船舶用低速2サイクル型ディーゼルエンジンの就航条件及び潤滑油内元素とシリンダー部摩耗量の関係

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カテゴリ: 第15回
船舶用低速 2 サイクル型ディーゼルエンジンの 就航条件及び潤滑油内元素とシIンダー部摩耗量の関係 In a low-speed 2 cycle diesel engine, Relationship between the service conditions, elements in lubricating oil and cylinder part wear 横浜国立大学 相原涼熙 Ryoma Aihara 横浜国立大学 ファマキンワ アヨ Ayo FAMAKINWA 横浜国立大学 坂本淳司 Junji Sakamoto 横浜国立大学 澁谷忠弘 Tadahiro Shibutani Abstract The prediction of wear rate is important to estimate useful life of the equipment. This paper focuses on lubricating oil analysis to predict wear out effects caused. Condition based maintenance using lubricating oil analysis can reveal failures before it actually occurs. However, in lubricating oil analysis, attention is often paid to the transition of iron. In my opinion it is difficult to make an abnormality judgment focusing on iron component only. In this research, the oil used in the cylinder is analyzed with different engine service conditions. The relationship between the service conditions and the elements in the lubricating oil are established. In addition, the relationship between different element in the oil are established. Firstly, Fluorescent X-ray analysis is adopted to reveal substances contained in lubricating oil. Secondly, the relationship between multivariable by applying a Gaussian graphical model to the analysis result is examined. From the study, it was found that the iron in the lubricating oil is strongly related to sulphur and vanadium caused by fuel and copper by wear. Keywords: Condition-based maintenance, Anomaly detection, Fluorescent X-ray analysis, Marine engine, Lubricating oil, Gaussian graphical model, Graphical lasso 1 緒言 船舶用低速2 サイクルディーゼルエンジンの検査・保守手法として、規定された一定期間において保守点検を 行う時間基準保全(TBM: Time-based maintenance)や、機関全体を継続的に、かつ合理的な方法により一部分を開放検査し、全体の状態を類推する機関継続検査(CMS: Continuous machinery survey)が一般的に採用されている。しかし、コンテナ船のような大型外航船の場合、運航 条件が多岐にわたり、エンジン負荷が各船舶に応じて異なるため、TBM における保全方法では検査に過不足が生じる可能性がある。 こで、近年、安全性・経済性が確保でき、さらに効率の良いメンテンス手法の一つとして、 機器の定常運行状態から故障徴候を早期に検知する状態 保全(CBM: Condition-based maintenance)の ・開発が められている。 船舶用エンジンのCBM 手法の一つとしては、エンジンに使用される潤滑油中の無機成分の定量分析が行われている。潤滑油分析には従来、定量精度の良さから、誘 連絡先: 相原 涼熙、〒240-8501 神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台79-1 国立大学法人横浜国立大学、横浜国立大学大学院 環境情報学府 E-mail: aihara-ryoma-zt@ynu.jp 導結合プラズマ(ICP)発光分析法が用いられている。