解説記事「海外における保守高度化の取組み」(2) 諸外国における 原子力発電所安全系設備に対する 運転中における保全活動の取組み
公開日:日本エヌ・ユー・エス株式会社
柘植 洋太 Yota TSUGE
伊藤 邦雄 Kunio ITO
1.はじめに
米国をはじめとする諸外国では、原子力発電所の出力運転中においても安全上重要な設備に対する予防保全、監視・診断及び事後保全が実施されている。これはプラント停止中に実施する停止時保全と対比して運転中保全(OLM:On-Line Maintenance)と呼ばれ、停止時の保全作業量を削減することで停止期間を短縮し、劣化兆候が確認された設備に対してタイムリーに保全を実施できることから、設備利用率の向上や、信頼性重視保全(RCM:Reliability Centered Maintenance)をはじめとする高度な保全戦略の構築による設備信頼性の向上等に貢献している。本稿では、先行する米国、スペイン及びフィンランドにおけるOLMの実施状況や、背景、規制要件、規制・産業界ガイダンス、安全管理手法及びOLMの効果等について概説する。
2.米国における運転中保全
OLMは現在、米国の原子力発電所で一般的な保全方法である。以前は、不具合発見時の修理を目的として実施されていたが、1980年代後半から、稼働率向上や停止期間短縮を目指した予防保全のために実施されるようになった。今日では、プラント保全活動のかなりの部分がOLMとなっている。対象は、非安全関連設備のみならず、安全関連設備も含まれている。保全作業としては、時間基準保全(非常用ディーゼル発電機(EDG)の分解点検など)の他に状態監視結果に基づく保全や補修作業のいずれも含まれる。OLMの実施に当たっては、原子力規制委員会(NRC:Nuclear Regulatory Commission)が規定している様々な制約事項を遵守するとともに、作業実施に伴う産業事故や不慮のプラント停止をもたらすことのないように配慮がなされる。ここで、「様々な制約事項」とは、主として日本の保安規定にほぼ相当するTechnical Specifications(Tech. Spec.)の許容待機除外時間(AOT:Allowed Outage Time)に係る規定と保守規則(10CFR50.65)に規定される保全作業に伴うリスクの事前評価・管理の要件である[1]。
2.1 導入の背景及び関連する規制要件
保守規則が公表された1991年以前は、OLMに関する規定は特になかったため、Tech. Spec.に示されるAOTの要件を順守すれば、安全系の設備であっても保全のために待機除外することは問題なかった。そのため、主として不具合発生時の修理を目的としてOLMが実施されていたが、1980年代後半から、稼働率向上や停止期間短縮を目指した予防保全のために実施頻度が多くなった。
NRCが1980年代後半、産業界の状況を検査した結果、保全活動の計画・工程作成、優先度付けにおいて発電所のリスクを考慮していないことが、共通した弱点として見つかった。そのため、1991年に新たに策定した保守規則10CFR50.65の(a)(3)項において、「監視及び予防保全活動を実施する際には、供用外にされる全ての発電所設備を考慮して、安全機能の遂行に対する全体的な影響を決定すること(should)。」という規定がなされた(発効は1996年)。このshouldという表現は要求事項ではなく、勧告事項(することが推奨される)の位置づけであった。
NRCが1994年頃に産業界の実態を検査したところ、運転中に実施される保全の量と頻度がいずれも増加していることが分かった。これは当時の産業界が置かれた規制緩和の環境下で、発電所の稼働率と信頼性を最大化するという経済的な動機がその一因である。産業界の団体である原子力発電運転協会(INPO:Institute of Nuclear Power Operations)のスピーチ(1996年)では、「燃料交換停止期間の中央値は1990年の78日間から1995年には52日になったが、この一部はより注意深いOLMによるものである。」と述べている。
