解説記事「カーボンニュートラルを目指した世界の動向と日本の対応 その一 : 地球温暖化対策に係わる世界の動きと」
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カーボンニュートラルを目指した世界の動向と日本の対応 その一 : 地球温暖化対策に係わる世界の動きと日本のエネルギー対策
日本保全学会 栗山 正明 Masaaki KURIYAMA
植田 脩三 Shuzo UEDA
1.はじめに
地球温暖化への懸念からCO2などの温暖化ガス排出を削減する動きが国連機関を核として全世界で広がっている中、日本でも2020年10月に菅前首相が2050年カーボンニュートラル(CN)を宣言した。ここでは、温暖化対策の議論の中でCNが出てきた経緯や世界の主要国でのCNに向けた動き、また日本でCNを達成するためにはどのようなエネルギー施策が必要なのか、その際の原子力の役割はどうなのかを考えてみる。
尚、以下の議論の中で、2050年CN時においては原子力の貢献が不可欠であることを述べることになるが、この原子力の貢献には原子力発電所の安全性と信頼性向上が前提条件であり、この条件を満たすためには保全の役割が極めて重要である。
2.温暖化ガス排出削減のための国際的枠組み
2.1 気候変動に関する国連枠組み条約及び条約締結国会議の目的
気候変動に関する国際連合枠組み条約(UNFCCC※1)が1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で採択された[1]。UNFCCCは、地球温暖化を防ぐため、温室効果ガス濃度の安定化を目標とし、気候変動がもたらす悪影響を防止する国際的な枠組みを定めたもの。
UNFCCCで決定した温室効果ガス排出の削減目標に対して、この目標達成に必要な具体的な項目、内容について各国代表が議論する場として、UNFCCCの下に条約締結国会議(COP)が設置された。
また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC※2)は、世界気象機関及び国連環境計画により1988年に設立された政府間組織で、気候変動の影響やそのリスク、対応策について科学的・社会経済学的見地から評価し、各国政府に科学的な基盤を提供する。
2.2 COPの議論の経緯
1997年のCOP3で国際的枠組み(京都議定書)が採択されたが、この枠組みでは途上国の温暖化ガス排出削減義務は免除され、欧米、日本などの先進国のみが削減義務を負うという不公平なものであった。このため第一期が終了した2012年以降、機能しなくなった。また日本はこの議定書で約束した削減量を達成することができず、CO2排出権取引を通して膨大な国費が海外に流出した。その後、COP21(2015年)で2020年以降の新たな枠組みに関する取り決め(パリ協定)が採択された。主な点は以下の3つである。
①温度上昇を1.5〜2℃以内に抑制するため、21世紀後半のできるだけ早い時期に温室効果ガス排出と吸収をバランスさせるCNを目標とする。
②各国は独自に削減目標(NDC※3)を設定し、レビューを受ける。
③各国が設定した目標と地球全体の温度目標を定期的に比較し、妥当性を評価する。
2.3 パリ協定で設定された世界各国の2030年NDCと2050年CNの宣言
パリ協定では各国が自主的に温暖化ガス排出削減目標:NDCを設定する。表1に主要各国のNDCと2050年CNの宣言について、CO2排出量の多い順にまとめた[2][3]。2030年NDCに関しては、欧米や日本などはCO2排出を絶対量ベースで40~60%の削減目標を設定しているが、中国、インドは絶対量ではなくGDPあたりの排出量で規定している。ところがGDPあたりの規定では、中国のように2005年から13年間にCO2排出量が1.7倍以上増加しているにも拘らず、この間に中国のGDPは6.2倍にもなっているため、GDPあたりの排出量は大幅に減少したことになってしまう。また中国は2050年CNではなく、2060年CNを宣言しており、インドはさらに遅れて2070年CNを宣言するなど、世界各国の足並みはそろっていない。