しかし、前処理が必要となるため、時間と労力を要するため、ICP 発光分析法に代わる分析時間の短縮が可能な分析手法として蛍光X 線分析法が期待されている。 蛍光X 線分析法は、元素固有の波長を持った蛍光X 線エネルギーを観測することにより、分析対象試料の含有元素を特定する分析方法である。また、元素の濃度、すなわち試料中に含まれる原子数に比例して蛍光X線の光子数が変わる。これが蛍光X 線強度として現れる。 分析においては、潤滑部の摩耗によって生じるFe 成分に着目されることが多い。潤滑油中のFe 濃度の急上昇は、主に燃焼室のピストンリングおよびシリンダライナがス カッフィング等の異常摩耗を生じている可能性があるか らである。しかし、船舶の運航条件が多岐にわたる場合、Fe 成分の に着目して異常 を行うことは しいと る。 こで、船舶の就航条件および潤滑油中の の他成分との関係を明らかにすることにより正確な異常 が可能になると る。 本 では、就航条件の異なる船舶用低速2 サイクルディーゼルエンジンのシリンダー油を分析し、就航条件 や潤滑油内元素とシリンダー部の摩耗量の関係を明らかにすることを目的とする。 2 船舶における潤滑油 低速2 サイクルディーゼルエンジンの潤滑油にはシステ ム油とシリンダー油の2 種類があり、 れぞれ潤滑を担う対象が異なる。前者はクランク室内のクロスヘッド摺動面やクランク軸受けなどの潤滑を担い、繰り返し用い られる。後者は、エンジンのシリンダー部に使用される 潤滑油である。シリンダー部は噴射された燃料が爆発し、 の熱エネルギーが運動エネルギーに変換される部分である。使用環境は非常に苛酷であるため、繰り返し使用されるシステム油と異なり、一度だけの使い捨てで、使用後は排出孔から排出される。本 では、後者の排出されたシリンダー油を分析し、摩耗との関係を調査した。3 実験 分析試料 アメリカ航路の船舶(AV: American vessel)とオセアニア航路の船舶(OV : Oceania vessel)を各2 隻、合計4 隻から入手した合計23 のシリンダー油サンプルに関して、 れぞれ十分に攪拌した後、シリンジを用いて2ml 採取し分析試料とした。 各船舶のエンジンに関して、アメリカ航路の船舶とオセアニア航路の船舶では保有シリンダー数が異なるもののエンジンモデルが 一のため、 一のエンジンとして扱い、分析及び、解析を行っている。 蛍光X 線分析法 蛍光X 線分析はJOEL(日本電子株式会社)製蛍光X 線分析装置JSX-3100RIIを使用した。分析条件は、X 線発生器の管電圧を30.000kV、コリメータ値7.000mmφ、測定時間100.00 秒で大気測定を行った。 4 ガウス型グラフィカルモデル 本 では、ガウス型グラフィカルモデルを用いて、多 変量正規分布を想定し、変数間の関係を示す。変数 士の関係をグラフで表現する方法であり、条件付確立と様に、ほかの変数を与 たときに条件付独立であるという 方でグラフと確率分布を結びつけるモデルを一般に対マルコフモデルと呼ぶ。また、多変量正規分布を想定したマルコフモデルをガウス型グラフィカルモデルと 呼び、ガウス型グラフィカルモデルを使用することによ り、多変数間での主要な直接相関を浮かび上がらせるこ とを目的する。 ここで、データD の標本を想定する。D の標本は必ずしも多変量正規分布に従う必要はない。はじめに、標本 D に対し、標準化変換を行う。 上記の式に関して、標準化変換を行うことで、一般性を失わずにD の標本平均を0、各次元の分散を1 と仮定で きる。x (n)は各標本の第i 成分(i=1,2,…,M)、は標本平均、 は標本共分散をあらわす。 i ここで、共分散行列ではなく精度行列で多変量正規分 布を表したほうが表現が簡潔になるため、以下の式でマルコフモデルを構成することを る。 ここで、Λ が精度行列である。ガウス型グラフィカルモデルでは、対マルコフモデルの 方を、Λ を使ってめて明瞭に表すことができる。 ここで、x1 とx2 の依存関係を示したい時、x1 及び、x2 に対する周辺分布は以下の式で表すことができ、 条件付分布は以下の式で表せると定義される。 ここで、p(x)はデータD の確率分布である。また、式(4)からp(x1,x2|x3,…,xM)はp(x)、すなわちN(x|0,Λ-1)に比例していることがわかる。したがって、N(x|0,Λ-1)の中で、x1 とx2 に関係する部分を拾うと、 と導くことができる。ここで、xi とxj 統計的に独立であるためには、精度行列Λ の(i,j)成分が0 である必要がある。0 でない場合、「xi とxj の間に直接関係がある」と表現され、偏相関数r を用いて の量が表される。 ガウス型グラフィカルモデルにおいては直接相関が0 であるにも関わらず共分散行列2の(i,j)成分が0 でない場合、 の相関を間接相関と呼ぶ。周辺分布は、直接相関と間接相関を合わせた効果を表現しており、ガウス型グラフィカルモデルの場合、この周辺分布は解析に計算でき、式(3)は以下のようになる。 