特集記事 Society 5.0の実現に向けた原子力デジタル産業基盤構想

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カテゴリ: 特集記事
1.はじめに
1.1 背景
我が国では、今後目指す未来社会の姿として、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society5.0)が提唱されており、その実現に向けた取り組みが進みつつある。国内の原子力産業においては、顕在化しつつある産業全体の課題への対処手段として、あるいは既存原子力施設を持続的に活用していくための手段として、デジタル技術の導入は有効な一つのオプションであるが、現状、国内一般産業や海外原子力産業と比較すると、国内原子力発電所に積極的なデジタル技術導入がされているとはいえない。例えば、海外原子力分野において、米国エネルギー省の研究・技術開発プログラムであるLWRS(Light Water Reactor Sustainability)プログラム[1]では、先進技術に基づいてプラントの運転と保全の将来像を定義したうえで、プラントの活動を個別に変革するために必要な技術を特定し、研究領域の設定・研究の実施が進められている。また、国内産業保安分野では、Society5.0の実現を目指し、施設の老朽化・人材減少に対処する手段の一つとして、IoT等の活用により自主保安力の向上を図るための取り組みが官民連携により推進しており、スマート保安を実現したプラントの将来像を提示したうえで、官民はそれぞれのアクションを実行している[2]。
国内原子力産業におけるデジタル技術の導入に向けては、これら海外原子力産業や国内他産業のように技術開発・研究開発の土台となる、あるべき将来像を定義することや、導入時に考慮すべき原子力産業のルールについて整理すること等の課題が存在する。それらの課題意識を踏まえ、今後の我が国の原子力産業においてデジタル技術を積極的に導入するための"土台"を構築することを目的とし、2021年度に「Society 5.0の実現に向けた原子力デジタル産業基盤構想」の調査研究事業を実施した[3]。
1.2 事業の成果概要
「Society 5.0の実現に向けた原子力デジタル産業基盤構想」では、国内外の文献調査、発電所ニーズの調査(公開情報ベース)、関係者との議論を通じて、以下の成果等を取りまとめた。
(1)原子力発電所へのデジタル技術導入に向けた課題
デジタル技術導入における対処すべき課題の把握に資するよう、海外原子力発電所におけるデジタル技術導入の動向や課題意識に関連する文献、国内一般産業におけるデジタル技術導入の課題意識に関連する文献を中心に調査し、国内原子力発電所へのデジタル技術導入に係る課題と必要な取り組みを整理した。
(2)原子力発電所への導入可能性の高いデジタル技術候補
原子力発電所におけるデジタル技術利活用においては、導入までの様々な障壁が想定されるが、特に、経済的価値が不明瞭(投資効果が不明瞭)であること、何より導入実績が重要視されることが挙げられる。その課題への一つの対処として、デジタル技術導入のモチベーションの向上に資することを目的として、国内他産業プラント、海外原子力プラント等で既に導入された、若しくは導入される見込みがある技術事例を調査・整理し、原子力発電所への導入可能性の高いデジタル技術候補を検討・整理した。
2.原子力発電所へのデジタル技術導入に
  向けた課題の取りまとめ
2.1 調査方法
国内他産業における課題や海外原子力産業における課題に関する文献を調査し整理した。特に、海外原子力産業に関わる文献において、動向や課題意識の概要を以下に示す。
2.2 調査結果概要
(1)米国原子力規制委員会(US-NRC)「商用原子力発電所に関するAIツールの役割に係るNRCのパブリックコメント」[4]
US-NRCは、2021年4月、産業界から商用原子力発電所に関するAIツールの役割に係る意見を募集した。この募集に対して、原子力産業大の組織、事業者、メーカ、AIベンダーなどからの意見が寄せられた。以下に便益や課題等に関する主要な意見を抜粋・整理した。
表1 AI/ML導入に係る米国原子力産業他の主要な意見
(2)OECD/NEA「Nuclear Innovation 2050」[5]
