解説記事 志賀原子力発電所2号炉 敷地内断層の活動性評価
公開日:1.はじめに 北陸電力株式会社(以下、「北陸電力」という)は、能登半島西部に位置する石川県の志賀町に志賀原子力発電所を有している(Fig.1)。原子力発電所の新規制基準適合性に係る安全審査においては、発電所敷地内の重要な安全機能を有する施設の地盤には、将来活動する可能性のある断層等(約12~13万年前以降の活動が否定できないもの)の露頭が無いことを確認することが求められている[1]。志賀原子力発電所の敷地内断層については、2014年より、原子力規制委員会が設置した「志賀原子力発電所敷地内破砕帯の調査に関する有識者会合」(以下、「有識者会合」という)にて議論が行われ、2016年4月に、敷地内断層について活断層であることが否定できないとの結論が出された。 その後の新規制基準適合性審査において、北陸電力はボーリング調査等に基づき敷地内には36本の断層があることを確認し、切り合い関係による新旧関係や断層規模等から、活動性の有無をチェックする断層(評価対象断層)として10本(S-1、S-2・S-6、S-4、S-5、S-7、S-8、K-2、K-3、K-14、K-18)を選定した(Fig.2)。これら10本の断層すべてについてボーリング調査や薄片観察等を行い、「鉱物脈法」と呼ばれる評価手法により後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動がないことを確認した。さらに、S-1、S-2・S-6、S-4については、既存地点及び新規地点において露頭観察等のデータ拡充を行い、「上載地層法」においても後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動がないことを確認し、敷地内に分布する36本の断層はいずれも将来活動する可能性のある断層等ではないと評価した。これらの評価について、2023年3月に行われた原子力規制委員会の審査会合にておおむね了承された。 本解説記事では、上記の経緯を含め志賀原子力発電所2号炉の敷地内断層の活動性評価について報告する。 Fig.1 Location of the Shika Nuclear power plant Fig.2 Faults in the Shika Nuclear power plant site and the survey positions 2.有識者会合について 旧原子力安全・保安院(以下、「旧保安院」という)は、2011年東北地方太平洋沖地震後に、全国の原子力発電所敷地内の破砕帯について評価を改めて整理することとし、2012年7月の旧保安院の意見聴取会において、志賀原子力発電所の敷地内のS-1破砕帯の活動性に関する専門家の意見を聴取した。その際に専門家から、S-1破砕帯が活断層ではないかと指摘が出たことを踏まえ、2012年7月に北陸電力に対して敷地内破砕帯等に係る追加調査を指示した。その後、新たに発足した原子力規制委員会は、2014年2月に有識者会合を設置し、敷地内断層の活動性について検討した。この際、北陸電力は、主に、約12~13万年前以前の地層における断層によるずれや変形の有無を検討する手法(上載地層法)を用いて、敷地内断層であるS-1及びS-2・S-6の活動性評価を行い、いずれも将来活動する可能性のある断層等ではないと評価をしていた。しかし、S-1の北西部については、建設時に掘削した露頭が現存しておらず、旧保安院の意見聴取会で指摘を受けた建設当時の露頭スケッチを基に検討がなされており、またS-2・S-6は、S-1の北西部に近接して分布することなどから、2016年4月に取りまとめられた有識者会合の評価書において、S-1の北西部及びS-2・S-6については、後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動が否定できないとの結論が示された[2]。一方で、この評価は限られた資料やデータに基づいて行われているとして、「今後の課題」としてデータ等の拡充が必要な項目が示され、この一環として、地表付近の人工改変の影響により調査地点の制限がある上載地層法だけでなく、地表の状況に関係なく調査可能な鉱物脈法による検討を行うことが求められた。今後の課題を受け、鉱物脈法による評価について、新たに下記に述べる検討を行った。また、上載地層法に関しては、S-1、S-2・S-6について既存地点でのデータ拡充に加え、新たにS-4について調査を行い、上載地層と断層の接触関係に基づく活動性評価を実施した。 3.鉱物脈法適用にあたっての課題 鉱物脈法は、断層と鉱物脈又は貫入岩との接触関係を基に断層の活動性評価を行う手法であり、約12~13万年前以前に生成した鉱物脈が断層による変位・変形を受けていなければ、断層が約12~13万年前以降に活動していないと評価することができる。この手法を志賀原子力発電所の敷地内断層に適用するにあたり、①鉱物脈が約12~13万年前以前に形成したことの確認、②鉱物脈が断層の最新面(最も活動が新しい断層面)を確実に横断することの確認、という大きく2つの課題があった。以下、これらの課題に対する取り組みを紹介する。 