特集記事「設備利用率向上に向けたこれまでの 取組みと今後の取り組みへの期待 ─ 事業者と規制の適切な関係のもとで─」

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カテゴリ: 特集記事

1.はじめに─設備利用率向上の意義

原子力と再生可能エネルギーは、我が国のエネルギー安全保障の観点から、また、2050 年カーボンニュートラル実現の観点から要となるエネルギー源であり、それぞれ、強みを生かし弱点を克服しながら、最大限の貢献が期待されている。しかし、現状、原子力はこの期待に応えられていない。

この状況を改善する重要な取組みの一つは、再稼働した既設発電所の設備利用率を高めていくことである。

事業者は、安全を確保しながら設備利用率の向上に努力する必要がある。そして、規制当局は、事業者の取り組みを安全確保の観点から厳正に評価する役割を負う。本稿では、設備利用率に係る事業者及び規制当局のこれまでの取組みについて概観するとともに、今後の取組みについて提案を含めて記述する。

2.過去の設備利用率の推移とその要因

図1にこれまでの設備利用率の推移を示す。1980年代から90年代にかけて、設備利用率の改善が進んだ大きな要因は、BWRにおける配管等のSCCやPWRにおける蒸気発生器の細管腐食などの問題に対し、官民を挙げて対策を行ってきたことである。この間、政府と事業者が協力し、いわゆる改良標準化を進めた。また、各事業者の自主研究に加え、電力共通研究の積極的な実施により、多くの課題を克服してきた。また、発生するトラブルに対し、原因究明を行い、再発防止策を講じ、それを水平展開するという地道な努力を続けてきたことも大きな要因であった。

この間、海外では、TMI事故、チョルノービリ事故、国内では、福島第二3号機の再循環ポンプ損傷事故、美浜3号機のSG伝熱管破断事故などが発生したが、その教訓も生かし、運転実績の向上につなげてきた。

図1 設備利用率の推移と事故・不正・災害

90年代に入り、コスト低減の社会的要請が高まる中で、各事業者は定期検査のための停止期間の短縮に努力を傾けた。この結果、98年度の設備利用率は、過去最高となる84.2%を記録した。

しかしながら、90年代終わりから2000年代には、事故や不正問題が相次ぎ、設備利用率は低迷を余儀なくされた。大事故や不正問題が発生すると、その対応に多大な時間と労力を要する。また、背景要因として組織的な問題が指摘されることが多く、当該の施設だけでなく、他の施設や他社においても対応が必要となる。さらに、社会の信頼を損ねることで、原子力利用に対しても悪影響を与える。

事故や不正の中には、短期的な利益追求あるいは損失回避を求めた結果、後にそれが顕在化し大きな損害につながるケースも見られる。こうした問題は、最近も、原子力以外の分野で発生し経営を揺るがしている。過去の教訓をしっかり活かすことが肝要である。

2000年代後半には、中越沖地震などの大地震が相次いで発生し、点検や地震動評価等のために時間を要した。11年の東日本大震災と福島第一事故以降、我が国の設備利用率は低い状態が続いている。

設備利用率を低下させる最大の要因は、事故、不正、そして地震等の自然災害であったという事実を、改めて強調しておきたい。

3.事業者と規制の基本的関係

設備利用率向上という課題についての事業者と安全規制との基本的な関係は、次のとおり整理できる。

① 事業者が設備利用率の向上を目指すことは、経営上当然のことであり社会的使命でもある。その際、安全確保の一義的責任を果たすことが前提となる。その取組みについて社会の理解を得るのも事業者の役割である。なお、事業者の取り組みに対して政府が政策的に支援することがある。

従って、まずは事業者において、設備利用率向上策及びその安全確保策を立案し、それを社会に説明して理解を得つつ、規制当局に対し説明して規制上の評価を求めることになる。

② これに対し、規制当局は、設備利用率向上そのものに直接関与しないが、事業者の取組みについては理解した上で、その提案・説明内容について、安全確保の観点のみから評価し、適切な規制を行うことが役割となる。必要があれば基準や制度の見直しも行わなくてはならない。規制当局の評価結果や規制上の判断、規制制度の見直し等について、国民に対し説明することも、規制当局の重要な使命である。

このような事業者と安全規制の基本的関係は普遍的なものであるが、安全規制の組織体制が独立性を高める方向で進化するに従い、より強く意識され、厳格に運用されるようになってきている。

4.検査制度の改革と長期サイクル運転

以下4.〜6.では、これまで我が国において、具体的に、事業者により設備利用率の改善努力が行われ、また規制当局による評価・判断や規制制度の見直しが行われてきた例について紹介する。

まず、規制制度の改革が設備利用率の向上を可能にした例として、検査制度の抜本的な見直しによって長期サイクル運転が可能となったケースを取り上げる。

4.1 90年代後半の状況

かつての原子力発電所に対する検査制度は、最大13ヶ月運転後に原子炉停止を義務付け、国の検査官が設備の検査を行う定期検査が中心だった。90年代後半、各事業者は、定期検査のための停止期間を短縮することによって、設備利用率を改善してきた。

