PWR環境中でのステンレス鋼の環境効果(レプリカ観察による亀裂発生・成長挙動の調査)
公開日:
カテゴリ: 第15回
PWR 環境中でのステンレス鋼の環境効果
(レプリカ観察による亀裂発生・成長挙動の調査)
Environmental effect of stainless steel in PWR environment. (Investigation of Crack initiation and growth behavior by Replica Observation)
大阪大学
能勢
昂尚
Takahisa NOSE
Member
大阪大学
北田
孝典
Takanori KITADA
Non Member
大阪大学
竹田
敏
Satoshi TAKEDA
Non Member
大阪大学
中村
隆夫
Takao NAKAMURA
Member
原子力安全
システム研究所
釜谷昌幸Masayuki KAMAYAMember
Abstract
The purpose of this study is to investigate environmental effects on SUS316 in different strain rate condition. The fatigue tests were conducted under different strain rate (0.4%/s and 0.004%/s) in simulated PWR environment with interrupting tests and the effect of strain rate on crack growth rate was evaluated by the observation of test specimen surface. From the results of investigation, the followings were confirmed;
・The effect of strain rate on crack growth rate is larger in 0.004%/s than 0.4%/s.
・The coalescence rate of crack in 0.4%/s is larger than that in 0.004%/s.
・The lower strain rate promotes environmental effect that decreases fatigue life by the increase of crack growth rate and not by that of crack coalescence.
Keywords: Environmental effects, Fatigue crack, Strain rate, Crack coalescence, Crack growth
はじめに
現在、日本の原子力発電所には運転を開始して40 年を超えるプラントがあり、今後の運転において機器の経年 変化がより顕著に現れてくることが予想される。原子力 発電所の安全確保のためには、経年変化の影響を把握し て適切に機器の取替などを行う保全活動がより重要にな る。
原子力発電プラント機器において、疲労は代表的な経 年変化事象である。機器の疲労損傷に至る過程はき裂の 発生と進展過程に区別することができる。ASME B&PV Sec. Appendix L[1]では 疲労 UF)が1.0 を超えた場合、き裂の進展解析及び破壊力学的評価を行い 10 年間の構造健全性を確認することによりプラントの継続運転を可能とする 定がある。また、より効果的な保全活動をおこなうために、釜谷らは疲労 損傷の度合いに対応した仮想き裂寸法に基づいて疲労劣化を管理す る仮想き裂成長曲線[2]を提案しており、この曲線を作成
連絡先: 能勢 昂尚
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1
大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻
E-mail: t-nose@ne.see.eng.osaka-u.ac.jp
するためにはき裂の発生・進展挙動を正確に把握することが求められている。
一方、PWR 一次冷却水環境下では大気中と比較してステンレス鋼の疲労寿命が大きく減少することが知られている。また環境効果には温度、ひずみ速度、溶存酸素濃度などの様々な影響因子があることが明らかとされている。[3]環境中における疲労寿命の減少にはき裂の発生、および初期の微小き裂の進展が大きく寄与していると藤川らは指摘している。[4]
そこで、高温・高圧水中(以下、環境中と言う)でのき裂の成長挙動の観察を行うため 2 段レプリカ法が開発・適 され[4]、PWR 次冷却水環境中において疲労き裂の発生・進展挙動が調べられた2]。その結果、環境中では大 気中と比較してき裂の発生速度が加速されることにより疲労寿命が大きく減少することが明らかとされた。さらに、環境中ではき裂の合体が生じることによるき裂成長の加速が重畳することが確認された。
本研究では環境中において疲労寿命に大きく影響を与える因子のひとつであるひずみ速度に着目して、ひずみ速度がき裂の発生・進展に与える影響を実験的に調査し、 環境効果のメカニズムについて検討をおこなった。
記号説明
a き裂深さ (m)
t 試験片厚さ (m)
Δε ひずみ範囲 (%)
dε/dt:ひずみ速度 (%/s)
dl/dN き裂進展速度 (μm/cycle)
環境中疲労き裂成長挙動の観察
試験条件
PWR1 次冷却材環境中でのき裂成長挙動を観察するため途中止めによる低サイクル環境中疲労試験を行った。
方法は 方 ひずみ とし、ひずみ比は-1 とした。温度は 325℃、ひずみ範囲は 1.2%とし、ひずみ速度は 0.4%/s と 0.004%/se の 2 の条件で試験を行った。
Table 1 )環境条件は、PWR1 次冷却水系を模擬した。水質条件をTable 2 に示す。
Table 1 Fatigue test condition
Temp.(℃)
Strain range (%)
Strain rate(%/s)
325
1.2
0.4
325
1.2
0.004
Table 2 Water condition of simulated PWR environment
3 2 試験片
試験片は、Table 3 の化学成分を有する316 ステンレス
鋼を いた。試験片形状は、Figure 1 に示す中空形状とした。試験片の中心孔に 325 ℃の PWR 模擬 1 次冷却水を循環させて試験を行った。試験片の肉厚全体にわたり325℃の均一な温度となるように、試験片外表面から高周 波加熱器で加熱した。
Table 3 Component of test material (SUS316) (wt%)
Fe
C
Si
Mn
P
S
Ni
Cr
Mo
Bal.