3.2050年CNを達成するためのエネルギー構造について
2050年CNを達成するためには、エネルギー利用のすべての部門、つまり、発電部門はもちろんのこと、運輸部門、産業部門、家庭部門を含めた全ての部門で、CO2排出をゼロに近づける必要がある。本稿では、先ず、日本の全排出量11億トン/年のうち、約4割を排出する電力部門においてCNを目指ざすにはどのようなシナリオがあるのかを考えてみる[4-7]。
3.1 CCSを利用した火力発電
日本の発電部門でのエネルギーで77%(2018年)と最大の割合を占めるのが石炭、天然ガス、石油の火力発電である。2050年CNでは火力発電は全てCCS利用の火力発電にする必要がある。ではCCSの年間処理量はどの程度の量を見積もることができるのか。CCSは油田から原油を採掘するためにCO2を圧入する技術としてすでに実用化され、日本でも苫小牧で10万トン規模のCCS実証試験が行われている。これらの結果からの予測では、2050年までに年間3,000万トン(苫小牧の実証施設の300倍)程度は可能であると推定され、この場合、CCS付き火力発電として総発電量の5%を賄うことができる[8]。
3.2 安定型再生可能エネルギー(安定再エネ)
再生可能エネルギー(再エネ)の中で、需要に応じて発電できる安定再エネには水力、地熱、バイオマスがある。この安定再エネの発電量は総発電量の10.1%(2018年)に達した。この安定再エネは2030年には、水力:9.2%、バイオマス:4.6%、地熱:1.1%に増加させ、総発電量の15%を目標としている。しかし国土の地理学的条件から水力や地熱でこれ以上の増加は難しく、またバイオマスも木材チップの輸入制限から増加は難しく、2050年に向けて安定再エネは15%程度が限界と見られる。
3.3 変動型再生可能エネルギー(VRE)
小竹ら[7]は、2016〜2019年度の4年間に亘って測定された1時間毎の太陽光及び風力発電の設備利用率と電力需要の実測データを集計・分析し、このデータをベースにして2050年における総発電量に対するVREの発電量比率と太陽光と風力の年間発電量比率をパラメータにして電力需給計算を行い、発電におけるエネルギーミックスの適性値を評価している。
このエネルギーミックスの議論では、VRE比率や太陽光/風力の比率などをパラメータとして検討しているが、太陽光と風力の比率が1の場合、VRE比率40%が技術的な限界としている[6]。
このケースは、政府の方針である再エネの主力電源化に向け、2050年VRE比率:40%とし、安定再エネの15%と合わせた再エネ比率:55%を目指すものである。この場合、安定電源を使ったバックアップを行っても夕刻から早朝にかけ、1日あたり最大3,500~9,000万kWhの不足電力が発生する。このため、この不足電力を補填する9,000万kWh規模の蓄電容量が必要となる。他方、春や秋には昼間余剰電力が1日当たり最大5億kWh程度発生するため、9,000万kWh規模の蓄電容量では、約4億1,000万kWh(一日当たりの需要量の15%前後)が無駄になる。
更に太陽光と風力の比率を1:1としてVRE比率40%を実現するには、太陽光は1億8,000万kW、風力は9,300万kWの設備容量が必要となる。これらの設備容量は、環境省が評価したシナリオ[9]には入っているが、この実現には莫大な投資が必要となる。
3.4 スマートコミュニティの構築
スマートコミュニティでは、電気、熱供給も含めて「地産地消」の地域社会を全国で構築し、全国の地域社会間をネットワーク化して相互に電力融通できるようにすることで、再エネの有効利用が期待されている。例えば、VREと蓄電池、EVバスやEVトラックなどの地域交通システムを組み合せてVREの調整電源としての機能を分担させることもできる。2050年までにスマートコミュニティを全国の多くの地域に拡大できれば、日本の電力需要の有意な規模(5%)をこの分散エネルギーシステムで賄うことが期待できる[10]。
3.5原子力