本 では疎なガウス型グラフィカルモデルの学習を可能にする標準的な手法であるグラフィカルラッソ(graphical lasso)と呼ばれる手法により潤滑油内の摩耗起因元素のFe と船舶条件及び潤滑油内元素との関係を明らかにする。 Fig.1 Graph structure of Gaussian graphical model of M = 6 5 実験結果及び解析 5.1 就航条件とFe 蛍光X 線強度 5 1 1 総エンジン時間とFe 蛍光X 線強度 シリンダーの主な構成元素であるFe の蛍光X 線強度と総エンジン時間の関係についてFig.2 とFig.3 に示す。 ただし、AV とOV で総エンジン時間は大きく差が生じていたため、 れぞれの航路によって結果を示した。 定常状態の摩耗によるシリンダー油中のFe 濃度は許容される範囲内で推移し、異常摩耗が生じると急上昇することが知られている。よって、今回 れぞれの分析結果のベースラインとして各航路で平均値を求めた。ここで得られた値からAV とOV 間でベースラインに大きく差が生じていること、さらに、全て定常運航状態で生じ た摩耗にも関わらずベースラインから大きく外れている 値があることがわかる。この結果からもFe の に着目して異常 を行う しさがわかる。 Fig.2 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and total engine time of AV Fig.3 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and total engine time of OV 5 1 2 船舶就航条件とFe 蛍光X 線強度 シリンダー単位出力とFe の蛍光X 線強度の関係をFig.4 に示す。ここで、シリンダー単位出力は船舶エンジンの出力をエンジンの保有シリンダー本数で ったものである。 シリンダー単位出力とFe の蛍光X 線強度の関係から、船舶の航路別に見ると、いずれもシリンダー単位出力とともに検出されたFe の蛍光X 線強度は大きくなる傾向が認められる。OV の方がシリンダー単位出力に対する増加量は大きい。また、AV とOV との間で蛍光X 線強度の推移に差異が生じていることもわかる。このことより、総エンジン時間と蛍光X 線強度の関係でも 示したような、航路別で摩耗量に差異が生じたことがわかる。 一般に、対象としている船舶用エンジンでは、回転数(RPM: Rotations per minute) を可能な限り一定に維持しようとする機能がある。このため、RPM とFe の蛍光X 線強度の関係を示すことは しい可能性がある。 Fig.4 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and unit cylinder output 5 2 シIンダー油中元素とFe 蛍光X 線強度 各元素の蛍光X 線強度とFe の蛍光X 線強度との相関係数を以下のTable1 に示す。相関係数は1 に近いほど対象データ間で正の相関性が高く、-1 に近いほど負の相関性が高いとい る。 の反面、データ間の直線性のしか できないため、相関係数及び散布図からシリンダー油中の各元素との関係を明らかにする。 S、V、Ni、及びCu の蛍光X 線強度は比較的相関が高く、 れぞれの推移をFig.5 からFig.8 で示す。S、V、Ni では れぞれの含有量が許容範囲を超 ると急増す るような推移の特徴が認められる。一方、Cu では比例関係に近い推移の特徴があることがわかる。なお、相関係 数よりCa、Zn、Ag はFe との相関は低い。 Cu はシリンダーとともにシリンダー部を構成するピストンの部 の主要元素の一つである。このため、Cu の検出はピストンリングの摩耗によるものと推定される。 Table1 Correlation coefficient of each element with Fe element S Ca V Ni Cu Zn Ag Correlation coefficient 0.826 -0.387 0.811 0.668 0.786 0.401 -0.234 Fig.5 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and S Fig.7 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and Ni Fig.6 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and V Fig.8 Relationship between fluorescent X-ray intensity of Fe and Cu シリンダーとピストンリングで生じるアブレッシブ摩 耗により、互いに削りあったため比例関係に近い推移を取った可能性がある。 S、V、Ni はシリンダー内で爆発させられる燃料に含まれている元素である。なお、S はシリンダー油にも含まれており、腐食の要因元素の一つである。バナジウム は、燃料の として用いられており、燃焼ガスに接する部分に融点の低いV 化合物が灰分として付着、溶融して酸化物皮膜の保護性を失うことでバナジウム腐食が起こる可能性がある。 