解説記事 浜岡原子力発電所における保全最適化への取り組みと組織の近代化 欧米を参考にした保全最適化の取り組みや、保全部門に加えて新設したエンジニアリング部門について 

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浜岡原子力発電所における保全最適化への 取り組みと組織の近代化 欧米を参考にした保全最適化の取り組みや、 保全部門に加えて新設したエンジニアリング部門について
中部電力株式会社 尾崎 友彦 Tomohiko OZAKI 黒野 晃平 Kouhei KURONO 稲垣 哲彦 Tetsuhiko INAGAKI

1.はじめに 日本の原子力発電所では、保全活動に関する民間規格およびガイドラインが日本電気協会規定(JEAC-4209、JEAG-4210)として整備されており、これに基づいて保全活動が実施されてきた。浜岡原子力発電所においても、これらの規定に基づき、保全に関する計画、実施、評価および改善のPDCAサイクルを回し、保全の最適化に取り組んでいる。 本記事では、浜岡原子力発電所における保全最適化の取り組みについて紹介する。 従前から取り組んできたTBM(Time-based Maintenance :時間基準保全)の周期延長評価に加え、欧米の事例を参考にした保全最適化への取り組みとして、状態監視とリスクを組み合わせた合理的な保全を目指し、EPRI(Electric Power Research Institute:米国電力研究所)のPMBD(Preventive Maintenance Basis Database:予防保全基盤データベース)を参考にし、保全の最適化および保全周期の延長を進めている。その他の取り組みとして、系統単位の保全の合理化を図るため、系統エンジニアが網羅的に保全活動を把握し、より合理的な保全を実現するよう努めている。 さらに、浜岡原子力発電所では2022年7月にガバナンス強化とパフォーマンスの向上を目的として、ガバナンス機能強化を含めた専門組織化およびエンジニアリング機能を有する部の新設を中心に組織改正を実施した。本記事では、これらの組織改正についても紹介する。 2.従来の取り組み 日本の原子力発電所においては、2007年にJEAC-4209、JEAG-4210が導入される以前は、予防保全が基本方針であった。特にTBMを主体とし、トラブル事象に対する水平展開等により、手厚い点検が実施されていた。JEAC-4209およびJEAG-4210の導入後は、原子力発電施設の安全および電力の安定供給を確保するため、図1のように保全計画の策定、保全作業の実施、保全の評価、評価結果の反映のプロセスを定めて、継続的に改善する仕組みを構築した。これにより、保全のPDCAサイクルを回し、合理的な保全を目指してきた。 図1 保全のPDCAサイクル 2010年の保全活動に関する検査制度導入により、JEAC4209-2007およびJEAG4210-2007の内容が保安規定に取り込まれた。これに伴い、収集した点検手入れ前データを活用した点検周期の延長が行われるようになった。導入段階では、個別の機器毎に点検周期の延長が行われ、CBM(Condition Based Maintenance:状態監視保全)についても順次導入されることとなった。 浜岡原子力発電所での取り組みとしては、TBMについてPDCAサイクルを回し、点検手入れ前データに加え、劣化メカニズム整理表を活用して保全の有効性を評価し、点検周期の最適化を図った。また、CBMおよびBDM(Breakdown Maintenance:事後保全)についても積極的な導入を検討し、CBMとして油分析、振動診断等を導入した。 以上のように、浜岡原子力発電所では保全最適化の取り組みを進めてきている。一方で、設備信頼性向上および発電単価を意識したコストダウンをさらに図るために、機器の劣化故障のメカニズムを把握することで、保全を行うべき適切なタイミングで、適切な回復・維持措置をとることができる取り組みの検討を進めている。 3.保全の高度化・最適化の取り組み 浜岡原子力発電所では、設備信頼性の向上と発電単価を意識したコストダウンの課題に対する保全の高度化・最適化の取り組みとして、図2に示す4つのステップによりCBMとリスクを組み合わせた合理的な保全を行うことを目指している。