解説記事「海外の原子力利用計画の動向とわが国のエネルギー基本計画」

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カテゴリ: 解説記事

海外の原子力利用計画の動向とわが国のエネルギー基本計画
日本原子力産業協会

古塚 伸一 Shinichi FURUTSUKA

1.はじめに
2021年 11月、英国グラスゴーで気候変動条約締約国会
議(COP26)が開催された。会議に先立ち欧米先進国は、
パリ協定で約束した目標値よりさらに高い削減目標を携え
て集まった。
わが国も、他の欧米諸国と同等の 2050年カーボンニュー
トラルを掲げ、 2030年度の温室効果ガス削減目標を 2013
年度比 26%削減から 46%に引き上げた。
この記事では、欧米諸国が削減目標の達成に原子力をど
のように使っていくのかに焦点を当て、主要各国の計画・
政策を見ていく。その後、日本のエネルギー基本計画にお
ける原子力の役割を考えたい。
2.海外の原子力利用計画の動向

2.1主要各国での原子力の位置づけ
2.1.1 英国
英国で稼働する原子炉は 15基。2020年 11月の「グリー
ン産業革命に向けた 10ポイント計画」や 12月の「エネル

ギー白書」で大型原子力発電所の建設や小型モジュール炉(SMR)、先進型炉の開発支援を掲げた。
原子力発電所新設においては、 2021年 10月に「規制資
産ベース( RAB)モデル」により原子力発電所の新設を支
援する法案を作成した。 RABモデルは、電力市場を自由
化した英国において、コストの変化を反映した総括原価方
式による規制料金を通じて需要家(消費者)から費用を回
収するスキームで、これにより投資家のリスクが軽減され
る。
同じく 2021年 10月には原子力発電所の新設に関し最大
17億ポンドの歳出を決定しているが、これに基づき 2022
年 1月、サイズウェル Cの新設プロジェクトで 1億ポン
ドを出資した。

2.1.2
フランス

フランスで稼働する原子炉は 56 基、COP26の機会に大統領は、エネルギー自立と電力供給を保証し、 2050 年カーボンニュートラルを達成するために、 SMR 開発への投資、大型原子力発電所の建設再開を表明した。 2022年 2月 EPRを 6 基新設すると表明、 2028年に着工、 2035年の稼働開始を目指す。また 2050年に向け、さらに 8基の建設を検討する方針も明らかにした。

2.1.3
米国


米国で稼働する原子炉は 94基。電力自由化州では低価格の国産天然ガスとの競争で、経営難に追い込まれた事業者が廃炉を選択するケースもある。一方、 2基が建設工事中だが当初計画より遅延、多くの事業者は、 60年から 80年への寿命延長を選択している。
2021年米国エネルギー省は原子力の「戦略ビジョン」を発表。原子力技術の国際的優位の回復を政策目標に掲げている。追加の政策も含めると 2028年までに、民間とのコスト分担パートナーシップを通じ、 2つの先進炉を実証、 2029年までに最初の商業小型モジュール炉の運転を可能にすることとし、インフラ投資・雇用法によりクリーンエネルギー技術の展開に 620億ドル以上が割り当てられることになっている。
2.1.4
中国

中国で稼働する原子炉は 48基。2011から 2020年の 10年で 35基が運転を開始した。海外進出に積極的だが、英国での出資・建設事業は、二国関係の悪化で先行きが不透明。しかしながら、直近の建設実績が最も豊富な国である。

2.1.5
ロシア


ロシアで稼働する原子炉は 34 基。2011から 2020 年の 10年間で 3基を廃止、9基の運転を開始。ロシア製 PWRを、

中国、インド、スロバキアなどで建設中、ハンガリーやエ
ジプトなどで建設予定。
2.1.6 韓国
韓国で稼働する原子炉は 24基。現政権は原子力発電への反対を政策に掲げているが、 2011から 2020年の 10年間で 6基を運転開始し、2基を廃止した。一方、UAE での原子力発電所建設を受注し、現在までに 2基を完成、 2基が建設中。現時点で、自由主義陣営では有数の原子力発電所建設経験を有する。
2.1.7ドイツ
ドイツで稼働する原子炉は現在 3基。2022年末全廃予定。国際交渉の場でも原子力発電に反対している。
2.2 国際的な原子力活用の潮流
地球温暖化は、熱波や豪雨などの極端現象、海面上昇、生物多様性の喪失、種の絶滅などの被害をもたらすが、気温上昇を 1.5℃以内に留めれば、被害をより少なくできる。そのため急速・広範な対策が必要と「 IPCC1.5℃報告書」がまとめている。
国際的に、温室効果ガス排出削減目標の引上げ、繰り上げ達成が模索される中、32か国ある原子力導入国の多くは、原子力の CO2削減効果を期待し積極的活用を表明している。さらに世界原子力協会( WNA)によると新たに 30か国が原子力発電への参入・計画・検討を行い、 20か国以上が関心を示しているという。一方、原子力の撤廃ないし低減を表明している国・地域は、ドイツ、日本、韓国、スイス、ベルギー、台湾である。
2.2.1 CO2削減と経済の持続的成長の両立
先進国は 2050年頃までに温室効果ガスを急速かつ大幅に削減する必要性を確認する一方、CO2削減は大きな経済的負担を伴うため、最大排出国の中国は 2060年、3位のインドは 2070年にネットゼロを達成するとしている。各国は、自国経済へのマイナスを如何に軽減するかに最大の努力を向けている。こうした中、CO2削減と経済の持続的成長の両立が図れるものであると主張する国際機関がある。その中で言及されるのは原子力の経済性と供給安定性である。国際エネルギー機関( IEA)ビロル事務局長は、「エネルギーの安定供給に優れている。手ごろな料金でエネルギーを供給できる。気候問題に真剣に取り組むならば原子力こそが答えだ」と述べている。
また、欧州委員会フォン・デア・ライエン委員長は「再生可能エネルギーに加えて、安定した供給源である原子力
が必要」(2021年 10月記者会見)と発言。石炭、原子力
の 2大主力電源を再エネで置き換えると決めているドイツ
出身の委員長も人口 4億人の欧州連合の枠組みでは、原
子力の必要性を主張している。 2022年 2月、欧州委員会
は、グリーン投資における投資基準(投資先の評価)であ
る EUタクソノミー投資基準で原子力を条件付きながらグ
リーンと認める意思を明確に示した。ドイツ、オーストリ
アは強硬に反対するものの欧州連合全体で見ると原子力を
活用しなければエネルギー供給に支障が生じる可能性が高
い。