0.06
0.5
1.3
0.031
0.027
10.18
16.94
2.02
Figure 1 Sketch of hollow specimen (Unit : mm)
3 3 2 段レプリカ法
2 段レプリカ法は、中空試験片の内側表面を観察するために藤川ら[4]が開発した 体レプリカとフィルムレプリカを併 した観察手法である。
2 段レプリカ法では、まず、試験機から取り外した中空試験片の内部に液体状のシリコンゴムを充填することで、
体レプリカを 取する Figure 2 )。 体レプリカ表面には試験片内側表面の凹凸情報 き裂形状)が写し取られており、それをフィルムレプリカに転写する。光学顕微鏡により、フィルムレプリカを観察した様子をFigure 3 に示す。き裂が明確に認識できることがわかる。
Figure 2 Hollow specimen and 3-dimensional replica
Figure 3 Example of crack in film replica
3 .4 試験結果
疲労寿命
疲労試験ではき裂は試験片の内側表面に発生し、外側 表面まで進展・貰通した。中空試験片の内側表面から発生したき裂が外側表面に貰通するまでの繰返し を疲労寿命 Nf と定義した。レプリカ法による観察は、疲労寿命
到達後に加えて、Table 4 に示す繰返し で試験を2 回中断して行った。
観察領域は 方 に3.00mm 半径方 に2.00mmとした。各繰り返し において同一領域を観察することにより、新たなき裂の発生やそれぞれのき裂の進展、合体の様子を追跡、調査した。
cycles
600
1200
1511
top1
687
2614
2762
111
189
267
917
152
top2
347
312
2577
237
1149
363
146
155
248
126
223
187
280
140
149
688
210
top3
441
1417
2493
179
152
243
502
179
688
321
top4
103
1023
2269
58
397
208
341
1060
379
206
261
377
149
top5
169
307
1643
119
175
244
233
1065
244
493
Table 4 Fatigue life and cycles of observation
Strain rate(%/s)
Observation(cycles)
Fatigue life(cycles)
0.4
600,1200
1511
0.004
300,400
709
き裂進展挙動
観察領域内で観測されたき裂のうち、疲労寿命到達時点 試験片破断時)において最も長かったき裂5 本についてき裂進展挙動を追跡調査した。それぞれのき裂の進展挙動をtable 5 とtable 6 に示す。各行にある複 の 値はサイクル の増加と共にき裂同士が合体したものである。Figure 4 に観察されたき裂の合体の例を示す。
Table 5 Growth of crack length (mm) (Strain rate: 0.004%/s)
Table 6 Growth of crack length (mm) (Strain rate: 0.4%/s)
cycles
300
400
709
top1
1417
1631
4077
692
858
1052
1494
213
top2
737
772
2284
1049
1164
top3
1409
1617
2179
top4
946
1142
1956
top5
549
808
1731
255
349
Figure 4 Coalescence of cracks observed in the replica
き裂数
き裂長さが0.10mm になった時点をき裂の発生と定義した。各途中止め観察におけるき裂 及び観察した繰返し において新たに見つかったき裂の個 をTable 7 と
Table 8 に示す。いずれのひずみ速度においてもき裂は初期に発生し、2 回目の観察以降に発生した新たなき裂は全体の2%程度であり、最初の途中止めの段階 それぞれのひずみ速度において破断寿命の約40%に相当する)でほとんどのき裂が発生していることが確認された。
Table 7 Number of cracks (Strain rate: 0.4%/s)
Cycles of observation
600
1200
1511
Number of crack
119
78
64
New crack
119
2
0
Table 8 Number of cracks (Strain rate: 0.004%/s)
Cycles of observation
300
400
709
Number of crack
62
59
45
New crack
62
1
0
き裂の長さ分布
き裂の長さ分布をFigure5 とFigure 6 に示す。
