特集記事 非破壊検査のDX ~NDE4.0とデータ利活用~

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1.はじめに
デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)というワードが、非破壊検査分野にも浸透しつつある。DXを語る上で、よく耳にするのはデジタイゼーション(Digitization)とデジタライゼーション(Digitalization)である。非破壊検査の分野のデジタイゼーションとは、計測波形や画像をデジタル化して処理したり、保存したりすることであり、これは日本では一般化している。今後はデジタライゼーションへの移行がキーとなるが、非破壊検査におけるデジタライゼーションとは具体的にはどのようなものなのか。
欧米では、NDE4.0なるワードを掲げて、非破壊検査のデジタライゼーションを推進する活動が活発化している。NDE 4.0とは、ドイツのMeyendorfらが2017年のAPCNDT[1]で使った言葉である。これは、ドイツが主導するIndustry 4.0(第4次産業革命)に準えたもので、端的に言えばNDE4.0は非破壊検査の生産性向上を描いたロードマップといえよう。そもそも、Industry 4.0とは、IIoT (Industrial Internet of Things)とDXによって製造業を改革し、スマート工場によるエコシステムを実現することである。非破壊検査は、モノとしての生産はないが、検査の効率化やデジタルデータの利活用という意味ではIndustry4.0の設計原則に則る部分があることから、それに付会する形でNDE4.0が発意されたのではないかと推測している。現在、NDE4.0を積極的に啓蒙しているのが、SinghとVranaであり、2020年7月に発刊されたアメリカ非破壊検査協会(ASNT)の機関誌Materials Evaluation (Vol.78, No.7)では、彼らが中心となってNDE 4.0の特集[2]が組まれた。そのときの記事では、NDE4.0の概念や方向性、さらにはInformation  and Communication Technology (ICT)やArtificial Intelligence(AI)の適用事例などが紹介された。筆者は、日本非破壊検査協会(JSNDI)で「ICT を活用した超音波による非破壊評価技術研究委員会(2018~2019年度)」の主査を務め、この研究会で勉強したNDE4.0を同協会誌で報告したのが2021年2月である[3]。そして、本記事を書いているのは2023年8月だから、あれから2年半が経過した。その後、国際論文誌Research in Nondestructive Evaluation[4]やJournal of Nondestructive Evaluation[5]で特集号が組まれたり、2021年4月と2022年10月に国際会議[6](International Conference on NDE4.0)が開催されたりと、NDE4.0は昨今の非破壊検査業界を賑わしているワードと言っても過言ではない。
2021年4月の段階において、NDE4.0の関心は、ICT技術(例えば、IoT,ロボティクス,AI,仮想現実(VR)/拡張現実(AR)/混合現実(MR),クラウド/エッジコンピューティング等)が中心であったが、現在はM2M(Machine to Machine)の際のデータの効率的転送(圧縮センシング)やデータ交換・共有に関する関心が強い。非破壊検査の国際団体ICNDT (International Committee for Non-destructive Testing)は、筆者の前記事[3]でも紹介したDigital Imaging and Communication in Non-Destructive [7](DICONDE,ダイコンデ)をベースとし、通信フレームワークとしてOPC-UA (Open Platform Communications Unified Architecture) を適用して、NDEデータのオントロジーの構築を進めているようである[8]。本稿では、最近の諸外国、特にヨーロッパに焦点をあて、NDE4.0の動向についてサーベイする。特に、NDEデータの共有・交換は、今後の日本にとって重要なものとなるだろうから、少し詳しく述べたい。
2.NDE4.0
2.1 NDE 4.0とIndustry4.0
まず、NDE4.0の概念について簡単に説明しておく。前述のように、NDE4.0はIndustry 4.0に準えて、ドイツの研究者が非破壊検査のDXのロードマップとして提起したものである。図1に示すようにIndustry1.0~4.0とNDE1.0~4.0を対応させるとイメージが湧くのではないか。もちろん、実際の産業革命とそれに対応するNDEx.0とは、時代はだいぶずれている。現状はNDE 3.0であり、計測装置が現場で普及している。NDE 4.0では、ICT,IIoT,ロボティクスを駆使して多点計測や遠隔計測が可能となり、デジタライゼーションによるデータ交換など、スマートな非破壊検査が実現する。
2.2 NDE4.0の推進で実現すること
技術的な面では、NDE 4.0はAI,機械学習,大規模なデータ処理と可視化,クラウドコンピューティング,VR/AR/MR,5Gなど、Industry4.0の技術を共有するものである。例えば、ロボティクスによる遠隔計測を駆使することで、危険な箇所での検査を減らしたり、AIを併用して欠陥検出確率(Probability of Detection: POD)に則った欠陥の自律評価も行ったりすることが期待されている。また、センシングデータを蓄積し、AIの学習モデルを高度化することで、検査結果の信頼性を高め、検査の自動化だけでなくその継続的な改善も可能になろう。一方で、ヒューマンコンピュータ・インタラクション(HCI)の導入なども加速する。例えば、検査結果をMR空間で可視化することで、損傷部を正確に把握して補修を実施することもできるだろう。
