解説記事「ICT技術の応用によるプラント運用高度化ソリューション」
公開日:1.はじめに
発電プラントの保守・運用においては、定期巡回による現場計器の目視確認、及び手書きの記録作業が行われている。この作業を削減するために遠隔監視できるようにしたいとのニーズはあるものの、既設設備の改造や新規ケーブル敷設等が必要になるため、費用対効果の観点から実現のハードルは高い。また、福島第一原子力発電所事故以降、原子力発電プラントの安全対策工事が進められている一方で、原子力災害発生時の意思決定や住民避難、将来予測されるサイバーテロ対策等の防災に関わる支援システムの技術も注目されている。
三菱重工業株式会社(以下「当社」)では、発電プラントの運用保守の高度化・効率化、更なる安全性向上に貢献すべく、最新の ICT技術を応用した製品開発/付加価値の創出に取り組んでいる。本報では、当社の ICT技術の活用例として、プラント向けエッジ側状態監視処理システム:Site parameter Monitoring system with Edge computer (SMEc)及び意思決定支援システム: Decision Make supporting Panel (DMP)の 2つの技術の概要を紹介する。
2.プラント向けエッジ側状態監視処理システム
2.1 背景
当社では近年進歩している画像処理やエッジ情報処理を用い、既設設備に改造を加えることなく現場計器を自動で読み取り、数値データを低容量通信で伝送可能なプラント向けエッジ側状態監視処理システム( SMEc)を開発した。本システムの導入により、定期巡回による現場計器の監視・記録作業の削減はもちろんのこと、可搬性、初期設定の容易性、防塵・防水性を有することから、環境変化や設備不調時における仮設重点監視設備としてや、荒天時の現場作業リスク低減対策として活用できる。
2.2 システムの概要
SMEcはエッジ側にカメラおよび計算機を設置し、撮影した現場計器の画像から深層学習を用いて指示値を推定し、数値データのみを事務所等の計算機に遠隔伝送するシステムである。
図2.1 SMEcの構成
2.2.1 読み取り対象
SMEcは事前に数種類の計器形状を学習させることにより、様々な計器に対応するため、画像から計器種別を自動判別し指示値等を推定することができる。
現在、読み取り対象計器は、 1針アナログ指示計、縦型計器、デジタル指示計、LEDランプの 4種である。
2.2.2 同時読み取り台数
1ヶ所に複数の計器が密集して配置されている現場に対し SMEc1台で対応できるよう、1枚の画像から最大 6台の計器を識別し同時読み取り可能である。
2.2.3 伝送方式
SMEcはエッジ側の計算機にて深層学習により指示値を推定し、数値データのみを伝送することでデータの低容量化を図っており、通信速度の低い既存の通信網を活用できる。有線、無線の両方に対応し、 Ethernetの他、 PHS、フィールドバス、HD-PLC、sXGPにも対応している。
2.2.4 屋外環境への対応
発電プラントの現場計器については、屋外にて風雨に晒される環境にあるものが少なくない。これらの巡回は作業員にとって負担であり、荒天時には安全面のリスクも伴う。 SMEcは屋外設置計器に対応するため、エッジ側に設置する計算機/カメラ/ケーブル類には防水・防塵仕様のものを選定し IP67に対応している。
2.3 深層学習を用いた初期設定の自動化
デモンストレーション等を通してユーザーのニーズを聴取したところ、遠隔監視開始前の初期設定は読み取り精度に影響を与える一方、設定には時間とノウハウが必要なことから、これを省力化したいとの声が多く聞かれた。
そこで深層学習等を用いて初期設定を自動化することで、運用性を向上させた。これにより、新規に設置する際や、対象計器を変更する際の設定作業を大きく軽減できる。
ここでは、SMEcの初期設定自動化技術の概要を述べる。
2.3.1 直交変換
SMEcは、現場にカメラ及び計算機を追設し、既設設備を改造することなく遠隔監視を実現する。狭隘な現場では、計器周辺の構造物との干渉のため、計器を真正面位置、及び大きさ合わせを行う。
2.3.4 始点/終点の位置合わせ、工学値合わせ
計器種別、大きさ、中心位置を定めれば、始点/終点の位置は計器種別によりパターン化されており自ずと決まってくる。また、始点/終点の工学値記載位置も決まってくるため、OCRにより最大値/最小値を読み取る。
実際の指示値を推定する際は、深層学習によりカメラ画像から指示針の位置を推定し、始点/終点との位置関係から工学値を求める。(図 2.3)
から撮影できず、読み取り精度が悪化する場合がある。この課題を解決するため、画像の直交変換処理を適用し、あたかも計器真正面にカメラを設置したかのように画像補正することにより、読み取り精度を向上させている。
2.3.2 計器種類の判別