ひずみ速度0.4%/s では、0.004%/s と比較して0.20mm 以下の微小き裂が多く存在し、繰返し が増えるにつれてき裂 が減少することが確認された。長いき裂 については、ひずみ速度0.004%/s の方が0.4%/s より多かった。
Figure 5 Distribution of crack length (Strain rate: 0.4%/s)
Figure 6 Distribution of crack length (Strain rate: 0.004%/s)
き裂成長速度
試験片表面観察から られた繰り返し の増加によるき裂長さの進展 からき裂の成長速度を求めた。き裂の合体の影響を取り除くため、合体が観測されたき裂は対象外としてき裂の成長速度を求めた。き裂の成長速度を求めたき裂 は、ひずみ速度0.4%/s で101 個、ひずみ速度0.004%/s で88 個である。
Figure 7 にき裂成長速度を長さ区間(100μm) とに分け、その中で最も高かったき裂成長速度をそれぞれの区間とにプロットした。ほとんどの区間でひずみ速度0.004%/s の方がき裂成長速度は早いことが確認された。
き裂長さを500μm以下、500μm,... 1000 m、1000 m以
の3 区間に分け、各ひずみ速度におけるき裂成長速度の分布を調べた。き裂の成長速度を、停留き裂(成長速度0.1μm/cycle 未満)、低成長(成長速度0.100,... 0.333 m/cycle)、中成長(成長速度0.333,... 0.667 m/cycle)、高成長(成長速度0.667,... 1.000 m/cycle)、超高成長(1.000 m/cycle 以 )の5つに区分し、それぞれのき裂長さ毎に、きれつ成長速度の分布を調査して、Figure 8 とFigure 9 にまとめた。縦
は各き裂長さ区間におけるき裂成長速度の割合を示す。
Figure 7 Maximum value of crack growth rate vs. crack length
Figure 8 Distribution of crack growth rate and crack length (Strain rate: 0.4%/s)
Figure 9 Distribution of crack growth rate and crack length (Strain rate: 0.004%/s)
き裂の合体
藤川らの研究による観察結果[2]では、大気中と比べて環境中では疲労寿命に至る期間のうち比較的早い段階でき裂が多 発生し、更にき裂の合体も発生していることとが示された。とくに、き裂長さが微小な段階におけるき 裂の合体はき裂の長さが倍近くになるケースがあるため、 見かけのき裂進展速度が大幅に増加し疲労寿命に大きく
影響する。環境中におけるき裂の合体はき裂進展を加速 する重要な要因のひとつであると結論付けている。
本研究においてもき裂の合体が多く観察された。レプ リカ観察から られたき裂長さからき裂の合体挙動について調査した。Table 9 に、疲労寿命の約 40%の繰返し時点と、疲労寿命到達時点までに合体したき裂について調査した結果を示す。ここでき裂の最大合体 (Maximum number of crack coalescence)とは、疲労寿命に対し約40% 時点で観測されたき裂が合体し、疲労寿命に到達した時点で最大何本のき裂が合体して 1 本のき裂となったかを示している。また、き裂の合体比 (Rate of crack coalescence)とは、疲労寿命の約 40%時点で観測されたき裂のうち疲労寿命に到達した時点までに合体したき裂の割合である。これらの 値の比較から、ひずみ速度0.4%/s の方が 0.004%/s に比べてき裂の合体するき裂の割合が多いことが確認された。
Table 9 Number and rate of crack coalescence
Strain rate(%/s)
Maximum number of crack coalescence
Rate of crack coalescence (%)
0.4
11
69.3
0.004
4
41.5
ひずみ速度の影響評価
疲労寿命
ひずみ速度が疲労寿命に与える影響について検討した。 疲労寿命には主きれつの挙動が影響を与えるため、この き裂の挙動にひずみ速度が与える影響を把握するために、
table 5 とtable6 のき裂進展挙動について検討した。
ひずみ速度 0.4%/s では疲労寿命の約 40%の時点(600cycles)で微小なき裂(500μm以下)のき裂が多 を占めている。疲労の蓄 (サイクル の増加)と共に、き裂の合体が多く観察され、合体によりき裂長さが大きく びていることが示された。一方、ひずみ速度 0.004%/s では、疲労寿命の約 40%の地点(300cycles)において 1000 m以のき裂が観測された。また、疲労の蓄 (サイクル の増加)と共に、き裂の成長と合わせて2~3 本程度のき裂の合体が発生している様子が確認された。このことから、ひずみ速度(0.4%/s)では合体によってき裂が大きく進展するが、ひずみ速度が くなる0.004%/s では、き裂の合体が減少する一方で、き裂の成長速度が大きく加速されることによりき裂が進展する傾 が示された。