このプロジェクトでは、原子力におけるイノベーションとして、他産業で実装されている技術の導入を加速させること、特に実証を通して導入の障壁を克服するための技術的解決策を検討することに取り組むとしており、期待されるイノベーション技術のなかで、デジタル技術は重要な要素の一つとされた。デジタル技術の活用方法としては、ビッグデータ、ディープラーニング、人工知能技術を活用したデータの収集、管理、利用方法を改善することによる運用保守及び作業プロセスの最適化が挙げられた。また、関連するウェビナーにおいては、原子力産業は他産業と異なる独自性を有しているため、原子力特有の課題に取り組む必要があること、原子力産業にデジタル技術を導入する際のコストは他産業の場合と比べて高く、障壁となり得ること等が言及された。
(3)INL「Automation Technologies Impact on the Work Process of Nuclear Power Plants」[6]
当該レポートでは、米国原子力産業は市場競争の激化により採算性の確保が極めて重要な課題であり、特に規制の影響により運転維持費(O&Mコスト)は燃料費の2倍となっていることが指摘された。米国原子力発電所はO&Mコスト削減に資する自動化技術を積極的に導入してきたが、依然大部分の作業プロセスが自動化できないままに残っているとされている。 
このような背景を踏まえ、当該レポートでは、原子力発電所のO&Mコストを大幅に削減できるプロアクティブな自動化技術の特定を実施し、3つのコスト削減カテゴリー毎に自動化技術リスト(表2)が整理された。
表2 自動化技術の技術成熟度・コスト影響の評価
2.3原子力発電所のデジタル技術導入に関わる課題マップ
上述した海外原子力産業の情報と、国内他産業の情報を踏まえ、また、関係者との議論を通じて、原子力発電所のデジタル技術導入に関わる課題をマップとして取りまとめた(図1)。
ここに抽出・整理した課題は、多岐にわたり、一度に全てを対処することは困難であり、優先順位の設定が必要である。その際、各課題の優先度は同一ではなく、各課題が互いに関連する場合があることに留意する必要がある。特に、課題マップで整理した情報に対して、「デジタル技術導入に係る課題か否か」、「協調領域であるか」、「産業の維持強化に資するものか」という視点から、原子力産業全体で特に注力して対処すべき事項(協調領域)を技術的側面と非技術的側面に分けて整理を行った。(図1の小項目と紐づくよう記載しており、課題の詳細は記載内容参照。)
●特に注力して対処すべき事項(技術的側面)
•  データのデジタル化
•  データ通信環境
•  データ管理
•  業務のエンジニアリング
•  サイバーセキュリティの実践
●特に注力して対処すべき事項(非技術的側面)
•  AI/MLの意思決定の適切性
•  AI/MLの信頼性
•  専門人材不足、デジタル素養の不足
•  経済的価値を目的としたデジタル技術利活用の動機付け
•  非経済的価値を目的としたデジタル技術利活用の動機付け
3.原子力発電所への導入可能性の高い
  デジタル技術候補の調査・整理
3.1 調査方法・検討プロセス
国内他産業プラント、海外原子力プラント等で既に導入された、若しくは導入される見込みがある技術事例の調査として、経済産業省が進めているスマート保安に係る事例を、また、海外原子力プラントのデジタル技術導入事例(検討事例含む)としては、米国アイダホ国立研究所(INL)が作成した「Automation Technologies Impact on the Work Process of Nuclear Power Plants」[6]を中心に調査した。また、デジタル技術に関する発電所現場ニーズ(公開情報ベース)、本事業での関係者の意見・提供情報等を踏まえて、調査・検討を深掘りし、整理した技術事例に対して、原子力発電所への導入しやすさ(導入容易性)と、原子力発電事業者にとっての想定される便益を簡易的に評価し、原子力発電所への導入可能性の高い技術候補として整理した(図2)。
 
図2 原子力発電所への導入可能性の高い技術候補の検討プロセス
調査した技術事例(検討中事例含む)に対して、導入容易性を、「規制対応」「技術成熟度」「導入コスト」で評価し、想定便益について「経済性」「安全性」「その他」で評価した。評価軸の詳細は表3、表4に記載した。
表3 導入容易性の評価
表4 便益の評価
3.2 原子力発電所への導入可能性の高い技術候補
3.1の検討プロセスにより、原子力発電所への導入可能性の高い技術として、16の技術を抽出した。以下に技術概要を示す。
① テキストマイニングを利用した異常状態判断