発電所によっては、AOTの規定を守った上で、複数の設備を同時に保全のために供用外にしている事例が見られた。AOTは、一つの系統内でランダムな単一故障が発生した場合に、発電所の停止が必要になるまでに保全作業に許容される時間を合理的に判断した結果に基づくものであって、同時に複数の装置が供用外となる場合に許容される待機除外時間を規定するものではない。そのためNRCは保守規則を改正して、保全作業前のリスク評価を従来の推奨(should)ベースから強制的な要件(shall)にするために、(a)(3)項の内容をより明確にした(a)(4)項を新設し、1999年7月に公表した。そこでは、運転中、停止時を問わず、保全活動(サーベイランス、保全後試験、事後保全・予防保全など)を行う前に、提案される保全活動によって発生し得るリスク増分を評価し、管理しなければならないと規定された。これによって、この要件を遵守すれば安全系の設備を含めて、運転中に予防保全を実施することが可能となったことになる。
2.2 規制・産業界ガイダンス
1999年の保守規則の改定に応じて、保守規則実施のための産業界ガイダンスであるNUMARC 93-01の11章「保全作業により生じるリスクの評価」(2000年2月22日付)が作成され、NRCもその内容をエンドースした(Reg. Guide 1.182)。そこには、運転中、停止中を含めた保全作業実施時のリスク評価のガイダンスが記載されている。また、そのリスク評価の結果に応じて、保全が実施できる状態にあるか、保全を実施する上でリスク管理措置(RMA:Risk. Management Action)が必要であるかを判断する際の基準が記述されている。
リスク管理措置の必要性は一般に、炉心損傷確率の増分と早期大規模放出確率の増分により決定される。NUMRAC 93-01には、その措置のしきい値が表1のように示されている。
ここで、炉心損傷確率の増分(ICDP:Incremental Core Damage Probability)は、保全作業のために当該系統構成が変更されている間の炉心損傷頻度のベースライン・リスク(保全が行われないと想定したときのリスク)からの増分の時間積分値である(ILERP:Incremental Large Early Release Probabilityも同様)。
2.3 事業者の安全管理手法
米国の発電所ではNUMARC 93-01のガイダンスを参照して、OLMのためのリスク管理手順書を作成し、想定されるリスクのレベルに応じたリスク管理を実施している。そこでは発電所員が発電所のリスク状態について適正に認識できるように、リスクの増分に応じた色分類(一般的には、緑、黄、オレンジ、赤の4分類)が用いられている。
RMAとしては、リスクを低減する措置(例えば、作業時間の短縮、作業時期の調整、特別訓練によるヒューマンエラー発生確率低減施策など)やリスク相殺措置(不測事態への対応計画など)が用意される。
OLMに伴うリスクは、定量的評価方法である確率論的リスク評価(PRA:Probabilistic Risk Assessment)で評価することが通例である。PRAでは、保全の作業工程に応じて変動する系統構成(コンフィグレーション)に応じたリスクを短時間で評価できるコンフィグレーション・リスク管理ソフトウェアが利用される。この種のソフトでは、PRAに関する専門知識がない運転・保全部門の職員も使いこなすことができるようユーザインターフェイスが用意されている。
事業者はOLMを効果的に実施するために、上記のコンフィグレーション・リスク管理のもとで、安全で効果的な保全作業計画を作成し、作業管理プロセスを整備し、保全作業を実施している。この作業管理プロセスの民間ガイダンスとして、INPOのAP-928(作業管理プロセス)が利用されている。
OLMの作業は通常、作業週と呼ばれる1週間単位で系統単位(あるいはその一部(トレン))の保全作業が計画される。作業週にはあらかじめ複数の系統/トレンが指定されていて、毎月あるいは四半期で行われるサーベイランス試験などの作業に合わせて、13週(四半期)単位で一回りするサイクルプランが用意されている。作業週の13週ほど(あるいはそれ以上)前から保全計画の作成に着手し、作業週が近づくにつれて最終化される仕組みになっている。
なお、OLMの計画に当たっては、AOTを超えた作業時間を避けるためにAOTの半分の時間で完了するよう保全作業を計画することが慣例である。保全作業のための隔離範囲は、機能設備グループ(FEG:Functional Equipment Group)と呼ばれる保全対象機器とその支援機器の集合である。このような作業週単位、FEG単位の保全は、保全作業機会を確保したうえで、その回数を減らすことで設備の待機除外時間を最小化し、信頼性を最適化する方策とされている。