例えば、浜岡4号機の例を見ると、停止期間が、94年の81日に対し2001年には29日と大幅に短縮した。事業者は、点検項目は維持しつつ、24時間作業の実施、工程管理の強化などにより短縮を図った[1]。

こうした努力により、90年代後半には全国の設備利用率は80%台まで向上し、更なる向上のためには、13ヶ月制限の延長や国の検査方法の合理化が求められた。

筆者は、97年に検査を担当する部署に着任したが、当時の検査制度の中心だった定期検査を緩和の方向で見直すことは容易ではない状況だった。

筆者が、それ以上に深刻だと思ったのは、我が国の検査制度が定期検査を偏重し、欧米で当然に行われている、規制要求への適合全般に対する検査が存在しないことであった。これは、我が国の当時の検査制度が、国際的な標準から乖離していることを意味した。

4.2 検査制度改革の進展

そこで、検査制度の見直しについては、事業者の規制要求への適合全般に対する新たな検査を導入することを急務とし、その実現と並行して、定期検査の緩和を図っていく方針とした。

そのような中、99年9月にJCO事故が発生し、その教訓を踏まえた法改正で保安検査が導入されることになった。保安規定の遵守について定期的に検査するものであることから、これによって事業者の活動全般に対する検査が可能となった。

保安検査の運用が始まった後、「検査の在り方に関する検討会」が中間報告をまとめ、定期検査の見直しに着手できる状況になりつつあったところ、03年に東電不正問題が明らかになった。

これを受けた法改正では、定期事業者検査が義務付けられ、その実施体制に対する定期安全管理制度が導入された。定期検査における不正がきっかけなのでやむを得なかったとはいえ、緩和されるべき原子炉停止中の検査がより重くなった。さらに、定期検査、定期安全管理審査及び保安検査の3つの検査の運用が複雑となり、現場で混乱が生じ、その改善に労力を要した。

その後、筆者は検査制度の見直しを指揮する立場に就き、再開された「検査の在り方に関する検討会」の報告を経て、08年8月に「保全プログラムを基礎とした検査制度」を、省令改正を行って発足させた。これにより、事業者は、個々の原子炉ごとに保全計画を策定するとともに、保安規定の認可を受けることで原子炉停止間隔を延長できるようになった。また、事業者の規制要求への適合をより適切に検査するため、各種検査の役割を整理した。国際標準に沿った検査制度を整備しつつ定期検査を緩和するという、筆者の10年越しの目標に、ようやくたどり着いた感がした。

規制委員会は、17年、原子炉等規制法等を改正し、複雑になっていた検査制度を抜本的に見直し、新たな規制検査制度をスタートした。これによって、制度としては世界に恥じないものが確立した。

5.定格熱出力一定運転

95年の電気事業法改正で、定格電気出力を上限とする制限はなくなっていたにもかかわらず、事業者は、電気出力が定格を超えないよう、冬季に原子炉熱出力を下げて運転する運用を続けていた。

01年1月に設立された原子力安全・保安院は、原子力安全・保安部会においてこの問題を検討した。まとめられた報告書では、定格熱出力一定運転は原子炉安全上の問題ではなく電気保安上の問題であり、我が国の原子力発電所では、設備変更することなく安全に実施可能であることが示された[2]。そして、保安院は、タービン・発電機等の安全確認を行うための手続きを明示した[3]。

これを受け、事業者は、関係者の理解を得つつ、順次、安全確認の手続きを進め、定格熱出力一定運転の実施を図っていった。その効果は大きく、日本全体で、年間の設備利用率が約2ポイント向上することになった。

本件がスムーズに実現した背景には、保安院の設立によって規制当局の実力や信頼性が高まったことがある。一方、事業者側には、社会の理解を得つつ規制当局に提案・説明するといった主体的動きは乏しかった。事業者ではなく、規制当局が主体的にとり上げることにより設備利用率向上を実現した事例といえる。

6.運転中保全

原子炉の運転中に、安全上重要な機器を計画的に待機除外し保全を行う運転中保全(オンラインメンテナンス)については、検討されてきた経緯はあるものの実現に至っていない。今後議論を深めるべき論点を示すとともに、検討を進めるための提案を行う。

6.1 運転中保全の検討経緯

保安院が05年5月に初めて策定した「リスク情報活用の当面の実施計画」において、「オンラインメンテナンスの実施要件に係る検討」が掲げられた。しかし、具体的検討が進まなかったことから、翌年11月の実施計画の見直しの際、同項目は削除された。

「保全プログラムを基礎とした検査制度」開始後の10年、保安部会運転管理WGで運転中保全について議論を開始し、併せて、リスク情報活用の観点からも改めて検討が始まったが、1F事故により中断した。

規制委員会においては、規制検査制度が本格的に始まった20年、運転中保全について事業者側からの提案を期待する旨の表明があった。これを受けて、23年10月の規制委員会と事業者CNOとの意見交換会において、運転中保全が議題となり事業者側の考えを説明。今後は、実務的な議論が進むことが見込まれる。