原子力の平和利用と安全を使命とする国際原子力機関(IAEA)は 2021年「ネットゼロ世界のための原子力」報
告書を公表し「気候変動に取り組むうえで、原子力がます
ます魅力を増しており、より多くの国々が原子力を気候変
動の解決策として注目」とまとめている。
2.2.2 持続可能な開発目標 SDGs17項目と原子力
2021年 5月、国連欧州経済委員会は、「気候変動は、すでに、
国の経済や生活を破壊し始めており、最も貧しく、脆弱な
人々が最も大きな被害を受けている。温暖化防止に時間の
猶予はない、原子力を含むあらゆる選択肢を活用すべきだ」
とし、国連の持続可能な開発目標( SDGs)17項目に照ら
して原子力の価値を評価した上で、原子力プロジェクトの
推進を強く促した。
現在、「 32か国でおよそ 440基の原子炉が運転され、世
界の発電量の 10%を賄っている。原子力導入以来 50年で、
抑制された CO2排出量は 60ギガトンという。これは、世
界の排出量の 2年分に相当する。」
また、「原子力は発電にとどまらず、産業用熱源、地域
暖房、広範囲のエネルギー利用の低炭素化に貢献し、原子
力による水素生成は合成燃料の製造にも利用される。原子
力こそが、化石燃料使用を最も効率的に代替しうるもので
あり、電力以外の CO2発生源も電化を通じて脱炭素化で
きる」と同委員会は主張している。
さらに、「原子炉は、医療用、環境用、工業用アイソトー
プを製造、毎年 3千万人が放射線治療を受けその人数は
年々増加している」としている。
「放射性アイソトープと放射線は、食糧、農業分野で食物
起源の疾病の原因菌の殺菌・害虫の不妊化に利用され、殺
虫剤の使用を抑制することにより、飢餓対策、健康と環境
保護に役立っている」。
「水利学でのアイソトープ利用では、地下水脈の探査や計
量や汚染源の探査、既存の水源や新たな水源の発見で水の
管理や保全を改善し、原子力利用の海水淡水化では、水供


解説記事「海外の原子力利用計画の動向とわが国のエネルギー基本計画」
給の改善、農業生産の向上と食糧の安定供給にも貢献している」などと評価している。
2.2.3
カナダ初の原子力グリーンボンドが好評

2021年 12月 22日電気新聞は、「カナダの電力会社、ブルース・パワーが、原子力発電事業を資金使途とするグリーンボンド(環境債)を起債した」と報じた。「発行額は 5億カナダドルで、調達した資金は原子力の運転寿命を延ばすための投資に振り向ける」、「これまで環境債の資金使途は再生可能エネルギーなどに限定されていた。原子力の延命化はカーボンニュートラルの流れにも合致しており、ブルース・パワーの起債は日本の動向にも影響を与えそうだ。」とも報じている。ブルース・パワーは、オンタリオ州の電力の 3分の 1を供給する電力大手で、カナダ原子力協会の関係者は、この起債が好評で成功だったと語っている。

2.2.4
EU持続可能投資タクソノミーが原子力を認定


多くの新規原子力発電所プロジェクトの立ち上げが検討されている欧州であるが、 2022年 2月 2日、欧州委員会(EC)は、原子力と天然ガス関係の活動を含めた EUタクソノミー規則の補完委任法令( Complementary Delegated Act:CDA)の最終案を承認。
原子力発電は「持続的な」活動として EUタクソノミー投資基準でグリーンと認められた。
EUタクソノミーは、 2050年迄のカーボンニュートラル達成に向けた様々な資金誘導に影響を与える規則で、原子力の扱いは論議を呼んでおり、判断は保留となっていたが、科学的判定を示す報告書が作成され「持続可能な経済活動」と認めていた。承認により原子力発電所関連の資金調達、プロジェクトの実施がより円滑になる。
再エネと比較してもライフサイクルで単位当たり CO2排出量が最も低いにも拘わらず、ドイツなどの影響力で除外されていた原子力が科学的・合理的な評価の後、認定されたことで、欧州以外の投資判定基準、格付け、 ESG投資基準などにも影響を及ぼすことは必至である。
一方、現在の評価における留保条件には、極低・低・中レベル放射性廃棄物、高レベル放射性廃棄物の取り扱いと実施年限が決められ、原子力利用国における努力が求められている。今後、放射性廃棄物、最終処分などの課題について国際的規模で進展が図られることが予想される。
2.2.5 原子力受容性調査
2021年 12月 8日に英国の調査会社 YouGov社が原子力

の受容性について世論調査を欧州 7カ国で実施した結果を公表、原子力利用を肯定した割合は、フランス 75%、スペイン 70%、スウェーデン 69%、英国 66%、ドイツ 53%、イタリア 51%、デンマーク 40%。各国千から二千人の調査ではあるが、全廃を決定しているドイツでも 53%が原子力利用を肯定する結果となった。[1]
先進各国での化石燃料の使用期限の繰り上げによる市場不安に、短期的な風力発電の不調による天然ガス需要の急増とウクライナ情勢の緊迫化に伴うロシア産天然ガスの入手困難が加わり、世界的なエネルギー需給ひっ迫の中で、調査は行われた。フランス、英国では原子力を含め電源・エネルギーの多様化が図られているが、国内炭・原子力発電を制限してきたドイツでは状況が厳しいこと、さらに EUタクソノミーに関する議論、 SDGsによる評価など原子力に関する冷静な議論が深まったことも世論調査に影響したと想像される。
一方、 2021年 5月、ビスコンティ・リサーチ社が行った米国における原子力受容性調査では、 76%が原子力利用を支持、 24%が反対を示した。 2020年の 60%から 2021年に大きく支持を伸ばしたことは、米国の CO2削減に関するパリ協定への復帰と無関係ではない。
カナダ、オンタリオ州では、 CO2削減のため石炭火力の停止を進め、既存原子力発電プラントのリプレースや運転期間延長が計画されている。世論調査では原子力に対する支持は常に 8割程度あるという。ブルース・パワーの社長レンチェック氏は「原子力がクリーンで、供給安定性が高く、安全であり、手頃な価格のエネルギーを提供しているからだ」と語っている。
2.2.6 海外の原子力発電誘導のための経済支援策
欧米では、電力市場が自由化されている地域も少なくない。これらの地域の原子力発電所では、経済学の言う「市場の失敗」、再エネ補助金などによる歪みで、政府や国民が期待している脱炭素や供給の強靭性が市場価格に反映されず、建設投資や発電コストの回収が見通せないケースがある。電力自由市場での設備投資の誘導には一定の事業環境整備が必要である。
【米国の原子力発電所支援制度】
米国では、議会での立法を経て、州政府が原子力発電所のコスト回収を支援する制度が導入されている。このことは原子力を失うと、州が設定している CO2削減目標が達成できなくなること、電気の安定供給への支障や電気料金が高騰する懸念があること、さらに、原子力発電所には、再エネに比較して、地域の雇用や経済にとってプラスの効

