IoTを活用した高度な振動診断  ~無線ネットワーク型設備診断システムの紹介~

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カテゴリ: 第17回
IoT を活用した高度な振動診断 ~無線センサネットワーク型設備診断システムの紹介~ Advanced vibration diagnosis using IoT ~Introduction of mesh-type wireless vibration monitoring system~ 旭化成エンジニア リング株式会社 吉永岳 Takeshi Yoshinaga Member Abstract : The evolution of IoT technology in recent years has been remarkable, and its use is accelerating in various situations in our lives. Under these circumstances, there is an urgent need to utilize IoT as an issue for production efficiency, quality improvement, and safe and stable production even at production sites. To realize stable operation of production equipment, it’s important to detect signs of equipment failure in advance and take appropriate countermeasures to minimize outage loss of equipment. Production equipment usually has many rotating equipment such as pumps, fans, and motors. Vibration diagnosis has been widely applied to detect their abnormal signs and identify the abnormal part and the cause of the abnormality. This paper introduces the development process, product outline, and application examples of the wireless sensor network type equipment diagnostic system (nearline) developed by Asahi Kasei Engineering based on the problems in the conventional vibration diagnostic system. Keywords: IoT, vibration analysis, condition monitoring, wireless, low cost, case study 1.はじめに 近年のIoT 技術の進化は目を見張るものがあり、我々の暮らしの様々な場面でその活用が加速している。 このような状況の中、生産現場においても生産の効率 化、品質向上、安全・安定生産に向けた課題としてIoT の活用が急務となっている。 生産設備の安定稼働を実現するためには、設備故障の 兆候を事前に検知し、適切な対応を取ることで生産設備 の停止ロスを最小限にすることが重要である。 生産設備には通常、ポンプやファン、それらを駆動す るモータなど多数の回転機器があり、これらの異常兆候 を検出し、異常部位や異常原因を特定する技術の一つと して振動診断が広く用いられている。 本稿では、旭化成エンジニアリング(以下、「当社」という。)が振動診断のIoT 化に向けて開発した「無線センサネットワーク型設備診断システム(ニアライン? MD-910、以下、「ニアライン?」という。)について、従来の振動診断システムにおける問題点を踏まえた開発経 緯や製品の概要、その適用事例について紹介する。 連絡先:吉永 岳、〒524-0002 滋賀県守山市小島町515 旭化成エンジニアリング(株)メンテナンス研究所技術企画グループ(守山駐在) E-mail:yoshinaga.tj@om.asahi-kasei.co.jp 2.従来の振動診断システム 従来の振動診断システムは、①診断レベルによる分類 (簡易診断~精密診断)と、②監視方法による分類(オ ンライン型、オフライン型)に大別することができる。 振動レベルによる分類 簡易診断 簡易診断は、振動の大きさの絶対値(振動値)やその 時間的変化(傾向管理)を分析することによりその設備 が正常か異常であるかを簡易的に診断するものである。 精密診断 精密診断は、簡易診断に加えて周波数解析(FFT)や各種運転パラメータ(温度、圧力、流量等)など様々な 情報・信号の分析を行うことで異常が発生している部位 や原因、程度の推定までを行う技術である。 監視方法による分類 オンライン型 オンライン型ではデータ収集の周期が数分以下に設定されるのが一般的であり、常時、異常兆候の発生有無を 確認することができる。数分以下でのデータ収集により 異常兆候を早期にかつ直ちに検出することが可能である ことから、重要設備や回転数が早い等により劣化事象の 進展速度が速い設備に導入されることが多い。 オフライン型 オフライン型は一般的にはポータブル診断器を用いて 1 ヵ月程度の長周期で振動を測定し、診断を行う。 最近のポータブル診断器は、簡易診断だけでなくある 程度の精密診断も可能な高機能型となっているものが多 くあり、定期診断のみならず異常時の精密診断にも利用 される。 3.従来システムの問題点とニアライン○Rによるその解決 従来システムの問題点 オンライン型の常時監視システムは、導入時にセンサ と通信ケーブルの配線やデータ収集・解析ステーション の設置、これらに必要な電源の配線など、ある程度大規 模な工事が必要となる。