OLMの実施体制は発電所により差はあるが、各週の作業に責任を持つ作業週マネージャが任命されることが多い。作業週マネージャは発電所に複数名いて、数週間ごとに受け持つ週が決まっている。保全作業のスクリーニングには作業調整チームがあたる。このチームは運転、保全、作業管理、エンジニアリングなどの各部門からの代表者で構成されていて、社内関係者からの計画外の保全作業の要請のほか、前記のサイクルプラン、規制要件、予防保全スケジュール、保全作業が運転や安全面その他に及ぼす影響、その他を踏まえて、作業週で実施する保全作業を検討する。なお、OLMは発電所員が行うのに対して、停止時の保全は自社作業員だけでは不足するために、タービン保全、燃料交換作業、その他の保全支援業務などについて委託業者の支援を受ける。
2.4 運転中保全の実態と効果
2009年1月にEPRIが発行した白書には、米国におけるOLMに至る経緯、実施状況とその便益がまとめられている[3]。それによれば、2008年に米国電力研究所(EPRI:Electric Power Research Institute)が原子力発電所におけるOLMの実施状況を調査した結果は以下のとおりである。
・ 全プラントで何らかのOLMが適用されている。
・ 大多数のプラントで一部の安全関連設備にOLMを適用している。
・ 安全上重要な設備の半分近くが運転中に保全されている。
・ 安全上重要でない設備の大部分は運転中に保全されている。
本白書にはOLMの量に関するデータは示されてはいないが、2008年のEPRI調査結果によると、米国発電所の保全作業のうち約70%が運転中に実施されている(停止時の保全作業は約30%)[4]。
NRCは2000年に発行したReg. Guide 1.182のなかで、OLMによる便益として、系統とプラントの信頼性の向上、プラントの運転に影響するプラントの設備や系統の欠陥状態の低減、プラントの燃料交換停止時の保全作業スコープの削減をあげているが、EPRIの白書でも、これらの便益を裏付ける実績データを示している。
さらに2020年に原子力エネルギー協会(NEI: Nuclear Energy Institute)が発行したレポート(NEI 20-04)では、産業界のパフォーマンスと安全性の関係を実証するために客観的なデータを集め、OLMを含むリスク情報に基づく安全性に焦点を当てた一連の活動がプラントの安全性改善をもたらしている点を分析している[5]。その結論として、米国の原子力産業によって実証された高い設備利用率には2つの要因があり、一つは燃料交換停止時の効果的な管理と調整、もう一つは効果的な保全管理及びその他による計画外原子炉トリップ回数の低減である、としている。OLMはその両者に寄与する活動といえる。
3.スペインにおける運転中保全
スペインでは1999年以降、前述した米国の保守規則、NUMARC 93-01及びReg. Guide 1.182を基礎として国内規則を整備し、複数のプラントにてOLMを実施している。Cofrentes発電所(General Electric社製沸騰水型炉(BWR)-6)及びSanta María de Garoña発電所(BWR-3、現在は長期停止中)では単一系統のOLMを、Trillo発電所(Siemens-KWU製加圧水型炉(PWR))は系統に冗長性がある(N+2設計)ため複数系統のOLMを実施している。なお、他のWestinghouse社製PWRプラントでは、事業者が運転上の制限(LCO:Limiting Condition for Operation)条件を満足することが難しいと判断していることから、OLMは行っていない[6]。
現在運転中のCofrentes発電所及びTrillo発電所の2017年〜2021年における設備利用率平均値はそれぞれ89.9%及び89.8%であり[7]、非常に効率的に運転していることが分かる。対象設備には残留熱除去系、低圧注水系、低圧炉心スプレイ系、非常用ガス処理系(SGTS)、EDG、中央制御室換気空調系等が含まれ、プラント安全性を高めることを目的としてOLMを行っている。
3.1 導入の背景及び関連する規制要件
