) への影響度)はそれぞれの系統によって異なる。個々の機器に故障が発生した場合も同様に、それぞれの機器によって影響度が異なる。したがって、影響が大きい系統あるいは機器(重要度の高い系統あるいは機 器)の信頼性を優先して確保するのが効率的効果的である。
原子力発電所の各種機能は、通常、系統単位で発揮される。したがって、系統単位で保全活動を考える視点
完関係にある(図3)。
(6) 機器の将来における健全性は、「検査」と「評価」の組合せで評価・確認できるので(図4)、その組合せの精度/性能が十分か、確認が必要である。
図 3 検査、評価、是正の保全3 技術の補完関係
図 4 機器の将来における健全性確認方法(検査と評価の関係)
3.長期運転と高経年化対策
長期運転の視点
保全活動は、その時点において最善と思われる目標を目指してPDCA を繰り返すことにより、徐々にその目標を達成しようとする試みである。したがって、物理現象のように、支配法則に対し初期条件を与えれば、その後の挙動を一義的に定めることが出来、諸条件を満たす最適解を求めることができるというものではない(図5)。最終目標が明確でないと、目先の目標に気を取られてPDCA を繰り返すと、あらぬ方向や迷路に迷い込む可能性がある。そのようなことにならないように、長期的将来における目標を定め、そこに向かうように現状の活動を定める必要がある。
図 5 物理現象と保全現象の違い
このような視点・アプローチは、長期運転を安全確実に 行えるようにする上で不可欠であり、したがって長期運 転を支える保全の考え方や保全技術を考える上で必要不 可欠である(図6)。なぜなら、長期運転を想定すると、 下記のような問題が機械系と人間系に生じると予測され、これらは当面の事を考え、それを繰り返す通常保全のや り方では見失われがちとなるからである。
機械系の問題(保全計画)
対象機器(経年劣化が許容値に近づく)(陳腐化、旧式化)
保全タスク(技術知見の蓄積,背景・意味の伝承)
実施時期(検査/評価精度の高精度化が求められる)
人間系の問題(保全遂行能力)
要領書(記載内容の背景,意味の伝承)⇒時間依存
保全員(世代交代,技術伝承,人材育成)⇒時間依存
使用資機材(陳腐化,旧式化) ⇒技術は常に日進月歩で変わる
上記の視点から長期運転に関する検討・評価を行う目的は、長期運転で生じた経年劣化による安全リスクと経済リスクを最小限化することにあるのは言うまでもない。
図 6 通常保全と長期運転の違い
長期運転を見通すための検討・評価
長期運転の見通しを得るには、機械系に関する検討・評価と人間系に関する検討・評価がある。前者については、これまで高経年化対策検討の一部である高経年化技術評価として実施してきた。後者についてもこれまで検討されてきているが、保全の構造と体系を踏まえて保全遂行能力の3 要素である保全作業要領書、保全員(保全実行部隊)、使用資機材の3 つの観点から、より体系的に検討・ 評価し、課題を抽出するとともに対策を検討し実行する必要がある。
機械系の技術評価においては、通常保全から重要視さなれないような経年劣化速度の遅い事象で、高経年化してから顕在化してくるような事象、通常保全でも重要な問題であるが、急激な機能喪失につながる経年劣化事象
(照射脆化、配管減肉、絶縁低下など)に注意する必要がある。これらの事象は保全関係者の世代交代、技術伝承などの人間系の問題と相俟って大きな問題の発生につながる可能性があるからである。
高経年化に対応するための検討評価
高経年化技術評価の目的
高経年化技術評価の目的は何だろうか?現時点で考えられる目的を列挙すると下記のようになる。
① 通常保全の繰り返しでは得られない知見を得るため
② 結果として、長期的に安全性を確保するため(安全性向上)
通常運転時
事故時(DBA に耐えられること)
③ 十分なリードタイムを取って計画的にスムースに高経年化対策が取れるようにするため(経済性向上)
【評価結果に基づく保全対応】
明確に許容値オーバ場合
⇒ 早めに対策を実施し、その後の保全の合理化に努める
許容可能か判断が難しい場合
⇒ マイルドな運転、手厚い保全を行い、長期使用を実現するよう努める
十分な余裕がある場合
⇒ 合理的な保全計画を立案・実施する
高経年化技術評価で得られる成果
高経年化技術評価で得られる成果としては、下記が挙げられる。
①長期的将来におけるSSC の健全性、長期運転の見通しが得られる
②長期運転を見通して、長期保全方針や長期保全計画、今後取り組むべき技術開発が明確になる
新しい技術の開発
既存技術の精度向上
従来保全の効率化(より重要な事項へリソースを重点配分)
③評価結果を現状保全(通常保全)へ反映することにより、現状保全を充実あるいは合理化することができる
④体系的なアプローチで検討・評価手法が標準化され、未検討事項や見落とし等を最小限化することがで
きる
⑤上記を通じて、安全性と経済性を向上させることができる
これに対して、高経年化技術評価を実施しても、相変わらず明確にならない課題もある。これらを列挙すると下記のようになる。
① 従来経験の無い新しい経年劣化事象の予測、評価
② 既存経年劣化事象が重畳した複合事象の予測、評価これらについては、これまでに何度となく指摘されて来たものであるが、一向に検討が進んでいない。思考停止しているような感がある。高経年化プラントにおいても急激に機能喪失につながる可能性のある経年劣化事象に注意をすべきことは言うまでもない。したがって、たとえば、急激に機能喪失につながる可能性のある経年劣化
事象について下記のような検討は実施できないものだろうか。(感度解析)
脆化がどの程度まで進行しても機能を確保できるか?
亀裂がどの程度まで進行しても機能を確保できるか?
「検査精度+評価精度」を考慮した「検討結果」と「許容基準」を比較して、どの程度の余裕があるか?
上記の検討において十分余裕があると判定できる場合はこれを対象から除外することができるのではないか。
4.長期運転に備えた今後の対応
長期運転を想定する場合、長期運転に耐えられるように機器の健全性を管理しなければならないことは言うまでもない。そのような意味で、長期運転に備えて下記の準備ができているかを問うことは重要である。
機能を有する特定の系統単位で、どの程度の信頼性
(健全性)があるか、検査・評価しているか?
系統の信頼性を確保するために個々の機器の信頼 性をどの程度に確保すべきか、検討されているか?
個々の機器の信頼性を確保するために必要となる 検査の精度、評価の精度はどの程度か、検討されているか?
上記に答えられる3つの保全技術(検査、評価、是正)は十分整備されているか?
それら保全技術を適切に実機に適用しているか? これらの問に答えられれば、重要な機器の健全性は十分に掌握されており、長期運転への備えはできているといえる。長期運転に当たっては、これらに答えられるようにする必要がある。
5.まとめ
長期運転をより一層安全確実に行えるようにするには、保全の機械系だけでなく、人間系についても体系的に検 討・評価する必要がある。本論文では、現時点で考えられ るいくつかの課題を取り上げた。今後、それらに対する 対応を明確にし、必要に応じて対策を講じる必要がある。
参考文献
[1] 青木孝行,他,“原子力発電所における保全計画の最適化検討”,保全学,Vol.10, No.3 (2011), pp.66-73.