解説記事 「海外における保守高度化の取組み」(5) 米国におけるデジタル技術を活用した 原子力発電所の近代化について
公開日:1.原子力発電の現況[1][2] 現在、環境保全と持続可能な経済発展を両立することを目的に、エネルギーミックスを見直し、温室効果ガスの排出量を可能な限り削減する低炭素化政策が各国政府により提唱されている。 斯様な状況下において、原子力発電は温室効果ガスである二酸化炭素を排出しない電源であり、再生可能エネルギーと比較し電力を安定的に供給することが可能なため、2050年のカーボンニュートラルを実現する上でも強力なオプションとして活用することが期待される。 このため、天然ガスや太陽光発電、風力発電等の様々な形態のエネルギー源に対抗するためにも、安全を最優先に原子力発電の市場競争力を高めていくことは、今後も当該電源を利用していく上で重要である。中でも、運転及び保全の費用(O&M費:Operating and Maintenance 費)は原子力発電所の運営コスト全体の約60%~70%を占めるとされており、そのコスト削減は、原子力発電所の経済性を向上させるための有効な手段の一つになると考えられている。 2.米国の原子力発電の課題について[3][4][5][6] 米国で現在利用されている、原子力発電所の設計寿命は一般的に40年とされている。一方で、プラントの新設には莫大な投資が必要となるため、多くの事業者は既存の施設の長期運転に向けた検討を進めている。 2023年8月時点で、米国では全93基中78基のプラントが、その運転期間を20年間延長し60年間とするための1回目の運転認可更新(LR:License Renewal)の発給を受けており、さらに6基が80年運転を見込んだ2回目のLRの発給を受けている。 これらの高経年化したプラントでは、継続的な安全・安定運転に向けた更なる厳しいモニタリングと保全活動を行うことが必要となる。そして、安価な天然ガスとの厳しい市場競争に打ち勝つためにも、そのO&M費の削減のための対策が求められている。 この一環として、近年、米国の原子力産業界で運転パフォーマンスの向上と運転リスクの低減に向けた人工知能(AI:Artificial Intelligence)技術の研究、開発及び利用に対する関心が高まっている。 3.原子力発電所でのAIの活用について[7][8][9] AIとは、想定されたシナリオや結論を超えて、人間のような知覚、認知、計画、学習、コミュニケーションを模倣する能力を持つ機械ベースのシステムである。AIは人間が定義した一連の目的に対して、現実世界または仮想世界に影響を与えるような予測、推奨、決定を行うことが出来る。 AIの利用は、様々な種類の産業における人間の活動を自動化する上で、画期的な可能性を秘めている。実際に過去10年間でAIは急速に進化し、洗練され、複雑な問題を解決出来るようになり、製造、輸送、金融、教育、医療など多様な分野で導入されてきている。 一方、原子力発電所では今でも多種多様な作業が人の手により行われており、このことはO&M費の高騰の一因となっている。 原子力発電所は、長期間にわたる運転データが蓄積されてきていることから、AIを活用したプロセスの効率化、自動化等を通じたO&M費の改善の余地は高いと考えられる。このことから、米国エネルギー省(DOE:Department of Energy)は、プラントの近代化を通じ、そのパフォーマンスを向上させることでO&M費を削減するような軽水炉維持可能性(LWRS:Light Water Reactor Sustainability)プログラムを開始している。 次章より当該のプログラムの概要と、その取り組みを紹介する。 4.LWRSプログラム[10][11] LWRSプログラムは、DOEが主導する研究開発プログラムであり、産業界と密接に協力し、米国の原子力発電所の経済性と信頼性の向上、安全性の維持、運転期間の延長のための技術の開発や、その他の課題を解決することを目的としている。当該のプログラムは、以下の3つの目標を設定している。 ・既存の原子力発電所の継続的な長期運転に関連する環境において、構築物、系統及び機器(SSC:Structure, System and component)ならびに材料の経年変化を理解し、予測し、測定するための基礎科学的な基盤を構築する。 ・この基礎知識を応用して、既存の原子力発電所の安全で経済的な長期運転を支援する方法と技術を開発し実証する。 ・原子力発電所のパフォーマンス、経済性、安全性を向上させるための新技術を研究する。 なお、同プログラムは、米国内の原子力発電事業者が抱える重要な課題に取り組むため以下の主要な技術分野の研究開発で構成されている。 