6.2 リスク情報活用に関して

運転中保全の議論においては、PRAから得られるリスク情報の活用が論点になる。ただし、米国のように、定量的なリスク増分を規制判断の基準とするような積極的活用が世界標準というわけではない。筆者も作成に参画したOECD/NEAの報告書には、「意思決定にリスク情報を活用するための正しい単一の方法は存在せず、リスク情報をどの程度重視するか、どうリスク情報を取入れて意思決定するかは、個々の規制者が判断する」との記述がある[4]。

つまり、我が国において運転中保全の可否判断に当たり、リスク情報をどのように、また、どの程度用いるかは、規制委員会が検討の上決定しなくてはならない。

特に、自然災害等のリスクが大きい我が国で、内的事象レベル1PRAから得られるリスク情報がどの程度の判断材料となるのかは慎重な検討が必要である。

6.3 運転中保全についての論点

運転中保全についての議論において、論点となると思われる事項を3点指摘する。

1点目は、我が国の規制においては、決定論に基づく意思決定が基本となっており、PRAによるリスク情報は、あくまで決定論に基づく判断を補強するものだという点である。このため、運転中保全の妥当性について議論する際、確率論を前面に出すのではなく、まずは、決定論的な枠組みで議論すべきだと考える。余裕のある基準を定め、保守的な評価手法を用いて適合性を確認することで安全余裕を十分に確保する、といった決定論の枠組みのもとで、運転中保全の安全について、しっかりと議論することが必要なのではないか。

2点目は、故障等やむを得ない場合の措置として定められているAOTを、保全のために健全な設備を意図的に除外する運転中保全にそのまま用いることは不適切だという点である。発生頻度が低い機器の故障と保全のためにたびたび実施する措置では、前提が全く違う[5]。

3点目は、「リスクの増分が小さい」、つまり、安全性は低下するがわずかだから安全であるという説明は、我が国では容易には受け入れられないという点である。特に、1F事故後、継続的な安全性向上が、事業者にも規制当局にも強く求められている。これを踏まえれば、運転中保全の導入によってより安全性が高まる、つまりリスクがさらに低減することを示す必要があるのではないか。

6.4 検討を進めるための提案

以上を踏まえて、今後、運転中保全の議論を進めていくため、2点提案したい。

提案1:事業者は、運転中保全により安全性の向上が図られることを、まずは、決定論的な論理により明確に立証する。そして、それを社会に示すとともに、規制当局に説明し評価を求める。立証に当たっては、厳しい条件設定を行い、定量的かつ十分な保守性を持った評価を行う。当然、運転中保全実施中に大地震等が発生した場合の影響も保守的に厳しく評価する。

加えて、PRAによるリスク情報を、上記の立証を補強するために用いる。運転中保全により安全性が向上するのであれば、リスク増分はマイナスになるはずである。例えば、運転中保全中の補償措置や保全の平準化の効果を適切にPRAに反映できれば、リスクの低減を示せるのではないか。

提案2:事業者の保全計画については、今後、運転中保全も含めた保全の最適化を目指して継続的に改善されていくことが期待されるが、その活動を、炉規制法上の事業者の責務である継続的な安全性の向上の一環と位置付ける。これにより、運転中保全を含めた保全の最適化を図ることによって原子力安全をさらに向上させる、という強い認識が共有されるようになるのではないか。

7.まとめとして

事業者が高い安全性を追求し続けていく中で、設備利用率の向上も同時に実現されていくことが理想である。そのためには、継続的な安全性向上の成果の一つが設備利用率の向上であるという意識を持って努力を重ねることが重要と考える。そして、設備利用率が向上することになれば、継続的な安全性向上活動にも弾みがつく。このような好循環が生まれることが望まれる。事業者は、1F事故後に法律上の責務となった継続的な安全性向上への取組みを、より広くかつ積極的にとらえていくことが肝要だと思う。

一方、規制当局は、事業者の取組みを尊重しつつ、それを安全規制の厳しい目で確認する役割を果たさなければならない。同時に、規制当局は、事業者の安全性向上の取組みを後押しすべきであると考える。事業者の安全性向上努力の結果として設備利用率が向上することは、規制当局としても歓迎できるはずである。

継続的な安全性向上と設備利用率向上との間の密接な関係について認識を共有できれば、事業者と規制当局の議論もより円滑に進むものと期待される。

参考文献

[1] 浦野隆嗣:"原子力発電所の保守・点検 Ⅱ.定検期間短縮の取組み, 日本原子力学会誌Vol.44,No.4, pp20-22(2002)

[2] 原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会:"定格熱出力一定運転の安全性について",2001.12.7

[3] 経済産業省原子力安全・保安院,"定格熱出力一定運転を実施する原子力発電設備に関する保安上の取扱いについて",2001.12.17

[4] OECD・NEA:"Nuclear Regulatory Decision Making",2005

[5] 阿部清治,"原子力のリスクと安全規制",第一法規,2015,pp.191-192

(2024年5月27日)

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