特集記事「長期運転サイクルの導入に向けて」
公開日:1.はじめに
我が国の原子力発電事業は、導入初期の材料や燃料トラブルを克服し、我が国独自の予防保全で、発電所を保守し、最大で13か月しか認められなかった運転期間下で、運転中稼働率は、ほぼ100%を記録するに至っている。しかしながら発電所のパフォーマンス世界比較によれば残念ながら後れをとっている領域がある。
2007年、米国で、優秀な運転成績を残していたエクセロン社本社と、燃料交換停止中のリムリック原子力発電所を訪れる機会を得て、スタート地点・発想の全く異なる原子力発電所保守の得失を見聞する機会を得た。視察した米国保守の現地・現物と米国保守規則をベンチマークとして、保全プログラムをどのように我が国の原子力発電所の現場に導入し、長期運転サイクルを実現していくか検討を行った。
福島第一事故から13年、プラント再稼働を果たしているなか、当時の問題意識や、どのようなことを考えながらどんな工夫をして保全プログラムを作り上げたか、そして長期運転サイクルの価値とは何か?これを実現するにあたり、我々に求められるエンジニアリングとはどのようなものであるか、あらためて述べてみたい。皆さんに、今後の取り組みを考える参考としていただければ幸いである。
2.原子力導入期
2.1 初期トラブルの克服
米国からのフルターンキー方式で導入した軽水型原子力発電は、例えば昭和46年に福島第一原子力発電所が運転開始するとしばらくは順調な運転を行っていた。原子力技術は米国からの輸入であったが、当時より保守については、原子力特有機器についてはメーカー推奨に従いつつ、そのほかの大部分の機器については、火力、水力において電力会社が培った保守の考え方を踏襲し、徹底した予防保全が行われた。また、当時の規制産業は、1年ごとの法定検査が義務付けられており、原子力発電所も一年ごとに定期検査が行われた。
こうした中、BWRを中心に、燃料破損や原子炉1次系配管溶接部応力腐食割れなど、主に燃料、材料の問題が発生した。このためPCIOMR運転やバリア燃料を採用し、燃料破損発生を低減したが、1次系配管の部分取替などに大変な労力を要し、1970年代稼働率は、全国平均で50%ほどに低迷した。また同時にタービン系計装品の偶発故障によるスクラムなども頻発し、これら設計上の問題も検出器の多重化などにより改善した。
このように材料や設計上の問題を克服した我が国の原子力発電は、もともと予防保全の歴史を引き継いだ電力会社の原子力発電所保守方針が功を奏し、1990年代半ば以降、稼働率80%を達成し、計画外停止率に至っては1980年以降世界のトップクラス、当時の米国のおよそ十分の一を達成した。
図1 稼働率、停止トラブル発生 日米比較
(原子力発電所の稼働率、トラブル発生に関する日米比較
戒能一成著より引用)
3.米国の改善への取り組み
3.1 TMI事故発生
1979年3月米国TMI原子力発電所で不適切な作業管理と運転員の誤操作で原子炉給水喪失が発生し、炉心の大部分を損傷する事故が発生した。このためNRCは、規制を強化し、事業者のパフォーマンスを規制要求(ルール)に従っているかいないかを評価基準としたSALP(Systematic Assessment Licensee Performance)を開始した。しかしながら、NRCは、SALPを安全影響の大小にかかわらず適用したこと、また現場では、主観的・恣意的な判定が発生してしまったことなどにより、事業者、特に発電所では、NRCの顔色を見て仕事をするというような大変な混乱が発生した。また設備の保守方法も発電所によって大きく異なっていたが、主に事後保全が多く、予防保全不足で機器故障が多く発生し、それに伴い計画外停止が発生し、1980年代米国平均稼働率が50%程度と低迷した。
3.2 米国調査団来日
このような状況を打破すべく、米国調査団が1984年に来日した。目的は、なぜ日本は、計画外停止が少なく高稼働率を維持できているのか、その要因をつかむためである。米国は、来日当初、日本の好成績の一因は、日米の規制の違いによるものではないかと考えていたようである。しかし当時の福島第一原子力発電所6機分の原子炉施設保安規定が1cmほどの厚みしかないことに驚き、また、定期検査で事業者が自主的に十分な予算とともに大量のメンテナンスを行っていることを見聞し、ため息をついていた。彼らの調査の結論は、日本の信頼性の根幹は規制が厳しいからではなく、事業者自らによる十分な予防保全によるものとされた。
3.3 米国改善の開始
調査団は、事後保全ではなく、予防保全の重要性を認識した。しかしながら当時の米国の原子力事業者には、日本と同様に十分な予防保全を行うだけの体力がなかった。ただ、運転サイクルについては、米国では当時から規制による定期検査のための停止要求(運転期間の制限)はなかった。
