PWR1次冷却水環境下でのマグネタイト生成メカニズム等に 関する検討
公開日:
カテゴリ: 第17回
PWR1次冷却水環境下でのマグネタイト生成メカニズム等に関する検討
Investigation on magnetite formation mechanism in PWR primary coolant system environment.
四国電力株式会社
井門
賢一
Kenichi Ido
Non-member
四国電力株式会社
中川
和重
Kazushige Nakagawa
Non-member
㈱ 四国総合研究所
山本
松平
Shohei Yamamoto
Non-member
四国電力株式会社
大鹿
浩功
Hironori Oshika
member
Inadvertent withdrawal of a control rod cluster was observed during lifting of the upper core structure on the 15th outage of Ikata Unit3. The source of magnetite sludge, which is one of the causes of this event, was presumed to be the drive shaft, but there is little knowledge about the corrosion characteristics of the drive shaft material SUS410 in the PWR primary water.
Therefore, we investigated the corrosion characteristics of SUS410 in simulated PWR primary water circumstance at the plant start-up stage. As a result, magnetite was mainly observed in the corrosion product of SUS410; It strongly suggests that the causal magnetite sludge originates in the SUS 410 corrosion products.
Keyword: Ikata Unit3, primary coolant system, drive shaft, SUS410, corrosion, magnetite,
1.はじめに
伊方発電所3号機第15回定期検査(令和元年12月26日解列)の燃料取出し作業において発生した制御棒クラスタの吊り上がり事象では、当該制御棒クラスタのスパイダ頭部内に薄膜状及び粒子状のマグネタイトの堆積が確認され、これが本事象に影響したものと考えられた。
このマグネタイトは、1次冷却水が高溶存酸素環境となるプラント起動初期段階に、SUS410製の駆動軸内表面で生成した腐食生成物が、起動工程の進行に伴いマグネタイトに変態して脱落・堆積したものと推定されたが、SUS410に関する1次冷却水環境下での腐食挙動や腐食生成物の形態についての試験・検討は十分なされていない。
本検討は、PWR型原子力発電所1次冷却水の水質環境を模擬してSUS410等の腐食試験を行うことにより、腐食生成物の生成状況、腐食速度等についての知見の拡充を図るもので、本報ではフェーズ1として実施した起動時の水質環境下で生成する腐食生成物の化学形態とその遷移等に関する試験結果について報告する。
2.調査計画
プラント起動初期の制御棒駆動軸は全引抜状態にあり、駆動軸は全長にわたり高温・高溶存酸素の水質環境下におかれるが、起動工程の進行に伴い溶存酸素は除去され、水質は還元性雰囲気となる。
連絡先:井門 賢一
〒760-8573 高松市丸の内2番5号
四国電力株式会社 原子力部安全グループE-mail:ido15152@yonden.co.jp
フェーズ1では、この温度や水質を模擬し、表1 に示す条件でSUS410と、比較対象としてSUS316の腐食試験を実施した。
表1 試験概要
試験①
酸化性雰囲気試験
試験②
酸化性雰囲気
→還元性雰囲気試
験
概要
1次系水張後の駆動軸ハウジング内環境を 想 定 し た 条 件 にて、 SUS410 とSUS316
の腐食生成物生成状
況を確認
試 験① の 手順の 後に、水質調整後を想定 した 条 件にて 、SUS410 とSUS316 の腐
食生成物生成状況を
確認
試験条件
気層
大気ガス
大気ガス→窒素ガス
液層
ほう酸(4,500ppm)
/Li(1.0ppm)水溶液
ほう酸(4,500ppm)
/Li(1.0ppm)水溶液還元性はヒドラジン添加
試験材料