4.1 プラントの近代化 デジタル技術による、イノベーション、効率化、ビジネスモデルの変革を通じた、現在および将来のエネルギー市場における原子力発電所の事業性の確保に取り組むための研究開発。これには、プラントの運転の更なる自動化及び信頼性の向上を目的とした、新たな計装・制御(I&C:Instrumentation and Control)技術及び、革新的な状態監視技術の研究・開発・試験を通じた、経年劣化管理や従来のI&C技術の近代化や交換対応等が含まれる。この研究開発の結果として得られる製品は、プラントのシステム及びプロセスの近代化を可能とするものとなるより低いコストでパフォーマンスを向上させるテクノロジーを基盤とした、ビジネスモデルのプラットフォームが構築されることになる。 4.2 柔軟なプラントの運転と発電 工業用プロセスに直接エネルギーを供給するための軽水炉の経済的機会、技術的手法、及びライセンシングの必要性を評価するための研究開発。ここでは、DOEが開発した分析ツールを適応・使用した、原子力発電所に近接した場所における、水素製造等の電力以外の製品(nonelectrical energy product)を生産するための大規模で現実的な市場機会の技術的・経済的評価が実施されるとともに、工業用プロセスと原子力発電所を統合した系統の技術開発及び設計、試験、実証が行われる。さらに、軽水炉の保有者が、この新しいプロセスを統合することをサポートするための、適切な安全評価及び許認可のアプローチが取り扱われる。このための新しいセキュリティの手法、ツール、技術を、関係者が導入するための技術的な基盤を強化及び提供する。 4.3 リスク情報を活用したシステムの分析 高い安全性と経済効率を実現するために、安全裕度を最適化し、不確実性を最小化するための研究開発。ここでは、次の内容を実施する。(1) 安全裕度及びコストとリスクに関する要素をより適切に表現するリスク情報を活用したツールを導入する。(2) より費用対効果の高いプラントの運転を可能にする安全裕度を管理する戦略をサポートするための、先進的な取り組みを行う。これらの内容により得られた、ツールや手法は原子力発電所の動的及び静的なSSCの効果的な安全裕度を管理する助けになる。 4.4 材料研究 長期間にわたる環境に依存した経年劣化を理解し、原子力発電所の材料の性能を予測するための科学的根拠を確立するための研究開発。この研究開発の成果は、長期間にわたり運転条件にさらされる原子力発電所のSSCの材料に関する、運転制限と経年劣化緩和のアプローチを提供するために使用され、規制当局と産業界の双方に重要な情報を提供する。これは、機器の寿命予測モデルの改善、非破壊検査による材料分析の改善、修理費用の削減、あるいは改良された代替材料の選択によるプラントの性能向上により、メンテナンス費用を相殺することで達成されるかもしれない、運転コストの削減を支援することを目的としている。 4.5 物理的なセキュリティ 原子力施設のセキュリティ体制を最適化・近代化するために必要な技術基盤を推進する方法、ツール、技術を開発・強化するための研究開発。ここでは、次の内容を実施する。(1) 積極的な敵対者を考慮した物理的なセキュリティのためのリスク情報を活用した技術の側面に関する研究開発を行う。(2) 物理的セキュリティのシナリオをより良く伝え、モデルから得られる結果の不確実性を低減するための高度なモデリング及びシミュレーションツールを適用する。(3) 提案された強化及び新しい緩和戦略からの利益を評価し、近代化を可能にするための良好事例、ガイドまたは規制への変更を検討する。(4) 物理的なセキュリティを達成するための新しいセキュリティの手法、ツール、技術を、関係者が導入するための技術的な基盤を強化及び提供する。 5.原子力発電所のプロセスデータを用いた 異常検出のアプローチ[12] 5.1 背景 プラントにおける異常は、機器故障の初期的な指標となり得るプロセスの変化を表すものである。異常が機能障害に発展すると、プラントの経済面または安全面に深刻な影響を与える可能性があり、問題を軽減するために投資された費用をはるかに上回るコストをかけて対応することが求められることになる。 これまでに異常を事前に検知するために開発されてきた技術として、サーベイランス、予防保全、運転員による機器の目視または、手動の検査等が挙げられる。これらの手法には限界があることから、デジタル技術を活用した高度に自動化された手法に関心が寄せられるようになってきている。 一方で、状態監視のために必要なセンサーが設置されていない機器を改造し、異常検知に必要なデータを取得出来るようにすることは、産業界にとって負担が大きいものであり、許容できない程に長い時間を要するものとなってしまう。 