果があることも理由となっている。
ゼロエミッションスタンダード ZES制度(米国イリノ
イ州)は、議会が、原子力発電所が同州の安価な電気料金
や経済成長に寄与しており、無炭素電力の 92%を供給し
ているにも拘わらず天然ガスとの競合で閉鎖の危機に直面
していると認定し、 2017年 6月 1日州上院法案 2814号と
して立法化した。これに基づき、州政府は低炭素電力とし
ての原子力発電の価値を認め、その発電量にクレジットを
支払う [2]。
同様の制度は、ニューヨーク州、コネティカット州等で
も導入されており電力自由化州での原子力の持続的活用に
よる安定供給の維持と CO2削減を支えている。
【英国の新設原子力発電所コスト回収保証】
英国では、建設コストの回収が事業会社にとって大きな
リスクとして事業参入の壁となっている。電力自由化をい
ち早く進めた国でありながら、総括原価主義時代のツール
により資金回収を保証する制度を追設し、参入者を誘致し
ている。
初期に導入されたのが「差金決済取引( CfD)」で変化
する卸電力価格の中、収入を安定させる仕組みである。建
設前に基準の価格を決め、差金を精算する。価格決定後の
建設費増加のリスクは投資家が負う。建設中のヒンクリー
ポイント C(EDFエナジー)で適用される。

現在導入に目途がついているのが「規制資産ベース(RAB)モデル」。これは事業者がインフラ設備を提供し、
経済規制当局の許可を受けて建設段階より消費者から規定
の価格を利用料金から徴収する。投資家は設備の建設と操
業にともなう(コストの超過や計画の遅れなどの)リスク
を消費者と分担することになる。
2.2.7 新型炉開発(イノベーション)の状況
欧米では、 SMRと呼ばれる 30万 kW以下の小型原子炉
の開発が盛んに進められている。わが国も含め、各国政府
が公費の投入などで支援している。

資源エネルギー庁の HP[2]によると、その特徴は「小型」「モジュール」「多目的」の 3つ。原子炉を「小型」にすると、
大型の原子炉よりも冷えやすくなる。小型炉は体積の割に
大きな表面積を持つ。実現すれば、安全性向上に加え、簡
単な構造で、メンテナンスが容易、コストの削減ができる。
また、現地でゼロから作るのではなく、ある程度のとこ
ろまでを工場で生産・管理する「モジュール」で、高い品
さらに、発電の用途以外に、、
「水素の製造」「熱エネルギーの利用」「遠隔地でのエネルギー源」「医療」など「多目的」
、に利用できるという。以下に代表的な例を示す。
【米国】VOYGR(NuScale Power社の SMR)わが国からは IHI・日揮が出資・参加。 2029年に DOE傘下のアイダホ国立研究所で完成を目指す。米国政府が 2.8億ドル( 320 億円)を資金提供。
【カナダ】BWRX300(GE日立)ダーリントン原子力発電所で建設が決定。 2028年完成を目指す。カナダ原子力安全委員会は許認可前設計審査などで前向きに取り組んでいる。
【英国】ロールス・ロイス SMR社 2030年代初頭に国内送電網への接続を計画。英国政府ビジネスエネルギー産業戦略省( BEIS)が 2.1億ポンド(320億円)を資金提供。
3.わが国のエネルギー基本計画について
COP26に先立つ 2021年 10月、わが国では、第 6次エネルギー基本計画が 3年ぶり改定された。 128ページにわたり、びっしりと書かれている。経済産業省の HPに掲載されているので一読されることをお勧めする。
ここでは、筆者が原子力関連で重要と考える記載とそれに関連する原子力の役割を整理してみたい。
3.1 エネルギー基本計画が指摘する重要事項
・最後まで福島復興に取り組んでいく・強靱で安定的なエネルギー需給構造の確立・安定的で安価なエネルギー供給は不可欠・カーボンニュートラルに使える技術は全て使う・我が国はエネルギー供給の脆弱性を抱えている。エネル
ギー安全保障の確保、危機時にあっても適切に機能する強靱性(レジリエンス)を高めていくこと・エネルギー自給率に加え、サプライチェーン全体での安
定供給体制を確保する・電気料金は家庭用・産業用ともに高い・脱炭素化された火力や蓄電池等と組み合わせた再生可能
エネルギーや水素から作られる燃料などに切り替えることは、コスト上昇の要因・非電力部門において電化可能な分野は電化する
質管理や短い工期、コスト低減を実現する工法。


解説記事「海外の原子力利用計画の動向とわが国のエネルギー基本計画」
3.2 エネルギー基本計画が原子力に期待すること
・原子力の社会的な信頼は十分に獲得されていない・原子力については再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り依存度を低減する
・更なる安全性向上による事故リスクの抑制、廃炉や廃棄物処理・処分などのバックエンド問題への対処といった取組による社会的信頼の回復がまず不可欠
・このため、人材・技術・産業基盤の強化、安全性・経済性・機動性に優れた炉の追求、バックエンド問題の解決に向けた技術開発を進めていく
・原子力は、優れた安定供給性と効率性を有しており、運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もないことから、安全性の確保を大前提に、長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源
・2050年カーボンニュートラルを実現するために原子力は、国民からの信頼確保に努め、安全性の確保を大前提に、必要な規模を持続的に活用していく
・原子力事業者を含む産業界は、自主的に不断に安全を追求する事業体制を確立し、原子力施設に対する安全性を最優先させるという安全文化の醸成に取り組む必要がある
4. わが国における原子力の役割
4.1
原子力発電の現状