SUS410(実機駆動軸同等材)、SUS316試験片
試験装置
チタン製オートクレーブ装置を使用
試験手順
1. 試験片を装置に収納
( 浸漬させ, 蓋閉
止)
2.目標温度(200℃)まで昇温
昇温、昇圧状態で保持(2,5,10日)
試験片を回収,分析
1,試験①(10日保持)
2. ヒ ト ゙ ラ シ ゙ ン 添加( 液層), 窒素置換( 気層)
3.目標温度(200℃)まで昇温
昇温、昇圧状態で保持(10日)
試験片を回収,分析
分析項目
外観観察
試験片表面分析、3,試験液懸濁物分析
(元素組成【EPMA】、結晶構造【X線回折】)
3.フェーズ1調査結果
外観観察
試験前後のSUS410試験片表面を観察したところ、試験①、②共に黒色化が認められた。試験後の試験液中懸濁物は、試験①の酸化性雰囲気試験では赤褐
色であったが、②の酸化性→還元性雰囲気試験では黒色であった。
一方、SUS316試験片表面の色調変化はSUS410よりも軽微であり、試験①では金属光沢が消失し、試験
②で僅かな黒色化が認められる程度であった。試験後の試験液中懸濁物は、試験①では赤褐色だったものが、②の試験では一部黒色化が認められた。
回収された懸濁物の量は、SUS410と比較して顕著に少なかった。
元素分析、結晶構造分析
制御棒駆動軸材料であるSUS410の試験片表面の腐食生成物(酸化皮膜)の主成分は、試験①②ともにマグネタイト(Fe3O4)であった。試験液中の懸濁物については、試験①の酸化性雰囲気ではヘマタイト(α-Fe2O3) が主成分であったが、試験②の還元性雰囲気への移行に伴いFe3O4へ変態した。
また、比較対象として用いたSUS316では、試験①
②いずれにおいても試験片表面及び懸濁物ともに主成分はFe3O4であった。
試験片
懸濁物
試験①酸化性10日目
試験②酸化性→還元性
S U S 4
1
0
S U S 3
1
6
図1 試験片表面および懸濁物の電子顕微鏡像
図2 SUS410試験片表面および懸濁物のX線回折分析結果
表2 SUS410懸濁物の元素組成(EPMA半定量分析)(atom%)
Fe
Cr
Ni
O
試験①酸化性10日
39.4
<0.1
<0.1
60.4
試験②酸化性→還元性
49.2
<0.1
<0.1
50.7
表3 生成された腐食生成物
主成分
副成分
試験①
酸化性雰囲気
酸化被膜
Fe3O4
γ-Fe2O3, FeCr2O4(推定)
SUS410
試験片
懸濁物
α-Fe2O3
γ-Fe2O3, Fe3O4
試験② 酸化性→
還元性雰囲気
酸化被膜
Fe3O4
γ-Fe2O3, FeCr2O4(推定)
懸濁物
Fe3O4
γ-Fe2O3
試験①
酸化性雰囲気
酸化被膜
Fe3O4
有意なピーク検出なし
SUS316
試験片
懸濁物
Fe3O4,α-Fe2O3
NiFe2O4, FeCr2O4(推定)
試験② 酸化性→
還元性雰囲気
酸化被膜
Fe3O4
NiFe2O4, FeCr2O4(推定)
懸濁物
Fe3O4
α,γ-Fe2O3, NiFe2O4,
FeCr2O4(推定)
4.まとめ
一般に高温水中でのステンレス鋼の表面は、腐食 によって緻密な内層と粗な外層の二層からなる酸化 被膜を形成し、イオン状およびクラッドと呼ばれる Feを主成分とした粒子状の腐食生成物を放出する[1]。また、Crは、内層酸化物内に留まりやすいとされて いる [2]。
今回のプラント起動初期を模擬した腐食試験では、1)外層酸化物と考えられる試験片の表面および試
験液中の懸濁物の主成分はFeであり、文献[1] [2]の酸化被膜形成・放出メカニズムと整合している。2)腐食生成物は還元性雰囲気中でFe3O4に変態しており、制御棒クラスタのスパイダ頭部内から回収
された堆積物の結晶構造と合致した。
3)腐食生成物の元素組成は、一次冷却水中の金属 クラッドと比較してニッケル、クロム成分が少な く、回収された堆積物の組成に近いものであった。以上から、制御棒クラスタのスパイダ頭部内から
回収されたマグネタイトは、主に駆動軸内部で生成し堆積した可能性が示唆された。
また、今回の試験条件では、回収された懸濁物の量に材料間で大きな差があり、SUS316の腐食量はSUS410と比較して小さいことを確認した。
5.今後(フェーズ2調査)について
SUS410の腐食挙動に関する知見のさらなる拡充を図るため、プラント運転中の制御棒駆動軸内で想定される環境条件をもとに、腐食に影響するパラメータ(温度、pH、溶存酸素等)を変動させる試験を実施する。
参考文献
石榑顕吉、“原子炉におけるクラッド挙動と水化学”、防食技術、32、1983、pp.276-285
西岡弘雅ら、“PWR 一次系模擬水中で形成した照射ステンレス鋼の酸化皮膜分析 ”、 INSS JOURNAL Vol.19、2012、pp.131-143