5.2 概要 本研究では、2018年に発生したCooper原子力発電所の2基のファンコイルユニット(FCU)のシャフトが折れたたことで6日間にわたりプラントが停止した事例に焦点を当てている。当該のFCUはドライウェルの下部に設置されており、補機冷却系統(REC:Reactor Equipment Cooling)を介し、プラントの運転中にドライウェルに封入される窒素ガスを冷却する設備である。Cooper原子力発電所の原子炉格納容器及び、損傷した当該の設備の概要図を図1~図3に示す。 Cooper原子力発電所のFCUには、モーターやベアリングの健全性を監視するための振動センサーが設置されておらず、必要な機器がないこと及び、その設置が困難なことから、将来的にも振動センサーを追加することは出来ないとされている。このため、本研究では、過去のプロセスデータに基づく新しい異常検知のモデルが検討された。 図1 Cooper原子力発電所 概要図[11] 図2 Cooper原子力発電所内FCUの配置[11] 図3 欠損したFCUの外観[11] 図の点線部は破損し軸受けから外れたシャフト 5.3 成果 本研究では、RECの入口水温度、出口水温度等の36項目から成る、当該のプラントの停止期間を含む2017年1月から2019年5月までの数千万点に上るプロセス計装データが利用された。 ディープラーニングの手法の一つであるLSTM(Long-Short Term Memory)のアルゴリズムを採用したモデルにより、過去に発生した事象を、その発生の8日前に予測することが出来た。一方で3基のファンしか運転していない場合等の特定のシナリオ下での異常検知は出来なかった。これは、モデルの学習が不足していることが原因と考えられる。 本研究で得られた成果は、今後の設備に依存しない異常検出手法の開発及び、デジタルツインを用いた物理的な異常の検出に実現に活用される見込みである。 6.原子力発電所における予知保全に向けた クラウド技術の利用について[13] 背景 高度なAIモデルを用いたリアルタイムの予知保全アプローチの導入により、原子力発電所における定期的な機器の補修や計画外の運転停止に伴う労力、コストを軽減することが期待されるものの、そのためには膨大なリアルタイムの機器のプロセスデータを処理、分析及び管理することが求められる。 これを踏まえ、原子力産業界では、クラウドコンピューティングの柔軟な処理能力と可用性が高いコンピューティングリソースを活かし、データの保存をプラントのサイト内のコンピューターから、セキュリティを一元的に管理することが可能なクラウドサーバーに移行することを模索し始めている。 クラウドコンピューティングは、そのコストの低さ、柔軟性、様々な種類の仮想インフラ上でアプリケーションが実行可能であるといった特徴により、インターネット経由でオンデマンドにコンピューターシステムのリソース(サーバー、ストレージ、データベース、ネットワーキング、ソフトウェアなど)を提供する重要な技術として台頭してきている。 実際に、米国の規制当局であるNRC(Nuclear Regulatory Commission)は、他の連邦政府機関と同様にクラウドコンピューティングに関するセキュリティ評価、認可、継続的モニタリングの標準規格を規定する米国連邦政府によるリスク及び認証管理システム(FedRAMP)の認証を受けたサービスを活用し始めている。 6.2 概要 本研究では、オンサイトでのデータの保管や診断に代わる手段として、コストが低いこと、拡張性が高いこと、様々な仮想インフラ上で利用出来る特徴を持つクラウドコンピューティングを活用した予知保全の開発に向けた、技術面及び経済面からの評価が行われた。 図4は、原子力発電所サイト内の複数のワイヤレスセンサーから取得された多様なデータ(振動、温度、圧力等)を収集・処理し、高度なAI技術を使用した機器の自動監視と診断を行うための、クラウドベースのアーキテクチャの概要図である。当該の図では、Microsoft Azure、Google Cloud Provider及びAmazon Web Service等のクラウドサービスを活用し、安全なデータベースサーバーを介してプロバイダーがウェブブラウザやポータルを介した分析レポート及び可視化されたデータを、権限を持ったスタッフに共有出来ることが示されている。 さらに、本研究ではオンサイトにおける予知保全や監視・診断センターの全ての活動をクラウドに移行した場合に必要となる、センサー、分散アンテナシステム1)、エッジコンピューティング2)、クラウドサービス等の主要な要素について、その導入、運用に必要なコストが分析された。 図4 クラウドサービスのアーキテクチャの概要図[12] 6.3 成果 予知保全の導入に当たり、膨大な機器のプロセスデータをリアルタイムで取得、分析、保管、共有するためにクラウドコンピューティングを利用することで、システムやサーバー等を管理するIT部門のスタッフが不要となり、データの分析、保管、共有のための専用のソフトウェア及び機器の初期費用や維持費用を削減することが可能となることが判明した。 