わが国で再稼働した原子炉は現在 10基、再稼働に取り組んでいる原子炉は 23基である。また、過去 10年で 21基の廃止が決定した。エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーの拡大を図る中で原子力への依存度を可能な限り低減するとしている。したがって、新規制基準下での新設・リプレースの見通しは不透明である。 
一方、「 2050年のカーボンニュートラル達成のために、必要な規模を持続的に活用」との文言が追加され、これまで不明確だった 2030年以降の原子力活用への政府の意思が見えてきた。
4.2 2030年における CO 2削減のすがた
2050年カーボンニュートラル達成のための、 2030年度の温室効果ガス削減目標は 2013年度比 46%減。 13年度から 6.5億トン、 19年度から 4.5億トンを減らす必要がある。そのため、野心的な省エネでエネルギーの総需要を減らし、加えて化石燃料から再エネへの転換を急速に行う。その中で原子力は、現存する 33基と建設中の 3基で、 2030年度の削減目標達成に臨む。その中では、 40年運転制限に対する運転期間延長の審査をクリアすることも必要である。

4.3
加速化する温暖化対策と原子力の役割

2021年、COP26を前に国際社会は温室効果ガス削減目標年次の繰り上げを求めていたことを思い出していただきたい。 2022年はドイツが G7の議長国として COPプロセスをリードする。緑の党を含め、地球温暖化に敏感な政治的土壌から、英国に増して高い目標を設定することもあり得る。わが国原子力産業界としては、安全確保を大前提に、原子力フリートを早期に、万全の形に仕上げ、安全・安定運転を継続したい。

4.4
脱炭素と原子力


ライフサイクルで見る原子力の単位電力量当たりの CO2排出量は、風力、太陽光、 CO2回収( CCS)付高効率天然ガス火力よりも小さい [4]。原子力はもっとも CO2削減の実力が高い温暖化対策とエネルギーの安定供給に不可欠な電源である。
昨年、再稼働に関わる審査に合格した島根 2号機は再稼働すると約 27万世帯に無炭素の電気を供給する。その CO2削減効果は年間 260万トンである。
こういった効果をもって、 IEAビロル事務局長は、「原発の運転期間延長はもっとも安価な選択肢、安全に配慮しつつ、原発の再稼働を広げていくことが、日本経済にとって重要」と、日経新聞のインタビューに答えている [5]。日本でいえば、早期再稼働、運転期間の延長、米国なみの稼働率の達成などの最適化により CO2削減量はさらに上積みできる。
4.5「24/7(twenty-four seven)」の供給の安定性
英語では、年中無休を「 24/7(twenty-four seven)」というが、米国の原子力エネルギー協会は、原子力を評して誇らしげにこのことばを使う。近年、大型ハリケーン、風雪害など厳しい気象条件に見舞われながらも米国の原子力発電は電力を供給し続け評価されている。そして、稼働率は毎年 90%を超えている [6]。
化石燃料・自然エネルギー資源ともに制約のある日本では、原子力のエネルギー供給の安定性の効果は、燃料装荷後 1年運転し続けられること、燃料輸送の容易さ、備蓄性、燃料リサイクルの特性からも発揮される。これらは他の発電方式にはない魅力である。

4.6 原子力発電所と持続可能な経済
原子力発電所再稼働は身近な経済的効果をもたらす。関西電力は、平成 30(2018)年度の大飯 3・4号機の再稼働が 1年間にもたらす電気料金の引き下げ効果を 990億円 [7]と算定し料金引き下げを行った。これは一般家庭では、年間およそ 2880円に相当するとの試算もある。
4.7 国産化率90%の安心と経済効果
第 6次エネルギー基本計画も指摘しているが、サプライチェーン全体での安定供給もエネルギー政策上大事な観点である。原子力は発電コストの大部分が設備である。その設備の 90%は国内産業の技術を用いた国産である [8]。国内に製造拠点があることはエネルギーの安定供給上も有利であり、発電所が作り出す雇用・国内経済の押上げ効果も大きい。何よりも国産製品は安心できる。
4.8 非鉄金属資源供給の脆弱性を回避
2021年 5月、IEAは非鉄金属資源の依存度が、将来のエネルギー確保や原価に与える影響を指摘した。低炭素電源では、風力発電、太陽光発電の非鉄金属依存度は大きく、原子力発電ではその半分程度である [9]。非鉄金属資源の保護・温存という観点からも原子力は持続可能な開発目標 SDGsにかなっている。
5.まとめ
エネルギーは人類の豊かな生活を実現するものだが、化石燃料の大量消費による CO2の蓄積は、同時に人類が生活する地球環境に最大の負荷をかけるものとなってしまった。地球環境の激変を食い止めるための最大の課題が、エネルギー利用が作りだす CO2を可能な限り削減すること。しかも可能な限り迅速にということが人類共通の目標となっている。
エネルギーが CO2発生の根本原因となっている以上エネルギー政策や計画は、脱炭素化を迅速かつ確実に実行できるものでなければならない。そのためにあらゆる選択肢を使う。これが各国の政策・計画に共通するものである。
世界的な潮流は、脱炭素エネルギーとしては確立された技術で半世紀にわたる実績がある原子力を活用することである。地球環境の保全と持続的な経済発展を両立する戦略として原子力を不可欠な選択肢と呼ぶだけでなく、次世代炉の技術開発と将来の輸出を見据え積極的な戦略に転じている。2022年 2月の EUタクソノミー投資基準に原子力を含める多国間合意がなされることで最後のピースがはまったように感じる。
一方、わが国に目を転じると、第 6次エネルギー基本計画策定の議論では、カーボンニュートラルに使える技術は全て使うことが確認されたが、「原子力については再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り依存度を低減する」との記載は残った。
しかしながら、原子力は、「長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」、「2050年カーボンニュートラルを実現するため国民の信頼確保に努め、安全性の確保を大前提に、必要な規模を持続的に活用」と第 6次エネルギー基本計画に記載された。これまで 2030年の電源ミックスに原子力の発電比率が 20-22%と提示されるにとどまっていたところから、 2050年まで、あるいは、その後の原子力活用の見通しが示されたと言える。
原子力産業に携わる我々は、しっかりとエネルギーの安定供給と地球環境を守ることの重責を受け止め、原子力利用における安全確保と国民の信頼を大前提にその持続的活用の実現に前進していきたい。
参考文献
[1] https://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_ topics/1260653_4115.html
[2] 平成 30年度原子力の利用状況等に関する調査 日本エネルギー経済研究所
[3] https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ smr_01.html
[4] Life Cycle Assessment of Electricity Generation Options,
UNECE, 2020 [5] 日経新聞,2019年 5月 28日
[6] https://www.nei.org/resources/statistics/us-nuclear-generating-statistics
[7] https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2018/ pdf/0528_1j_02.pdf
[8] https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/ genshiryoku/pdf/021_03_00.pdf
[9] The Role of Critical Minerals in Clean Energy Transitions, IEA, 2021
(2022年 2月 10日)
著者紹介 
著者:古塚 伸一所属:日本原子力産業協会専門分野:企画部