リスク情報を活用したOLMを導入する以前には、Tech. Spec.で規定される安全関連設備に対するプラント運転中の予防保全は実施しておらず、燃料交換停止期間において膨大な量の作業が集中して実施されていた。このためプラント停止時、安全関連設備が長期にわたって供用除外となり、好ましくないリスク状態が続くおそれがあった。また、膨大な作業の実施には外部委託が不可欠となるが、作業の計画・監視が不十分となる懸念があった。さらに、タイムリーに保全作業を実施できないことに起因する設備信頼性の低下も懸念事項となっていた[8]。これらの懸念を解決するため、OLMに関する検討を開始した。
スペインの規制機関である原子力安全審査会(CSN:Consejo de Seguridad Nuclear)とスペイン電気事業連合会(UNESA:Asociación Española de la Industria Eléctrica)は、米国保守規則の検証・妥当性確認を協力して行い、保守規則遵守のための詳細計画及び方法を示す文書を作成している。1999年、CSNはこの結果を踏まえて、条件(Condición)及び補足的技術指示書(ITC:Instrucciones Técnicas Complementarias)を発行し、スペインの原子力発電所において保守規則の適用が開始された。
ITCは、米国保守規則10CFR50.65を直接参照しており、作成したプラント設備が要求機能を果たすことなどあらかじめ設定した目標に対する保全作業の有効性評価を事業者に義務付けるものであった。その後、米国にて保全活動開始前のリスク評価実施を要求する保守規則(a)(4)項が追加されると、スペインの事業者は国内においても本項が適用されると理解し、米国産業界ガイダンスNUMARC 93-01の11章の要求事項を保全手順及び実際の作業に取り入れた。これを受けて2007年、CSNは適用する基準を規定することを目的として安全規則IS-15「原子力発電所における保全の有効性評価監視の要求事項」を発行した。同時に、本規則の遵守を円滑なものとするため、安全ガイドGS-1.18「原子力発電所における保全の有効性評価の測定」を作成した。安全ガイドGS-1.18によると、安全規則IS-15と米国保守規則10CFR50.65はほぼ完全に対応している[9]。従ってスペインは、規制当局と事業者の協力のもと、OLM実施に関する米国の規制要件をほとんどそのまま国内に取り込んだことが分かる。
スペインでは、確率論的安全評価(PSA:Probabilistic Safety Assessment)の開発を1986年に開始している[10]。CSNは同年、PSA活動に関する文書「スペインにおけるPSAの性能及び利用に関する統合プログラム」を発表しており、CSNと電力事業者の双方が本文書を基にPSA開発を進めた。2010年にはPSAに関する安全規則が制定され、全ての運転状態における原子炉容器及び使用済燃料プール内の燃料及び内部・外部事象を考慮した、レベル1、2を含むPSAの実施が要求されている[11]。
3.2 規制・産業界ガイダンス
安全ガイドGS-1.18には、安全規則IS-15が要求する対象設備の選定、パフォーマンス基準の作成、保全作業前のリスク評価等に関するガイダンスが示されている。OLM実施におけるリスク評価のガイダンスには、米国のNUMARC 93-01の11章の内容が採用されており、リスク管理措置の必要性は、米国と同様に炉心損傷確率の増分(ICDP)と早期大規模放出確率の増分(ILERP)により決定される。また、その措置のしきい値も表1に示した値と同じである。また、安全ガイドGS-1.18ではリスク管理措置の具体例を挙げている。その一部を以下に示す[9]。
1.リスク意識の向上とリスク管理強化のための措置
・ 計画した保全作業について、影響を受ける運転班(シフト)と議論する。
・ リスク情報をログ、プラント状況ボードなどに記録する。
2.保全作業時間を短縮するための措置
・ 保全実施者が作業に慣れるよう、モックアップ訓練を実施する。
・ 夜間シフトにおいても作業を実施する。
3.リスクの増加を最小化するための措置
・ 起因事象に影響を与える可能性のあるエリア(例えば、原子炉保護系エリア、変電所、EDG室、配電盤室)における他の作業を最小限にする。
・ 設備の安全機能を除外した場合の代替手段(成功経路)を確立する。
3.3 事業者の安全管理手法