そこで米国では、いかに合理的に予防保全を行うことができるか様々な取り組みが行われた。最初は予防保全の代わりにCBMを全面的に導入したりしていたが、異常を早期に検知しても、結局保全のために計画外停止を余儀なくされたりしていた。このため設備の重要度設定、重要度に応じた保全方式の選択、機器の故障モードの研究、データベース化、保全プログラムの策定などが行われ、合理的なRCM(信頼性重視保全)が定着した。また加えてリスク情報を活用した非常用DGのオンラインメンテナンスなど、運転中保守を拡大し、燃料交換停止期間の短縮にも取り組んだ。
3.4 米国改善の成果
これらの改善の結果、計画外停止率は、大きく改善され、BWRの24か月、PWRの18ヶ月運転、及び燃料交換停止期間の短縮実現により、稼働率が90%を超えた。
4.日本の取り組み
4.1 そのころ日本は
米国において、民間事業者の努力と事業者のモチベーションアップも狙った規制改革が奏功し、目覚ましい発展を遂げている中、我が国では、継続して徹底したトラブル発生防止、信頼性向上に取り組んでいた。これにより計画外停止率の低さは世界トップレベルを維持していた。また、稼働率向上のために、定検作業の無駄を排除する様々な創意工夫や、予備品への入れ替え点検、作業環境整備、綿密な工程管理など、定期検査に関する改善にも取り組んだ。しかしながら稼働率は最高で1998年の84.2%、平均で80%程度であった。加えて1999年、裏マニュアルによるJCO臨界事故、2000年、社内情報の停滞による東電不祥事、2004年、点検漏れによる美浜配管破裂事故などが相次いで発生し、マニュアル主義の徹底、QMSの保安規定への取り込み等が行われ、同時期に監査型検査である定期事業者検査導入が重なったこともあり、発電所現場では、設備・検査の健全性を記録で示すためのペーパーワークが大量発生し、プラント設備の信頼性を確保しつつ、必死で保全業務に取り組んでいる状況となった。またこれ以前にも、格納容器内など現場の線量率が、米国プラントとほぼ同じなのに、被ばく線量が多いなど、保全方法が本当に全体最適になっているのかという問題認識もあり、更なる安全性向上、稼働率向上、被ばく低減などの様々な検討が同時に行われていた。
4.2 電気事業連合会保全技術基盤チーム発足
2006年7月、電気事業連合会に保全技術基盤チームが発足した。各電力の保全や運転などの経験者が集まり当時検討が進んでいたRCMを具体的な保全プログラムとして、各事業者への展開を図る活動を行った。設備信頼性とは何か?点検・検査とは何か?点検と保全の違いは何か?保全の妥当性とは何か?など改めて原点に立ち戻った議論を重ねた。そんな中、米国原子力発電所視察の機会を得た。
4.3 米国視察
2007年3月、燃料交換停止中のエクセロン社リムリック発電所(ペンシルベニア州フィラデルフィア)を長時間にわたり現場視察を行う機会を得た。また、エクセロン社本社で議論も行った。リムリックは1,119MWeのBWR2機の発電所で24か月の運転を無事に終え燃料交換停止作業に入っていた。視察時の停止では燃料交換に加え、炉内ISI、ジェットポンプビームの検査、その他予防全作業などを行う計画で、トータル19日間の停止作業であった。作業体制は昼シフト700人、夜シフト700人の24時間作業で、これにはエクセロン社直営保守作業員200人が含まれていた。
現場は驚くほど静かで、現場を走り回るように頑張って工程短縮を実現しているのではないかという事前想定は見事に裏切られた。とにかく分解整備作業が圧倒的に少なく、例えば大型回転機の分解は復水ポンプモーター1台、給水ポンプ他8台のみ。CRD交換は20台をカセット交換で実施していた。作業が圧倒的に少ないので、工程を管理しているOCS(アウテージコントロールセンター)も小さな部屋一室で時間単位の全作業の工程表が張り付け可能で、加えて保全作業現場には工程管理者が常駐し、計画と実績の差を分単位で常時確認しPDCAをまわしていた。ただワークオーダー(運転中に発生した機器の不具合の保修依頼)件数が7000件ほどありやや多いなと感じた。
いずれにしても、質が高く、短時間で停止作業を完遂するためには、分解整備作業を圧倒的に少なくすることが極めて重要な成功要因であることを体感・勉強できた。そしてさらに驚いたのは、この定検工程の検討や保全の最適化は「すべて24か月運転による十分な準備期間のたまものである」という現場責任者の話に、我が国が進むべき方向を確信した。
4.4 保全を考え方から変える
一方、当時の我が国の保全は、電力会社が営々と気づきあげて信頼性向上に寄与してきた方法、すなわち、すべて重要と考え、すべての機器を点検することを基本的な方針としていたが、以下のような課題を抱えていた。