事前準備として、アナログ指示計、デジタル指示計等の読取計器の学習データを用意し、計器の形状を学習器に学習させておく。次に現場でカメラ画像を学習器に入力し、深層学習を用いて計器形状から計器の種別を自動判別させる。認識精度向上のため、学習データには、計器の傾き、光源位置により生じる影、光源照度による明るさ、太陽光による色味成分に変化を与えた多数のパターンを準備する。(図 2.2)
2.3.3 計器中心位置合わせ、大きさ合わせ
計器判別後の抽出画像に再度深層学習を適用し、学習データと最も尤度が高い判定結果を使用し、計器の中心
図2.3 工学値算出方法
2.3.5 画像の 2値化
演算負荷低減のため、指示値推定時の入力画像には 2値化処理後の白黒画像を用いており、 2値化の閾値を毎周期自動的に最適化することにより、読み取り精度の向上を図っている。
図2.4 2値化処理
2.4 試行実績
SMEcを用いて屋外設置の現
場圧力計の読み取りを行った例
を以下に示す。当該の圧力計は
通常時、指示値一定である。従
来は巡回により指示値を確認し、
配管の詰まり等の異常有無を確
認しているため、 SMEc適用に
よる巡回頻度削減や荒天時の作
業リスク低減が期待できる。
図2.2 深層学習による計器種別の判別
解説記事「ICT技術の応用によるプラント運用高度化ソリューション」
図 2.5に、ある一日のトレンドグラフを示す。通常指示値± 10%の範囲を正解データとした場合、 24時間の正答率は 96.5%であった。
また図 2.6に 24時間の正答率約 1ヶ月分のデータ、及び降水量を示す。概ね 95%前後の正答率で推移しており、雨天時でも 96%以上の正答率を維持している。図 2.5の誤推定、及び図 2.6の正答率が低い日の誤推定要因については、人・物の映り込み、光源の変化による影・ハレーションによるものと推定している。
正答率向上対策としては、 UVカットフィルターを使用したハレーション防止等のハードウェア対策や、深層学習によるノイズ除去といったソフトウェア対策を検討している。
図2.5 24時間の読み取りデータ
図2.6 1ヶ月間の正答率の推移(正答率[%]:棒グラフ、降水量[mm]:折線グラフ)
2.5 SMEcの今後の展開
SMEcは一部発電プラントにてトライアルユースを実施しており、エンドユーザーのフィードバックを踏まえ改良を継続している。今後は設置環境に依存する様々な外乱への対策や低コスト化を推進し、発電プラントの運用保守の高度化、及び省力化のソリューションとして提供していく。
3.意思決定支援システム
3.1はじめに
当社では、緊急時の指揮統制におけるヒューマンエラー防止と要員のワークロード低減を実現するための取り組みも行っている。本報では、当社の取り組みの例として、運転員向けの中央計装設備設計で培った Human Factors Engineering (HFE)※技術と ICTを融合させた意思決定支援システム(DMP)について、概要を紹介する。 DMPのコンセプトイメージを図 3.1に示す。
図3.1 DMPのコンセプトイメージ
3.2 緊急時の指揮統制について
緊急時の指揮や統制を行う局面において、指揮統制に関与する全ての人々は迅速な意思決定及びアクションの実行が求められる。また、緊急時は多量の情報が錯綜するため、情報の処理や意思決定の負担は非常に大きい。すなわち、緊急時対応要員のワークロードが高く、かつ、ヒューマンエラーが発生しやすい状況である。しかし、災害発生時やトラブル発生時等の緊急時対応では、緊急時の全ての進展パターンを網羅した要領を準備しておくことは現実的には困難である。また、対応方針の意思決定は人間が行うが、意思決定する際の情報収集・思考・判断は個人の能力に委ねられる面が大きい。災害対応時には多数の人間が関わるため、正確な情報の迅速な収集と共有が重要となる。
3.2.1 緊急時対応における無形要素の重要性
現代における緊急時対応では、 ICTパッケージ製品導入による効率化のような"モノ"の視点に加え、組織における緊急時対応の運用のような"コト"が追加されている。社会全体としては、これら"モノ"、"コト"を含
※ HFE:コンピュータ、機械設備、作業環境を、人間の認知、作業時間、思考判断や動作の傾向、負担等を工学的にとらえ、人間の心理的・物理的特性や能力に適合するように設計・製作・検証する。
めた緊急時の対応力及び回復力強化に向けた動きが活発化している。緊急時対応の支援としてコンピュータシステム製品やツールを使用する場合、可視化されていない人間に係る活動、すなわち"コト"の製品設計への反映は、人間とシステムの親和性向上、人間の負担低減のために重要である。こうした背景のもと、当社は原子力分野で培った HFE のノウハウを応用し製品を開発した。
3.2.2 人間の作業負担及び過誤低減の必要性