3.1 鉱物脈が約12~13万年前以前に形成したことの確認 志賀原子力発電所の敷地内断層付近に分布する鉱物脈は、通常のX線回折分析によれば比較的低温で生成する粘土鉱物の一種である「スメクタイト」からなり、現在の温度環境下でも生成する可能性があるため、鉱物脈の形成年代が約12~13万年前より古いことを証明できなかった。この状況を踏まえ、粘土鉱物について詳細な分析を行い、より高温で生成される「イライト」が混合した構造を含んでいないか確認することを目的として、大学や研究機関に所属する粘土鉱物等の専門家と共同研究を行った。鉱物脈から粒径が小さい粘土分を濃集してX線回折分析を行うことで詳細な結晶構造を確認し、またEPMA分析により化学組成の検討を行った結果、これらは結晶構造中にイライト層が数十%混合した「イライト/スメクタイト混合層」(以下、「I/S混合層」という)であることが判明した。さらに、イライトではカリウムが構造中に固定されているのに対し、スメクタイトでは固定されていないという構造的な違いに着目して実施したCEC分析、XAFS分析、HRTEM観察といった最先端の高度な手法による検討においても、カリウムの固定状況から粘土鉱物がI/S混合層であることを支持するデータが得られた(Table.1)。 I/S混合層は、続成変質であれば50℃以上、熱水変質であれば110℃以上でスメクタイトから変質するとされている[3][4]。 敷地の地温勾配(Fig.3)は約3℃/100mであり、一般的な非火山地域の地温勾配に相当することから、続成変質により生成したと仮定した場合、I/S混合層に変質し始める50℃以上の温度となるのは深度約800m以深である。現在、発電所内のI/S混合層は地表付近でも確認することができることから、このI/S混合層は地下深部で変質し、その後、隆起して現在の位置で確認されているものであると判断した。I/S混合層の生成年代について検討するため、発電所内の隆起速度について、海成段丘面である中位段丘Ⅰ面(MIS5eに形成)の旧汀線高度と形成年代を用いて推定した。MIS5eの最頂期(約12.3万年前)[5]の一般的な海水準高度は約5mであるのに対し、発電所を含む能登半島南西岸では、中位段丘Ⅰ面の分布から推定したMIS5eの旧汀線高度は約21mに分布する。この差(約16m)が、約12.3万年間の能登半島南西岸の地盤の隆起量を示しており、MIS5e以降の平均隆起速度は約0.13m/千年と推定できる。したがって、深度約800m以深で生成し、地表付近まで隆起したと考えると、隆起速度をMIS5e以降の平均隆起速度(0.13m/千年)で仮定した場合、生成年代は約600万年前以前と推定される。 また、敷地の周辺には火山岩が広く分布していることから、火成活動と関連する熱水変質により生成したと仮定した場合、能登半島の敷地近傍で最後に火成活動が認められたのは黒崎火山岩類形成時の約900万年前であり[6]、生成年代は約900万年前以前と推定される。 以上より、敷地内断層付近に分布する鉱物脈は、少なくとも約12~13万年前以前に形成したものであると確認することができた。 3.2 鉱物脈が断層の最新面を確実に横断することの確認 鉱物脈法による断層の活動性評価にあたっては、断層の最新活動時期を表す最新面を適切に認定し、鉱物脈との接触関係を確認することが重要である。そのため、最新面を適切に認定するために、ボーリングコア等で確認された断層における薄片試料の作成と、偏光顕微鏡を用いた微細な構造の観察を、以下の流れで行った。(1)巨視的観察(ボーリングコア観察、CT画像観察)によりボーリングコア等で確認された断層の破砕部(断層による変形構造が認められるゾーン)から最も直線性・連続性がよい断層面を主せん断面として抽出する。(2)主せん断面について薄片を作成し、偏光顕微鏡による微視的観察から最も細粒化しているゾーンを最新ゾーンとして抽出し、(3)最新ゾーン中で抽出したすべてのY面(直線性・連続性がよい断層面)のうち、最も直線性・連続性がよく、他の断層面に切られることのない断層面を最新面として認定する。その上で、(4)鉱物脈が最新面を明瞭に横断しているものについて、接触関係を観察して活動性評価を行う。また、上記(1)の巨視的観察において、通常の医療用CTに加え、医療用CTよりも約10倍高解像度のマイクロフォーカスCTを用いることにより、ボーリングコア内部の鉱物脈の分布を非破壊で鮮明に観察することができ、鉱物脈が最新面を明瞭に横断する薄片を効率よく取得することができた(Fig.4)。 敷地内断層について多数の試料を取得し、上記の(1)~(4)の巨視的~微視的な検討を行うことで、敷地内断層の最新面を鉱物脈が確実に横断することが確認できた。 Fig.4 Comparison of medical CT image and micro focus CT image (E-11.1SE-2) 4.鉱物脈法による活動性評価 2016年より本格的に行われた、敷地内断層に係る原子力規制委員会の審査会合での審議において、北陸電力は、ボーリング調査等に基づき敷地内には36本の断層があることを確認した。