解説記事 「カーボンニュートラルを目指した世界の動向と日本の対応 その二 : EUタクソノミーにおける原子力の位置づけ」
公開日:1.はじめに
フォン・デア・ライエン欧州委員長は、持続可能なEU経済の実現に向けた成長戦略「欧州グリーンディール」を2018年5月に発表した。これを出発点に、循環型経済を目指す行動計画や、必要となる投資と資金メカニズム、持続可能な企業活動の分類(以下EUタクソノミー)についての規則(以下EUタクソノミー規則)などが次々と整備され体系化されていった。しかしながら、原子力と天然ガスは当初、環境影響への判断が難しいとして規則の中に入っていなかった。最終的には補完委任規則として取り入れられることになった、その経緯を振り返り、原子力に絞ってその位置づけを見てみたい。
2.EUの法体系
EUの法体系は加盟国が交渉して締結する基本条約とEU域内の企業や個人を規制する規則(Regulation)、指令(Directive)、決定(Decision)、勧告(Recommendation)、意見(Opinion)の5種類がある。規則は各国の国内法なしに直接効力を発する。また、委任法令(Delegated Act)という法令があり、これは欧州議会が欧州委員会に対して細則設定権限を委任した形で制定されるEU規則のことである。欧州の政策プロセスにかかわる組織は、欧州議会、欧州閣僚理事会と欧州委員会である。欧州委員会から提出された法案は、欧州議会と欧州閣僚理事会で審議される。
3.EUタクソノミーにおける原子力の
取り扱いの経緯
EUタクソノミー規則とは、企業のどのような経済活動が地球環境にとって持続可能であるかどうかを分類し、グリーンな投資を促すEUの規則である。EUタクソノミー規則の技術的スクリーニング基準(以下TSC)は、欧州委員会が欧州議会から委託されて定める委任法令(Delegated Act)である。2018年7月欧州委員会は技術専門家グループ(以下TEG: Technical Expert Group)を設置し、EUタクソノミーやグリーンボンド基準等に関する具体的な議論を開始した。2019年6月TEGは、環境関連の経済活動の分類を示したEUタクソノミー、グリーンボンド基準などの技術レポート[1]を公表した。同年12月欧州委員会がEUタクソノミー規則案を採択した。この時点では原子力は保留となった。2020年3月TEGは最終報告書を出し、原子力の低炭素貢献には十分な裏付けがあるが、放射性廃棄物が「他の環境目的に重大な影響を及ぼさない」が判断困難として専門家グループによる技術評価を勧告した。そこで、欧州委員会は欧州共同研究センター(以下JRC:Joint Research Center)に放射性廃棄物の観点から主に検討を行うよう要請した。2021年3月JRCは報告書を公表し、その中で「原子力は他の持続可能エネルギーと比較して、人体や環境に害を及ぼすものとは言えない」と結論付けた。
2021年4月欧州委員会は、TSC第1弾(原子力を含まない)の委任法令を発出した。一方、欧州委員会は、原子力をEUタクソノミーに含めると決定し、TSC第2弾(原子力と天然ガスを含める)補完委任法令案を2022年2月2日発出し、同年7月6日に欧州議会で承認された。本案については欧州閣僚理事会で並行して検討中であるが、否決されない限り、2023年1月から施行される。
4.TEGレポートで定義するEUタクソノミー
TEGレポートに記載されているように、具体的にEUタクソノミーは、「環境目的」、「サステナブルな経済活動の条件」と「TSC」で構成されている。前2項目はEU規則として制定され、最後の1項目は、委任法令として発出される仕組みとなっている。
4.1 EUタクソノミーの環境目的
地球環境に対し持続的な経済活動に誘導するため、以下の6つの環境目的を設定している。
① 気候変動緩和策
② 気候変動適応策
③ 水と海洋資源の持続可能な利用と保護
④ 循環型経済、廃棄物対策、リサイクルへの転換
⑤ 公害防止・管理
⑥ 健全な生態系の保護
4.2 EUタクソノミーで適格となる条件
ある特定の活動に対し、サステナビリティ(持続可能性)を満たすかの判定条件として次の4項目を挙げている。
1)一つ以上の環境目的に実質的に貢献できること
2)1)で選択したものを除く、環境目的に対して著しい悪影響を及ぼさないこと(以下DNSH: Do No Significant Harm)
3)最低限の社会的保護(規則案では、ILOの中核的な労働協約として定義されている)を遵守
4)TSCに適合すること
4.3 TSCの具体例