1.はじめに
2021年 11月、英国グラスゴーで気候変動条約締約国会
議(COP26)が開催された。会議に先立ち欧米先進国は、
パリ協定で約束した目標値よりさらに高い削減目標を携え
て集まった。
わが国も、他の欧米諸国と同等の 2050年カーボンニュー
トラルを掲げ、 2030年度の温室効果ガス削減目標を 2013
年度比 26%削減から 46%に引き上げた。
この記事では、欧米諸国が削減目標の達成に原子力をど
のように使っていくのかに焦点を当て、主要各国の計画・
政策を見ていく。その後、日本のエネルギー基本計画にお
ける原子力の役割を考えたい。
2.海外の原子力利用計画の動向

2.1主要各国での原子力の位置づけ
2.1.1 英国
英国で稼働する原子炉は 15基。2020年 11月の「グリー
ン産業革命に向けた 10ポイント計画」や 12月の「エネル

ギー白書」で大型原子力発電所の建設や小型モジュール炉(SMR)、先進型炉の開発支援を掲げた。
原子力発電所新設においては、 2021年 10月に「規制資
産ベース( RAB)モデル」により原子力発電所の新設を支
援する法案を作成した。 RABモデルは、電力市場を自由
化した英国において、コストの変化を反映した総括原価方
式による規制料金を通じて需要家(消費者)から費用を回
収するスキームで、これにより投資家のリスクが軽減され
る。
同じく 2021年 10月には原子力発電所の新設に関し最大
17億ポンドの歳出を決定しているが、これに基づき 2022
年 1月、サイズウェル Cの新設プロジェクトで 1億ポン
ドを出資した。

2.1.2
フランス

フランスで稼働する原子炉は 56 基、COP26の機会に大統領は、エネルギー自立と電力供給を保証し、 2050 年カーボンニュートラルを達成するために、 SMR 開発への投資、大型原子力発電所の建設再開を表明した。 2022年 2月 EPRを 6 基新設すると表明、 2028年に着工、 2035年の稼働開始を目指す。また 2050年に向け、さらに 8基の建設を検討する方針も明らかにした。

2.1.3
米国


米国で稼働する原子炉は 94基。電力自由化州では低価格の国産天然ガスとの競争で、経営難に追い込まれた事業者が廃炉を選択するケースもある。一方、 2基が建設工事中だが当初計画より遅延、多くの事業者は、 60年から 80年への寿命延長を選択している。
2021年米国エネルギー省は原子力の「戦略ビジョン」を発表。原子力技術の国際的優位の回復を政策目標に掲げている。追加の政策も含めると 2028年までに、民間とのコスト分担パートナーシップを通じ、 2つの先進炉を実証、 2029年までに最初の商業小型モジュール炉の運転を可能にすることとし、インフラ投資・雇用法によりクリーンエネルギー技術の展開に 620億ドル以上が割り当てられることになっている。
2.1.4
中国

中国で稼働する原子炉は 48基。2011から 2020年の 10年で 35基が運転を開始した。海外進出に積極的だが、英国での出資・建設事業は、二国関係の悪化で先行きが不透明。しかしながら、直近の建設実績が最も豊富な国である。

2.1.5
ロシア


ロシアで稼働する原子炉は 34 基。2011から 2020 年の 10年間で 3基を廃止、9基の運転を開始。ロシア製 PWRを、

中国、インド、スロバキアなどで建設中、ハンガリーやエ
ジプトなどで建設予定。
2.1.6 韓国
韓国で稼働する原子炉は 24基。現政権は原子力発電への反対を政策に掲げているが、 2011から 2020年の 10年間で 6基を運転開始し、2基を廃止した。一方、UAE での原子力発電所建設を受注し、現在までに 2基を完成、 2基が建設中。現時点で、自由主義陣営では有数の原子力発電所建設経験を有する。
2.1.7ドイツ
ドイツで稼働する原子炉は現在 3基。2022年末全廃予定。国際交渉の場でも原子力発電に反対している。
2.2 国際的な原子力活用の潮流
地球温暖化は、熱波や豪雨などの極端現象、海面上昇、生物多様性の喪失、種の絶滅などの被害をもたらすが、気温上昇を 1.5℃以内に留めれば、被害をより少なくできる。そのため急速・広範な対策が必要と「 IPCC1.5℃報告書」がまとめている。
国際的に、温室効果ガス排出削減目標の引上げ、繰り上げ達成が模索される中、32か国ある原子力導入国の多くは、原子力の CO2削減効果を期待し積極的活用を表明している。さらに世界原子力協会( WNA)によると新たに 30か国が原子力発電への参入・計画・検討を行い、 20か国以上が関心を示しているという。一方、原子力の撤廃ないし低減を表明している国・地域は、ドイツ、日本、韓国、スイス、ベルギー、台湾である。
2.2.1 CO2削減と経済の持続的成長の両立
先進国は 2050年頃までに温室効果ガスを急速かつ大幅に削減する必要性を確認する一方、CO2削減は大きな経済的負担を伴うため、最大排出国の中国は 2060年、3位のインドは 2070年にネットゼロを達成するとしている。各国は、自国経済へのマイナスを如何に軽減するかに最大の努力を向けている。こうした中、CO2削減と経済の持続的成長の両立が図れるものであると主張する国際機関がある。その中で言及されるのは原子力の経済性と供給安定性である。国際エネルギー機関( IEA)ビロル事務局長は、「エネルギーの安定供給に優れている。手ごろな料金でエネルギーを供給できる。気候問題に真剣に取り組むならば原子力こそが答えだ」と述べている。
また、欧州委員会フォン・デア・ライエン委員長は「再生可能エネルギーに加えて、安定した供給源である原子力
が必要」(2021年 10月記者会見)と発言。石炭、原子力
の 2大主力電源を再エネで置き換えると決めているドイツ
出身の委員長も人口 4億人の欧州連合の枠組みでは、原
子力の必要性を主張している。 2022年 2月、欧州委員会
は、グリーン投資における投資基準(投資先の評価)であ
る EUタクソノミー投資基準で原子力を条件付きながらグ
リーンと認める意思を明確に示した。ドイツ、オーストリ
アは強硬に反対するものの欧州連合全体で見ると原子力を
活用しなければエネルギー供給に支障が生じる可能性が高
い。