そのうち、活動性評価の有無をチェックする断層(評価対象断層)を選定するために、それぞれの分布、性状、運動方向等に基づく検討を行い、切り合い関係による新旧関係や断層規模等から、評価の対象としない断層は評価対象断層に評価を代表させることができることを確認した上で、評価対象断層として10本(S-1、S-2・S-6、S-4、S-5、S-7、S-8、K-2、K-3、K-14、K-18)を選定した(Fig.2)。これら10本の断層すべてについて、鉱物脈法による活動性評価を行い、いずれも後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動がないと評価した。 例としてS-2・S-6の鉱物脈法による評価を以下に示す。S-2・S-6は、走向がNNE-SSW方向であり、敷地内断層の中では比較的規模が大きな断層である(Fig.2)。S-2・S-6の活動性評価については、ボーリングF-8.5'孔から作成した薄片の観察結果を、主たる根拠として用いており、S-2・S-6の最新面と鉱物脈の接触関係が最も明確であると評価したデータである。 F-8.5'孔の深度8.50m付近で認められるS-2・S-6について、(1)巨視的観察(ボーリングコア観察、CT画像観察)を実施し、最も直線性・連続性がよい断層面を主せん断面として抽出した(Fig.5)。主せん断面について、(2)隣接孔から得た断層の条線方向で薄片を作成し、偏光顕微鏡を用いて、微視的な構造の観察を行った。薄片観察の結果、最も細粒化しているゾーンを最新ゾーンとして抽出し、(3)最新ゾーンの縁辺に認められる面が、全体として最も直線性・連続性のよい面であること等から、最新面として認定した(Fig.6)。 また、最新ゾーンやその周辺に分布する粘土鉱物について、X線回折分析やEPMA分析により、3.1で述べたI/S混合層であることを確認した上で、(4)鉱物脈と最新面との関係を確認した。その結果、鉱物脈が最新面を横断して分布し、最新面が不連続になっており、不連続箇所の鉱物脈に変位・変形が認められなかった(Fig.6)。このことから、S-2・S-6の最新活動はI/S混合層の生成以前であり、S-2・S-6に後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動は認められないと評価できた。 以上のような検討を、活動性の評価対象とした10本の断層すべてで実施した。 また、活動性の評価対象とした10本の断層のうちS-1、S-2・S-6、S-4については、有識者会合の今後の課題も踏まえたデータ拡充を行った上で、上載地層法によっても後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動がないと評価した。例として、S-2・S-6については、No.2トレンチにおいてMⅠ段丘堆積物(約12~13万年前に堆積した地層)に変位・変形を与えていないことを確認し、後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動は認められないと評価している(Fig.7)。これは、上述した鉱物脈法の評価結果と整合する。 5.まとめ 有識者会合の評価書で示された「今後の課題」を受けて新たに鉱物脈法による評価を行い、さらに上載地層法による評価についても既存地点及び新規地点において露頭観察等のデータ拡充を行うことにより、10本の評価対象断層(S-1、S-2・S-6、S-4、S-5、S-7、S-8、K-2、K-3、K-14、K-18)はいずれも後期更新世以降(約12~13万年前以降)の活動がないと評価した。その他の敷地内断層については上記10本の評価対象断層に評価を代表できることから、敷地内に分布する36本の断層は、いずれも将来活動する可能性のある断層等(約12~13万年前以降の活動が否定できないもの)ではないと評価した。 これらの評価について、2023年3月3日に行われた原子力規制委員会の審査会合にておおむね了承された。 参考文献 [1] 原子力規制委員会:"敷地内及び敷地周辺の地質・地質構造調査に係る審査ガイド"、平成25年6月19日 原管地発第1306191号 原子力規制委員会決定、pp.8、2013. [2] 原子力規制委員会 志賀原子力発電所敷地内破砕帯調査に関する有識者会合:"北陸電力株式会社志賀原子力発電所の敷地内破砕帯の評価について"、平成28年度 第6回原子力規制委員会 資料1-2、pp.150、2016. [3] 井上厚行:"熱水変質作用"、資源環境地質学、資源地質学会、pp.195-202、2003. [4] 吉村尚久:"粘土鉱物と変質作用"、地学団体研究会、pp.195、2001. [5] Lisiecki, L. E., Raymo, M. E.:"A Pliocene-Pleistocene stack of 57 globally distributed benthic d180 records"、Paleoceanography、20、PA1003、doi:10.1029/2004PA 001071、2005. [6] 日本地質学会:"日本地方地質誌4 中部地方"、朝倉書店、pp.336、2006. (2023年11月10日)