スペインの事業者は、安全規則IS-15及び安全ガイドGS-1.18等を参考としながら、プラント個別の特性を考慮してOLMの対象設備、実施条件・体制を設定している。ここでは、Cofrentes発電所の例を紹介する[4]。
Cofrentes発電所のOLM対象設備は、残留熱除去系(A、B系)、低圧注水系(C系)、低圧炉心スプレイ系、SGTS(区分Ⅰ、Ⅱ)、非常用圧縮空気系(区分Ⅰ、Ⅱ)、消火設備(電動ポンプ、ディーゼルポンプ)、格納容器調気系(区分Ⅰ、Ⅱ)、使用済燃料プール/燃料移送管、中央制御室換気空調系(区分Ⅰ、Ⅱ)、サプレッションプール補給水系(A、B系)である。ここで高圧炉心スプレイ系やEDGといった、冗長性を有するもののリスク重要度が他の設備に比べて高い安全系設備は、プラントの判断によって対象設備から除外している。また、Tech. Spec.で規定するAOTが72時間未満の系統は対象から除外している。
上記のそれぞれのOLM対象設備は、1回の運転サイクル(Cofrentes発電所では24か月)に一度だけOLMを行うことができる。これは、安全系設備のアンアベイラビリティを最小限にするためである。また、OLMのために一つの系統で同時に複数の設備を除外してはならず、OLM実施中の設備の補助設備も同時に除外できない。さらにOLMの作業時間は、予期せぬ事態が発生してもAOTを遵守できるように、AOTの60%を超えない範囲で計画される。以上の制限は、Cofrentes発電所がOLMを導入するにあたって、プラントの自主的な条件としてCSNに対して提示したものである。
保全組織体制として、保全部は保全作業を実施する電気(20名)、計測制御(I&C)機器(30名)及び機械(50名)グループと、保全計画や支援を行う保全技術室(26名)から構成されるが、OLMの工程は保全技術室のうちOLM及び保守規則対応の担当者1名が計画する。保全作業は主に発電所員が実施しており、プラントがスタッフを配置しないことを選択した専門的技術分野(電動弁の診断、熱交換器の清掃、熱交換器伝熱管の渦電流試験など)に限り委託業者の協力を得ている[4]。
3.4 運転中保全の効果
Cofrentes発電所員はOLMの効果として次の事項を挙げている[4]。
・ 作業工程の改善、より最適な技術者の活用、作業管理の改善等が可能となることで、設備信頼性及びアベイラビリティが向上した。
・ 燃料交換停止時に、保全・技術専門家がそれぞれの専門分野により集中できるようになった。
・ EDGの保全を停止時に限定しているため、燃料交換停止期間は短縮されていないが、2〜5日分の安全系設備の作業が運転中に移行したことで、停止時の作業工程がより安全かつ簡潔なものとなった。
・ 複数の安全系設備が、燃料交換停止期間全体において利用可能となった。
4.フィンランドにおける運転中保全
フィンランドでは、決定論的基準(例えば、単一故障基準など)を満たし、PRAを用いてリスクが最小化される場合、Tech. Spec.にLCOが規定されている非常用炉心冷却系、EDG等の安全系設備に対するOLMの実施が認められている。TVO社のOlkiluoto発電所1、2号機(ABB-Atom製BWR)及びFortum社のLoviisa発電所1、2号機(旧ソ連製VVER改良型)が運転しており、運転サイクルは12か月であるが、2017年〜2021年の設備利用率平均値はいずれも90%を上回る[7]。
4.1 導入の背景及び関連する規制要件
OLM実施の理由には、12か月毎に実施する燃料交換停止期間の短縮と、設備信頼性の向上によるプラント計画外停止リスクの低減が挙げられる[10]。
運転中における安全系設備のオペラビリティ要件、動作不能時に要求される措置、サーベイランス要件といった要求事項はTech. Spec.に規定されている。これら要件は決定論的手法によって決められるものであるが、規制当局である放射線・原子力安全当局(STUK:Radiation and Nuclear Safety Authority)の規制指針YVL A.6「原子力発電所の運転」には要求事項と運転上の制限の包括性及びバランスをPRAにより検証することを定めている[12]。また、OLMに関しては、同指針に「あらゆる運転中の予防保全及び試験はPRAを用いて最適化し、正当化されなければならない」との規定がある。PRAに関する詳細な要件は規制指針YVL A.7「原子力発電所のPRA及びリスク管理」に記載されている[13]。
