特集記事「リスク情報を活用した運転中保全の 適用範囲拡大について」

公開日:
カテゴリ: 特集記事

1.はじめに

原子力は、エネルギー安全保障とカーボンニュートラルの実現に不可欠な電源であり、原子力の継続利用のためには経済性とともに電力の安定供給が不可欠である。電力の安定供給に関しては、作業品質を向上することで、運転中のトラブルによるプラント停止に伴う設備利用率の低下を防止できる。運転中保全(On-Line Maintenance:OLM)により、停止中に集中している作業負荷を平準化することで保全の品質向上への効果が期待できる。

OLMの実施に当たって、安全機能が要求されている設備、系統を運転中に待機除外とする場合は、一時的にリスクが変動することとなるため、従来の決定論的な措置に加えて、確率論的リスク評価(Probabilistic Risk Assessment:PRA)の結果も踏まえて安全措置を実施する必要があり、OLMの計画・準備・実行段階におけるリスク評価・リスク管理などの必要な安全確保策を一般財団法人電力中央研究所原子力リスク研究センター(NRRC)が運転中保全ガイドライン[1]としてまとめている。このような管理手法を基にLCO設定設備に対してもOLMの適用を目指している。本稿では、リスク情報を活用したOLMの適用範囲拡大に係るATENAの取組方針(OLMの適用範囲拡大の意義や、OLMを実施する際のリスク管理手法及びその手法のPWRプラント実機での適用例)等について紹介する。

2.OLMの適用範囲拡大について

作業品質に係る現状の課題として、定期検査中のメンテナンスでは短期間に多くの機器が点検対象となり、作業員が並行してメンテナンスを行うため、熟練度の高い作業員の活用率が低下していく可能性がある。また震災から10年以上経過した今でも、運転プラントが国内にまだ少なく定検機会が十分得られないことから若手作業員へのOJTなどスキル向上の場が少なく、作業員の高齢化も著しいため、今後の熟練作業員の減少も想定される。OLMによって、定期検査中の作業ピークを緩和させることで、以下のような作業品質の向上が期待される。

熟練度の高い作業員が多くの作業に従事することが可能。

原子力設備のメンテナンス未経験者の割合を低減することが可能。

作業環境の向上(作業物量、作業スペース錯綜の緩和)

結果として、ヒューマンエラーや機器故障のリスクが低減し、運転中の機器の待機除外により一時的にリスクが変動したとしても、プラント運転期間全体としてはプラントの安全性は向上すると考える。

図1 作業負荷平準化のイメージ

3.OLM実施時のリスク管理手法について

OLMは、作業負荷の平準化や作業輻輳の回避等により、保全の品質向上によるプラントの安全性向上が期待できることを前提として実施する。その上で、LCO設定設備に対してOLMを実施する場合、安全機能が要求されている設備、系統を待機除外とするため、一時的にリスクが変動することとなるが、これに対して、以下の措置を実施する。

OLMの実施の可否は、リスクレベルの基準を設け、予め設定した許容範囲内にリスクレベルが収まらない場合は実施しない。

リスクレベルが予め設定した許容範囲内でOLMを実施する場合でも、プラントのリスク状態を監視し、リスクレベルに応じたリスク管理措置を実施することにより、変動するリスクを抑制、低減させる。

OLMの計画・準備・実行段階におけるリスク評価・リスク管理などの必要な安全確保策が運転中保全ガイドラインにまとめられている。現行の保安規定に係る措置相当を行った上で、ガイドラインで示すように保全作業時に変動するリスクを適切に管理していくことで、安全性を確保したOLMを実現する。ここでは運転中保全ガイドラインの概要を説明する。

3.1 運転中保全の一連のプロセス

OLMは、作業選定、計画・準備、作業実行、レビューの一連のプロセスで実施する。

3.2 作業選定の概要

作業選定プロセスでは、OLMによる保全の品質向上等の効果が確認できることを前提に、PRA(Probabilistic Risk Assessment:確率論的リスク評価)による定量的なスクリーニングや専門家の合議による定性的なスクリーニングによって当該保全作業の出力運転中の実施可否を判断する。PRAによるスクリーニングでは、OLMによる待機除外を想定した内的事象PRAによるプラント構成特有のCDF(Core Damage Frequency:炉心損傷頻度)、CFF(Containment Failure Frequency:格納容器機能喪失頻度)を使用する。スクリーニング基準は原子力規制委員会(NRA)が議論の基礎となるものとしている2006年の性能目標案を参照し、設定する。専門家の合議では、PRAによるスクリーニングに加えて様々な観点で情報収集し、当該保全作業の実施可否を判断する。