2.3 NDE4.0の課題
Industry4.0は、4つの設計原則があり、これらはNDE4.0にも適用される。
(a)相互運用性
IIoTによってセンサーやデバイスを相互接続し、モダリティ(装置)間でデータ交換できるようにする。
(b)情報の透明性
検査データはサイバー空間で共有し、その解釈を可能とする。
(c)技術支援
ロボットなどを用いて過酷な環境の検査をサポートする。
(d)分散型意思決定
サイバーフィジカルシステム(CPS)が独自に意思決定を行い、独立してタスクを実行する。
特に、近年のNDE4.0で議論されていることは、データフォーマットとその交換の仕組みを整備することである。すなわち、(a)の相互運用性は業界全体に関わることで、標準化も視野に入れた検討が必要となる。
3.諸外国の動向
イギリスには、複数の大学が拠点となってNDT関連企業が参加するコンソーシアム、非破壊評価研究センター(RCNDE)がある。RCNDEでは、NDE 4.0の実現のために、Automated Non-Destructive Integrity Verification (ANDIV)を提案している[9]。ANDIVでは、ネットワーク化されたセンサーで取得した状態データに基づき、検査データを適用しながら完全な自動管理を目指している。キーとなるのはデジタルツインであり、データ分析によって寿命予測の精度を継続的に向上させ、常に性能予測を行う。ANDIVの実現のために、積層造形などの製造方法に対する新しいNDE手法、ロボットによる自動検査技術の導入、また、大量データを解析する技術とその高速処理等の研究開発を推進している。
ドイツ非破壊検査協会(DGZfP)は、約60人でNDE4.0に関する委員会(3小委員会、5WG)を設置し、EUの中でも最も活発に議論をしている[10]。DGZfPの中でも、特にFraunhofer IZFPがNDE4.0を主導している。また、DGZfPは米国非破壊検査協会(ASNT)とも連携しており、NDEデータの交換・共有のための議論を進めている。現在、NDE分野の統一された汎用データフォーマットとしてDICONDEを使用するように調整中であり、IDSA(International Data Space Association)の専門家グループも巻き込んで標準化を進めている。このデータ交換・共有については次章で示す。
4.データ交換・共有の取り組み
NDE 4.0の利点を活用するために、製造プロセスやサプライチェーン、製品ライフサイクル全体を通じて複数の場所でデータを再利用することが重要である。これには、異なる複数のメーカーが関与するため、フォーマットの互換性が問題となる。ここで、オープンスタンダードと共通のファイルフォーマットの開発と導入が不可欠である。ICNDTのSpecialist International Groups(SIG)のT2(Guidelines on Data formats, Interfaces, Exchange, and Ontology)では、通信フレームワークとしてOPC-UA 、データ構造としてDICONDEを用いた規格作りを進めている[8]。以下に、その概要を述べる。
4.1 システム間の接続
非破壊検査は、非侵襲で内部を検査する意味において、医療の生理機能検査に相当する。医療では、X線CT検査,超音波検査,磁気共鳴画像検査(MRI)といったマルチモーダル検査が主流となっており、多角的に分析することで誤診を減らすことに繋がっている。医療機器は、検査毎にメーカーが異なる場合が多く、それぞれのモダリティで得られる情報を異なるシステム・場所でも使用できるように、国際的な通信プロトコルのもとで運用されている。患者や検査のテキストや数値データを交換する機能がHL7(Health Level 7)である。また、医療画像についてはDigital Imaging and Communications in Medicine[11](DICOM)に従って、モダリティ同士でデータの交換が行われる。DICOMは、動画を含む医用画像・検査情報データの規格および、それを通信・印刷・保存・検索するための国際標準規格(ISO12052:2017)である。 これを、非破壊検査に当てはめたのが図2である。医療機器の通信におけるHL7の代役を担っているのが、OPC-UAである。OPC-UAは、Industry4.0のネットワークにおける自動適応型センサーシステムの接続と通信を行うために標準化されたインターフェースである(図3参照)。OPC-UA はプラットフォームに依存しないデータ交換のための構造を提供し、マシン・システム同士の接続を想定している。
画像の通信にはDICOMに基づいたDICONDEが利用できる。DICONDE規格とは、非破壊検査の機器ベンダーとユーザーが画像データを共有するために、米国試験材料協会(ASTM International)が定めている規格である[7]。DICONDEはDICOMから派生したものであることから、データ1つ1つに番号を付けたタグなどは、DICOM規格と併用される。非破壊検査用に新たに準備することなく、データ交換用のインターフェースの基盤としてDICOMの技術が流用できる。
4.2 DICONDE(ダイコンデ)
 DICONDEには、デジタル放射線写真(E2699-20),超音波(E2663-14),コンピュータ放射線断層撮影(E2767-21),渦流探傷(E2934-22)などが既に用意されている。また、これら非破壊検査データを通信するため規格(E2339-15)や、通信によって交換したデータを利用する相互運用性(E3147-18)についても策定されている。DICONDEは、オブジェクト指向に基づいて、各種情報のデータ構造を明確に定義している(E2339-21)。 DICONDEのデータセットを図4に示す。これが1つの検査データであり、パケットとして通信される。データ要素には情報モジュールと呼ばれる属性(検査の種類、検査対象、装置の種類などを表したタグの集合)が格納されており、さらに画像データが付加される。すなわち、画像を読み取る際にメタデータを解析することで、検査時の環境や条件等が把握できる。DICOMでは、データフォーマットで使用するタグは可能な限り用意しているが、データ交換に必須なものは最小限とするなど、書式はある程度の自由度が認められている。この自由度のために、ベンダーの装置機能を十分活かすことができるように配慮されている。