Olkiluoto発電所及びLoviisa発電所では、いずれも1989年に初の内部事象レベル1 PSAが完了している。Olkiluoto発電所では、STUKに最初のPSA結果を提出後、水位制御システムの改良、海水冷却系取水口への貝捕獲ストレーナの設置、新たな起動用変圧器の設置といった設備強化や、他ユニットのディーゼル発電機との接続、リレー室からの原子炉圧力容器の手動減圧といった事故時運転操作手順書の新規作成を実施するなど、プラントリスクの改善活動にPSAを積極的に活用している。その後両発電所では、1992年〜1997年にかけて、火災、溢水、厳しい気象条件、内部事象レベル2 PSA及び内部事象停止時PSAを完了させた[10]。以降、リスク評価モデルの改良を継続するとともに、評価を踏まえた作業工程の見直しによりOLMに起因するリスクを最小化してきた。
4.2 規制・産業界ガイダンス
OLMに関する規制ガイダンスとして前述のYVL A.6及びYVL A.7がある。また、規制指針YVL A.7には、レベル1及びレベル2 PRAモデルの開発及び適用に関する参考文献として、IAEA安全ガイドSSG-3及びSSG-4が挙げられている[13]。
4.3 事業者の安全管理手法
Olkiluoto発電所1、2号機は、N+2基準を採用した設計であり、4トレン構成(各トレンは50%の能力)となっている。OLMは冗長性を有する安全系設備にのみ実施しており、一度に冗長系の1トレンの待機除外が認められている[10]。
4.4 運転中保全の効果
OLMは燃料交換停止期間の短縮と、設備信頼性の向上によるプラント計画外停止リスクの低減に貢献している。2002年のOECD/NEA/CSNIの報告書によると、TVO社のOlkiluoto発電所の冗長性を有するある安全系設備に対するOLM実施によるリスク(炉心損傷頻度、CDF)の寄与は、内部事象レベル1 PRAモデル開発以降の保全工程見直しの結果、2002年には5分の1程度になるなど大幅に低減されている[10]。PRAで得たリスク情報を、OLM実施によるリスク影響の事前評価に加えて、保全工程の検討にも活用することで、プラントの安全性向上につなげている。
5.まとめと考察
OLMの取組みに先行する諸外国として、米国、スペイン及びフィンランドの例を説明した。米国では、不具合発生時の対応から予防保全へとOLMの主な目的が移行するなかで、プラント全体の安全性を考慮する必要性からリスク評価の規制及び技術を整備し、結果としてプラントの信頼性向上と同時に、計画外停止回数の低減と燃料交換停止期間の短縮による設備利用率向上につながっている。スペインでは、プラント停止時に予防保全を限定することに起因するプラントリスク増加や設備信頼性低下への懸念から、米国の保守規則をはじめとする規制・ガイダンスを参考としてOLMを導入し、設備信頼性向上や燃料交換停止時の安全性向上といった効果をもたらした。また、フィンランドでは、OLMの実施による燃料交換停止期間の短縮に加えて、リスク評価結果をOLMの工程検討に積極的に活用するなどプラントリスクの低減を実現している。
いずれの国においても、OLMの実施と、リスク評価の体制整備及び技術向上を通して、高い設備利用率を維持あるいは向上しながらプラントの安全性向上を実現している点は注目に値する。我が国では今後、プラントの再稼働が一段と進み、原子力発電所のさらなる安全性の向上はもちろんのこと、高い設備利用率による安定的・効率的な運転もより強く求められると考えられる。上記の海外事例を鑑みると、その達成に効果的に貢献しうる取組みの一つがOLMであると言えるが、我が国において安全上重要な設備に対するOLMの実施例はないのが現状である[14]。
我が国の保安規定審査基準では、保安規定により運転上の制限(LCO)が設定されている設備に対する予防保全を目的とした保全作業の実施は、「やむを得ず」行う場合に保全作業が限定され、さらにAOT内の作業完了及びPRA等による必要な安全措置の有効性検証を条件として可能としている1)。令和元年12月25日付の改正以前には運転中の予防保全が法令点検や事故の再発防止対策等に限定されていたことに比べると、規制上の制限は緩和されたと言えるものの、OLMの導入にはさらに、その実施が「やむを得ず」の解釈に含まれることを明確化する必要がある。
