解説記事 高い受動的安全性を兼ね備えた 超小型炉MoveluXTM
公開日:1.はじめに
脱炭素化の社会的な潮流の中で原子力エネルギーの活用が世界的に議論されている。この議論では従来の大型原子炉による集中的なエネルギー供給以外に、分散型エネルギーとしての小型モジュラー炉(SMR)やマイクロ炉・超小型炉にも注目が集まっている。
東芝エネルギーシステムズ株式会社は図1に示す超小型炉MoveluXTMの開発に取り組んでいる[1]。本稿ではMoveluXTMの持つ固有安全性の考え方やメンテナンスを最小化する原子炉システムの構成、主要な課題を解説する。
図1 MoveluXTM鳥観図
2.超小型炉MoveluXTMのシステム概要
2.1 システム構成
図2にMoveluXTMのシステム構成を、表1に主な仕様を示す。システムは地上設備と地下設備に分かれており、地上設備には発電系や熱利用系など用途に応じた二次系が、地下設備には原子炉系が設置される。炉心で発生した熱はサーモサイフォン型ヒートパイプによって熱交換器へ輸送され、熱交換器で二次系と熱交換する。燃料には熱伝導率およびウラン密度が高いシリサイド燃料を、減速材には高温で使用可能な固体減速材として水素化カルシウムを用い、減速材を用いる事で5%未満の低濃縮ウランで炉心を成立させる。また、一般的な炉心出口温度にあたるヒートパイプ内面温度は約680℃である。
異常時の崩壊熱除去は原子炉容器壁面から空冷で実施し、人的な操作なしに事象を収束させることを意図している。本章では炉心、熱輸送機器について解説する。
表1 MoveluXTMシステム仕様
図2 MoveluXTMシステム概要
2.2 炉心
図3にMoveluXTMの炉心断面図を示す。炉心は燃料領域と減速材領域が層状に配置され、各層の間にヒートパイプが設置される。減速材である水素化カルシウムは800℃以上で水素が乖離し始めるため、減速材温度を800℃以下に保つことが炉心の運転上の制約となる。そこで本図に示すような炉心配置とすることでヒートパイプがその熱輸送限界を超えない限り断熱材のように機能し、減速材を一定温度に保持する。減速材の間には中性子増倍材としてBeOがおかれ、炉心の実効増倍率を高める働きをする[2]。
また、各要素の間は接触熱抵抗を低減すること、事故時に流動して炉壁面への熱輸送を担うことを意図して液体のPb-Sn合金で満たされる。
更に、炉心中心に近い燃料の間には受動的な反応度制御装置が配置される。この反応度制御装置はIn-Gd Expansion Module (IGEM)と呼ばれ[3]、図4に示すように出力が増加した際は温度上昇によって液体の中性子吸収材であるIn-Gdが炉内に挿入され、炉心出力が低下した場合は炉心温度低下によりIn-Gdが炉内から引き抜かれることで一定の炉心出力を自律的に維持する。IGEMについては図5に示すように中性子ラジオグラフィを用いた試験で実際に昇温・降温で1mm厚のスリットに挿入された液位が変化することを確認している。また、内壁面へ付着する中性子吸収材の炉心特性への影響を評価しており、今後中性子吸収材付着の少ない材料の選定および実証試験を進める。
図3 MoveluXTM炉心断面図
図4 IGEM概念図
図5 IGEM動作試験の様子
2.3 熱輸送機器
熱輸送機器は炉心からの除熱、熱輸送および二次系との熱交換を行う。MoveluXTMでは長期間僻地で運用されることを想定して原子炉のメンテナンス性を向上させるため、一般的な原子炉で用いられている冷却材をポンプで駆動させる方式ではなく、ヒートパイプを採用した。これにより原子炉容器内から熱輸送機器の可動部を排除し、受動的に炉心の除熱を行う。また、作動流体は沸点等の観点からナトリウムを用いた。
ただし、一般的な毛細管作用を用いるナトリウムヒートパイプは熱輸送能力の限界が1kW/cm2程度とされている。そこで液還流に重力を利用するサーモサイフォンを採用し、さらに二重管構造で蒸気流と液流の干渉をなくすことで熱輸送能力の向上を図った。
図6にMoveluXTMで用いるサーモサイフォン式ヒートパイプ(以下、HP)の模式図を示す[4]。HPの下部が加熱されて外管内壁面で蒸気が発生し、外管と内管の間を気液二相流となって上昇する。蒸気は熱交換器内(図6では青斜線の凝縮部に相当)に流入して凝縮し、内管を液相で下降しHP内を循環する。
このような構造とすることで、図7に示すように模擬流体を用いた実験で単管の場合の6倍の性能向上を確認した。今後は二相圧損等のデータ取得を進めて理論モデルの精度向上に取り組む。
図6 サーモサイフォン式ヒートパイプの模式図
図7 二重管化によるHPの性能向上
3.受動的安全性
3.1 原子炉輸送時の臨界安全性
MoveluXTMは工場で製造されて設置場所まで運ばれ、設置後に起動するまでその臨界安全性を担保しておく必要がある。MoveluXTMの炉心は図8に示すように低温時において正の温度反応度係数を持つ[5]。この正の温度反応度は水素化カルシウム中の熱中性子の平衡状態の変化によるものであり、温度が高まる事で熱中性子のスペクトルがシフトしてこのような特性が得られる[6]。本炉心ではこれを原子炉輸送時の臨界安全性の確保に利用している。
製造されてから原子炉起動が行われるまでは炉心の中央に安全棒が挿入されているが、安全棒を引き抜いても低温状態では図8の破線のように炉心は臨界に到達しない。また、原子炉が加熱されて温度が上昇すると炉心の反応度は上昇するが、安全棒が引き抜かれない限り原子炉は臨界に到達しない。