の結果、燃料起因である物質が多く混入したシリンダー油では摩耗量の増加につながった のではないかと る。 5 3 グラフィカルラッソを用いた多変量解析 本実験で得られたシリンダー油内元素のデータ及び、船舶の就航条件との関係について統計解析ソフトRを用いて、グラフィカルラッソ解析(以下、Glasso 解析と呼ぶ)を行った。 ここで、分析において欠損値を生じていなかったシリンダー油中元素(S、Ca、V、Fe、Cu)を抽出し、就航条件であるシリンダー単位出力及び、RPM を対象として Glasso 解析をした結果をFig.9 に示した。P(0?P?1)は 相関関係に対する縛りの強さを表しており、今回の解析 ではP=0.7 を用いて解析を行った。 この結果より、サンプル全体で関係を見ると、Fe は、S とV、Cu と関係が強いことがわかる。さらに、S とV の間でも強い関係性があることを示しており、両元素が 一の要因によってシリンダー油に含まれたことの裏づけとなっている。Cu は れとは異なり、Fe の と関係性が強いことから、S、V とは異なる要因でシリンダー油に混入したことが推測できる。 ここで、AV とOV で分けてGlasso 解析を行った結果 をFig.10 及びFig.11 として以下に示す。 れぞれに分けることでデータ数が減少するため、縛りの強さを P=0.6 として解析を行った。この結果より、AV におい てFe の量はS 及びV と相関関係があり、OV においてはCu 及びシリンダー単位出力と関係があることがわか る。これは、 れぞれ摩耗機構が異なる可能性を示している。AV に関しては燃料起因のバナジウム腐食のによる腐食摩耗が主要因であるのに対し、OV はシリンダーとピストンによるアブレシブ摩耗が主要因である可能性がある。 この結果から、定常運航している船の間にも摩耗機構に差異が生じており、これがシリンダーの 化度合いに起因している場合、状態 における指標のひとつになる可能性がある。 Fig.10 Graph structure of Gaussian graphical model of AV (p=0.6) Fig.11 Graph structure of Gaussian graphical model of OV (p=0.6) Fig.9 Graph structure of Gaussian graphical model(p=0.7) 6 結言 本 では、就航条件の異なる船舶用低速2 サイクルディーゼルエンジンのシリンダー油を分析し、就航条件やシリンダー油内元素とシリンダー部の摩耗量の関係を 明らかにすることを目的として、蛍光X 線解析による元素分析と多変量解析を行った。シリンダー油中の摩耗起因物質であるFe は、就航条件により蛍光X 線強度が異なっており、単位シリンダー出力やRPM だけで整理することは しい。元素分析の結果、シリンダー油中のV やS などの燃料起因物質や摩耗により生じると推測されるCu との関係が確認された。 また、多変量解析の一つであるグラフィカルラッソ解 析を用いて、検出された微量元素とFe の関係性を解析した。Fe の検出量の異なる就航条件別に解析した結果、Fe 検出量が少ない航路では、燃料起因物質との相関が強く、Fe 検出量が多い航路では部 の摩耗に起因した元素との相関が認められる結果となった。これは、定常運行す る船舶でも摩耗機構が異なる可能性を示している。Fe の摩耗量は、シリンダーの 化度に大きく関与しており、状態 の新たな指標の一つとして可能性を示唆することができた。 今後の課題及び 展としては以下の2 点が挙げられる。 潤滑油サンプルをさらに増やし、定常運航船舶における摩耗量及び、 の他物質の関係に関して、分析及び解析をさらに めることが必要である。グラフィカルラッソ解析をより多くのデータに対し行うこ とにより、本 における提言の確実性をさらに高める必要がある。 定常運航による摩耗量と様々なファクターとの関係を明らかにすることで、シリンダー油の異常摩耗の を容易にすることを最終目的とする。 のために、摩耗量に するファクターを用いて、正常値 のための閾値及びプロセスを導くことが今後の目標である。 参考文献 松本望 杉本賢一、“蛍光X 線分析法による潤滑油中無機成分の定量法に関する ”、あいち産業科学総合センター 報告2015、pp.14 日本海事協会、“3. 船舶用ディーゼル主機関のシステム油分析調査”、2014 ClassNK 春季技術セミナー、pp.45 [3]日本マリンエンジニアリング学会誌 第49 巻 第3 万、“入門コーナー 「シリンダ油」・「システム油」・「トランクピストン油」”、2014、pp.127 井手剛 杉山将、“機械学習プロフェッショナルシリーズ 異常検知と変化検知”、株式会社講談社、2016、pp.128-135 石塚悟 木村重利、“油分析技術について”、株式会社 IHI 検査計測、2011、pp.43 高圧ガス保安協会、“中級 高圧ガス保安技術 第12 次改訂版”、2014、pp.180-181 Jerome Friedman, Trevor Hastie and Rob Tibshirani、“Package'glasso ”、2014
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