原子力の平和利用と安全を使命とする国際原子力機関(IAEA)は 2021年「ネットゼロ世界のための原子力」報
告書を公表し「気候変動に取り組むうえで、原子力がます
ます魅力を増しており、より多くの国々が原子力を気候変
動の解決策として注目」とまとめている。
2.2.2 持続可能な開発目標 SDGs17項目と原子力
2021年 5月、国連欧州経済委員会は、「気候変動は、すでに、
国の経済や生活を破壊し始めており、最も貧しく、脆弱な
人々が最も大きな被害を受けている。温暖化防止に時間の
猶予はない、原子力を含むあらゆる選択肢を活用すべきだ」
とし、国連の持続可能な開発目標( SDGs)17項目に照ら
して原子力の価値を評価した上で、原子力プロジェクトの
推進を強く促した。
現在、「 32か国でおよそ 440基の原子炉が運転され、世
界の発電量の 10%を賄っている。原子力導入以来 50年で、
抑制された CO2排出量は 60ギガトンという。これは、世
界の排出量の 2年分に相当する。」
また、「原子力は発電にとどまらず、産業用熱源、地域
暖房、広範囲のエネルギー利用の低炭素化に貢献し、原子
力による水素生成は合成燃料の製造にも利用される。原子
力こそが、化石燃料使用を最も効率的に代替しうるもので
あり、電力以外の CO2発生源も電化を通じて脱炭素化で
きる」と同委員会は主張している。
さらに、「原子炉は、医療用、環境用、工業用アイソトー
プを製造、毎年 3千万人が放射線治療を受けその人数は
年々増加している」としている。
「放射性アイソトープと放射線は、食糧、農業分野で食物
起源の疾病の原因菌の殺菌・害虫の不妊化に利用され、殺
虫剤の使用を抑制することにより、飢餓対策、健康と環境
保護に役立っている」。
「水利学でのアイソトープ利用では、地下水脈の探査や計
量や汚染源の探査、既存の水源や新たな水源の発見で水の
管理や保全を改善し、原子力利用の海水淡水化では、水供


解説記事「海外の原子力利用計画の動向とわが国のエネルギー基本計画」
給の改善、農業生産の向上と食糧の安定供給にも貢献している」などと評価している。
2.2.3
カナダ初の原子力グリーンボンドが好評

2021年 12月 22日電気新聞は、「カナダの電力会社、ブルース・パワーが、原子力発電事業を資金使途とするグリーンボンド(環境債)を起債した」と報じた。「発行額は 5億カナダドルで、調達した資金は原子力の運転寿命を延ばすための投資に振り向ける」、「これまで環境債の資金使途は再生可能エネルギーなどに限定されていた。原子力の延命化はカーボンニュートラルの流れにも合致しており、ブルース・パワーの起債は日本の動向にも影響を与えそうだ。」とも報じている。ブルース・パワーは、オンタリオ州の電力の 3分の 1を供給する電力大手で、カナダ原子力協会の関係者は、この起債が好評で成功だったと語っている。

2.2.4
EU持続可能投資タクソノミーが原子力を認定


多くの新規原子力発電所プロジェクトの立ち上げが検討されている欧州であるが、 2022年 2月 2日、欧州委員会(EC)は、原子力と天然ガス関係の活動を含めた EUタクソノミー規則の補完委任法令( Complementary Delegated Act:CDA)の最終案を承認。
原子力発電は「持続的な」活動として EUタクソノミー投資基準でグリーンと認められた。
EUタクソノミーは、 2050年迄のカーボンニュートラル達成に向けた様々な資金誘導に影響を与える規則で、原子力の扱いは論議を呼んでおり、判断は保留となっていたが、科学的判定を示す報告書が作成され「持続可能な経済活動」と認めていた。承認により原子力発電所関連の資金調達、プロジェクトの実施がより円滑になる。
再エネと比較してもライフサイクルで単位当たり CO2排出量が最も低いにも拘わらず、ドイツなどの影響力で除外されていた原子力が科学的・合理的な評価の後、認定されたことで、欧州以外の投資判定基準、格付け、 ESG投資基準などにも影響を及ぼすことは必至である。
一方、現在の評価における留保条件には、極低・低・中レベル放射性廃棄物、高レベル放射性廃棄物の取り扱いと実施年限が決められ、原子力利用国における努力が求められている。今後、放射性廃棄物、最終処分などの課題について国際的規模で進展が図られることが予想される。
2.2.5 原子力受容性調査
2021年 12月 8日に英国の調査会社 YouGov社が原子力

の受容性について世論調査を欧州 7カ国で実施した結果を公表、原子力利用を肯定した割合は、フランス 75%、スペイン 70%、スウェーデン 69%、英国 66%、ドイツ 53%、イタリア 51%、デンマーク 40%。各国千から二千人の調査ではあるが、全廃を決定しているドイツでも 53%が原子力利用を肯定する結果となった。[1]
先進各国での化石燃料の使用期限の繰り上げによる市場不安に、短期的な風力発電の不調による天然ガス需要の急増とウクライナ情勢の緊迫化に伴うロシア産天然ガスの入手困難が加わり、世界的なエネルギー需給ひっ迫の中で、調査は行われた。フランス、英国では原子力を含め電源・エネルギーの多様化が図られているが、国内炭・原子力発電を制限してきたドイツでは状況が厳しいこと、さらに EUタクソノミーに関する議論、 SDGsによる評価など原子力に関する冷静な議論が深まったことも世論調査に影響したと想像される。
一方、 2021年 5月、ビスコンティ・リサーチ社が行った米国における原子力受容性調査では、 76%が原子力利用を支持、 24%が反対を示した。 2020年の 60%から 2021年に大きく支持を伸ばしたことは、米国の CO2削減に関するパリ協定への復帰と無関係ではない。
カナダ、オンタリオ州では、 CO2削減のため石炭火力の停止を進め、既存原子力発電プラントのリプレースや運転期間延長が計画されている。世論調査では原子力に対する支持は常に 8割程度あるという。ブルース・パワーの社長レンチェック氏は「原子力がクリーンで、供給安定性が高く、安全であり、手頃な価格のエネルギーを提供しているからだ」と語っている。
2.2.6 海外の原子力発電誘導のための経済支援策
欧米では、電力市場が自由化されている地域も少なくない。これらの地域の原子力発電所では、経済学の言う「市場の失敗」、再エネ補助金などによる歪みで、政府や国民が期待している脱炭素や供給の強靭性が市場価格に反映されず、建設投資や発電コストの回収が見通せないケースがある。電力自由市場での設備投資の誘導には一定の事業環境整備が必要である。
【米国の原子力発電所支援制度】
米国では、議会での立法を経て、州政府が原子力発電所のコスト回収を支援する制度が導入されている。このことは原子力を失うと、州が設定している CO2削減目標が達成できなくなること、電気の安定供給への支障や電気料金が高騰する懸念があること、さらに、原子力発電所には、再エネに比較して、地域の雇用や経済にとってプラスの効