以上から強制加熱と安全棒の引抜を組み合わせることで初めて原子炉の起動が可能となる炉心を構築できる。更に、燃料中への微量のEu添加により高温時の温度反応度係数を負とすることができ、原子炉起動後の通常運転時には炉心は負の温度反応度係数を持つ。
これらを踏まえて原子炉の製造〜起動までのフェーズを図8および図9のように考えることが出来る。原子炉製造時には安全棒が炉心内に挿入されており、この状態で原子炉を輸送する。原子炉設置時についても常温かつ安全棒が挿入された状態で作業が実施されるため燃料が全装荷されている炉心でも臨界安全性を保つことが出来る(図8・α)。
原子炉起動時には外部のヒーターなどで強制的に原子炉を加熱して温度上昇によって原子炉に正の反応度を印加し、臨界へ近づける(図8・β)。この状態で安全棒を引き抜くことで原子炉を運転状態へ移行させる(図8・γ)。余剰反応度についてはIGEMで受動的に制御する。これにより輸送時においても高い臨界安全性を持つ炉心を構成することができる。
図8 安全棒の有無による炉心の温度反応度特性
図9 原子炉輸送〜起動の各フェーズ
3.2 水素化カルシウムによる自律的な炉停止
減速材に用いている水素化カルシウムは約800℃以上の温度で水素が乖離し始め、1000℃程度で分解する。MoveluXTMではこの特性を事故時の原子炉停止に用いる。
例えば、ヒートパイプが破断して炉心からの除熱が出来なくなった場合には破断したヒートパイプ周辺の燃料温度が上昇して隣接する減速材の温度も同時に上昇する。減速材の温度が800℃以上に達すると減速材中の水素が乖離して水素化カルシウム減速材は中性子の減速能力を失い、炉心に負の反応度を印加して炉心を停止させる。
通常は異常検知段階で安全棒を落下させて原子炉を停止させるが、安全棒が挿入されない場合には上述の原理で自律的に原子炉が停止する。
3.3 炉壁面からの崩壊熱除去
事故時に原子炉が停止した後、ヒートパイプによる炉心からの除熱機能が失われた際は炉壁面から崩壊熱を除去する。この時には図2のAir inletからAir outletへ空気が流れ、炉壁面を空冷自然循環で冷却する。
これまでの概算では、炉容器に10cm程度のフィンを設置することで、恒常的に炉壁面温度500℃で0.2MW程度の除熱ができる。原子炉停止直後は0.6MW程度の発熱量が見込まれるものの、800秒程度で0.2MWまで崩壊熱が低下し、その間の発生エネルギーは構造材等の熱容量で吸収できる見込みである。
このようにして、事故時には受動的な手法で原子炉の停止から崩壊熱を除去することによりMoveluXTMは高い安全性を有する。
4.主な技術課題
MoveluXTMは現在概念検討および要素技術開発の段階にあり、多くの技術課題が存在する。現在取り組んでいるものとしては、サーモサイフォン型ヒートパイプのモデル化および熱輸送量向上、コンパクト熱交換器の凝縮特性取得および製造手法検討、水素化カルシウムの熱中性子散乱則データの拡充、IGEM内壁面材料選定が挙げられる。今後取り組む予定のものとしては、原子炉核熱連成動特性解析コード整備、Naを用いた熱輸送機器試験、原子炉実験による炉心設計妥当性検証などが挙げられる。
5.まとめ
本稿では東芝エネルギーシステムズで開発中の超小型炉MoveluXTMのシステム構成や課題について解説した。MoveluXTMの開発については今後も進捗に応じて適宜報告を行っていく。
参考文献
[1] 岩城智香子, 久保達也, 春口佳子: "原子力基盤技術の開発と新たな展開", 東芝レビュー, Vol78, No.3, pp35-39 (2023)
[2] Rei Kimura, Tetu Suzuki, Kazuhito Asano, Chikako Iwaki, Hideki Horie, "The conceptual design of heat-pipe cooled and calcium-hydride moderated vSMR", Proceedings of ICAPP2019, Juan-les-pins, France, May 2019, 013 (2019)
[3] Rei Kimura, Shohei Kanamura, Yuya Takahashi and Kazuhito Asano, "Passive Reactivity Control Device with Thermal Expansion of Liquid In-Gd Alloy", Nucl. Tech.,207(11), 1784-1792, (2021)
[4] Hongo, T. et al. "Study on the flow and heat transport characteristics of concentric-tube two-phase thermosyphon", Mechanical Engineering Journal, 7, 3, p.1‒10., 2020
[5] Rei Kimura, Kazuhito Asano, "Ensuring Criticality Safety of vSMR Core During Transport Based on Its Temperature Reactivity", Nucl. Sci. Eng.,194 (3), 213-220 (2020)
[6] Rei Kimura, Satoshi Wada, "Temperature Reactivity Control of Calcium-Hydride-Moderated Small Reactor Core with Poison Nuclides", Nucl. Sci. Eng., 193 (9), 1013-1022, (2019)
(2024年7月24日)