上記のように2050年CNを目指した発電比率では、CCS付き火力:5%、安定再エネ:15%、VRE:40%、スマートコミュニティ:5%を加算すると総発電量の65%になる。残りの35%は、CO2ゼロ排出の原子力で供給することが目標となる[8]。日本の原子力は1995~2000年にかけて総発電量の約34%を供給した実績が既にあり[11]、35%は困難な数値ではない。このためには既存原発の再稼働の促進、更に政府が原子力政策を前向きにすることで新規原発の建設を進めることができれば、2050年の原子力比率:35%は十分に実現可能となる。この原子力比率:35%を実現するために必要な施策を次項で記述する。
4.2050年CNに向けて必要な原子力の施策
上記3.で、2050年の電力分野におけるCN達成に必要な原子力は、総発電量(1兆1,000億kWh)の35%を目標にすべきと提案された[5]。ここでは2050年CNに向けた原子力貢献のために何をすべきか検討する。
4.1 原子力割合:35%達成に必要な対策
2022年現在、既設原子炉10基が新規制基準をクリアし、安全対策工事の完了、地元了解を得て再稼働をした。この他に6基が新規制基準をクリアし、再稼働に向けて安全対策工事と地元自治体への説明を進めている。新規制基準の審査中の原子炉は11基、未申請は9基である。
先ず2050年以前に、第6次エネ基で示された2030年の原子力比率:20〜22%を達成するには、原発30基前後、設備容量で3,000万kW(稼働率85%)〜3,600万kW(稼働率70%)を再稼働させる必要がある。現在、原子力規制委員会で審査中の11基がすべて再稼働したとしても20~22%には達しない。このため現在、未申請の中の少なくても数基の原子炉を再稼働に向けて申請作業に入る必要があり、2030年までの再稼働を目指す必要がある。
次に2050年の原子力比率:35%を達成するには、設備容量を5,500万kW(稼働率70%)規模に増設していくことが必要になる。これは100万kW級次世代軽水炉であれば、2050年までに18〜24基の新規原発の運転開始が必要となる[5]。
原発の新規建設には立地点選定から運転開始まで20年以上の期間を要する。2040年頃から新規原発の運転を順次開始し、その後2050年までの10年間に18~24基の運転を開始するには、新規原発の建設判断を早急に行い、遅くとも2025年頃までには建設に必要な人材・インフラ整備を完了する必要がある。つまり、2050年CNの目標達成には、今から数年以内に、新規原発建設の政策決定をすることが必要である。
4.2 2050年CNを実現するための原子力政策
上記の原子力比率:35%を実現するには、安全性向上や安全規制について、政府及び国会での議論、国民との対話を促進し、その上で政府の原子力に対する現方針:「原子力への依存度を可能な限り低減」を撤回し、「CN社会実現に向けて原子力を可能な限り活用する」との新たな政府方針を示して、新規原発の建設が実現できる基盤を作る必要がある。また電力事業者にとって原発建設は大規模な投資が必要となることから、長期間に亘って着実に投資回収ができ、司法リスクや規制リスクを最小限にする制度設計を早急に作成する必要がある。この結果、原子力比率:35%を実現でき、2050年CNの目標が達成できることになる。
4.3 サステナブルな原子力利用のために
2050年頃までは、安全性が大幅に向上した次世代軽水炉が原子力発電の中核になる。一方、ロシア、中国、インドなどでは、軽水炉利用の拡大とともに高速炉の実用化開発が活発に進められており、ロシアでは既に高速炉のBN600やBN800での商用発電がおこなわれている。日本でも、実験炉「常陽」、原型炉「もんじゅ」等により、高速炉の広範な知見が蓄積されてきた。これらの技術基盤をベースにして、高速炉開発の「戦略ロードマップ」[12]に沿った開発を進め、21世紀後半での実用化を目指すべきである。