産業を問わず、緊急時対応においては対策本部、本社、現地拠点等、広範囲に及ぶ組織が連携する。実際の現場では事態は曖昧であり、かつ時間的制約のある状況下で対応を行う。現状の緊急時対応の場では、手書きメモなどの記録、 PC 端末等から情報を収集し、ホワイトボードや口頭によるコミュニケーション等を駆使して状況把握を行う。それらに基づいて状況評価、計画策定、意思決定、決定事項実施の一連の指揮統制プロセスを実行する。
緊急時の混乱状態において、このような人手による情報収集・処理は、時間・手間が掛かるとともに人的ミス(記載漏れ /誤記載 /情報共有に至るまでの時間のずれ等)が発生する可能性が高い。また、情報が様々な媒体で出力されるため、それが散逸し最新情報の確認が困難になることも予想される。
緊急時に指揮者及び対応要員が適切な意思決定を行うためには、こうした作業負担及び過誤の可能性を低減する必要がある。これらの課題に対し、指揮者及び対応要員の活動を包括的に支援するため、製品開発に際し、人間側の視点、すなわち HFE の手法を適用してタスク分析し、その解決策を ICT設計プロセスと融合した。これにより緊急時対応の空間に散逸した情報を新たな次元の情報提供が可能となり、作業負担及び過誤の低減が実現できた。図 3.2に DMP適用前後の緊急時対応イメージを示す。緊急時対応の環境としては、アナログ的な手
図3.2 デジタル技術を活用した迅速・確実な意思決定支援
段を用いた緊急時対応から、 ICTを最大限に活用した緊急時対応へ移行した。
3.3
DMPの特徴
3.3.1
HFE の適用
DMPは、上述の無形要素を織り込むために HFE に係るタスク分析、 Integrated systemvalidation (ISV)、User experience (UX)、Graphic user interface (GUI) 等の技術を適用した。製品開発プロセス短縮と製品価値向上を図るため、初期段階で実働モデルを製作し、設計、製作、運用面における暗黙知要素の早期明確化及び解決を行った。また、緊急時対応実践訓練時に、被験者インタビューや行動観察を行い、その結果を設計へ反映した。
3.3.2 原因特定と解決策提供
緊急時対応では様々な課題が存在することは上述の通りであるが、それに対する一般的なアプローチとして、
"Symptom:現象"に着目した情報の収集、共有がある。このアプローチにより現在何が起こっているかの把握は可能であるが、指揮者及び対応要員への行動指針提供には至っておらず、未だ情報の処理や意思決定の負担の課題が残る。例えば大規模インフラのトラブルに対応する場合、表層の現象把握に加え、深層の原因を把握することで適切な解決策が導出される。そこで、 DMPは更なるアプローチとして、状況の評価、計画策定及び意思決定に必要な、"Cause:原因"及び" Resolution:解決策"を直感的に提供する。昨今の ICTの進展に伴い、連絡情報のデータ化及び表示は様々な分野で進んでおり、指揮者及び対応要員が現象を確認する手段は整備される傾向にある。本製品はその領域を超え、指揮者及び対応要員による根本原因特定及び解決策決定に必要な支援提供を直感的なインターフェースにより実現した。
3.3.3 緊急時対応に係る標準への準拠
本製品は、 ISO 22320"緊急事態管理―危機対応に関する要求事項"を中心とした、緊急時対応に係る主要標準類に準拠するとともに、学術機関との連携により専門的知見を織り込んでいる。
3.4
仕様
3.4.1
主要アプリケーション機能
DMPは、図 3.3の例に示すような緊急時対応に係る種々のアプリケーションを指揮者及び対応要員に提供し、それらを臨機応変に入れ替
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図3.3 緊急時対応に係るアプリケーション
えながら活用できるシステム環境を提供する。具体的なアプリケーション例として、全体状況把握に関するものに加え、タイムライン、事象進展予測、意思決定、タスク管理、リソース(人員、可搬設備等)管理等の機能が含まれている。いずれのアプリケーションにおいても、単なる情報の収集や表示とは異なり、意思決定のプロセスに即し、かつ具体的なアクションに結び付く仕様としている。また、情報入力時の人間の負担を低減する仕組みとして現場画像の共有や音声入力機能等の直感的なインターフェースを有する。
また、 DMPは複数のアプリケーションの組み合わせで構成されており、最も効果の高い1つのアプリケーションからの導入(スモールスタート)が可能となっており、導入後に運用しながらアプリケーションの追加をしていくことができる。
3.4.2 システム構成
DMPの全体システム構成例を図 3.4に示す。 DMPアプリケーションサーバ、データサーバを中心とし、ネットワーク経由にて拠点間連携を行うことで、緊急時対応組織全体で有機的な対応が可能となる。その他現場等の