5.検査データの活用に向けて
NDE4.0における非破壊検査の最大のブレイクスルーは、4章で示したデータフォーマットの標準化と相互運用性の推進であると筆者は考えている。データの標準化が進めば、他とデータ交換ができない独自のデータ形式を採用している検査機器メーカーや、関連企業内でのみ通用している「エコシステム」は淘汰される可能性が大きい。
非破壊検査業界では、特に日本の場合は、検査データは完全に秘匿であり、大昔のデータでも、匿名であっても表に出ることはない。これは、非破壊検査データが、センシティブなデータであることが要因である。医療データも同じ性質があるが、現在では、治験・臨床研究については、原則として事前に情報を公開することで透明性を確保し、もって被験者保護と治験・臨床研究の質が担保されるような取り組み(UMIN)が大学主導[12]で行われている。これは、非破壊検査も見習うべきであろう。NDEを専門に教える高等教育機関は日本にはなく、NDE技術の共有や継承は、関連グループ内で半ば暗黙知的な部分がある。これからは、形式知としてデジタルデータ化され、さらにはそれを匿名のオープンデータとして利活用できるような仕組みが日本の非破壊検査業界にも作られることを期待する。
企業にとって検査データをオープンにするメリットはないとよく聞くが、それは単にオープンデータ化を理解しようとしないだけである。非破壊検査という小さな市場でパイを取り合うより、発電所,モビリティ,社会基盤等を安全に動かすほうが、トータルとして日本のためにはよっぽどメリットであろう。それに貢献しているという自負を検査員は持つべきだし、検査員がもっと高く評価される仕組みを作るべきである。
率直な想いを書いてしまったが、NDE4.0は非破壊検査のいろいろな意味での改革であると思っている。そのためには、情報の交換と仲間作りがまずは大事である。JSNDIでは、2023年10月30日(月)に国内のNDE4.0シンポジウムを開催する予定である。これは、非破壊検査の「たこつぼ化」を打破し、学際的な協働と新しいネットワークづくりを目指すためのキックオフシンポジウムである。従前の検査会社だけでなく、スタートアップ企業も交えて、新しい非破壊検査業界を作るために、奮ってご参加頂ければ幸いである。
参考文献
[1] Meyendorf, N.G. et al. : NDE4.0 - NDE for the 21st century- the internet of things and cyber physical systems will revolutionize NDE, Proceedings of the 15th APCNDE, No.117, Singapore, 2017.
[2] Technical focus: NDE4.0, Materials Evaluation, Vol.78, No.7, 2020.
[3] 中畑和之: NDE4.0の概念と動向 : デジタライゼーションのためのDICONDE, 非破壊検査, Vol.70, No.2, pp.69-74, 2021.
[4] Roman Gr. Maev: 特集号 巻頭言Introduction to RNDE NDE 4.0, Research in Nondestructive Evaluation, Vol.31, No.5-6, pp.271-274, 2020
[5] 特集号Trends in NDE 4.0:  Purpose, Technology, and Application, Journal of Nondestructive Evaluation, 
https://link.springer.com/collections/hacfgdabbd
[6] International Conference on NDE 4.0, 2021年4月オンライン/2022年10月対面(ベルリン)会議, https://conference.nde40.com/
[7] アメリカ材料試験協会(American Society for Testing and Materials: ASTM International), https://www.astm.org/
[8] ICNDT SIG: https://www.icndt.org/ICNDT-Activities/Specialist-International-Groups
[9] Brierley, N. et al., : Advances in the UK towards NDE 4.0. Research in Nondestructive Evaluation, Vol.31, No.5-6, pp.306-324, 2020.
[10] Valeske, B. et al.: Next Generation NDE Sensor Systems as IIoT Elements of Industry 4.0, Research in Nondestructive Evaluation, Vol.31, No.5-6, pp.340-369, 2020.
[11] アメリカ電機工業会(NEMA), Digital Imaging and Communication in Medicine (DICOM), https://www.dicomstandard.org
[12] 大学病院医療情報ネットワーク (University Hospital Medical Information Network: UMIN), https://www.umin.ac.jp/
(2023年8月10日)
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