日誌情報やCondition Report(CR)等に記載されている文字情報を解析し、異常状態の判断や、コード分類を自動で実施する技術。AIの反復的な学習により精度向上が期待できる。
② 設計図書や運転・保全履歴のデータベース化・電子ワークフロー化
発電所での設備・保守管理に関する情報を統合化して、業務プロセスをデジタル化することで、保全業務における意思決定(最適な保全方法の検討等)や、そのプロセスの迅速化や透明化等を支援する。
電子ワークパッケージ(タブレット利用含む)の利用
保守作業の範囲・目的、準備・確認作業、放射線安全や労働安全上の措置、作業手順等、現場作業に必要な情報がまとめられたパッケージを電子化する。現場でタブレットを利用してワークパッケージを確認可能とすることで、作業に必要な資料を容易に参照できるようになるとともに、デジタル上の入力・記録・情報共有等により、作業の効率化に期待ができる。
④ 無線周波数識別タグ(RFID)の利用
RFIDタグを機器・装備、文書等に付けることで、装備の交換の迅速化や在庫管理の自動化、作業記録の効率化等、業務効率化や安全性向上に資する。例えば、異物混入防止(FME)領域への物品持ち込み管理等にも利用可能。
ドローンの利用
人の入域が制限される(高所・狭所・防爆・高線量エリア等)、または多額の費用を要する点検(足場設置が必要な高所作業等)において、ドローンを利用して点検等を実施することで、効率化を図る。
カメラを利用した現場計器の指示確認(画像抽出)
Webカメラ等のツール、ネットワークを通して得られた現場データを画像解析によりデジタル変換する技術。AIを活用して、高精度にデータを取得する技術もある。現場点検や監視の省人化を実現するほか、熟練技術者の技術を遠隔から活用することも可能となる。
状態監視・診断技術(AI利用含む)
設備のセンサから収集したデータを解析し、プラントの異常やその予兆を察知し、故障につながる可能性のある箇所の特定や故障発生前の早期補修を可能とする。さらに、センサ等の計測値をAIが推定する正常範囲からの逸脱を運転員に提示する等、より高度な状態監視・診断を実施する。画像データをAIで分析する活用方法もある。
センサの設置(IoT機器・ワイヤレスセンサ等) 
バルブ、電動機などの機器類にセンサを設置し、運転を止めることなく、常時監視を実現する。さらに応用として、取得されたデータを用いて保全の効率化や高度化を実現する。
ワイヤレスネットワークの導入
ワイヤレスネットワークの活用により、位置の特定、センサや作業に必要な情報等への遠隔アクセスを可能とすることで、その他のデジタル技術の導入に貢献する。
地図情報等を用いた災害対応
例えば、災害・障害発生時、地図情報のデータと顧客情報等を連携させるとともに、進捗状況を一元管理することで災害復旧作業を見える化する。現場状況をモバイルデバイスでリアルタイムに更新することで計画検討や復旧作業の効率化を図る。
空間マッピング技術の利用
例えば、デジタル上であらゆるデータを集約し、空間上にマッピングすることで、機器の識別や計画の策定等を遠隔化し、保守作業全般の効率化や性能向上につなげる。また、デジタル上の機器を選択すると、位置・直近の出来事・その他関連情報等の必要情報を入手できるようになる
拡張現実(AR)技術の利用
例えば、AR技術を利用可能なウェアラブル端末を用いて、保全作業時等に必要な情報を現実世界の情報に重ねることで、意思決定の向上、安全性向上(精度、徹底度、成功度の向上等)、業務効率化に資する。
仮想現実(VR)技術の利用
例えば、作業実行前にVRを用いてトレーニングしフィードバックを得ることにより、トレーニングの向上や現場作業の効率化・エラー低減等に資する。
顔認証技術・行動監視技術・追跡技術の利用
例えば、核セキュリティ・核物質防護に関して、顔認証技術・行動監視技術・追跡技術を用いて防護区域内の監視等を実施することにより、セキュリティを向上させることができる
付加製造(AM)技術の利用
製造する物体の3Dモデルデータを用いて、断面形状に合わせて一層毎に材料を積み重ねることで物体を製造する技術。大型の加工機械が必要なく、図面などのデータと必要な材料が現地に存在すれば、アジャイル的に製造することが可能となり、製品などの製造コストや納期の低減に期待ができる。製造中止品などのリバースエンジニアリングを踏まえた代替製造法としても期待できる。
新たな検査技術