ステップ1のメーカ推奨等に基づき定期点検毎に点検を行うTBMから、ステップ2で状態監視技術を導入する。ステップ3で状態監視をベースにした状態監視保全へ移行し、ステップ4は状態監視とリスクを合わせた合理的な保全へ移行する。 現在、浜岡原子力発電所ではステップ2からステップ3への移行中であり、CBMをベースとした保全へ移行し、信頼性と経済性を両立した保全活動を確立するため、EPRIのPMBD等の評価を取り入れた有効性評価を展開しているところである。 図2 課題に対する取り組み ここからは、浜岡原子力発電所における具体的な取り組みを紹介する。 3.1 機器の重要度と劣化状況を加味した点検重要度の設定について EPRIのPMBDでは、それぞれの機種に対し、機器の重要度に加え、使用率、使用条件に応じた適切な保全プログラムをデータベース化にしており、これを各社が活用することで、プラントの高稼働率に寄与している。浜岡原子力発電所においてもこの考え方を参考に、従前の安全性、供給信頼性に基づく重要度分類に、機器の劣化進展コードの項目を新たに追加した図3に示す点検重要度を設定した。 劣化進展コードは、機器の使用率、使用条件をもとに設定しており、劣化進展が早い機器は重要度が低くても分解点検を設定し、劣化が低い機器は、状態監視をベースとして点検等による保守不良を低減させることで、機器信頼性の向上および保全リソースの最適化を図っている。 図3 重要度、劣化状況を加味した点検重要度 3.2 国内外のベンチマーク結果を活用した点検周期延長評価について TBM機器の点検周期を最適化する取り組みとして、浜岡原子力発電所では、点検周期延長評価の年間実施目標を設定している。目標達成に向け、評価が完了した機器数、コストダウン額を集計し、発電所内で掲示等を行い見える化することで、点検実施後の点検周期の評価プロセスが定着しつつあり、担当者レベルまで保全活動合理化の活動を意識し進められている。 また、自社の設備の保全結果だけでなく、海外知見も踏まえた劣化メカニズム情報や保全タスク情報等の保全情報を導入することで、担当者の技術力向上およびデータ数を増やすことにより、保全の有効性評価時の信頼性を向上し、自社の設備の保全結果が限られる長期停止中であっても点検周期延長評価を推進している。 非常用ディーゼル発電機の各部位の点検周期延長評価の事例では、点検実施時に収集する点検手入れ前データに加え、他社不適合情報、米国故障知見(NUREG)およびEPRIレポートの調査を実施した。各部位に想定される劣化事象ごとに時間依存性や米国での故障知見の調査を行い、シリンダヘッド等の部品において本格点検周期を2倍にすることが可能と評価した。 また、従前より実施している状態監視手法に加えて、機器の状態監視を運転中あるいは短期の停止中に行える手法として、EPRIを通じた海外ベンチマーク調査によって情報を得た、図4に示す非常用ディーゼル発電機のボアスコープ調査や図5に示す機関診断技術の適用について検討を行っている。   図4 ボアスコープ検査の実施イメージ 図5 機関診断技術の実施イメージ このほか、現場での保全の有効性の評価の高度化にも力を入れており、従来の点検手入れ前データの結果をもとに周期延長評価をするだけでなく、運転時間に応じた評価など様々な観点での有効性評価や、クリティカル部位を意識した評価を行っている。具体例として、廃液の固化設備乾燥機は、3年毎の分解点検を実施していた。この装置の設計スペックでの年間処理可能時間は1,200時間/年であるが、これまでの運転時間は平均100時間/年程度であり、かなり余裕があったことから、異常時や稼働上限時間前に分解点検を行うように点検周期の見直しをおこなった。 3.3 系統単位保全について 海外の事例を参考に、発電、系統エンジニア(SE)、保修が実施する各プロセスにおいて、状態監視に関する情報を共有し、適切な優先順位のもと、点検、巡視、系統監視等の保全計画や設備対策に結び付け、図6のように効果的にPDCAを回す仕組みを検討している。 図6 効果的なPDCAサイクル 従前の保修で実施している状態監視に加え、運転員が実施する巡視、試験や、系統エンジニアが実施する巡視、監視の結果についても情報を共有し活用の連携を図り、系統エンジニアによる系統単位での状態評価を行い、状態監視結果の整理と見える化を進める。