特集記事「稼働率向上に向けた海外の事例 海外での稼働率向上に資する各種保全活動の 紹介と我が国での実現に向けての提案」
公開日:1.はじめに
2023年に実施されたCOP28において、2050年までに世界の原子力発電設備容量を3倍に増加させるという宣言に日本を含めた海外の主要国が賛同していることから明示されるとおり、2050年カーボンニュートラル達成のために原子力発電が非常に有効であるということは世界各国の共通の認識となった。
原子力発電の特徴は、放射性物質を含むウランを燃料としているため、事故が発生した際に安全に停止し、燃料を冷やし、放射性物質を閉じ込めるための安全設備が非常に膨大であることから、その建設費用も非常に膨大となるが、営業運転開始後は、燃料は1サイクル運転期間の13ヶ月に1回取り替えるだけでよく、発電所設備の維持・管理費が主なコストとなる。なお、海外では1サイクル運転期間を24ヶ月としている発電所も多く、日本でも16ヶ月に延長する制度がある。
電力市場が規制され、独占的な認可を受けている時は、発電所設備の維持・管理費含めた発生する全てのコストに発電事業者の利益を含めて電気料金が設定される。このような環境の場合、ある問題が発生した際の最良の解決策は、技術的優位性や問題解決の有効性によって決まり、費用対効果に焦点が当てられることは少ない。しかしながら、今日の競争市場では、価格は一般的に市場条件によって決定され、電力自由化の中で、発電事業者は互いに競争して発電し、市場で競り落とさなければならなくなった。すなわち、原子力発電は他の発電源と直接競争しなければならず、この競争に勝ち残るためには、発電所設備の維持・管理費用を最適化することが必須であり、世界の原子力産業界共通の課題となっている。
このような背景の中で国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)は、原子力発電所設備の維持・管理費用を最適化することを目的として、保全最適化プログラムのガイダンスを発行している[1]。
本稿では、IAEAが発行した当該ガイダンスを稼働率向上に向けた海外の事例として、その内容を概説する。
2.世界の原子力発電所設備利用率
原子力発電の特徴として、13ヶ月の1サイクル運転中(海外では最大24ヶ月)において、定格100%の電気出力を継続して発電し続けることができる。定期的に燃料取替のために停止する必要があるため、原子力発電所の設備利用率は、この停止期間の運転期間に対する割合を短くすることによって達成される。
表1に2020年〜2022年の平均の世界各国の設備利用率の順位を示す[2]。第1位はアメリカであり、平均92.8%と非常に高い値を示している。これは36ヶ月のうち、運転期間を33.4ヶ月、残りの2.6ヶ月を停止期間とすることで達成が可能なものである。1サイクル運転期間が13ヶ月の場合は、停止期間を約1ヶ月とすることで達成が可能な値である。なお、フィンランドは世界最短レベルの燃料取替停止期間であり、1サイクル運転期間が13ヶ月であるにも関わらず、高い設備利用率を達成している。
表1 世界の原子力発電所設備利用率
ここで筆者が強調したいのは、アメリカの高い設備利用率は、95基の平均値であるということである。アメリカの原子力事業者は数十社と非常に多いにもかかわらず、全ての原子力発電所が高い設備利用率を維持している。これはアメリカの原子力産業界の長年にわたる様々な取り組みの結果成し遂げられたものであり、従来から設備利用率が高かったわけではない。例えば1981年〜1983年のアメリカの原子力発電所はプラント停止に至るトラブルが多く、平均の設備利用率は約65%〜約69%と低く、発電所によるバラツキも大きい(約15%〜約98%)状態であった[3]。
この状況を変えるきっかけとなったのは、1979年に発生したTMI(Three Mile Island)事故である。TMI事故は、多くの要因が重なって発生したものであるが、その一因に発電所のパフォーマンスの低さがあった。TMI事故に対応するために設立された原子力発電事業者監視委員会(UNPOC:Utility Nuclear Power Oversight Committee)は、原子力産業界への提言をまとめた報告書(所謂シリンレポート)を1986年に発行した[4]。当該報告書で記載されている一文には、「たった1つの発電所のパフォーマンスが全ての発電所に非常に大きな影響を与えることを原子力産業界は認識した」(原文:The nuclear utility industry recognized that all nuclear power facilities are affected by the performance at any one facility.)との記載がある。この認識をきっかけとして、原子力発電所運転協会(INPO:Institute of Nuclear Power Operations)が設立され、全ての発電所がエクセレンスを追求し、全ての発電所のパフォーマンスを上げることが至上命題となった。
