特集記事 原子力保全DX に係る海外動向 ─米国の革新炉開発を中心に─

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1.米国原子力の現状 本記事執筆時点において、米国では93基の原子力発電プラントが運転しており、2000年以降の設備利用率は概ね90%程度と高い(表1)[1]。 運転中93基のうちの79基は米国原子力規制委員会(NRC)から運転期間を20年延長する60年運転の認可を得ており、6基は更に20年延長した80年運転の認可を受けている。高経年プラントにおいても設備利用率が高いことは特筆すべきである(表2)[1]。 このように米国の原子力発電所は高いパフォーマンスを有しているにも拘らず、経済性の問題に向き合ってきた現実がある。2000年以降、設備利用率が向上したにも関わらず、経済性の理由から早期閉鎖を選択したプラントは13基を数える [2]。 一方で、脱炭素電源としての原子力発電の価値を積極的に支援する政策もあり、この例として、カリフォルニア州唯一の原子力発電所Diablo Canyonの運転継続のための、米国エネルギー省(DOE)の民生用原子力発電クレジットプログラムの適用が挙げられる[3]。 表1 米国原子力発電所の設備利用率(CF)の推移 (全プラントの中央値) 表2 米国高経年プラントの設備利用率(50年超運転プラントの例) 2.米国における革新炉の開発 2.1 DOEの支援プログラム DOEは革新炉(軽水炉、非軽水炉)開発のために、種々の支援プログラムを実施しており、主要なものは以下の通りである。 ・許認可技術支援(LTS)プログラム[4] ・先進的原子力技術開発支援[5] ・GAINイニシアティブ[6] ・先進的原子炉実証プログラム(ARDP)[7] ・MARVELプロジェクト[8] 一例として、軽水炉型の小型モジュール炉(SMR)であるNuScaleはNRCから設計証明(DC)を受けているが[9]、DOEからLTSプログラム等の支援を受けている。 本稿では米国の革新炉開発の代表的プログラムであるARDPについてその対象炉型を紹介する。 2.2 ARDP ARDPは2020 年5月に開始したもので、米国原子力産業界における先進的原子炉設計の実証を政府がコスト分担方式で支援する官民の連携プログラムである。 設計の成熟度に応じて、3つの支援ルートが設定されている[10]。 (1)5~7 年以内に2つの先進的原子炉設計が確実に稼働開始できるよう支援する「先進的原子炉の実証」 ・対象炉型:Natrium, Xe-100 (2)将来の実証炉に備えるために、技術的、運用上、規制上の課題に取り組む5プロジェクトを支援する「将来的な実証に向けたリスクの削減」 ・対象炉型:KP-FHR(Kairos), eVinchi, BANR, SMR-160, Molten Chloride Fast Reactor (3)2030 年代半ばに実用化する可能性のある革新的で多様な設計を支援する「先進的原子炉概念2020(ARC20)」 ・対象炉型:Advanced Sodium-Cooled Reactor Facility, Fast modular Reactor, Horizontal Compact HTGR 3.革新炉における保全DX研究 3.1 ARPA-E DOEでは、革新炉の開発と既設炉の維持の両面において研究開発を実施している。本記事ではこのような支援のうち、ARPA-E[11]について紹介する。ARPA-EはDOEの一部局であり、また研究支援プログラムの名称にもなっており、その特徴は次の通りである。 ・InternetやGPSを生み出した米国国防省のDARPA[12]をモデルにしながらも、より応用分野を対象にしている。 ・リスクが高すぎて投資が受けづらい「死の谷」にあるプロジェクトを重点支援している[13]。 ・これまで実施された支援は32.7億ドルであり、これが110億ドルの民間投資に繋がり、218億ドルの投資回収を達成している[14]。 3.2 ARPA-E GEMINA概要 ARPA-Eの支援プログラムのうち、保全/AIに係わりが深いプログラムにARPA-E GEMINA(Generating Electricity Managed by Intelligent Nuclear Assets)[15]がある。ARPA-E GEMINAは2020年5月13日付で公表されたDOEの支援プログラムであり、革新炉の運転保守技術への投資を行うものである(2700万ドル)。 ARPA-E GEMINAの背景と目的は次の通りである。 ・米国の原子力発電所は高いパフォーマンスを有しているにも拘らず、ほぼ4分の1が財政難に直面している。 ・原子力の発電コストの多くは、運転保守費(O&M)である。 ・革新炉向けにデジタルツイン等を開発する9つのプロジェクトを推進。AI、高度な制御システム、予知保全、その他の最先端のブレークスルーを利用して、O&Mプロセスの最適化を支援。 ・ARPA-E GEMINAの目標は、革新炉のO&M固定費=2ドル/MWh(現在の10分の1)を達成することであり、最終的には革新炉をより経済的、柔軟、かつ効率的にする。 3.3 ARPA-E GEMINAの研究プロジェクト  ARPA-E GEMINAで採択された9つの研究プロジェクトについて、その概要を紹介する。 (1)Maintenance of Advanced Reactor Sensors and Components (MARS) [16] ・実施体: アルゴンヌ国立研究所(ANL) ・支援額: $2,199,009 ・期間: 09/28/2020 - 03/27/2024 ・概要: フッ化塩冷却高温炉(Kairos)に対し、先進的な分散型検出器とデータ収集技術、検出器の多様性と機能性の改善、機械学習による故障検知・診断やインテリジェントセンサーによる保守タスクの自動化により保守コストを低減する。 (2)Build-to-Replace: A New Paradigm for Reducing Advanced Reactor O&M Costs [17] ・実施体: 米国電力研究所(EPRI) ・支援額: $999,464 ・期間: 10/01/2020 - 09/30/2022 ・概要:従来の「保守と修理(maintain and repair)」から「交換と改修(replace and refurbish)」アプローチへの移行の概念実証(PoC)を実施する。これは、燃料価格やその他の要因が劇的に変化しても、エンジンや内装品の交換などの複数の改修により、ジェット機を何十年にもわたって経済的に飛行させ続けることができる民間航空業界のアプローチと類似。 (3)Digital Twin-Based Asset Performance and Reliability Diagnosis for the HTGR Reactor Cavity Cooling System Using Metroscope [18] ・実施体: Framatome ・支援額: $809,701 ・期間: 10/01/2020 - 09/30/2022 ・概要:高温ガス炉(HTGR)向けのデジタルツインを2種類開発する。このデジタルツインはMetroscope社のソフトウェアと結合することで故障早期検知を行うことができる。デジタルツインによりセンサーの感度や信頼性の特性を検討し、最適化することができる。 (4)AI-Enabled Predictive Maintenance Digital Twins for Advanced Nuclear Reactors [19] ・実施体: GE Global Research ・支援額: $5,412,810 ・期間: 09/10/2020 - 09/09/2023 ・概要: GE日立のSMRであるBWRX-300向けにデジタルツインを開発し、予知保全によりO&Mコストを削減することを目指す。Humble AIと呼ばれるフレームワークを用い、アルゴリズムが認識しない状況に対処する等、不確実性の体系的な処理を行う。 (5)High-Fidelity Digital Twins for BWRX-300 Critical Systems [20] ・実施体: MIT ・支援額: $1,787,065 ・期間: 10/01/2020 - 09/30/2023 ・概要: MITは、BWRX-300システムの忠実度の高いデジタルツインを組み立て、検証し、試行することで、GE日立とGEリサーチによるデジタルツインを用いた予知保全アプローチとモデルベースの障害検出技術を高度化し、実証する。 (6)Generation of Critical Irradiation Data to Enable Digital Twinning of Molten-Salt Reactors [21] ・実施体: MIT ・支援額: $899,825 ・期間: 09/30/2020 - 09/29/2022 ・概要: MITは、溶融塩炉(MSR)の技術的なギャップを埋めるために、燃料塩照射及び照射後検査を含む実験を計画している。MSRのデジタルツインに、実験で得られるデータを反映する必要がある。デジタルツインにより、システム設計、必要なO&Mタスク、及び人員配置を大幅に最適化できる。 (7)SSR APPLIED - Automated Power Plants: Intelligent, Efficient, and Digitized [22] ・実施体: Moltex Energy ・支援額: $4,618,868 ・期間: 04/01/2021 - 03/31/2025 ・概要: Moltex Energy社が開発中の安定塩炉Wasteburner(SSR-W)のデジタルツインを開発する。SSR-Wはカナダのベンダー事前審査の第一段階を2021年にクリアしている。 (8)PROJECT "SAFARI"- Secure Automation For Advanced Reactor Innovation [23] ・実施体: University of Michigan ・支援額: $5,194,982 ・期間: 03/15/2021 - 03/14/2024 ・概要:物理ベース、モデル中心、スケーラブルで、データイネーブルなAIアルゴリズムにより、先進炉向けに前例のない状態認識を可能にする。ミシガン大学の溶融塩ループやKairosで適用し、設計の最適化や予知保全に活用していく。 (9)Advanced Operation & Maintenance Techniques Implemented in the Xe-100 Plant Digital Twin to Reduce Fixed O&M Cost [24] ・実施体: X-Energy ・支援額: $5,978,289 ・期間: 01/05/2021 - 01/04/2023 ・概要:小型高温ガス炉Xe-100向けに、最適なプラント運用を確保しながら人員配置計画を最適化するために、没入型環境ツールセットと仮想現実の組み合わせ、及びデジタルツインフレームワークを開発する。デジタルツインにより、運転中のプラント、過去の運転履歴、将来の計画といった情報を統合し、データを同化すること等により、予知保全のニーズを特定する 4.規制動向 原子力へのAI適用に関し、ここ数年のNRCの規制動向について紹介する。 NRCは2021年4月、原子力へのAI適用に関するパブリックコメントを募集し[25]、その後、数回のワークショップを開催している[26]。この中でAI適用に向け産業界で開発中の事例や適用済みの事例が紹介されている。 その後、2022年6月に、NRCのAI戦略計画案(NUREG-2261)が公開された[27]。この戦略案はAI分野の審査の準備を確かなものにするため、NRC内部活動を計画するための戦略であり、5つの戦略目標が掲げられた。 (1)規制上の意思決定の準備 ・NRCでは、今後5年以内に、既設、新設、革新炉でAIを含む申請がなされると予想している。 ・審査ガイダンスや検査手順書を更新したり作成する必要があるか調査する。 (2)AI適用の審査を行う組織枠組みの確立 ・NRC内のガバナンスのために、AIステアリングコミッティ(AISC)を設置。AISCには必要に応じて外部有識者を含める。 ・AI実践のためのコミュニティ(AICoP)を設置し、AI審査知見の議論、ユースケースの共有、良好事例の共有等を行う。 (3)AIパートナーシップの強化と拡大 ・米国内においては、他の官庁、一般公衆、非政府組織、被規制者といったステークホルダーとの関係を保つ。 ・国際カウンターパートとの関係も継続し、AI活用に関する情報交換、共同研究を行い、国際規格やガイダンスの作成に関与する。 (4)AIに精通した人材の育成 ・AI専門家の雇用市場を考慮に入れて、AI専門家を安定的に雇用する基盤を構築する。 (5)NRC内のAI基礎を構築するユースケースの作成 ・AI活用の審査の技術知見を構築するために、NRC内でAIのユースケースを作成する。 ・AI活用の審査の基礎となるようなパイロット研究やPoCを行うよう原子力産業界に働きかける。 2023年3月に開催された第35回規制情報会議(RIC)において、AIに関するパネルセッションが行われた[28]。NRCから、AI戦略計画を2023年春に最終化すること、戦略目標(2)のAISC、AICoPを2023年春に設置予定であること、データサイエンスとAIに関するワークショップを2023年夏に開催予定であることが発表された。 AIに関するNRCの規制動向はWebサイト[29]で公開されているので、最新情報についてはこちらをご参照頂きたい。 参考文献 [1] ANS, "Nuclear News," May 2023 [2] Congressional Research Service, "U.S. Nuclear Plant Shutdowns, State Interventions, and Policy Concerns," June 10, 2021,  https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R46820/3 [3] DOE, "Biden-Harris Administration Announces Major Investment to Preserve America's Clean Nuclear Energy Infrastructure," Nov 21, 2022, https://www.energy.gov/articles/biden-harris-administration-announces-major-investment-preserve-americas-clean-nuclear [4] DOE, "SMR Licensing Technical Support (LTS) Program," https://www.energy.gov/ne/smr-licensing-technical-support-lts-program [5] DOE, "Industry FOA Awardees,"  https://www.energy.gov/ne/industry-foa-awardees-8 [6] INL, "Gateway for Accelerated innovation in Nuclear," https://gain.inl.gov/SitePages/Home.aspx [7] DOE, "Advanced Reactor Demonstration Program," https://www.energy.gov/ne/advanced-reactor-demonstration-program [8] DOE, "New MARVEL Project Aims to Supercharge Microreactor Deployment,"  https://www.energy.gov/ne/articles/new-marvel-project-aims-supercharge-microreactor-deployment [9] NRC, "Design Certification Application - NuScale US600," https://www.nrc.gov/reactors/new-reactors/smr/licensing-activities/nuscale.html [10] DOE, "INFOGRAPHIC: Advanced Reactor Development," https://www.energy.gov/ne/articles/infographic-advanced-reactor-development [11] DOE, "ARPA-E," https://arpa-e.energy.gov/ [12] DOD, "DARPA," https://www.darpa.mil/ [13] E. Rohlfing, "ARPAE Update," Oct 14, 2015, https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/ROHLFING_ALPHA.pdf [14] DOE, "ARPA-E Our Impact," https://arpa-e.energy.gov/about/our-impact [15] DOE, "ARPA-E GEMINA,"  https://arpa-e.energy.gov/technologies/programs/gemina [16] A. Heifetz, "Maintenance of Advanced Reactor Sensors and Components (MARS)," Feb 23, 