果があることも理由となっている。
ゼロエミッションスタンダード ZES制度(米国イリノ
イ州)は、議会が、原子力発電所が同州の安価な電気料金
や経済成長に寄与しており、無炭素電力の 92%を供給し
ているにも拘わらず天然ガスとの競合で閉鎖の危機に直面
していると認定し、 2017年 6月 1日州上院法案 2814号と
して立法化した。これに基づき、州政府は低炭素電力とし
ての原子力発電の価値を認め、その発電量にクレジットを
支払う [2]。
同様の制度は、ニューヨーク州、コネティカット州等で
も導入されており電力自由化州での原子力の持続的活用に
よる安定供給の維持と CO2削減を支えている。
【英国の新設原子力発電所コスト回収保証】
英国では、建設コストの回収が事業会社にとって大きな
リスクとして事業参入の壁となっている。電力自由化をい
ち早く進めた国でありながら、総括原価主義時代のツール
により資金回収を保証する制度を追設し、参入者を誘致し
ている。
初期に導入されたのが「差金決済取引( CfD)」で変化
する卸電力価格の中、収入を安定させる仕組みである。建
設前に基準の価格を決め、差金を精算する。価格決定後の
建設費増加のリスクは投資家が負う。建設中のヒンクリー
ポイント C(EDFエナジー)で適用される。

現在導入に目途がついているのが「規制資産ベース(RAB)モデル」。これは事業者がインフラ設備を提供し、
経済規制当局の許可を受けて建設段階より消費者から規定
の価格を利用料金から徴収する。投資家は設備の建設と操
業にともなう(コストの超過や計画の遅れなどの)リスク
を消費者と分担することになる。
2.2.7 新型炉開発(イノベーション)の状況
欧米では、 SMRと呼ばれる 30万 kW以下の小型原子炉
の開発が盛んに進められている。わが国も含め、各国政府
が公費の投入などで支援している。

資源エネルギー庁の HP[2]によると、その特徴は「小型」「モジュール」「多目的」の 3つ。原子炉を「小型」にすると、
大型の原子炉よりも冷えやすくなる。小型炉は体積の割に
大きな表面積を持つ。実現すれば、安全性向上に加え、簡
単な構造で、メンテナンスが容易、コストの削減ができる。
また、現地でゼロから作るのではなく、ある程度のとこ
ろまでを工場で生産・管理する「モジュール」で、高い品
さらに、発電の用途以外に、、
「水素の製造」「熱エネルギーの利用」「遠隔地でのエネルギー源」「医療」など「多目的」
、に利用できるという。以下に代表的な例を示す。
【米国】VOYGR(NuScale Power社の SMR)わが国からは IHI・日揮が出資・参加。 2029年に DOE傘下のアイダホ国立研究所で完成を目指す。米国政府が 2.8億ドル( 320 億円)を資金提供。
【カナダ】BWRX300(GE日立)ダーリントン原子力発電所で建設が決定。 2028年完成を目指す。カナダ原子力安全委員会は許認可前設計審査などで前向きに取り組んでいる。
【英国】ロールス・ロイス SMR社 2030年代初頭に国内送電網への接続を計画。英国政府ビジネスエネルギー産業戦略省( BEIS)が 2.1億ポンド(320億円)を資金提供。
3.わが国のエネルギー基本計画について
COP26に先立つ 2021年 10月、わが国では、第 6次エネルギー基本計画が 3年ぶり改定された。 128ページにわたり、びっしりと書かれている。経済産業省の HPに掲載されているので一読されることをお勧めする。
ここでは、筆者が原子力関連で重要と考える記載とそれに関連する原子力の役割を整理してみたい。
3.1 エネルギー基本計画が指摘する重要事項
・最後まで福島復興に取り組んでいく・強靱で安定的なエネルギー需給構造の確立・安定的で安価なエネルギー供給は不可欠・カーボンニュートラルに使える技術は全て使う・我が国はエネルギー供給の脆弱性を抱えている。エネル
ギー安全保障の確保、危機時にあっても適切に機能する強靱性(レジリエンス)を高めていくこと・エネルギー自給率に加え、サプライチェーン全体での安
定供給体制を確保する・電気料金は家庭用・産業用ともに高い・脱炭素化された火力や蓄電池等と組み合わせた再生可能
エネルギーや水素から作られる燃料などに切り替えることは、コスト上昇の要因・非電力部門において電化可能な分野は電化する
質管理や短い工期、コスト低減を実現する工法。


解説記事「海外の原子力利用計画の動向とわが国のエネルギー基本計画」
3.2 エネルギー基本計画が原子力に期待すること
・原子力の社会的な信頼は十分に獲得されていない・原子力については再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り依存度を低減する
・更なる安全性向上による事故リスクの抑制、廃炉や廃棄物処理・処分などのバックエンド問題への対処といった取組による社会的信頼の回復がまず不可欠
・このため、人材・技術・産業基盤の強化、安全性・経済性・機動性に優れた炉の追求、バックエンド問題の解決に向けた技術開発を進めていく
・原子力は、優れた安定供給性と効率性を有しており、運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もないことから、安全性の確保を大前提に、長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源
・2050年カーボンニュートラルを実現するために原子力は、国民からの信頼確保に努め、安全性の確保を大前提に、必要な規模を持続的に活用していく
・原子力事業者を含む産業界は、自主的に不断に安全を追求する事業体制を確立し、原子力施設に対する安全性を最優先させるという安全文化の醸成に取り組む必要がある
4. わが国における原子力の役割
4.1
原子力発電の現状


わが国で再稼働した原子炉は現在 10基、再稼働に取り組んでいる原子炉は 23基である。また、過去 10年で 21基の廃止が決定した。エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーの拡大を図る中で原子力への依存度を可能な限り低減するとしている。したがって、新規制基準下での新設・リプレースの見通しは不透明である。 
一方、「 2050年のカーボンニュートラル達成のために、必要な規模を持続的に活用」との文言が追加され、これまで不明確だった 2030年以降の原子力活用への政府の意思が見えてきた。
4.2 2030年における CO 2削減のすがた
2050年カーボンニュートラル達成のための、 2030年度の温室効果ガス削減目標は 2013年度比 46%減。 13年度から 6.5億トン、 19年度から 4.5億トンを減らす必要がある。そのため、野心的な省エネでエネルギーの総需要を減らし、加えて化石燃料から再エネへの転換を急速に行う。その中で原子力は、現存する 33基と建設中の 3基で、 2030年度の削減目標達成に臨む。その中では、 40年運転制限に対する運転期間延長の審査をクリアすることも必要である。