これにより、点検結果や診断結果等の情報から、巡視時に注意すべきポイントを共有でき、巡視時の気付きは保修へ連携できる。発電・保修の双方からの網羅的な気付きを活用し、データを分析、保全評価を行い、保全の高度化を図る。 系統エンジニアは、系統毎の運転状況や設備状況等を中長期的に監視・評価し、回復措置の助言・提案を行うことで、プラントの安全性向上を図る取り組みを行っている。 例えば、同じ系統のファン電動機(A)と(B)が同時期に点検されることを確認した事例では、初期不良や経年劣化の観点から、点検時期をずらすことでリスクを低減することを提案し、反映した。点検の担当課は、同時点検で作業効率を向上させるメリットがあり、点検時期をずらしていなかったが、この提案によりリスク低減が図られた。 また、空調系の系統評価で、原子炉給気ファン3台中、2台の振動が高く監視強化中であり、前回分解点検からそれぞれ15年、14年、13年と長期にわたり継続使用中であることを確認した事例では、経年劣化による突発故障リスクの低減と、長期間使用後の点検データ(設備診断で把握できるクリティカル部位以外の劣化状況)の拡充を図るため、1台は計画的に分解点検を行うことを提案し、現場で計画的に点検時期を決めて分解点検を計画した。 3.4 新技術の活用(ドローン等) 現場作業においては、点検の信頼性向上と効率化を目指して、最新の知見を積極的に導入している。 3.4.1 ドローンの活用 ドローンによる点検は、高所作業の低減や、高線量エリアでの被ばくの低減、人間がアクセスできない狭所、酸欠箇所へのアクセス性などで効果が見込まれ、また、足場の準備・片付け作業や点検の短縮による効率化が期待される。浜岡原子力発電所では、放射性物質を内包しない屋外タンク内での検証を経て、放射性液体廃棄物貯蔵タンクの点検を実施し、点検効率化や被ばく低減による現場作業の高度化を図った。 図7 ドローンの活用事例 3.4.2 3Dプリンタの活用 米国では、製造中止部品への対応策の一つとして、3Dプリンタでの複製を行っている。3Dプリンタと3Dスキャナを組み合わせることで、同一品の複製や、一部を3DCADでアレンジした部品を製作可能であり、現場での故障部品や点検用治具の3Dプリンタでの製作が見込めることから現場での活用方法を模索中である。 図8 3Dプリンタの活用 4.エンジニアリング組織の設立 4.1 背景 原子力部門では、ガバナンス強化と各組織や個人のパフォーマンスの継続的な向上を目的として、2019年にマネジメントモデルを導入した。浜岡原子力発電所でも、このマネジメントモデルに基づく活動に取り組んできた。 また、浜岡原子力発電所では、新規制基準適合性確認審査のために要員を確保する必要があり、その結果、エンジニアリング部門などの要員が減少している状況下で、新検査制度への対応や運転再開に向けた取り組みを継続している。今後、発電所としての審査対応、安全性向上対策工事、再稼働準備の本格化、およびPLM(Plant Life Management:高経年化技術評価)等による業務量の増加が見込まれる。そのため、構成管理能力のさらなる向上が益々求められることから、ガバナンス強化とパフォーマンスの向上が一層必要である。 これらに対応するため、マネジメントモデルの各要素(保守、エンジニアリング等)に対応できるように専門組織化を進めた。これにより、発電所運営の機能強化を図り、ガバナンスを強化するとともに、エンジニアリング能力に重点を置いた構成管理能力の力量向上を目指した。発電所のパフォーマンス向上を図るため、「ガバナンス機能強化を含めた専門組織化」および「エンジニアリング機能を有する部の新設」を中心に、2022年7月に組織改定を行った。 4.2 組織概要、狙った効果 組織改定前は、構成管理の3要素(設計要件、施設構成情報、物理構成)の整合を図るために、保修部が広範な領域を担当し、適切な設計管理、調達管理、現場の保全作業等を行っていた。しかし、新検査制度への対応や新規制基準への適合を見据えた場合、火災防護や溢水防護等の複雑な設計要件に対して適切な構成管理を実施するためには、個人の負担が増加するという課題があった。 