これは主き裂とは別の観察領域で られたき裂挙動に対するひずみ速度の影響を示しているが、主き裂に関しても同様の傾 にあると推定される。
き裂の合体
前述の藤川らの研究[4]では、き裂の合体は環境中にお いてき裂先端付近に存在するき裂が互いに成長し結合することによって起きると推定している。
本研究で られたき裂の合体に関する観察結果 Table 9)から、ひずみ速度0.4%/s の方がき裂の合体頻度が高く、より多くのき裂が合体して 1 本のき裂になっていること
が示された。Table 7 とTable 8 はき裂の を同じ面 で観察しているため、き裂の がそのままき裂密度に相当する。同じ観察領域内でも疲労寿命の約 40%付近では、ひずみ速度0.4%/s ではひずみ速度0.004%/s と比べてき裂密度が約 2 倍高い。このため、き裂の先端付近に他のき裂が存在する可能性が高く、き裂の合体が起きやすくなっ たと推定される。
また、藤川らの研究[4]によれば、き裂先端付近は応力 集中により他の領域よりもき裂が発生しやすくなることが考えられることから、今後観察領域内でのき裂密度 けでなく、き裂先端付近のき裂の存在またはき裂先端同士の距離を調査することによりき裂の合体条件が明らかとなれば、より詳細なき裂進展予測が可能になると考えられる。
き裂成長
ひずみ速度がき裂の成長速度に与える影響について検 討した。Figure 7 に示す最も速かったき裂成長速度の分布から、ほとんどの区間でひずみ速度が い(0.004%/s)方がき裂成長速度が速いことが明らかとなった。また、Figure 8、Figure 9 に示すき裂長さとき裂進展速度の分布からもひずみ速度が い(0.004%/s)方がき裂成長速度が速いことが示された。このことから、ひずみ速度が くなると、き裂の成長が促進され、疲労寿命を減少させていることが明らかとなった。
また、Figure 8 からひずみ速度(0.4%/s)では 500μm以下のき裂は半 以 が停留することが示された。しかし、ひずみ速度が くなると(0.004%/s)き裂は停留することなく成長している。(Figure 9 )
Figure 5、Figure 6 から、ひずみ速度0.4%/s においては短い
き裂が多いが、ひずみ速度が くなると(0.004%/s)短いき裂が減少していることが示された。このことからひずみ 速度が くなると今まで停留していたき裂の成長が促進され、き裂が長くなる傾 にあると考えられる。
結論
本研究では、PWR 模擬l 次冷却水環境下におけるひずみ速度の変化が環境効果に与える影響を検討するため、316 ステンレス鋼の異なるひずみ速度における低サイク
ル疲労試験を実施した。そして 2 段レプリカ法を いてき裂の成長を観察し、環境中でのひずみ速度がき裂の進 展挙動に与える影響について検討した。
られた結果を以下にまとめる。
(ⅰ) ひずみ速度0.4%/s および0.004%/s で低サイクル環境中疲労試験を行った結果それぞれ1511 回および709 回で破断し、ひずみ速度が くなると疲労寿命が低下した。(ⅱ)き裂の進展はき裂の合体によるものとき裂の成長によるものに分けることができ、ひずみ速度が くなるとき裂の成長速度が加速される。
(ⅲ) ひずみ速度が くなるとき裂の発生密度が低下し、その結果き裂の合体が起こりにくくなる。
(ⅳ) ひずみ速度が くなるとき裂成長速度の加速に加えて、停留していたき裂も成長を開始する傾 がある。
参考文献
ASME BPV Code sec. Non-mandatory Appendix L
operating Plant Fatigue Assessment
INSS journal vol.19 2012 NT-12Masayuki Kamaya,
Masahiro Kawakubo “Damage Assessment of
Low-cycles Fatigue by Crack Growth Prediction”
The Japan Society of Mechanical Engineers, Fatigue evaluation task “Report on Fatigue Evaluation in Design” 2017
Fujikawa. R., Nakamura, T., Kitada, T., Kamaya, M., “Environmental effect on low cycle fatigue crack growth of SUS316”, Japan Society of Maintenology, Vol. 15, No. 2,