また、精密診断の機能を備える システムには高機能な監視PC や解析ステーションが必要となることから非常に高価なものとなることが避けら れない。そのため導入による費用対効果が見込める設 備、すなわち故障発生に伴う減産あるいは生産停止に伴 うロスが大きい重要設備にしか取り付けることができな いのが現状である。 また、測定点が少ない場合は監視PC や解析ステーションのコストオーバーヘッドが大きくなり、重要設備で すら費用対効果を得られないケースもある。 一方、オフライン型のシステムは比較的安価で測定ハ ード(ポータブル診断器)とデータ管理ソフトを導入す ることができることから多くの設備の診断への適用が可 能であるが、以下のような問題点がある。 ・測定に人の作業が発生する ・都度、人がプローブ(センサ)を用いて測定するた め、測定者の技量により測定結果にばらつきが発生 する ・安全上の問題(安全柵、高所、狭所、高放射線等) や構造上の制約により測定できない場合がある ・測定周期が長いことから、異常兆候を発生段階で検 出することができない場合がある ニアライン○Rによる問題点の解決 3.1 節で述べた従来システムの問題点を解決するために、「センサを取り付けるだけで簡単に回転機器の状態監視が可能で、高度な自動診断を行うことができる低コ ストの振動診断システム」というコンセプトの元、ニア ライン?の開発を行った。 開発にあたってはまず、①電池駆動のセンサネットワークを構成し配線(通信、電源ケーブル)を無くした。次に、②固定センサを使用し、設置型のシステムとして 人によるデータ収集作業を不要とした。最後に、③イン ターネットにつなぐこと(IoT 化)により自動診断サービスを提供できるようにした。 以上の三つを満足するシステムを従来のシステムと比 較してより低コストで実現できたことにより、振動診断 の活用範囲を大きく広げ、生産の効率化・品質向上・安 全安定生産への大きな効果を生むツールを提供できるこ ととなった。 4.ニアライン○Rの概要と特徴 「ニアライン?」とは、オンラインとオフラインの中間を意味し、計測データが自動収集され(人による測定 作業不要)、測定周期が1 日程度(常時監視ほど短周期ではない)のシステムである。なお、標準の測定周期と して1 日程度としているが、異常兆候が認められる機器の監視強化等、データ収集周期を短くしたい場合には1 時間程度までの頻度短縮を設定できるようになっている。 概要 状態監視対象機器にセンサを取り付け、センサからの 信号を受信し通信するための子機及び無線ネットワーク を構成するための中継機を設置することで、設備の状態 監視を簡単に行うことができる「無線ネットワーク型の 診断システム」であるとともに、インターネットに接続 することにより自動で高度な診断を行うことも可能であ る(当社A-RMDs?利用)。 システム構成 図1 にニアライン?のシステム構成を示す。無線ネットワークは親機、子機及び中継機で構成される。親機は 全ての子機からの振動データを受信し、LAN により接続された監視PC にこれを送信する。中継機は子機からのデータを中継し、最終的に親機へ送信する役割を持つ。 子機には振動センサを4 個まで接続することができ、設備の振動を計測して中継機もしくは別の子機(子機も 中継機としての機能を持ち合わせている)を経由して親 機にデータを送信する。中継機と子機は電池駆動であ り、AC 電源は不要である。無線はメッシュ型ネットワークであり、通信経路の冗長性を確保して高い通信信頼 性を持つものとなっている。 特徴 Fig.1 Nearline system configuration 振動値や傾向グラフを確認することにより簡易診断 を行うことが可能である。また、振動の生波形も定 期的(通常は1 週間に1 回の設定)に自動で収集されることから、これを用いてある程度の精密診断を 行うことも可能である。更には、遠隔自動診断シス テム(当社A-RMDs?)を併用することによりこの精密診断までの一連の解析を自動で行うことも可能 となっている。 無線ネットワークの信頼性 無線を利用する場合には、通信の信頼性確保と消費電 力の低減(電池寿命の延長)が重要なポイントとなる。 本システムにおける通信の信頼性については、物理空 間と周波数空間の二つで冗長性を確保し、信頼性を高め ニアライン?は次の四つの特徴を有する。 ①低コストで高い精度の設備状態監視が可能であり、 大きな効果を得ることができる 子機、中継機を電池駆動とすることで、通信ケー ブルや電源の配線工事が不要であるとともに、短期 間での設置・導入を可能としたことで低コストを実 現した。導入コストの例として、当社の大規模オン ライン監視システム(LEONEX)と比較した場合、測定点1 点あたり1/4 のコストで導入できた事例もある。 ②小規模な導入からスタートし、後から規模を拡大す ることが比較的容易である 親機1 台、子機1 台程度からのスモールスタートが可能であり、効果を確認しながら子機や中継機を 増設することにより容易にシステムの拡張を行うこ とができる。また、増設の際も通信ケーブルや電源 の配線工事は不要であることもシステム拡張を容易 に実現できる一因となっている。 ③自動でデータ収集が行われることにより、測定作業 が不要となる 固定センサを使用することで、測定者の技量によ る測定結果のばらつきがなくなるとともに、連続監視ではないものの人が測定する頻度(一般的には、 1 ヵ月程度)と比較するとより多くのデータを収集することができ、異常兆候の早期検出に対する感度 を高めている。 ④遠隔の自動診断により高度な診断報告を得ることが 可能である 親機に収集されたデータは監視PC 内の振動管理ソフト(Machine Trend Master:MTM)に保存され ている。 ①物理空間の冗長性 メッシュ型の通信経路構成とすることにより、子機 から親機までに複数の経路を作ることができ、一つの 区間で通信異常が発生した場合でも別経路を自動で選 択し、迂回して通信することができる仕組みとなって いる。 ②通信空間の冗長性 2.4GHz 帯に分割された15 の周波数チャンネルを持ち、自動的に空きチャンネルを選択して通信する 仕組みとなっている。なお、データのセキュリティ 確保については128bit 暗号化を適用している。 ③消費電力の低減 親機が各子機と中継機の通信タイミングの最適化 をスケジューリングし、無駄な待ち受けや混信によ る再送などをなくすことにより、消費電力の低減が 図られている。これにより、標準の測定(1 回/日) における電池寿命は約4 年という長期間の電池寿命を実現している。 5.ニアライン○Rの仕様 図2~4 にニアライン?の主な仕様を示す。図2 及び図3 が非防爆エリア用であり、図4 は防爆エリア用となっている。子機と中継機は防水規格IP66 相当となっており、屋外にそのまま設置することができる。いずれも小 型で、簡単に取り付けができる構造となっているととも に、前面開閉式(強固なフック留め)となっていて電池 交換も容易にできるようになっている。 測定データについては、加速度は20kHz までの高周波数領域までカバーしており、ベアリングの異常を早期に 検知することができる。また、振動の生波形も収集する ことが可能となっており、管理PC 上で周波数分析などの精密分析の実施が可能となっている。 Fig.2 Appearance and size of nearline devices Fig.3 Main specification of nearline child and relay device Fig.4 Main specification of nearline devices (explosion proof) 無線の通信距離は、見通しでメッシュ1 区間で最大 200m 程度通信が可能であり、条件にもよるが中継機を組み合わせることで1km 以上もの範囲での通信が可能となる。なお、1 台の親機による無線ネットワーク上において、子機及び中継機を最大100 台接続することができることから、中継機を用いないネットワーク構成であれば最大400 点のセンサ接続(すなわち400 点のデータ測定)が可能となっている。 6.ニアライン○R導入事例 図5 にニアライン?の子機及びセンサの取付例を示す。屋外に設置された排気ファンのモータ及びファンの それぞれの軸受部4 箇所にセンサを取り付け、直近に子機を取り付けた事例である。加速度センサから子機まで の距離はおよそ2m であり、センサと子機の取り付けは大掛かりな工事の必要が無く簡単に行えることがわか る。中継機の取り付けも子機同様、ポールや柱などに簡 単に取り付けることができ、小規模であれば1、2 日程度で取り付け~システム立ち上げが可能となっている。 Fig.5 Example of nearline child device and sensors installation 次に、図6 に大規模導入事例を示す。本事例におけるシステム構成は以下の①~④の通りとなっており、対象 設備は屋内外、建屋1 階~屋上までの広範囲に存在し、 センサ点数は約170 点、通信距離400m 以上の大規模な構成となっている。 ①親機:1 台 ②子機(=監視対象機器数):50 台超 ③センサ数(=監視対象箇所数):約170 点 ④中継機:30 台超 親機子機中継機 Fig.6 Example of large-scale introduction 本事例においては、導入前に子機7 台、中継機10 数台で通信テストを実施した後、実導入した。子機と中継 機の設置は2~3 日程度(センサ取り付けは除く)で実施され、短期間でデータ収集ネットワークの構築を行う ことができた。また、設置後1 年間以上のデータ収集が安定して継続できており、有線とそん色ない通信の信頼 性の高さを確保することができている。 親機 子機 中継機 7.終わりに IoT を活用し生産の効率化・品質向上・安定生産への効果を得るためには、現場の状態やその変化の情報を目 的に応じて適切(有効)にインターネットにつなぎ、収 集した情報を解析する技術が必要である。この2 つがうまく行われないと、期待した効果を得ることができない だけでなく、無駄な投資や情報の洪水による判断不能、 更には間違った判断に陥る可能性もある。これを避ける ためにはまず、現在有効に動いている仕組みをIoT 技術でさらに活用しやすくし、高い効果を得ることから始め るのがよいと考える。 図7 に当社が進める設備診断のIoT 技術の活用全体像を示す。現状で既に効果が得られている技術(システム など)をIoT の活用により導入しやすくし、適用範囲 (場所、人、知識)を広げていく構図となっている。こ のように既存の技術とIoT を組み合わせることからスタートしていくことが成功の近道だと考える。小さな成功 を積み重ねていくことにより将来的に大きな課題に取り 組むことが可能となるのである。 Fig.7 AEC’s Overview of utilization of IoT technology for condition monitoring 設備診断技術の将来的な大きなテーマとして、「プラントライフコストの削減による経営効率の最大化」が挙 げられる。図8 にこのテーマの構図を示す。生産設備の状態や履歴といった設備管理情報と生産量、製品品質、 ラインの稼働情報といった生産情報を統合し、それらを 解析することでプラントライフサイクルのコストを改善 につないでいく。結果、経営効率の最大化につながる。 このような形で、設備診断技術の更なる進化と高い活用 が始まっている。 Fig.8 Integration of equipment management information and production information realized by introducing IoT 参考文献 [1] 松本史朗, “IoT を活用した高度な振動診断”, 配管技術、2020.3、pp.45-53
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