図3.4 DMPのシステム構成例
拠点からもモバイル端末にてアクセスすることで対応要員が情報の入力・把握が可能となる。システム堅牢性確保の観点においては、電源供給機能喪失時を考慮した多様なバックアップ設備設置やサーバ多重化等設計上の考慮を行っている。また、ネットワーク機能喪失等によりオンラインデータの自動収集が困難になった場合を考慮し、手動でデータ入力する機能も有する。
また、既に導入済みである様々な防災用システムとのデータ連携が可能であるため、既存のシステムの効果をより高め
ることができる。
3.4.3 訓練機能
緊急時対応の実践力を高めるためには、平常時より多様なシナリオにおいて実地訓練を行う必要がある。防災訓練の事例では災害シナリオを設定し訓練を行うが、被訓練要員が状況を把握する手段、内容等模擬環境に制約がある。緊急時対応スキル、能力を向上させるためには、可能な限り現実的な状況を模擬して訓練をすることが望ましい。上述のニーズに応えるために、 DMPは動的な訓練の実施機能を提供する。本システムへシミュレータを接続することで動的な訓練を可能とするとともに、振り返り機能等により訓練効果の向上が実現できる。
3.4.4 入力負担の軽減
現場の様子を動画で撮影し入力、 GPSなどの位置情報を自動取得、報告をテキスト化する音声入力など、最新のデジタル技術を活用することでユーザがシステムへ入力する負担を低減している。しかし、急激なデジタライゼーションは現場の運用変化が大きいため混乱を引き起こす可能性もある。そのため、 DMPは現場の運用を変更せずにデジタル化する入力システム「kAmI(カミ:
紙のローマ字表記中に AIの文字が含まれることから命名)」を備えている。
対策本部などでは、白地図やホワイトボード等に手書きで情報を書き込む運用がされている。これは、その場に居る関係者にとっては容易に情報共有できる手法であるものの、離れた場所にいる関係者にとっては情報共有に困難な手法となっている。 kAmIは、白地図やホワイトボードを定期的に撮影し、 AI技術を活用し、その差分から更新された情報を抽出することで、手書き情報(アナログ情報)の共有を実現するシステムである。 kAmIにおけるデータの流れを図 3.5に示す。
3.4.5 将来予測により戦略的な意思決定を支援
デジタルツイン技術や AI技術を活用して、人が認識するよりも早く兆候を捉えたり、対応案を実施した際の将来シミュレーションを行うことで「どの対応策を選択するべきか」を判断できる指標を示し、指揮者の戦略的な意思決定を支援する。
3.5
Human-in-the-loop テスト
緊急時対応では、上述の通り広範囲な組織連携、複数の制約条件下でシステムを使用するため、設計製作段階では運用上の不確定要素が存在する場合がある。そこで、実際の人間によるシステム操作を含んだ、いわゆる Human-in-the-loop テストを行うことにより可視化されていない運用課題を解決した。テストにおいては可能な限り動的かつ複雑な模擬環境を構築し、テストシナリオについては複合的な事象を想定した。指揮者、対応要員についても現実的なメンバーを選定し、十分な検証データが取れるよう、複数の対応チームに参加頂いた。データ取得については、ビデオ撮影、専門家による行動観察、インタビュー等多面的な方法を用いて取得した。データの分析結果は再度設計製作へ反映した。これらの活動により、製品の信頼性及び品質向上を実現し、顧客より高評価を頂いている。
3.6
DMPの今後の展開
将来は、人間とコンピュータの境界線が変化し、 HFE
に係るテクノロジーと ICTの融合が進むことが
4. おわりに
本報では、当社における ICT技術を応用した発電プラントの運用保守の高度化・効率化、安全性向上に資する技術として、2つの製品を紹介した。
今後は SMEcにより収集したデータを DMPへ表示するなど製品間で連携するとともに、最新技術を取り入れ新たな付加価値を創出し、発電プラントの高度化・効率化、安全性向上に貢献していく。
参考文献
[1] 原田達也著:"画像認識"、講談社、(2017)
[2] 篠原広行、中世古和真、坂口和也、橋本雄幸著:"逐次近似画像再構成の基礎"、医療科学社、(2013)
[3] 井出剛、杉山将著:"異常検知と変化検知"、講談社、
(2015)(2022年 2月 28日)
著者紹介
著者:野田英介所属:三菱重工業株式会社 ICTソリューション本部専門分野:電気計装・人間工学
著者:福毛義法所属:三菱重工業株式会社 ICTソリューション本部専門分野:電気計装
ICT技術の応用によるプラント運用高度化ソリューション
三菱重工業株式会社 ICTソリューション本部
野田英介 Eisuke NODA福毛義法 Yoshinori FUKUMO