次に原子力を使った水素製造の開発[13]は、日本を含めて世界各国で検討されている。特に、米国、カナダ、フランスでは原子力を重要な水素製造手段と位置付けている。原子力による水素製造は、高温ガス炉から出力される900℃程度の高温熱源の下で、ISプロセス反応を利用した熱分解法によって、熱効率:40〜50%での水素生産が可能になる[12]。高温ガス炉が実用化するまでは、軽水炉発電を使った水素製造方法も検討されているが、総合的な熱効率が19〜24%と低く、将来的には高温ガス炉利用に向かうであろう。また水素製造以外でも1,000℃近い高温熱源の用途として、CN状況下で化石燃料の使用が制限された製鉄業や化学工業などでの熱源としての用途も期待されている。高温ガス炉を使った水素製造法の開発はJAEAで行われており、国の「2050年CNに伴うグリーン成長戦略」の中でも重要分野として位置づけられている。尚、JAEAでの実証試験で、高温ガス炉は冷却材喪失事故があっても自然に停止する、"固有安全性を備えた原子炉"であることが確認されている。
5.結言
地球温暖化対策は国連を核として全世界を巻き込んでの動きになっているが、この温暖化対策は先進国と開発途上国間における軋轢、加えて経済的要素や政治的要素が複雑に絡んで一筋縄ではいかない。このような状況下で締結国会議COPでは、2050年CNやこのCNに向けての2030年目標、NDCの議論が行われている。地球規模での温暖化ガス排出削減という共通認識はあるものの、各国の温暖化ガス削減目標には大きな隔たりがあり、世界の足並みが揃っているとは言い難い。この中で日米欧などの先進国は率先してドラステックな温暖化ガス削減目標を掲げて、世界の温暖化対策を先導しようとしている。
一方、日本で2050年CNという目標を達成するためには、先ず、その時点における日本のエネルギー構造がどのような姿になっているかを描き出す必要がある。多くの方がこの点に関して議論しているが、今回はその中の代表的な例をいくつか取り出して紹介した。その議論の中で、日本の地理学的・気象的な制約条件を考慮すると、総電力供給量のうち、再エネ比率:50%程度が限界であること、他方、原子力が35%は必要であること、などを述べた。
原子力による発電比率:35%を実現するためには、国民の間に原子力受容性を高めることが必須であるが、このためには原子力発電の安全性や信頼性の向上が前提条件になる。そのためには、原子力における安全に対する思想、この思想に基づいた安全設計や信頼性向上のための最新技術の導入はもちろんのこと、これらの機能を十分に発揮させるための原子力発電所現場における保全活動の役割は極めて重要であり、保全の高度化や保全現場の高度化が強く求められている。
参考文献
[1] UNFCC:国連気候変動枠組条約(UNFCCC)
[2] CO2排出量:co2_ghg_emission_2019.pdf (env.go.jp)
[3] 世界各国のNDC:外務省:日本の排出削減目標|外務省 (mofa.go.jp)
[4] エネルギーレビュー誌2021年3月号、「2050年、再エネで総発電電力量の半分以上を賄えるか?─年間気象実測データに基づいて─」
[5] エネルギーフォーラム誌2021年3月号、「2050年の電源構成を予測再エネとともに原子力が必須」
[6] 日本機械学会 2020年度年次大会講演論文集〔2020.9.13-16〕2050年エネルギーミックスの検討(脱炭素電源が目指す目標)
[7] 日本機械学会 動力エネルギーシステム部門「原子力・再生可能エネルギー調和型エネルギーシステム研究会報告書(2021年9月)」
[8] 経産省 火力政策をめぐる議論の動向について 2021年11月、041_06_00.pdf (meti.go.jp)
[9] 令和2年度環境省委託業務「令和2年度再生可能エネルギー導入ポテンシャルに関する調査委託業務報告書」、2021年3月
[10] 経済産業省 省エネルギー・新エネルギー部「スマートコミュニティ事例集」2017年6月23日
[11] 電事連資料:https://www.fepc.or.jp/nuclear/state/setsubi/
[12] 原子力国民会議 原子力の新潮流2021年5月号、「高速炉開発の必要性とその展望」
[13] 岩月他、JAEA-Review 2014-037
(2022年5月11日)
表1 世界のCO2排出と各国のCO2削減対応
著者:栗山 正明
所属:日本保全学会
専門分野:核融合
著者:植田 脩三
所属:日本保全学会