4.1の6つの目的に関し、「経済活動が、気候変動の緩和や適応に大きく貢献していても、DHSHをクリアできなければEUタクソノミーの適用にはならない」との基本的考え方があり、その具体的な判定基準がTSCとして設定される。TSCは、経済活動ごとに、科学的根拠に基づく基準として環境目的に貢献し、他の環境目的にDNSHと認定される技術的基準を定めたものである。4.2の1)に一つ以上寄与することを示すことができたとしても、他の環境目的に対しDNSHをクリアできなければEUタクソノミーには適合しない。原子力がEUタクソノミーに入れるべきかどうか論争が続いてきたのは気候緩和目的に対する貢献は明らかであるもののその他の環境目的に対するDNSHを満たすどうかが結論できなかったためである。
原子力が含まれていない、当初の気候変動の緩和への貢献に関するTSCとDNSC基準の具体例は、電力・ガス・熱供給部門の場合表1に示すとおりである。
5.EUタクソノミーにおける原子力の
位置づけを確定したJRC報告書の概要
TEGは、原子力に対する結論は出さなかったものの、専門家に検討をゆだねることを提案した。そこで欧州委員会は、欧州共同研究センター(以下JRC)に「原子力発電のDNSH面においてより広範な技術的作業」の検討を要請した。JRCは、放射性廃棄物の管理に重点を置いて、環境に対する現存するあるいは潜在的な影響の観点から、原子力のライフサイクル全体の影響を検討した。2021年3月に報告書「EUタクソノミー規則(EU)2020/852におけるクライテリア"重大な害を及ぼさない"視点からの原子力に係る技術評価」[2]を公表した。報告書は2部構成になっており、パートAは、DNSH基準に基づいて原子力発電のライフサイクルの各段階での影響を評価している。パートBでは使用済核燃料と高レベル放射性廃棄物の長期的管理などについて評価している。そこでJRCがどのような結論を出したか見てみる。
5.1 原子力発電のライフサイクル評価
原子力発電の環境影響の評価をするにはその全ライフサイクルについて評価する必要がある。報告書では原子力発電のライフサイクルは以下のように区分けしている。
a) ウラン採鉱とウラン鉱石処理
b) 六フッ化ウランへの転換
c) ウラン濃縮
d) UO2燃料の製造−燃料棒と燃料集合体の製造
e) 使用済燃料の再処理
f) MOX燃料の製造
g) 原子力プラントの運転(発電)
h) 放射性廃棄物、使用済燃料と技術的廃棄物の貯蔵及び処分
ここで、g)、h)については、再処理しない場合と再処理する場合について検討している。
5.2 環境目的「気候変動の緩和」へ貢献
原子力がそのライフサイクルにおいてGHGの排出がいかに少ないか、各種電源と比較して表2に示す。
表2のように原子力は水力に次いで優れた低炭素電源である。原子力のライフサイクルにおけるGHG放出はTEGが提案している閾値、100gCO2e/kWhを満足し、4.1の①や②に貢献することは明らかである。このため原子力に係る検討の主な視点は、その他の4つの環境目的に対し、DNSHを示すことになる。
5.3廃棄物のDNSHの視点からの原子力発電の評価
各環境目的に関する指標を使って他のエネルギー源と比較し、原子力が有害な影響のないことを結論している。そのうえで、上記のライフサイクルについてDNSHに関する詳細な検討を行い、DNSHが成り立つことを確認している。ライフサイクルでは、ウラン採掘、プラントの運転・廃炉、燃料の再処理、使用済燃料・放射性廃棄物の貯蔵及び処分の各段階の影響が大きいとしている。また、再処理を行う燃料サイクルの影響はオープンサイクルの影響に比べウラン採掘量が減るため小さいと結論付けている。
この報告書は原子力について重要な結論を示した。
(1) 非放射性廃棄物の視点から見ると温室効果ガスの排出、土地の使用、技術的廃棄物の発生にほんのわずかしか寄与しない。汚染防止と管理、生物多様性保護に関する指標には寄与していない。
(2) 放射性廃棄物の地層処分に必要な技術は現在利用可能であり、公共的・政治的条件がそろえば導入可能である。現在利用可能な選択肢の中で、人や環境への負の影響を回避する最良の選択肢である。
(3) 核燃料サイクル全体にわたってすべての具体的な産業活動は、人の健康や環境への潜在的な有害な影響を制御・防止するための措置が講じられており、原子力利用による影響が非常に少ないことが保証されている。
(4) 原子力事故の可能性を完全に確実に排除することはできないが、事故の発生リスクは非常に低い。最新の(第3世代)原子力プラントは利用可能な発電技術の中でも最も発電量当たりの事故死亡率が低い。
JRCは以上のことを保証するためのTSCの案も提示した。
6.EU委員会の補完委任規則案
JRCの報告を受け、EU委員会は、令和4年2月2日、持続可能な経済活動を分類するEUタクソノミー規則において、「持続可能な経済活動として許容される技術的基準を規定する委任規則に一定の条件で原子力(天然ガスも併せて)を用いた発電などの経済活動を含める」補完的な委任規則案[3,4,5]を発出した。その中で原子力をEUタクソノミーに入れる条件については以下のように記載されている。