例えば、検査装置(カメラ等)を配備したピグやロボットを機器などに挿入する検査技術。測定範囲の制限を受けずに非破壊で配管内の減肉等を検査でき、これまでできなかった検査による安全性向上や人の代替による効率化を図る。
4.まとめ
本調査研究では、Society 5.0の実現に向けた原子力デジタル産業基盤構想として、国内外の文献調査、発電所ニーズの調査(公開情報ベース)、関係者との議論を通じて、原子力発電所へのデジタル技術導入に向けた課題を整理するとともに、原子力発電所への導入可能性を有するデジタル技術を整理した。ただし、本検討は議論の土台として整備したものであり、急速に発展しているデジタル技術の動向を注視しつつ、国内既存原子力産業や他産業(デジタル産業)等の意見を多く収集し、ブラッシュアップを行うことが必要と考えられる。
また、整理した導入可能性を有するデジタル技術を踏まえ、原子力発電所のデジタル化・スマート化に向けて特に公共性の高い課題として、「通信インフラの強靭化」、「AI等を利用する場合の品質保証(信頼性評価)」を挙げる。「通信インフラの強靭化」においては、導入可能性の高い技術候補として挙げられたデジタル技術を原子力発電所で導入するうえで障壁となりうる課題であり、例えば、実証等を通じて技術的解決策を検討・実施することが重要である。「AI等を利用する場合の品質保証(信頼性評価)」については、通信インフラ同様、デジタル技術を導入するうえで障壁となりうる課題であるが、既に他産業ではガイドライン等の検討成果が存在する。対応方針としては、それらの他産業の成果も踏まえつつ、原子力分野に応用した取り組みが重要と考えられる。
原子力発電所は巨大複雑系のシステムであり、改善の目的、対象業務、データ、そしてそれらを統合するエンジニアリングには、非常に多くの組み合わせが存在するため、闇雲にデジタル技術導入や課題への対処を行うことは得策ではない場合がある。上述の2点に限らず、本調査研究で整理した、原子力産業全体で特に注力して対処すべき課題への対処方針としては、「狙いを定め」、「スモールスタート」で、「コストシェア」しながら進めること、そしてその社会的な機能(議論・検討の場、実施体制)の構築を行うことも重要であろう。
謝辞
本調査研究は、経済産業省資源エネルギー庁の「令和3年度原子力産業基盤強化事業」として行われたものである。また、本稿は著者の意見を表明したものであり、必ずしも資源エネルギー庁の見解を反映するものではない。
参考文献
[1]  Light Water Reactor Sustainability,
https://lwrs.inl.gov/SitePages/Home.aspx
(2023年5月22日閲覧)
[2]スマート保安官民協議会、"スマート保安推進のための基本方針",(2020)
[3]株式会社三菱総合研究所、"令和3年度原子力産業基盤強化事業 報告書 Society5.0 の実現に向けた原子力デジタル産業基盤の構想", (2022) https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2021FY/000729.pdf (2023年5月22日閲覧)
[4] Nuclear Regulatory Commission, "Role of Artificial Intelligence Tools in U.S. Commercial Nuclear Power Operations Posted by the Nuclear Regulatory Commission on Apr 21, 2021," (2021) 
[5] OECD Nuclear Energy Agency, "Nuclear Innovation 2050 (An NEA initiative to accelerate R&D and market deployment of innovative nuclear fission technologies to contribute to a sustainable energy future)", (2018)
[6]  Ahmad Y Al Rashdan, Torrey J Mortenson "Automation Technologies Impact on the Work Process of Nuclear Power Plants" , (2018)
(2023年5月23日)
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