これに対応するため、構成管理の3要素を整合させるプロセスを分類し、それぞれ専門化した組織を新設することにした。具体的には、エンジニアリング部を新設し、保修部には保修業務のみを集約することとした。エンジニアリング部を設計業務に限定することで、複雑な設計要件にも集中して専門的に対応することができるようになり、エンジニアリング能力の向上が期待できる。また、保修部には保修業務に限定することで、現場業務に集中でき、保修作業の品質および安全性の向上が期待できる。 4.3 現状の取り組み状況、評価 組織改定3か月経過後の2022年10月に短期フォローアップを行い、各部署から挙げられた意見を分類し、対応を検討、実施した。出された意見については、以下のように分類して対応を実施した。 ・組織改定前に想定していたが強化が必要な意見 ・業務を積み重ねることにより解決すると考えられる意見 等 出された意見に対する対応の具体例を以下に示す。 4.3.1 組織改定前に想定していたが強化が必要な意見 例えば、部署間の業務調整や連絡の増加による業務の遅れに関する意見として、組織改正後は予算の管理、現場の管理、点検対象の管理、不適合管理と最大4課と調整する必要があるとの指摘があった。この意見に対しては、業務調整の際の各課の分掌について、責任と役割を明確化することで、調整をスムーズに行えるようにした。 また、保修課の担当者からは、現場業務が多く、作業工程や安全措置の確認・調整が遅れるとの意見が出された。この意見に対しては、関係部署間の情報共有方法を見直し、Microsoft Teams等のツールを活用することとした。 4.3.2 業務を積み重ねることにより解決すると考えられる意見 例えば、設備管理に関する広範な経験の喪失について、現場部署からは以下のような意見が出された。現場部署は、検討業務に携わる機会が減るため、エンジニアリング部等の対応業務に比べて、特に、長期停止期間中には、技術的判断や知見を得る機会が減少し、若年層の力量確保、維持、モチベーションに差が出る可能性があるという懸念があった。この意見に対しては、再稼働アクションプランの中で再稼働前に機器のサンプル点検を前倒して実施することを計画し、長期停止期間中における当社社員および協力会社の力量維持・向上に役立てることとした。また、保修部への設計に関する知識や設計部署への現場設備に関する知識等の広範な力量については、体系的アプローチによる訓練プログラム改善に係る方針書を作成し、設定した力量を各部署の教育や集合教育で習得していくこととした。 さらに、業務分掌の理解に関する意見として、組織改定の内容(業務分掌や責任分掌)を所員が十分に理解できていない、業務分掌が分かりづらい、責任所掌が曖昧(特にエンジニアリング部と保修部)、業務分掌の判断に迷う、設備主管部署の概念が希薄になっている等の意見が出された。これらの意見に対しては、組織改定のねらいは、専門組織化によるパフォーマンス向上であり、責任分掌を設備ではなく業務に対して明確化することにあると再周知した。 このフォローアップは、組織改定後の3か月程度の時期に実施されたものであった。そのため、ある程度の時期が経過し、効果が現れてくることも考慮し、組織改定後、1年が経過した2023年8月に、再フォローアップを実施した。その結果、大きな問題はないことを確認している。 5.最後に 本稿は、2024年2月26日に開催された「第23回保全セミナー」での講演内容をまとめたものである。浜岡原子力発電所における保全の高度化・最適化の取り組みとエンジニアリング組織の設立について紹介した。これらの取り組みを通じて、安全で安価なエネルギーの安定供給に貢献することを目指している。今後も、保全活動の高度化・最適化を継続的に推進し、エンジニアリング組織の強化を図ることで、合理的な保全を実現していく予定である。これからも、発電所員のみならず、本店およびグループ会社が一丸となって、浜岡原子力発電所の更なる安全性の向上および早期運転再開を果たしていく。 参考文献  [1] 尾崎友彦 "保全最適化への取組みと組織の近代化", 第23回保全セミナー 東京, 2024年2月26日 (2024年11月8日)

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