しかしながら、INPOの活動が活発になるのとは裏腹に、規制機関である原子力規制委員会(NRC:Nuclear Regulatory Commission)と産業界の関係は協力的なものとは言えず、制裁(sanctions)を行う例もあった。アメリカの原子力産業界は、設備利用率が低い状況や規制機関と産業界の関係状況に対応するため、日本を含む他国の状況を調査することを決定し、1983年から調査を開始した。日本に対する調査結果では、徹底的な予防保全により、非常に低いプラント停止率を達成していることや、当時の規制機関と原子力産業界の関係はアメリカよりも協力的であり敵対関係にない(less antagonism)ことが報告されている[3]。なお、アメリカは日本の徹底した予防保全をある程度は参考にしたものの、最終的には保全の最適化によりパフォーマンスを向上させている。
3.原子力発電所の保全
原子力発電所の保全の目的は、安全かつ信頼性の高い発電を行うために必要な構築物、系統及び機器(SSC)が確実に機能を果たせるようにすることである。保全は、図1に示すとおり、予防保全と事後保全に分けられる。予防保全は「所定の間隔又は所定の基準に従って機器の故障確率又は機能劣化を低減する」ことであり、所定の間隔で実施するものが時間基準保全(TBM:Time Based Maintenace)であり、状態を監視して所定の基準に従って実施するものが状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenace)である。事後保全は「故障が認識された後に実施され、機器機能を発揮できる状態にする」ことである。
図1 原子力発電所の保全の種類
4.原子力発電所の保全の最適化
原子力発電所の保全の最適化とは、「適切な作業を、適切な時期に、適切な機器に行う」ことであり、保全の最適化を追求することにより、安全性が向上し、信頼性が向上し、コストが最適化され、機器のアベイラビリティが向上し、技術が強化される。原子力発電所は非常に膨大な数の設備で構成されているため、全ての機器に膨大な作業を頻繁に実施することは不可能である。そのため、重要な機器に着目して故障する前に保全を行うことが最も重要である。ただし、想定する劣化が発生する前に保全を行うと、適切な時期に実施しているとは言えない。一方で重要でない機器に対しては、保全のリソースが使えるようになるまで又は要求機能が果たせなくなるまで、劣化した状態で運転させることができる。
4.1 SSCの分類
保全の最適化で最初に実施することは、系統・構築物及び機器(SSC:System, Structure and component)の分類である。これは重要な機器に保全活動を集中させるためのものであり、原子力安全、発電、コスト効果に基づいて分類する。分類の区分は「クリティカル」「ノン・クリティカル」「RTM(Run to maintenance)」の3つに分類することが一般的である。「クリティカル」に分類される機器は、当該機器の故障により重要機能が喪失又は劣化するものであり、重要機能の冗長性の喪失又は劣化する場合も対象となる。具体的には、安全関連機器、安全関連機器ではないが事故または過渡事象を緩和するもの、安全関連機器ではないが当該機器の故障により安全関連機器の機能達成を阻害する可能性があるもの、その故障によりプラント又は原子炉をトリップさせる可能性があるもの、緊急時対策手順で使用するものである。「クリティカル」に分類される機器の故障は許容されない。「クリティカル」に分類されない機器は故障が許容され、「ノン・クリティカル」又は「RTM」に分類される。予防保全により故障を防止した方が経済的であれば「ノン・クリティカル」となり、事後保全の方が経済的であれば「RTM」に分類する。図2にフィンランド Loviisa原子力発電所のSSCの分類の例を示す。フィンランドのLoviisa発電所では「クリティカル」機器は4%、「ノン・クリティカル」が29%、残りの67%が「RTM(図ではRTFと記載されているがRTMと同義)」である。
図2 フィンランド Loviisaの機器の分類
4.2 保全タスクの選定
機器の分類を実施した後は、時間基準保全(TBM)、状態基準保全(CBM)、事後保全のタスクをうまく組み合わせ、タスクの頻度を設定する。タスク選定の主な体系的アプローチには信頼性中心保全(RCM:Reliability Centered Maintenace)と経年劣化メカニズム分析がある。
信頼性中心保全は、重要機器の重大な故障モードを防止することに重点をおいたものであり、重要機器にのみ適用される。分析は運転経験に基づくが、発生済み故障モードに限定するものではなく、可能性のある全ての重要な故障モードを特定することも目的である。以下のステップで実施される。
① 系統のバウンダリを決定
② 重要な系統機能を特定
③ 機器の故障モード及びその影響を特定
④ 機器故障の重要度を判断
⑤ クリティカル機器の故障を防止するために技術的に効果的と思われる状態基準又は時間基準保全タスクを特定
⑥ 経済的に妥当なタスクを選定
これらの作業は、1系統あたり約500〜1000時間を要し、機器の運転経験データが少ない場合、RCMの価値が低下する。
経年劣化メカニズム分析は、経年劣化メカニズムを特定し、それがどのように検出されるかを説明し、その結果としてタスクを追加または削除することに重点をおく。長期間の運転経験を有するプラントでは、保全最適化プログラムにおいて、機器の経年劣化メカニズムの理解を最重要視している事業者もある。以下のステップで実施される。