2021, https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2021-03/Day1_ANL.pdf [17] J. Shook, "Build-to-Replace: A New Paradigm for Reducing Advanced Reactor O&M Costs," Mar 31, 2022, https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2022-04/Day1_EPRI.pdf [18] E. Helm, "Asset Performance and Reliability for HTGR Reactor Cavity Cooling System Using Metroscope," Mar 31, 2022,  https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2022-04/Day1_Framatome.pdf [19] A. Saxena, "AI Enabled Predictive Maintenance Digital Twins for Advanced Nuclear Reactors," Feb 23, 2021, https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2021-03/Day1_GEResearch.pdf [20] E. Baglietto, "High Fidelity Digital Twins for BWRX-300 Critical Systems," Feb 23, 2021, https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2021-03/Day1_MIT_GE.pdf [21] D. Carpenter, "Understanding MSR Radiation Fields to Predict and Minimize O&M Costs," Mar 31, 2022, https://www.arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2022-04/Day1_MIT%26MPR.pdf [22] A. Ballard, "SSR APPLIED - Automated Power Plants: Intelligent, Efficient, and Digitized," Mar 31, 2022, https://www.arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2022-04/Day1_Moltex.pdf [23] A. Manera, "Project SAFARI Secure Automation for Advanced Reactor Innovation," Mar 31, 2022, https://www.arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2022-04/Day1_UMichigan.pdf [24] E. Mulder, "Advanced Operation & Maintenance Techniques Implemented in the Xe-100 Plant Digital Twin to Reduce Fixed O&M Cost," Mar 31, 2022, https://www.arpa-e.energy.gov/sites/default/files/2022-04/Day1_X-energy.pdf [25] Feral Register, 86FR20744, "Role of Artificial Intelligence Tools in U.S. Commercial Nuclear Power Operations," https://www.federalregister.gov/documents/2021/04/21/2021-08177/role-of-artificial-intelligence-tools-in-us-commercial-nuclear-power-operations [26] NRC, "Data Science and Artificial Intelligence Regulatory Applications Workshops,"  https://www.nrc.gov/public-involve/conference-symposia/data-science-ai-reg-workshops.html [27] NRC, NUREG-2261, "Artificial Intelligence Strategic Plan," June 2022,  https://www.nrc.gov/docs/ML2217/ML22175A206.pdf [28] NRC, "Regulatory Information Conference - T6, How AI and I Became Friends: The Next Steps for the AI Journey," Mar 14, 2023,  https://ric.nrc.gov/docs/abstracts/sessionabstract-8.html [29] NRC, "Artificial Intelligence," https://www.nrc.gov/about-nrc/plans-performance/artificial-intelligence.html  (2023年5月10日)  

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