表1 PRAによるスクリーニング基準[2]

表2 専門家の合議によるスクリーニングの観点の例[3]

3.3 リスク評価、リスク管理措置の概要

計画・準備プロセスでは、確率論的リスク評価及び決定論的リスク評価によりリスクレベルを特定し、リスクレベルに応じた管理(リスク管理措置)を実施する。内的事象PRAのリスク評価では、リスクレベルのしきい値としてNUMARC93-01[4]や日本機械学会の報告書[5]を参照し、ICDP(Incremental Core Damage probability)、ICFP(Incremental Containment Failure probability)によりリスクレベルを特定する。ICDP、ICFPは保全作業の実施に伴うCDF、CFFの増分に、その継続時間を乗じた指標である。内的事象PRAによるリスク評価によるリスクレベルに応じたリスク管理措置の例を表3に示す。

表3 リスクレベルのしきい値

3.4 プラント状態の監視

作業実行プロセスでは、プラント状態が作業計画通りであることを適時監視するとともに、関係部門で情報共有を行う。作業計画から逸脱した場合は予め設定した不測事態対応計画を実行する。

4.運転中保全ガイドラインの実機適用例

運転中保全ガイドラインに従ってPWRモデルプラントの機器の待機除外を想定して、リスク評価、リスク管理措置の例を中心に実機適用例を示す。

各リスクレベルの対応方針は、表3に示す通り、リスクレベルが下位のものに加えて、当該リスクレベルの措置を実施する。なお、リスクレベルが赤の場合は運転中保全を実施しない。

4.1 リスクレベル「緑」の適用例

PWRモデルプラントの充てんポンプの待機除外を想定した場合のCDF、CFFは、表4に示すとおりPRAのスクリーニング基準を満足する。

表4 充てんポンプ待機除外時のCDF、CFF

また、待機除外期間30日を想定した場合、ICDP=5.3×10-9、ICFP=4.1×10-9となり、リスクレベルは「緑」となる。リスクレベル「緑」のリスク管理措置として、リスク上重要な設備や手順に関する注意喚起のための資料を作成する。リスク上重要な設備・手順の周知として、CDFに着目した場合のFV重要度とRAWの上位の設備・手順の例を表5に示す。

表5 リスク上重要な設備・手順の例

4.2 リスクレベル「白」の適用例

PWRモデルプラントのディーゼル発電機(DG)の待機除外を想定した場合のCDF、CFFは表6に示すとおり、PRAのスクリーニング基準を満足する。

表6 DG待機除外時のCDF、CFF

また、待機除外期間10日を想定した場合、ICDP=1.7×10-7、ICFP=1.4×10-7となり、リスクレベルは「白」となる。リスクレベル「白」のリスク管理措置として、リスク上重要な設備や手順の周知に加えて、それらに対して信頼性維持・向上のための措置を実施する。

信頼性維持・向上の措置として、リスク重要度指標に着目した例を以下の表に示す。

表7については、「事象進展の緩和」の観点から「FV重要度」に着目して対象機器を抽出した例であり、FV≧0.01かつFV変化率が100%を超える事象(約15事象)のうち主なものを示す。表8については、「事象進展の緩和」の観点から「安全機能」に着目して対象機器を抽出(約9設備)したもののうち、主なものを示す。

表7 FV重要度に着目したリスク上重要な設備・手順

表8 安全機能に着目したリスク上重要な設備・手順

5.今後のスケジュール

今後も、規制と実務レベルでの意見交換を重ね、2025年度に、先行プラントでのOLM実施に関する保安規定変更を申請したいと考えている。

参考文献

[1] 一般財団法人電力中央研究所 運転中保全ガイドライン2023年10月

[2] 原子力安全委員会 安全目標専門部会、発電用軽水型原子炉施設の性能目標について-安全目標案に対応する性能目標について-、平成18年3月28日

[3] Electric Power Research Institute (EPRI), TR-1020397, 運転中保全戦略の作成と実施に関するガイド . 2004.

[4] Nuclear Energy Institute (NEI), Industry Guideline for Monitoring the Effectiveness of Maintenance at Nuclear Power Plants, NUMARC93-01 Rev. 4F. 2018.

[5] 日本機械学会 リスク低減のための最適な原子力安全規制に関する研究会 保守規則課題検討作業会、設計基準対象施設の運転中保全実施時における補償措置ガイダンス、2022年3月

(2024年5月30日)

著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)