また、クラウドコンピューティングの柔軟性、高い可用性を利用することで、プラントのサーバーから統合されたセキュリティ管理が可能なクラウドサーバーへのデータの移行が可能であるとされた。ただし、このデータの移行に関する技術的な障壁はないものの、そのための戦略、規制対応、センサー類の追加を検討する必要があると判断された。 今後の研究として、クラウドコンピューティングの価値を高めるための、データの共有と評価の方法が検討される予定である。ここでは、検索の際に人の判断が必要となる無関係なデータを提供することなく、必要なデータのみが提供されるようにすることに焦点が当てられる見込みである。 7.ドローンを活用した原子力発電所の 保全活動の効率化[14] 7.1 背景 昨今、プラントにおける通常業務や危険を伴う作業の、より効率的で安価な解決策を追求すべく自動航行を可能とするドローン技術に注目が集まっている。一方で、標準的なドローンの自動航行にはGPS信号が利用されており、強力なGPS信号を利用できない屋内での利用には課題が存在していた。 7.2 概要 上記の問題を解決すべく、特に原子力発電所内での利用をターゲットとした、Route Operable Unmanned Navigation of Drones(ROUNDS)と呼ばれるAIと機械学習のアルゴリズムを利用したソフトウェアが開発された。 ROUNDSが組み込まれたドローンは、施設内に設置されたQRコードをスキャンし自身の位置を特定することが可能となる。なお、当該のQRコードにより、ゲージの読み取りやデータの収集等の特定のタスクの実行をドローンに指示することも可能である。 取得された情報はコントローラーに送信され、全てのタスクを終了するまでドローンは次のQRコードへ移動し続ける。 GPSを利用する標準的なドローンと異なり、ROUNDSが組み込まれたドローンは、ハードウェアの改造やソフトウェアの設定なしに屋内空間を航行出来るようになる。 当該のドローンは広範囲を高速でカバー出来るため、巡回監視、機器のモニタリングや計器の情報の取得等の通常業務を高頻度で実行することを可能とし、業務効率を改善することで、原子力発電所の運転効率を高め、コストの削減につながる。 さらに、ROUNDSは高所や化学物質、放射線の存在する危険なエリアへの人の立ち入りの機会を減らすことで、作業員への潜在的な危険を最小限に抑えることが出来ると考えられる。 図5 ドローンによる巡視点検の様子[13] 7.3 成果 ROUNDSの開発は、特に原子力発電所でのAIを搭載したドローンの使用における大きな進歩を意味する。QRコードとAIアルゴリズムを活用することで、このソフトウェアは、様々な作業を自動化し、効率を高め、リスクを低減するための実用的かつ経済的な解決方法を提供することが出来た。 8.AI技術を活用した 文書処理の自動化について[15][16] 8.1 背景 米国では連邦規則10CFR50 Appendix B XVIに基づき全ての原子力発電所においてCAP(改善措置活動:Corrective Action Program)を導入することが義務付けられている。 CAPは、事業者が原子力発電所の問題を特定し、その問題を修正するプロセスである。これには問題の唖然上の重要度を評価し、その問題を修正する際の優先順位を設定し、その修正の状況を追跡することが含まれる。そして、原子力発電所特定された様々な問題は状態報告書(CR:Condition Report)として記録されることになる。 CRは、プラントのパフォーマンスを監視するために利用されるとともに、プラントの状態の改善または悪化に関する情報を抽出することで、プラントのパフォーマンスのトレンドを把握するために利用されている。さらに、これらの情報は運転部門、保全部門、許認可対応部門、上層部を含む、プラントの組織が日々の運転や長期的な計画に関する意思決定を行うために活用されている。 米国の一般的な原子力発電所では、年間約5千件から1万件のCRがCAPプログラムに登録されている。これらの膨大なCRは、経験豊富なスタッフにより、毎週何十時間もかけてレビューされることが珍しくない。 CRの初期レビューでは、通常は数名のスタッフが各CRを読み、その影響及び優先度を評価し、是正処置の要否及び担当者を決定するとともに、プラント共通の問題点を把握するために分類をしている。このプロセスだけでも、米国の原子力発電所では年間数億ドルのコストが発生している。 CRの処理が、手作業で行われる場合、問題の見落としや評価のばらつき、判断の誤りが生じる可能性が常に付きまとうことになる。