2045年までに建設認可を受けている、あるいは2040年までに運転期間延長のための更新の認可を受けていることを前提に、(a)極低・低・中レベル放射性廃棄物の最終処分施設が稼働していること、(b)2050年までに高レベル放射性廃棄物の処分施設に関する詳細な計画があること、などの全ての条件を満たすこと。
さらに、新規建設の場合は利用可能な最良の技術を、既存施設の更新の場合は合理的な範囲で安全性向上策をそれぞれ実装すること、2025年からは事故耐性燃料を利用すること。
具体的なTSCは、4.1に対し、1)研究炉や開発中の炉、2)新規原子動力プラント、3)既設設備による発電の3つの設備に分けて定めている。気候変動緩和への実質的な貢献及びDNSHの基準には設備ごとに若干の違いがみられるが、その他の環境目的に関するDHSHの基準は同じである。付属書1に記載されたTSCの枠組みと基準を表3に示す[4]。
7.EUタクソノミーの日本への影響
原子力を含めている補完的委任規則案は、欧州閣僚理事会が否決しない限り2023年1月1日から運用が開始される。このことにより、世界中で原子力への投資に慎重とされる流れに変化が生じる可能性がある。また、ロシアのウクライナへの侵攻がもたらした世界的なエネルギー供給の危機もこの変化を加速する可能性が高い。
産業活動の面からEUタクソノミー規則は、EUへの輸出に関連して直接的に日本企業に影響を及ぼすだけでなく、その理念を通じて世界と日本の企業活動や政府の規制活動に大きな影響を及ぼしていくと考えられる。EUの理念は、次第に世界各地に波及していく可能性が高い[6]。
環境影響を考慮した経済活動の持続可能性を担保するには、設備を作る段階だけでなく、運用の段階も重要である。運用の段階において活動の信頼性と安全性を保証するのは保全活動である。したがって、保全活動についても目的を明確にし、環境影響に考慮した活動が求められる。この時EUタクソノミーの基本的考え方は1つの指針になると思われる。
参考文献
[1] EU Technical Expert Group on Sustainable Finance (TEG2019), Taxonomy: Final report of Technical Expert Group on Sustainable Finance, March 2020.
[2] JRC Science for Policy Report, Technical assessment of nuclear energy with respect to the 'do no significant harm' criteria of Regulation (EU) 2020/852 ('Taxonomy Regulation'), JRC125953
[3] Commission Delegated Regulation (EU) .../... of XXX, amending Delegated Regulation (EU) 2021/2139 as (EU) economic activities in certain energy sectors and Delegated Regulation (EU) 2021/2178 as regards specific public disclosure for those economic activities
[4] ANNEX 1: ANNEX to the Commission Delegated Regulation (EU) .../... of XXX, amending Delegated Regulation (EU) 2021/2139 as (EU) economic activities in certain energy sectors and Delegated Regulation (EU) 2021/2178 as regards specific public disclosure for those economic activities
[5] ANNEX 2: ANNEX to the Commission Delegated Regulation (EU) .../... of XXX, amending Delegated Regulation (EU) 2021/2139 as (EU) economic activities in certain energy sectors and Delegated Regulation (EU) 2021/2178 as regards specific public disclosure for those economic activities
[6] 日本保全学会、カーボンニュートラルに対する原子力の貢献に関する調査報告書、令和4年3月31日
(2022年8月15日)
著者:植田 脩三
所属:日本保全学会
専門分野:原子力工学
著者:栗山 正明
所属:日本保全学会
専門分野:核融合