① 経年劣化によって影響を受ける可能性のある安全上重要な機器を特定
② 機器の履歴に基づき、経年劣化メカニズムを体系的に検索
③ 可能な診断方法を特定
④ 経年劣化に対処するための保全プログラムの完全性を検討
経年劣化メカニズムを理解することに重点をおいており、必ずしも機器の運転経験データを必要としない。安全上重要な機器にのみ対応する方法であり、安全に影響を与えない機器についてCBM又は事後保全を実施しない場合、保全最適化により補完する必要がある。
なおCBMは、修復させる保全活動の実施時期を検定する根拠として監視技術を使用するものであり、機器の信頼性を大幅に向上させると同時に、限られたリソースを安全上重要な機器に集中させることできる。状態監視技術には、運転員の巡視点検、エンジニアのウォークダウン、パフォーマンス監視、機能試験、予知保全技術がある。予知保全技術は、故障前に計画的な保全が行えるように機器の健全性を監視するものであり、振動監視、潤滑油分析、サーモグラフィ、非破壊検査、非破壊試験がある。監視センサーから収集したデータを評価し、保全が要求されるまでの余寿命を判断するために、効果的な分析技術を使用することが重要である。
4.3 事後保全の活用
「クリティカル」でない機器のうち、予防保全により故障を防止した方が経済的あれば「ノン・クリティカル」となり、そうでなければ「RTM」すなわち事後保全となるが、このように分類する目的は、重要な機器にリソースを投入することは先述したとおりである。しかしながら、過去に多くの事業者が機器の機能重要度を分類して要求リソースを減らそうとしたにもかかわらず、事後保全に分類した機器が故障した際に、クリティカル機器と同様の対応をしており、その結果リソースが削減されなかった。
「ノン・クリティカル」機器は故障が許容されるが予防保全の方が経済的なものであり、最適な保全方針は、機器を監視し、状態に基づいて修復保全を実施することであり、「事後保全」の機器の場合は、機器が要求機能を果たすことができなくなるまで保全を行わないことである。しかしながら、管理者が機器の故障が無いことを期待した結果、「クリティカル」と「ノン・クリティカル」の機器のパフォーマンス基準と期待が同じとなっていることが多い。結果としてエンジニアと保全担当者は全ての機器を同じように扱うこととなり、この場合、重要度分類から得られる利点は無い。
また、予防保全を実施するために機能重要度が意図的に高められる場合や、エンジニアリング権限を確保するために「ノン・クリティカル」機器を「クリティカル」機器に分類したり、予防保全を実施するために「事後保全」機器を「ノン・クリティカル」機器に分類したりする場合もある。
このような状況から脱して本来の保全最適化の目指す姿にたどり着くため、機器を機能重要度に応じて分類した分析結果と技術的な正当性により、保全の最適化を阻害している規制当局や政府機関に対する誓約条件を修正させる必要がある。
5.まとめ
保全の最適化とは「適切な作業を、適切な時期に、適切な機器に行う」ことである。保全の最適化において重要なことは、原子力安全、発電、経済性に基づいて機器を分類し、最も重要な機器に保全活動を集中させることであり、事後保全となった機器に対しては、要求機能が果たせなくなるまで保全をすべきではない。
日本では、発電所のほぼ全ての機器の故障を防ぐことを目指し徹底した予防保全を実施してきた。一方、海外では重要な機器にリソースを投入するため、保全の最適化を実施してきた。今回紹介したIAEAガイダンスの他にも、IAEAは重要な機器に対する様々な安全性維持・向上のためのガイダンスを発行しており、加盟国の多くはガイダンスを参考に取り組んでいる。日本においても、重要な機器にリソースを最大限に投入するために、保全の最適化の阻害となっている規制当局や政府機関に対する誓約条件を修正させる必要があるが、これは原子力産業界による技術的な正当性により実現することができる。
日本において保全の最適化が実施され、重要な機器にリソースを最大限に投入できるようになり、海外と同レベルの安全性維持・向上の取り組みが実施できるようになるために本記事がその一助となれば幸いである。
参考文献
[1] IAEA Nuclear Energy Series, "Maintenance Optimization Programme for Nuclear Power Plants", 2018
[2] IAEA PRIS Energy Availability Factor, https://pris.iaea.org/PRIS/WorldStatistics/ThreeYrsEnergyAvailabilityFactor.aspx
[3] NRC, NUREG/CR-3883, "Analysis of Japanese-U.S. Nuclear Power Plant Maintenance", June, 1985.
[4] UNPOC, "LEADERSHIP IN ACHIEVING OPERATIONAL EXCELLENCE, The Challenge for all Nuclear Utilities", August, 1986.
(2024年5月20日)