このような状況下でのOLMの導入には、規制当局と事業者との議論が不可欠であり、OLM導入によるメリットに関する説明はもちろんのこと、保全作業によって生じるリスクを適切に監視し必要な措置を講じることでプラント全体のリスクを十分低く抑えながらOLMを実施可能であることを示していく必要がある。前者については、先行する諸外国の例から、リスクを適切に管理しながらOLMを実施することで設備利用率が向上するだけではなく安全性の向上にもつながることが分かっており、こうしたメリットをOLM導入の目的として発信していくことが重要と考えられる。また、後者に資するものとしては、OLMやリスク評価に関する規格・基準の整備、事業者のリスク評価ツール及びPRAモデルの品質向上、並びにOLMやリスク評価を行う体制整備・人材育成を通して、プラントのリスクを適切に評価・管理し、OLMを安全かつ効率的に実行できる仕組みを構築することや、場合によってはその実証活動を行うことが挙げられる。
参考文献
[1] 米国原子力発電所の保全とその安全管理−(2)オンライン保守とその安全管理, 保全学会誌, Vol.7, No.4, 2009.
[2] NUMARC 93-01, Rev. 4F, Industry Guideline for Monitoring the Effectiveness of Maintenance at Nuclear Power Plants, NEI, April 2018.
[3] EPRI White Paper, On-Line Maintenance at Nuclear Power Plants: History, Implementation, and Benefits, 1018422, January 2009.
[4] EPRI-1022680, On-Line Maintenance International Benchmarking, April 2011.
[5] NEI 20-04, The Nexus Between Safety and Operational Performance in the U.S. Nuclear Industry, March 2020.
[6] 日本機械学会, 欧米での原子力安全規制及び原子力プラントの運用、保全を中心とした活動状況 (4)海外訪問調査概要総括報告, 2012年4月
[7] IAEA Operating Experience with Nuclear Power Stations in Member States 2022 edition, June, 2022
[8] IBERDROLA Ingenieria y Consultoria, On-line maintenance at Cofrentes NPP, October, 1998.
[9] CSN, Guía de Seguridad 1.18 (Rev. 1), Medida de la eficacia del mantenimiento en centrales nucleares, June 2016.
[10] NEA/CSNI/R(2002)18, The Use and Development of Probabilistic Safety Assessment in NEA Member Countries, July, 2002.
[11] NEA/CSNI/R(2019)10, Use and Development of Probabilistic Safety Assessments at Nuclear Facilities, November, 2020.
[12] STUK, Guide YVL A.6, Conduct of Operations at a Nuclear Power Plant, June, 2019.
[13] STUK, Guide YVL A.7, Probabilistic Risk Assessment and Risk Management of a Nuclear Power Plant, February, 2019.
[14] 日本保全学会, 原子力安全規制関連検討会, 国内原子力発電所における運転中保全(オンラインメンテナンス)の適用について, 2017年8月
[15] 原子力規制委員会, 実用発電用原子炉及びその附属施設における発電用原子炉施設保安規定の審査基準の制定について, 2019年12月
(2022年11月16日)