・どこの部品の何のための保全なのか根拠が示されていないこと
・十分な点検をしていることを安全と考え、すべての機器を点検するという、点検と保全の混同
また、この結果、経営資源が分散し、特に現場リソースが疲弊した。また、点検のついでに手入れをしているため、せっかく点検しているのに点検の結果が評価されていなかった。
このような状況を打破すべく米国との差異も踏まえて保全の考え方を根本から見直しつつ保全プログラムを検討した。
4.5 保全プログラムの策定
保全の根拠を付与し、原子力安全について精度高い保全でこたえていく。このため以下を保全プログラムに盛り込んだ。
・重要度分類の設定
・重要度分類に応じた保全方式の検討(重要なものは予防保全を踏襲しつつも、分解を必要とする保全の時期の最適化を図る)
・アズファンドデータの取得・記録・評価
・上記の保全計画への反映。
図2 保全プログラムの導入
(第18回検査のあり方検討会資料3保安活動の充実に向けた
事業者の基本的取り組み 電気事業連合会より引用)
またこれら保全の技術的根拠を明快にデータ化することで原子炉の運転間隔についても、それまでの一律13か月以内からプラントを停止して保全を行う必要のある機器の最も短い間隔で決定されることとなった。
5.長期運転サイクルの実現
5.1 社会の期待
社会、立地地域の皆さんが最も望んでいることは、もちろん安全・安定運転である。これまで「1年に一回、2から3か月かけて十分に点検・検査をしているので安全」とか、「安全確保のための点検・検査については、やってもやりすぎということはない」という説明を過去行っていた例もあるので、明快な技術的根拠をもって、科学的に更なる安全を追求した結果が、長期運転サイクルであることを説明していくことが重要である。
5.2 保全周期の妥当性の判断
長期運転サイクルでクリティカルとなる機器の保全周期の妥当性は、以下の詳細な技術評価を行ったうえで、あらかじめ定められた判断基準にてらして判断される。
① 点検及び取替結果の評価
② 劣化トレンドによる評価
③ 研究成果等による評価
④ 類似機器等の使用実績による評価
これら評価結果の判断は工学的判断で十分と考えられるが、その根底にある科学的原理・原則を明らかにしていくことでデータの外挿を行う場合であっても、蓋然性をもって納得性のある保守的な評価が十分可能である。
5.3 詳細な技術評価の例
(1) 原子炉安全保護系 圧力計、差圧系ドリフト評価
計装品の校正時に取得している校正前計器誤差データを時間軸とともにグラフ化し、その回帰直線を用いて、例えば30か月間隔の校正であっても安全解析での仮定を超えないことが評価できる。
(2) 原子炉圧力容器Oリング
材料である例えばインコネルの応力緩和曲線を加速劣化試験のデータを用いて評価し、例えばBWRであれば運転温度290度以下であれば40年間応力緩和は生じないことが評価できる。
(3) 原子炉格納容器全体漏洩率検査間隔延長の技術的妥当性
格納容器の全体漏洩率の現在の基準はおよそ1年間の運転で気密性が経時的に1割劣化することを盛り込み、0.5%の要求に対して検査時は0.45%を判定基準としている。2年の運転とする場合、これをさらに見直し0.4%とすることで格納容器の健全性は維持される。ただし、この経時性だと10年運転する場合には漏洩率がゼロとならなくてはならず、現場感覚と異なる。これに対しては全体漏洩率に寄与している機器を細かく見ていき、それぞれの漏洩の経時性を評価することで、十分保守的な全体漏洩率検査の間隔評価ができる。
6.まとめ
点検の結果を評価し、保全計画に反映し、保全の必要性と実施時期を、根拠をもって明示する保全プログラムを確立することで、詳細な技術評価により原子炉の運転サイクルを延長することができる。原子炉の運転サイクルの延長は、保全現場において十分な検討時間をもたらすことなど、副次的効果が極めて大きく、定期検査の質を向上し、安全性の向上に寄与する。再稼働を果たした発電所が取り組むべき優先的事項と考える。
参考文献
[1] 戒能一成: "原子力発電所の稼働率・トラブル発生に関する日米分析比較", RIETI - Discussion Paper Series 09-J-035
[2] 電気事業連合会: "保安活動の充実に向けた事業者の具体的な取り組み"第18回検査のあり方検討会資料3, 平成18年6月
[3] リスク低減のための最適な原子力安全規制に関する研究会:"海外原子力発電所安全カタログ"日本機械学会
[4] 日本エヌ・ユー・エス株式会社:"令和3年度原子力の利用状況等に関する調査(諸外国における原子力発電所の利用に関する事項の調査)報告書",令和4年3月
(2024年5月17日)