このため、一貫性があり、信頼性が高く、再現性があり、パフォーマンス上の問題に体系的に優先順位をつける機能を持つプロセスの開発が求められていた。 8.2 概要 CRの処理を自動化すべくMIRACLE(Machine Intelligence for Review and Analysis of Condition Logs and Entries)と呼ばれる新しいAIツールが開発された。 MIRACLEは、自由形式のフィールドを含む数十から数百のテーブルフィールドを読み、安全上の重要度、対応の優先度、キーワード等で分類するとともに、プラントのパフォーマンスを追跡することを可能とするものである。MIRACLEの主な特徴を以下に示す。 ・多様なデータセット MIRACLEは、全米の25%以上の原子力発電所から収集したCRのデータを利用しているため、精度とパフォーマンスの向上ならびに、様々な原子力発電所への適用が期待される。 ・トピックス辞書 トピックスとは、原子力発電所で起こり得るあらゆる事象を表すカテゴリである。MIRACLEは100を超えるトピックスに対応しておりCRのトピックスの割り当てを体系的かつ一貫性を持って実行することが可能である。 ・パフォーマンスの追跡 全てのCRにトピックスが自動的に割り当てられるため、スタッフは任意の時間内に特定のトピックスに関する問題が何回発生したかを確認し、そのトレンドを把握することが出来る。同じトレンドが複数のプラントで増加している場合、産業界全体の問題として注視するのに役立てることが出来る。 ・柔軟性 MIRACLEは、データの準備に必要な労力を最小限に抑えながら、あらゆる種類のプラントのデータに対応出来るような柔軟かつ、導入が容易なモデルとなることを志向している。 ・発生頻度の低い事象 MIRACLEは、産業界大のデータを利用することで、ほとんどのプラントでほとんど発生しない「品質に悪影響を及ぼす安全な状態」のような重要な事象を分類するための、AIの訓練に必要なデータを十分に取得することが出来る。 図6 MIRACLEの概念図[15] 8.3 成果 MIRACLEにより、今まではプラントのスタッフが行っていた上記の作業を瞬時に行うことが出来る。さらにMIRACLEにより体系的な意思決定が可能となり、状態報告書のスクリーニングの時間、事務処理、関係する会議体を減ることで、原子力の安全性の向上とO&M費の削減が可能となる。 9.まとめと考察 本稿では、米国の原子力発電所におけるAI技術の活用事例としてDOEが主導するLWRSプログラムの取り組みを紹介した。 米国の原子力発電所は、建設費用の高騰によりプラントの新設が困難となっていることから、多くのプラントが運転期間の延長に向けた運転認可申請の発給を受けている。そして、更なる厳しいモニタリングと保全活動を行うことが必要とされる中で、市場競争力の確保のために、O&M費の削減を目的としたAI技術の活用の検討が進められている。 我が国においても、高経年化した原子力発電所のO&M費の削減は原子力発電所の継続的な運転にとって不可欠であると考えられる。一方で、本稿で紹介したような新しい技術の導入には必要な人材の確保、技術を受け入れる組織文化の醸成、資金の調達、関係する法律への対応等の多岐にわたる課題が挙げられる。これらの課題解決には経営者層が強力なリーダーシップを発揮することが不可欠である。[17] さらに、事業者がAI技術を導入するためには、その活動を監視する規制当局の理解を得ることが重要であることから、原子力エネルギー協会(ATENA:Atomic Energy Association)のような産業界組織を介した原子力規制員会(NRA:Nuclear Regulation Authority)への働きかけも必要になると考えられる。 なお、米国では、NRCがAIを活用した事業者の活動を審査できる体制を確保するため戦略計画(NUREG-2261「AI戦略計画(2023年度~2027年度)」)を2023年5月付で公表しており、規制サイドからも事業者のデジタル技術の活用の推進に対応するための動きが確認されている。 我が国の原子力発電所におけるAI技術の導入に当たりNRAには、NRCと同様に事業者のデジタル技術の活用に向けた、積極的な検討と事業者との緊密なコミュニケーションが期待される。 参考文献 [1] Qingyu Huang ,"A review of the application of artificial intelligence to nuclear reactors: Where we are and what's next", 2023. 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