4.3
加速化する温暖化対策と原子力の役割

2021年、COP26を前に国際社会は温室効果ガス削減目標年次の繰り上げを求めていたことを思い出していただきたい。 2022年はドイツが G7の議長国として COPプロセスをリードする。緑の党を含め、地球温暖化に敏感な政治的土壌から、英国に増して高い目標を設定することもあり得る。わが国原子力産業界としては、安全確保を大前提に、原子力フリートを早期に、万全の形に仕上げ、安全・安定運転を継続したい。

4.4
脱炭素と原子力


ライフサイクルで見る原子力の単位電力量当たりの CO2排出量は、風力、太陽光、 CO2回収( CCS)付高効率天然ガス火力よりも小さい [4]。原子力はもっとも CO2削減の実力が高い温暖化対策とエネルギーの安定供給に不可欠な電源である。
昨年、再稼働に関わる審査に合格した島根 2号機は再稼働すると約 27万世帯に無炭素の電気を供給する。その CO2削減効果は年間 260万トンである。
こういった効果をもって、 IEAビロル事務局長は、「原発の運転期間延長はもっとも安価な選択肢、安全に配慮しつつ、原発の再稼働を広げていくことが、日本経済にとって重要」と、日経新聞のインタビューに答えている [5]。日本でいえば、早期再稼働、運転期間の延長、米国なみの稼働率の達成などの最適化により CO2削減量はさらに上積みできる。
4.5「24/7(twenty-four seven)」の供給の安定性
英語では、年中無休を「 24/7(twenty-four seven)」というが、米国の原子力エネルギー協会は、原子力を評して誇らしげにこのことばを使う。近年、大型ハリケーン、風雪害など厳しい気象条件に見舞われながらも米国の原子力発電は電力を供給し続け評価されている。そして、稼働率は毎年 90%を超えている [6]。
化石燃料・自然エネルギー資源ともに制約のある日本では、原子力のエネルギー供給の安定性の効果は、燃料装荷後 1年運転し続けられること、燃料輸送の容易さ、備蓄性、燃料リサイクルの特性からも発揮される。これらは他の発電方式にはない魅力である。

4.6 原子力発電所と持続可能な経済
原子力発電所再稼働は身近な経済的効果をもたらす。関西電力は、平成 30(2018)年度の大飯 3・4号機の再稼働が 1年間にもたらす電気料金の引き下げ効果を 990億円 [7]と算定し料金引き下げを行った。これは一般家庭では、年間およそ 2880円に相当するとの試算もある。
4.7 国産化率90%の安心と経済効果
第 6次エネルギー基本計画も指摘しているが、サプライチェーン全体での安定供給もエネルギー政策上大事な観点である。原子力は発電コストの大部分が設備である。その設備の 90%は国内産業の技術を用いた国産である [8]。国内に製造拠点があることはエネルギーの安定供給上も有利であり、発電所が作り出す雇用・国内経済の押上げ効果も大きい。何よりも国産製品は安心できる。
4.8 非鉄金属資源供給の脆弱性を回避
2021年 5月、IEAは非鉄金属資源の依存度が、将来のエネルギー確保や原価に与える影響を指摘した。低炭素電源では、風力発電、太陽光発電の非鉄金属依存度は大きく、原子力発電ではその半分程度である [9]。非鉄金属資源の保護・温存という観点からも原子力は持続可能な開発目標 SDGsにかなっている。
5.まとめ
エネルギーは人類の豊かな生活を実現するものだが、化石燃料の大量消費による CO2の蓄積は、同時に人類が生活する地球環境に最大の負荷をかけるものとなってしまった。地球環境の激変を食い止めるための最大の課題が、エネルギー利用が作りだす CO2を可能な限り削減すること。しかも可能な限り迅速にということが人類共通の目標となっている。
エネルギーが CO2発生の根本原因となっている以上エネルギー政策や計画は、脱炭素化を迅速かつ確実に実行できるものでなければならない。そのためにあらゆる選択肢を使う。これが各国の政策・計画に共通するものである。
世界的な潮流は、脱炭素エネルギーとしては確立された技術で半世紀にわたる実績がある原子力を活用することである。地球環境の保全と持続的な経済発展を両立する戦略として原子力を不可欠な選択肢と呼ぶだけでなく、次世代炉の技術開発と将来の輸出を見据え積極的な戦略に転じている。2022年 2月の EUタクソノミー投資基準に原子力を含める多国間合意がなされることで最後のピースがはまったように感じる。
一方、わが国に目を転じると、第 6次エネルギー基本計画策定の議論では、カーボンニュートラルに使える技術は全て使うことが確認されたが、「原子力については再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り依存度を低減する」との記載は残った。
しかしながら、原子力は、「長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」、「2050年カーボンニュートラルを実現するため国民の信頼確保に努め、安全性の確保を大前提に、必要な規模を持続的に活用」と第 6次エネルギー基本計画に記載された。これまで 2030年の電源ミックスに原子力の発電比率が 20-22%と提示されるにとどまっていたところから、 2050年まで、あるいは、その後の原子力活用の見通しが示されたと言える。
原子力産業に携わる我々は、しっかりとエネルギーの安定供給と地球環境を守ることの重責を受け止め、原子力利用における安全確保と国民の信頼を大前提にその持続的活用の実現に前進していきたい。
参考文献
[1] https://www.fepc.or.jp/library/kaigai/kaigai_ topics/1260653_4115.html
[2] 平成 30年度原子力の利用状況等に関する調査 日本エネルギー経済研究所
[3] https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ smr_01.html
[4] Life Cycle Assessment of Electricity Generation Options,
UNECE, 2020 [5] 日経新聞,2019年 5月 28日
[6] https://www.nei.org/resources/statistics/us-nuclear-generating-statistics
[7] https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2018/ pdf/0528_1j_02.pdf
[8] https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/ genshiryoku/pdf/021_03_00.pdf
[9] The Role of Critical Minerals in Clean Energy Transitions, IEA, 2021
(2022年 2月 10日)
著者紹介 
著者:古塚 伸一所属:日本原子力産業協会専門分野:企画部

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